↺プロローグ
探偵の死とは、それ即ち終焉である。
そんなものは物語の中だけの話だ。我々の生きるこの現実では、探偵が死んでも時は進んで行くし、解き明かされる謎もある。
彼女とは、ただの知人だった。
探偵の傍には必ずと言っていいほど助手の存在があるが、私はそれにも及ばない。ただ彼女がこの店に来て、座り、カップを傾けるのを眺めていただけだ。
亡くなったと知ったのも、人伝いにだった。
それくらい関係は希薄で、彼女にとって私とはそれほど記憶の中に残る人物ではなかっただろう。
もう、二度と会えるはずはなかった。
私が死んで黄泉へと飛んでも、再会することなんて有り得ないはずなのに。
こんな展開を誰が予測できたと言うのだろうか。
―――
何かがおかしい。そんな奇妙さを感じたのは、周囲の光景がいつの間にか様変わりしていたからだった。
先程までは確かに見慣れた道を歩んでいたはず。己はさして方向音痴でもないし、今までの人生においてこのような経験はあまりなかった。
パッと眩しい何かに目を焼かれ、目を瞑った。
再び目を開いて、眩しさの正体を知りたいと思いながら歩を進めて
……そういえば、私はどこへ向かっていたのだろうか。
目の前にはテーマパークのようなアトラクションが並んでいる。愉快な調子の音楽が流れているが、人っ子一人見当たらない。
ふと振り向くと、そこには先程自分が歩んできた道は存在しなかった。
さて、ここで考えられる可能性はいくつかあるだろう。
一つ、これが夢である場合。ここまではっきりと思想が出来る夢と言えば、明晰夢であろう。そう仮定するならこの突飛な状況は全て私の頭の中で起こっていることであり
…………。
「ねえ、そろそろ良いかしら?」
「
…………」
「ちょっと!無視しないでちょうだいよ!」
……夢だとすると、今私は昏倒でもしていることになる。
流石にそこまで体を酷使した覚えはなく、また精神的に追い詰められていたわけでもない。
だとすると次に考えられる可能性は
……。
「モノゼル!代わりにこの子の案内してちょうだいよ。
……え?仕事を増やすな?元々これは貴方の仕事でしょう」
ぷつり、と思考が途絶える。
目の前のこの女性は、到底己の頭の中の想像とは思えなかった。夢で会うのならば、もっと天使のような存在が良い。
「あの、もしかして先程は私に話しかけていたのですか?」
「
……そうよ、やっと気づいてくれたのね」
目の前の彼女はわざとらしくため息をついた。
それならば、無視してしまったこちらの落ち度である。謝罪をした後ここはどこか、道を知らないかと尋ねるとこれまたわざとらしく口角を吊り上げた。
「ついていらっしゃい、道は知っているわ」
怪しさを感じなかった、と言われれば嘘になる。
それでも今は目の前の彼女に着いていくしかなかった。
――――
「着いたわ、ここでしばらく待っていて」という言葉と共に彼女は消えた。
目の前には規則的に水を吐き出す噴水が鎮座している。もちろん見覚えのないものであったし、不安はさらに強くなった。
けれど、待っていてと言われた以上黙ってここを離れるのも忍びない。
どうしたものかと考えていると、人の話し声が近づいてきた。
「へ〜え!タッスー救急救命士やってるんだ!」
「タッスー?
……ああ、仕事中だったはずなんだが気がついたらここにいてな!少々、いやかなり困惑している」
「えっ、あたしもそう!気がついたらここいた~」
談笑する彼らは、私に気がつくと急ぎ足でこちらに向かってきた。
一方はペコリとお辞儀をし、もう一方はヒラリと手を振っている。
そうして、軽く自己紹介を済ませた後に彼らと情報交換を行う。少しでも自分の置かれている状況が解りたくてした行為であったが、謎が深まるばかりであった。
なんだか頭を抱えたい気分だった。目の前の彼らの人が好いから助かっているが、逆だった場合を考えるだけでも恐ろしい。
「乱咲も似たような状況なのか!」
「ええ、気がついたらここに。それから、いきなり現れた女性に案内されてここまで来たんです」
「女の人
……うちらはアイス食べてる男の人だったよ!」
通天閣くんの言葉に、安藤くんは大きく頷いた。なんでもその男性は「噴水が見えた途端、あれを目指せと言って消えた」らしい。
なんとも怠惰である。まさか先ほどあの女性と言い争っていた相手
……確か名前はモノゼル、だったか。同一人物ではあるまい。
「なあなあ、頭の上のそれって本物なの!?どーやって浮かせてるか教えてよ!」
「本物よ。貴方くらいなら乗せられるけど、乗る?」
「え、いいのか!?」
「うーん、危ないんじゃないかなあ」
ふうと息を吐いた時、またこちらへ向かってくる人影が見えた。私をここまで連れてきた女性と、小学生くらいに見える男の子、それと穏やかな雰囲気の女性が連れ立っている。
「ねえ、貴方たち。モノゼルがここに来なかった?」
面倒になったのか、未だ興味津々といった様子の男の子を手であしらいながら赤い彼女はそういった。
「モノゼルとは、どなたのことでしょうか」
「あー、アイス食べてるひとよ。もしくは
……アイスを持っている人。いたでしょう」
「俺たちを連れてきた人のことだな。そこらあたりまでは一緒にいたんだが、今はどこかへ行ってしまったな!」
安藤くんがそういうと女性はため息を吐いた。とんでもなく不安になるような恨み言が聞こえるのは気のせいだろうか。2人はそれほど仲が良くないらしい。
