2024-10-20 19:20:26
4299文字
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花を摘むひと2

源氏方式エメアゼ概念



 ハーデスが庇護してきた愛し子はアゼムとなって、小さな身体でハーデスの知り得ぬたくさんの事象と向き合っているらしい。様々な傷を負いながらも帰ってくるたびにいの一番にハーデス! と笑顔で飛び込んでくる少女を、いつまでも落ち着きがない子供だ、とは思えなかった。すらりと伸びた手足も、柔らかく丸みを帯びた身体も、細い腰も。抱き止めるたびに、これはもう幼い少女ではない、と突きつけられて、同時に無邪気に笑いかける笑顔は変わらなくて。
 ただ一介の研究者に過ぎないハーデスが彼女の助けになることなぞ、その眼で知り得た知識ぐらいしかない。
 それでも、どうやらアゼムにとってハーデスはずっとずっと頼れる友人という立ち位置らしい。

「今度ちょっと南西の方の地脈と風脈の乱れの調査に行くんだけど、ハーデス一緒に来てくれない?」
 アゼムとして独り立ちし、住まいを与えられているというのに彼女はアーモロートに帰るといつもハーデスの家に入り浸る。自分の家よりこの家の方が詳しいからね! なんて笑いながら、当たり前の顔をしてハーデスがいない間に入り込み、食事を用意して待っている