「その“モノゼルサン”と君ってどーゆう関係なの?」
てかここどこ?知ってる?と続けて通天閣くんは問いを投げかける。
「“モノゼルサン”、聞いてもなんも答えてくれなくてさあ。それこそ名前も!」
「さあ、私も何も答えられないわね。今貴方たちをここに集めているのも、取って食べるためかもしれないわよ」
「この人モノデビルっていうらしいよ!」
「それに、モノゼルさんとは同僚だって、いつもお仕事押し付けられちゃってる
……って言ってたね」
ニコニコと笑顔を浮かべる2人は、赤い女性
……モノデビルくんがプンプンという擬音が聞こえてきそうな表情をしているのにも構わなかった。
モノデビルくんは代わりに答えられたのが不服だったのか、「私、忙しいのよ。次を迎えに行かなきゃ」と言い訳のように並べて去っていってしまった。引き止める暇のない、見事な急足であった。
彼女の背中を皆で見送った後、「おれ、霧矢圭楓!」と男の子が元気よく自己紹介をする。続けて女性が「雨笠志優です。よろしくね」と微笑んだ。
再びの自己紹介を済ませた後、話題はやはりこの状況のことへと移った。
霧矢くん、雨笠くんもやはり私たちと同じように混乱していた。
「あのね、この場所のことなんだけど。私、ここは天国か地獄だと思うの」
「おれは天国だと思うなー、地獄ってもっと怖いイメージある!」
ただ、混乱の理由は私たちと異なっているように見えた。
まるで、今自分が喋っていることすら不思議であると思っているかのようである。
「天国か地獄?」
「うん。だって、おれたち
……」
「ここで少し待っていろ。積もる話もあるだろうしな」
「含みのある言い方ですね。それに、まだ回答をお聞きできていないのですが
……」
聞き間違えか、と思った。あるいは見間違えであればどんなに良かったことか。
突然動きを止め、一点を見つめる私を心配したのか「どうしたの?」と声がかかる。
「
……知り合いなんです。死んだ、はずの」
返答も早々に、私は彼女へと近づいた。
ほとんど走っている状態であっただろうことは間違いない。
こんな、こんなことが起こるだなんて!
二度と会うことができなかった存在が、確かに目の前で動いている。
……息をしている、間違いなく生きている!
彼女だ、探偵の!江戸川イヴだ!
青い彼が消えていった方角を見、彼女はため息を吐いた。そうしてしばし俯いて、駆け寄る私に気がついたのか髪をふわりとなびかせながらこちらを向く。
紛れもない、かつて焦がれた天使そのものに。
私は手を伸ばした。
―――――
「さて、これで全員揃ったか」
「ええ。数えた限りでは。規定より少なかったり、多かったりもしないわ」
全員で18名、彼らも入れれば20名。相変わらず規則的に水を噴き上げる噴水の前にはそれだけの人間が集められていた。
18名が集まった時点で、モノデビルくんから「これで全員ね。モノゼルを呼んでくるから自己紹介でもしていてちょうだい」と言われたため、私たちは軽い自己紹介を済ませていた。
それじゃあ名前と意気込みを1人ずつ、とモノゼルくんが言い始めたのをモノデビルくんが止める。
なんだか助かったような気持ちがするのは何故だろうか。
……意気込み、とは。自己紹介を済ませていなかったら何をさせられていたのだろうか。
「それでは、これからのことについて説明してやろう」
質問は受け付けない、とモノゼルくんは睨みをきかせている。
流石に喋る時はアイスを食べないのか、と妙なところに感心した後、横にいる江戸川くんに倣い、彼の言葉を一字一句聞き逃さぬようにと集中する。
曰く、奇跡によって例外的に死人を生き返らせたのだと彼は語る。
ここは夢の中でもなんでもない、目の前の事象は間違いなく現実に起こっていることである、とわざわざ念押しをもして。
モノゼルくんの言葉は疑いようがない。現に、亡くなった江戸川くんがこうして生前と変わりのない姿で動いている。
これが幻なのか現実なのか、触ってでも確かめられれば良かったのだが。そんなことをすれば蔑まれるのは必須だ、間違いない。
「ずっと焦がれていた人に再会できて良かったわね?人を生き返らせるだなんて、どうかしていると思うけど」
モノデビルくんは笑っている。どこか含みがあるように思えるそれは、こちらの不安をわざと煽っているようだった。
「とても現実に起こっていることとは信じがたいですね。少なくとも、火葬を済ませた人間をこのような状態で生き返らせるすべはないはずです」
江戸川は首を傾げていた。確かに彼女の言う通りである。
土葬の国であれば数日前に死んだはずの人間が奇跡的に生き返ったとして、変わらぬ姿で現れるのは不思議ではあるが不可解ではない。ゾンビなどという怪異が有名なのも、それが所以なのだから。
しかし、ほとんどが荼毘に付されるこの国であり得なかった。まだ幽霊とでも言われた方が信じられる。
「奇跡というのは、滅多に起こせないからこそ奇跡なんだ」
ざわめく私たちを無視し、モノゼルくんは話を続けている。
「オマエたちが元いた場所に帰るためには、もう少し時間がかかる。準備が整うまではここで各々過ごすといい」
そういうと、彼らは紙束を取り出し配り始めた。
渡されたそれには、地図のようなものが描かれている。
「この場所の地図よ。予備はそこら辺にテキトーに置いてあるから、失くしたら自分で取ってちょうだい」
「ここに書かれている場所以外には行けないの?遊園地って書いてあるけど、案内してくれるキャストはいるのかな」
「
……そんなことを知ってどうするんだ?」
「悪いことはしないよ、単純に興味があるだけ。せっかくならこの状況を楽しみたいからね」
にこりと笑みを浮かべながら質問を投げかけたのは、王くんだ。傍らにいる白くんに、続けて皆の方へ同意を求めるように視線をやっている。
「本当にここは安全なのか?」
王くんに続いて、白くんもモノデビルくんたちへ問いかけた。
摩訶不思議な場所であるから、まずは身の安全を心配するのは理に適っている。彼らが答えてくれるかどうかは別ではあるが。
「それくらいなら答えてあげるわ。少なくとも、今は安全よ。余計なことをしなければね」
「僕の質問にも答えてくれない?何か不都合なことでも聞いてしまったかな」
「さあ、どうかしら。安全だと教えてあげたのだから、自分の目で確かめに行けば?」
火花が散っている。王くんもモノデビルくんも一見物腰柔らかではあるが、間違いなく。
全く、肝が据わりすぎているのも問題である。怒られる以上のことはされないだろうが、それでもどこか胃がキリキリと痛む心地がするのは気のせいではないだろう。
「まあいいよ。君の言う通り、動けばわかることだから」
頼んではいないけど、小白を生き返らせてくれたことに免じてここいらで引いてあげる、と王くんは相変わらずのにこやかさを保っている。
対してモノデビルくんは何かを言いたげにしていたが、モノゼルくんに引っ張られていった。
さて、これからどうしたものか。
探偵が謎を解き明かすのが先か、私たちがここから出られるのが先か。はたまた違う道が待っているのか。
それは私が窺い知れるようなことではなかった。
――――――
あれから数日が経過した。今のところ、暇だということ以外は問題なく過ごせてしまっている。
……いや、一部の人にとってはとんでもない危機に陥っていることは間違いなさそうなのだが。
「あのさあ、ここ男子トイレなんだけど。この中まで着いてくるつもり?」
「きゃ、きゃーっ!こっち向いてくれた!スパチャ投げも出来てないのに!」
「全然話聞いてくれないんだね♪」
森木林くんに話しかけられ、途端に浮足立つ七瀬くんはもうここでは殆ど名物になりつつある。
埒の開かなさに森木林くんが辟易し走って逃げるも、七瀬くんはお構いなしのようだ。
赤スパと叫びながら万札の雨を降らせていた時は流石に驚いた。ここでは貨幣を使う機会がないのだから散らかすな、とモノゼルくんに叱られていても、七瀬くんは”赤スパ”をやめなかった。手品か何かと疑うほどに彼女は現金を持っていた。
流石に辟易した森木林くんがモノゼルくんに訴えかけ、現金が回収されたのは昨日のことだ。「後で返す」とは言っていたが、巻き添えを食らったのは少々不満を感じる。
「今日もみんな元気みたいだね、愛くんは?調子はどうかな」
「えっ、吠二ちゃん
……もしかしてあれ見て”元気”って言ってるの?」
唯一くんは恐る恐るといった様子で、追いかけっこを続ける彼らを示した。
それに反律くんは力強く頷いている。
「ちょっと待ってよ!もしかしてこれって新しい企画?視聴者参加型鬼ごっこライブ配信?しかも1on1でって
……きゃーっ!もう愛の逃避行だよっ」
「違うんだけどなあ
……♪」
「ねえ。あれ、僕も参加したいって言ったら受け入れてくれると思う?」
「混ざるつもりなの?めでる、信じらんなーい
……」
その後も反律くんは唯一くんに話しかけ続けていた。唯一くんは最低限の返答をしているが、彼女たちの間には温度差があるのが見て取れる。
友達だった、と言っていたが、そこまで親しくなかったのだろうか。
……さて、何か腹に入れようかと食堂までやってきたはいいもの具体的に食べたいものは浮かばない。
こういったときは周囲の人が何を食べているか見て、美味しそうなものがあればそれに乗ってしまうのも手である。
着想を得ようと食堂を見渡すと、端の方で何やら怪しい雰囲気を纏う二人組がいた。
「将来なあ、このまま前だけ向き続けてればええ感じになるんちゃう?あー、ただ欲出し過ぎると途端に終わる
……かもしれんなあ」
「欲
……あ、じゃあ、あの!今度は恋愛運とか聞いてみたいな、なんて
……!」
「ああ。あのお姉さんとのこと?」
「何で知ってるの!?
……あ、いや、違くて!」
慌てる筒泉くんを見て、渦歹くんはカラカラと上機嫌そうに笑っている。
そりゃあ見てれば分かるよ、と言われた筒泉くんは縮こまってしまった。
「そうやなあ。せっかくまたチャンスもろたんやし、精一杯頑張ってみ?」
「それは、今以上にってことだよね?今でも花を渡して、頑張ってるつもりなんだけど」
「あはは、そこはもっとガツンといかな。伝わるもんも伝わらんよ」
彼らの話の続きが気になるが、食事の参考にはならなさそうだった。
私の腹の虫がもうすぐ大鳴きしそうだったので、名残惜しい気持ちもありつつその場を離れることにする。
今度こそ、と思い再び視線を巡らす。これまた隅の方で、食事をとっているであろう人物が見えた。
しかし、どうやら私はツイていないらしい。その人物は丁度”ごちそうさま”と言って勢いよく立ち上がったところだった。
グギリ。
「い、いっっっったい!!!!!!!腰が!!!!!!!」
……ぎっくり腰だ!
腰を抑えて蹲る霞澤くんに私は駆け寄り、大丈夫かと声を掛けた。
「だ、だいじょうぶ、うっ、動けないけど多分大丈夫
……今動いたら間違いなく、し、死んじゃうだけだから
……!」
……それは、大丈夫とは言えないのではないのだろうか?
ともかく、私にはどうすることも出来なかった。こういうことに詳しそうな人はここにいないのか。
ここにいるのは占いと言う名の人生相談をしていた2人、それに
……。
「霞澤、大丈夫か?こういう時は焦ると悪化するからな、楽な体勢で待っていてくれ」
いた。間違いなく頼もしい、頼れるであろう大人が。
百鬼くんの声かけに霞澤くんは小さく頷く。続いて私に向け”少しの間、代わりに見ていてやってほしい”と言い、彼は厨房へと入っていった。
数分も経たぬうちに、百鬼くんは両手に何かを携えて帰ってきた。氷とタオルだろうか。
簡単な氷嚢を作った後、それを霞澤くんの腰に当てた。うっといううめき声が響く。
「あっあの、ご迷惑を、おかけ
……」
「これくらい迷惑でもなんでもない。困っているやつがいたら助けるのは当たり前のことだからな」
「うっ
……ありがとう、ございます
……」
運動不足が祟り、それが腰に来てしまったらしい霞澤くんは相当落ち込んでいるように見えた。
誰も寄せ付けないような雰囲気を纏っていたが、実際にはそんなことはないのかもしれない。
とにかく、食事をとれるのはしばらく後になりそうだった。
―――――――
無事食事もとれたことだし、次はどうしようか。そう考えた時にふと試していないことがあることに気がついた。
ここの地図を貰った時の話を思い出したのだ。地図の範囲外はどうなっているのか。誰かが試したという話も聞かないし、確かめに行くのも悪くないだろう。
そう思いながら意気揚々と宿舎の外へと向かう。奇遇にも、噴水広場からこちらに向かって人がやってきていた。
江戸川くんだ。しかも、”どこか行くんですか”なんて聞かれてしまった。探偵の質問に答えぬわけにはいかない。
「なるほど、確かに今の今まですっかり忘れてしまっていましたね。私もご一緒しても良いでしょうか?」
「
……勿論!」
何ということだ、まさかこんな機会が訪れるだなんて。全くの想定外だ。
もしかしたら、探偵の所業を誰よりも間近で目撃することが出来るかもしれない!
「それで、どちらの方角に向かうつもりだったんですか?」
「そこはあまり考えていなかったんですが
……江戸川くんは、遊園地の方へ向かったことはありますか?」
「いえ、ありません。そんな気分にもなれませんでしたから」
「では、そちらへ向かいましょうか」
彼女は小さく頷いた。それからしばらく歩き、ようやく遊園地の近くへとやってきた。
地図が簡素なため狭く感じられるが、実際は相当な広さがある。これは地図の範囲外へ行くのにも骨が折れそうだ。
「あれ、なにしてるの?もしかして遊びに来た?」
遊園地の方から出てきた双子は、どうやら先ほどまで遊んでいたらしい。
楽しかった!と朗らかに笑う右舷くんとは対照的に、左舷くんはコクリと頷いたのみだった。
遊びに来たわけではないんだ、と答えると左舷くんは不思議そうな顔を浮かべる。
『じゃあ、散歩中とか?』
スケッチブックに書かれたそれにも首を振る。事情を話すと、双子は顔を見合わせた。
「地図の外?私たちも試したけど、多分無理なんじゃないかなあ」
「それは
……何故でしょうか。ここからでは見えないけれど、壁に囲まれてしまっていたりするんですか?」
『聞くより、体験するのがいいと思う』
左舷くんがスケッチブックを掲げるや否や、行こう!と右舷くんは元気よく飛び出す。それに江戸川くんが続き、少し遅れて私も着いて行く。
遊園地を越えるだけでも一苦労だ。進む方向をもう少し考えるべきだったかもしれないと思いつつ、他の道を選んでいたら双子には出会えなかっただろうことを思うとこれで正解だったのかもしれない。
たわいのない話をしながら歩を進める。向かう先はまるでモヤがかかったかのようにぼんやりとした景色が広がっている。
進めど進めど、端はおろか遠景が近づくこともない。これは苦労しそうだ、無理だと言うのも正しいだろう。
どれくらいの時間をかければ端に着くか、思考を巡らせる。足を前に出す。手を振って、口を開いて、それから。
それから?
……。
気がつくと、私たちは宿舎の目の前に立っていた。
「ね、無理だって言ったでしょ?」
『何回試しても、こうなるんだ』
双子は、呆然とする私を見つめている。
「一定以上の距離を離れると、こうして戻ってきてしまうんですね」
江戸川くんは真剣に考え込んでいた。確かにこれは大きな謎だ。
探偵が解き明かすに値する。
何はともあれ、今はここを脱出する方法はないのだろう。
――――――――
「
…………ない!」
突然の大絶叫だった。自室で休んでいた私にもはっきりと聞こえるくらいのそれに、慌てて部屋の外へと向かう。
何が起きたのかと首を傾げていると、今まで用途が謎であった天井のスピーカーからノイズ音と共に怒号が流れてきた。
≪全員今すぐ!食堂に集合するように!≫
耳の奥がキーンとするほどの大音量だった。
一体何が始まるのであろうか。用もないことだし、私は足早に食堂へと向かった。
「
……さて、全員集まったな」
食堂には、不機嫌そうなモノゼルくんが待っていた。
彼に気圧され私は口を噤んでいたのだが、集まっていた中にはそんなことを微塵も意にかけないものもいた。
「それで?何が起こったのかそろそろ説明してくれるの?」
「叫び声が聞こえたから、飛んできたのだが。何か事件でも起こったのか?」
唯一くんと百鬼くんに続けざまに質問されたモノゼルくんは、もはや苛立ちを隠さない。
ぼそぼそと何かを呟いているようだが、よく聞き取れなかった。
「
……なくなったんだ」
「オレのアイスが、誰かに食べられてなくなったんだ!!!!」
……。
ええ?
一同の頭の上にははてなが浮かんでいる。
確かに、モノゼルくんは常にアイスを携帯していたが今はしていない。その原因が”他人に食べられたことによる在庫切れ”であればそうなのかとは思うが、まさか。
「犯人捜しでもさせる気か?」
「ああ。いい機会だから、レクリエーションにでもしようと思ってな」
反発の声が上がるのを無視して、裁判場があるのは知っているな、捜査をしてそこで犯人を当ててみせろ、とモノゼルくんは手を広げた。
地図に載っていた、周りから浮いているあの建物のことだろう。遊園地、噴水と並んでいるにしてはあまりにも現実的すぎるそれのことだ。
「そんな、アイスを食べただけで大事にしなくてもいいんじゃないか?今名乗り出て謝れば
……」
「いい機会だと言っただろう。いずれ裁判が起こる、それのための練習だ」
質問をした反律くんを筆頭に、私たちの頭の中は更に混乱した。
いずれ起こる裁判とは果たして何なのか。私たちが置いてけぼりになっているのも想定の範囲内といった様子だ。
「それ、本当に参加する意味あるの?私推し事あるし、忙しいんだけどな」
自由参加なら私はパス、と七瀬くんは興味なさげだ。
結局強制参加だと言われ、不満をあらわにしていた。
「けれど、今のままでは特段やる気が起こらないのも事実ですよ」
江戸川くんの目は、しっかりと前を見ていた。
「何か一つ、報酬でもいただければ話は別でしょうが」
上手い誘導だった。今のままではきっと、レクリエーションは成り立たない。
反発しているものがほとんどで、モノゼルくんの嫌う面倒事に発展する可能性も無きにしも非ずだった。
「いいだろう。裁判が終わったら、先着で一つだけ質問に答えてやろう」
「なんでもですか?」
「ああ、もちろん」
取引成立だった。先着で一つだけ、というのには少しけち臭さを感じたが、これ以上の譲歩は望めない。
それから少し説明を受け、私たちはレクリエーション
……”プレ裁判”に向けての捜査を行うことになった。
与えられた時間は30分ほど。なんでも”そこまでの謎ではないからな”とのことらしい。
「それにしても、そんなに大事なものだったのかな?あのアイスって」
小白はどう思う?なんて言って、王くんは笑っている。
「
……彼にとって、薬のようなものなのかと」
アイス依存症とでも言いたいのだろうか。白くんの返答が気に入ったのか、王くんは更に上機嫌になっていた。
「捜査っていきなり言われてもさ、何したらいいのかわかんないよね♪イヴくん、どうしたらいいか教えてよ♪」
「そうですね。流石にアイスを食べた犯人を捜す、というのは私も初めてのことなのですが
……捜査では、変だと思えるものを探すのが鉄則ではありますよ」
森木林くんは話を聞いているのかいないのか、曖昧に頷くと大量の口説き文句を口から吐き出し始めた。江戸川くんは意に介していないが、柱の影から七瀬くんがそちらを睨んでいる。後で恐ろしいことにならなければ良いが。
「変なものなあ
……いきなりそう言われても、困るわあ」
渦歹くんはあまりやる気がないようで、厨房付近の椅子に腰かけてお茶を啜っている。
「犯人
……クロっていうんやったっけ?その人もなあ、かわいそうに」
「えっ、かがちんいつの間にお湯沸かしたの!?あれ、結構沸くまで時間かかるよね!」
「さあ?うちは誰かが沸かしたのを拝借しただけで
……」
「えっ、珍しー!あんまし使われてないよね、あれ」
「
……”変なもの”だ」
渦歹くんと通天閣くんの会話を聞き、私は途端にそう思った。
【証拠】湯が沸かされた、厨房のポット
「アイスが無くなったのってさ、お昼の後だよね?」
「ああ、恐らくな。昼のアイスを取った時に、数本残っていたのを見たから間違いない」
「ふーん?
……ねえねえ、そこのお二人さん!ちょっと良い?」
呼ばれた気がしたので振り返ると、右舷くんと左舷くん、それにモノゼルくんが話している様子だった。
そこの二人、とは私と江戸川くんのことだろうか。目をぱちくりとさせていると、早く来てーと急かされてしまった。
「ちょっと一緒に考えてよ、そういうの得意そうじゃん?」
右舷くん曰く、することがなかったのでお昼時からしばらく左舷くんと食堂で過ごしていたらしい。
可愛いクッキーも見つけたんだ、とはしゃいでいた。
『ボクたちがいる間に、数人出入りしてた人がいたんだ。多分クロはその中の誰かだと思う』
左舷くんは、目撃したという人の名前を上げていく。これで、候補をだいぶ絞りこむことが出来そうだ。
【証言】厨房に出入りしていた人は全部で3人
「先ほど気になることが聞こえたのですが、数本残っていたアイスが全てなくなっていたのですか?」
「ああ」
「では、クロは複数人いらっしゃるんですね」
「それは違うな。クロは一人だ」
モノゼルくんは、犯人が誰かということはもう分かっているようだった。
でなければ、ここまでキッパリ言い切ることは出来ないだろう。
「あのアイスは美味すぎるんだ。オマエたち人間にとっては特に、な」
【証拠】アイスはめちゃくちゃ美味しい
「
……だとしても、数本一気に食べてしまえば具合が悪くなることは予想できますけど」
「関係ない。美味いものは食うに限るだろう」
「はあ、そうですか
……」
何故か自慢げなモノゼルくんを見て、江戸川くんは半ば呆れていた。
その後も捜査は続けられたが、特段手がかりになりそうなものは見つからなかった。
30分とは案外短いものである。
≪時間になりましたので、裁判場までお集まりください。繰り返します
―――――≫
―裁判開始
―
初めて入る裁判場は、異様な形をしていた。
円形に木枠のついた台座が並べられ、そこに各個人の名前が振り当てられている。
奥の方には法廷などでよく見る壇が置かれており、モノデビルくんとモノゼルくんが着席していた。壇の後ろには、モニターがあり、ピカピカと点滅している。
「今回のシロは
……ププ、モノゼルのアイスね。それを胃の中に隠したクロを見つけなさい」
結論が出たと判断したら、投票を行うわ、などとモノデビルくんは流れを簡単に説明した。
木槌が振り下ろされ、カツンと音が鳴る。それを合図に、裁判が始まったようだった。
「結論から言ってしまうと、今回のクロ候補はお三方のうちの誰かなんです」
江戸川くんはそう言うと、3人の人物の名前を口にした。
安藤くん、筒泉くん、霞澤くん。左舷くんたちに教えてもらった、厨房に出入りしていたらしい3人だ。
「俺か!?確かに厨房には入ったけど、昼食を作っただけでアイスは食べてないぞ!」
右舷と左舷がドデカいオムライスを食べたいというからな
……と、安藤くんは続ける。
先ほどからしているジェスチャーは、もしかして作ったオムライスの大きさを表しているのだろうか。確かに相当大きい。
「というより
……お前たち、司と一緒に厨房覗いてたよな!」
「あー。うん、そうだったかも。アハハ」
どうやら感動が大きすぎたせいで、記憶がオムライスに乗っ取られていたらしい。
どこか申し訳なさそうな左舷くんを見て、右舷くんはケラケラと笑っていた。
「それじゃあ次に厨房に入ったのは
……筒泉さんだそうですけど。何かアリバイ等はありますか?」
「あっ!その前にさ!蓮綺が言いたいことあるんだって!
……な、蓮綺!」
「え、うん。その、何といったらいいのか
……」
霧矢くんにバシンと背中を押された霞澤くんは、言葉を選んでいるようだった。
「僕、筒泉さんがアイス食べてるの見ました
……!!」
【証言】今回のクロは筒泉華雅弥である
「あの、食べ過ぎちゃったみたいで具合悪そうだったから
……温かい飲み物飲むといいかもって教えて
……」
「えっ
……華雅弥くん、アイス食べちゃったの?」
霞澤くんの決定的な証言と、雨笠くんという憧れの人からのトドメもあってか、筒泉くんは固まっていた。
「さて、結論は出たみたいね。投票に移りましょう」
↺アイスを食べたクロは?
→筒泉華雅弥
「ごめんなさいっ!アイス食べたの、僕です!」
でかでかとモニターに投票結果が表示されると同時に、彼は大きな声で謝った。
まさかこんなことになるなんて、と呟いている。それには同感である。
「華雅弥くん、体調はもう大丈夫なの?」
「えっ、うん!もう元気だよ、お姉さん
……!」
「そっか、それなら良かった」
実にほのぼのとした空気が裁判場を包み込む。
が、それを許さないものが一人いた。
「おい、忘れていないだろうな」
「説明したはずだ。クロには”オシオキ”を受けてもらうとな」
モノゼルくんはどこから取り出したのか、赤いボタンを携えていた。
彼はためらいもなく、それを押す。何が起こるのかと私たちが身構えると、それは筒泉くんの上に降り注いだ。
ゴン!ゴンゴゴゴン!
……たらいだ。それも、5連続で。
―裁判終了
―
「
……こんなことをして、本当に意味はあったのか?」
たらいが直撃した箇所を抑える筒泉くんに駆け寄る雨笠くんを見て、私は思わずそう呟いた。モノデビルくんがニヤリと笑ったのを見て、しまったと思った時にはもう遅くて。
「言ったでしょう、今後に備えるためよ。これから何回も裁判をする羽目になるでしょうから、練習させてあげたの」
質問には答えたわ、と彼女は笑った。そのまま、モノデビルくんとモノゼルくんはどこかへ去ってしまって。
「
……してやられましたね。ただ、これから起こることについてのヒントは得られました」
明らかな失態だった。けれど江戸川くんはポジティブに考えているようだ。
確かに、今後何度も裁判をする羽目になるとはどういう事なのか。
何やら不穏なものを感じて、私は背筋が凍るようだった。
―――――――――
「結局、なんでうちらが呼ばれたのかは分からんままやなあ」
「んね。かがちんとまた会えたのはうれしーんだけど!」
渦歹くんと通天閣くんは、そういってじゃれついていた。
丁度お昼時なのも相まって、ここ食堂には人が大勢いる。彼女たちの言葉に何か思うところがあったものは多かったのだろう。かく言う私もそのうちの一人である。
「私はワケとかどうでもいいかな。今不満があるとしたら、女の子がちょっと多すぎるってことくらいよ!」
七瀬くんは相当お怒りなのか、御馳走様と言って食堂を出ていってしまった。恐らく、先に食堂を出てどこかへ行ってしまった森木林くんを探すのだろう。
「
……これを食べ終わったら、モノデビルさんかモノゼルさんを探しに行きますね」
付け合わせのピーマンを避けつつ、江戸川くんはチラリと周りを見た。
私も探しに行くとしよう。彼女だけに任せるのはなんだか申し訳ない。
しかし、どこを探せば見つかるのだろうか。彼らはいつも、気まぐれに現れる。
とりあえずは虱潰しに宿舎から見ていこう。
食堂を出ると、玄関から雨傘くんと筒泉くんが入ってくるところだった。
「あ、あの!お姉さん、これどうぞ!」
「ありがとう、可愛いお花だね。どこかに咲いてたの?」
実にほのぼのとしたやりとりだった。彼の青春を邪魔するわけにはいくまい。他に暇そうな人がいたら助力を願い出ることにしよう。
地下一階を覗くと、カコンカコンという軽快な音が響いていた。どうやら誰かが卓球場で遊んでいるらしい。
戸から中を伺うと、白熱した試合が繰り広げられているようだった。
しかしどうやら、熱視線を送りすぎてしまったらしい。彼らは試合を中断し、こちらへと歩み寄ってくる。
「何かあったのか?もしかして、この後ここを使う予定でもあったか
……!?」
「いえ、そうではないのですが
……」
ラケットを取り出す安藤くんに首を振り、私は事情を説明する。モノデビルくんとモノゼルくんを探している、心当たりはないか、と。
百鬼くんは心当たりはないな、と首をかしげている。
「だが、探すのを手伝うことは出来る。同行しても良いか?」
これは頼もしい味方が出来たものだ。
まずはどこを探すのかという質問に、私は宿舎からと答えた。あの2人に出会える可能性は低いかもしれないが、探しておいて損はない。
1階にいたらすぐわかるだろう、とのことで上階を目指すことに。階段を上っていると、踊り場のすぐ近くに白くんと右舷くんがいた。
「あれ、大所帯だね。しかも珍しい組み合わせ!何してるの?」
「人探しをしているんです。そちらは何をされていたんですか?」
「世間話だ。特段面白いことは話していない」
白くんは続けて用事もないから失礼する、と言って階下へ降りていってしまった。対する右舷くんはというと、何かを考えている様子で。
「あ。さっき探偵さんたちも人探ししてるって言ってたけど、もしかして悪魔のお姉さんか天使のお兄さんのこと?」
その通りだった。江戸川くんはどうやら上の階にいるらしい。手伝ってくれば?ここ広いもんね、なんていう言葉につられそうにはなったが、それはそれ、だ。2階の探索が済んでいない。
しかし人手がいることは間違いないので、私たちはじゃんけんをすることにした。勝った人2人が上に向かい、残りはこの階の探索を。
結局勝者は私と百鬼くんで、右舷くんと安藤くんは早速2階の探索へと乗り出していた。
「
……こんにちは。先ほど振りですね」
階段を進むと、江戸川くんが何かを考えている様子で廊下の先を見つめていた。
百鬼くんが声を掛けるとこちらに気がついたようだ。
「人探しのお手伝いを?それはありがたいのですが、もうここはあらかた見終えてしまったんですよね。霞澤さんにも手を貸していただいていますし
……」
不躾ですがお手洗いも覗かせていただきましたが、誰も使用している様子はなかったんです、と江戸川くんは残念そうに首を振る。
私たちの話も聞いて、恐らく宿舎にはあの2人はいないだろうとの結論に落ち着いたらしい。
「それで、今は何を見ていたんだ?何か心配事でも
……」
「霞澤さんに倉庫の調査はお任せしたのですが、一向に出てこないことが気にかかって。見て回るだけであれば時間はさほどかからないはずなのですが」
誰かが散らかして大惨事にでもなっているのだろうか?
様子を見に行くべきかもしれない、と思案したところで倉庫の扉が開かれた。
「あっ、そ、そこで、ひ、ひと、ひとが」
転がるように廊下にでてきた霞澤くんは、見ているこちらが可哀想になるほど動揺していた。
何があったのだろうか。腰を抜かしてしまっているようだ。
「しっ
……しんでるんだ
……反律さんが!!」
衝撃的な言葉を聞いて、真っ先に動いたのは2人だった。
百鬼くんと江戸川くん。この場にいた誰かを救う人間だ。
動けずにいる霞澤くんに大丈夫かと手を差し伸べる。
彼はおっかなびっくりと言った様子で手を取り立ち上がると、小さな声でありがとうと呟いた。
それにしても、本当に反律くんが?
この状況では殺人を犯すメリットよりも遥かにデメリットの方が多いと言うのに。
少々ズレた論点であることは分かっていたが、不思議でしょうがなかった。
倉庫から江戸川くんが出てくる。彼女は「
……脈がありませんでした」と首を振った。
恐る恐る室内を覗いて見ると、血だまりが広がっていた。
……人生のうちに二度も死ぬ機会があるだなんて、実に数奇である。
≪死体が発見されました、至急宿舎3階倉庫までお集まりください。繰り返します
―――――≫
放送を聞いてぱらぱらと人が集まってくる。私を含め、大半は何が起こったのかあまり理解していない様子だった。
なぜ全員を呼び集める必要があるのか。間違いなく人ひとりが死んでいるのだ、そんなことをしている場合ではないように思える。
……というのは、正常な空間での話だ。
何か意図があることは間違いない。それも、私の予想の斜め上をいくようなそれが。
想像力には自信があるが、生憎推理力はさほど高くはない。それこそ探偵や警察の得意分野である。
全員がこの場に集まったタイミングを見計らったように、モノデビルくんとモノゼルくんが現れる。
「なあ!なんでおれたち集められたんだ?したいがどうとかって聞こえたけど」
霧矢くんは元気よくそう告げる。何があるのかと倉庫内を覗こうとしたが、数人に止められて見れなかった、としょぼくれてもいた。それはそうだ。あれは小学生に見せられるようなものではない。
「これからしてもらうことの説明よ。準備が整ったの」
モノデビルくんは、笑みを浮かべている。
「彼女が死んだのは、いいタイミングだったわね」
「は
……吠二ちゃんが死んだのがいいタイミングってどういう意味?」
切迫した表情でそう訴えるのは唯一くんだ。遠目から見てわかるほど、力強く何かに耐えるように拳を握っている。
「吠二ちゃん、自殺じゃないよね?そうじゃないとしたら、なんで
……」
「反律吠二は死んでいない。オマエら、確認はしたのか」
そんなはずはなかった。意味の分からぬことを言うモノゼルくんに、一同は首を傾げる。
そもそも、先ほどの放送では確かに「死体が発見された」と言っていたし、その前に百鬼くんたちが確認したはずだ。確実に、反律くんは生きてはいなかった。
「いい加減出てきたらどうなんだ、反律吠二」
その言葉を合図に、倉庫のドアが内側から開かれた。
乾いた血に塗れて、顔色は死人のよう。酷い有様であったが、間違いなく彼女は動いていた。
「
……あ、あの
……何が、どうなっているんだい?」
彼女は、ここにいる全員の心の声を代表したかのようにそう言う。
死んだはずじゃ、と呟いているのが聞こえた。
『ここじゃ、死のうとしても死ねないってこと?』
左舷くんは無表情にスケッチブックを掲げている。
『殺されても?』
「そこの説明をしたくて呼んだのよ!けど
……ここじゃあふさわしくないから、みんなで移動しましょうか」
レッツゴー!とモノデビルくんは拳を突き上げる。まるでこれから遊びに行くかのようなテンションだった。
なんだか、恐ろしい予感がした。
――――――――――
私たちは、再び裁判場に足を踏み入れた。
レクリエーション行ったばかりの場所なのに、以前と違い異質な空気が漂っているような気がするのは考え過ぎだろうか。
いや、間違いなく変化している。以前よりも薄暗く、部屋の全容が分からない。
不安を煽るようなそれに、私は思わずつばを飲み込んだ。
「それじゃあ、始めましょうか」
各々が振り当てられた場所に着くと、モノデビルくんがパチンと指を鳴らした。
それと同時に、マジックのように皆の目の前に一枚の紙が現れる。
”共同生活におけるルール”
・地図に記された範囲内で共同生活を送りましょう。共同生活の期限はありません。
・共同生活では、宿舎に設けられた個室を是非ご利用ください。個室間の行き来は自由です。
・この場所について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。
・モノデビル、モノゼルへの暴力を禁じます。設備の破壊を禁じます。
・共同生活期間中は、自死することが出来ません。人の手でのみ死を迎えることが出来ます。
・仲間の誰かを殺したクロは"卒業"となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。
「自死は出来ないけど、殺害は出来るんだ?」
王くんはいつもと変わらぬ笑みを浮かべ、その条項が書かれた辺りをトントンと指している。
「殺害を禁じる、ってルールがないけど。当たり前のことだから書いていないだけ?」
「ここに書かれていること以外のルールは今のところはない。自殺はしても無駄だからするな。そこのオマエのように、惨めな姿になりたくなければな」
モノゼルくんに指差された反律くんは、ばつの悪そうな表情を浮かべている。
「
……なんでまた自殺なんてしちゃったの?」
「それは、その。聞いちゃったんだ。愛くんが
……」
喋る二人をよそに、森木林くんが手を上げる。喋って良いとばかりにモノデビルくんが頷くと、彼は間髪入れずに口を開いた。
「あのさあ、自殺は無駄だって分かったけど、本当に
……例えばそこの女に俺が刺されたら、普通にまた死ぬ可能性があるってこと?」
「ええ、そうよ」
「俺嫌なんだけど。てか信じられないんだけど。一回生き返らせてくれたなら、そのまま
……」
「ごねるな、面倒だ。
……実演して見せる方が早いだろう」
先ほどよりも眉間のしわが深くなったモノゼルくんは、苛立ちを隠し切れない様子だった。
「いいか?一瞬だからよく見ているといい」
そう言うと、彼はある一点に視線をやった。釣られるように、私もそちらへと目を向ける。
彼の言う通り、ほんの一瞬のことだった。
ぱちりと瞬きをする間に事が終わり、彼女の一番傍にいた唯一くんが悲鳴を上げている。
どこかから飛んできた黒い槍は、反律くんを穿っていた。
「丁度よかったな。簡単に自死する愚か者は排除できたし、五月蠅いやつは口を噤んだ」
「生き返らせたいやつがいるだろう。生き返りたいやつもいるだろう」
「元の世界に戻りたいのであれば、他人を蹴落とせ。殺してでも、権利を勝ち取れ」
「用意された椅子は少ないのだから。欲を出さないと、次死ぬのはオマエかもしれないな」
コロシアイをしよう。主もそれを望んでいる。
そう言って、天使と悪魔は笑っていた。
↺プロローグ 完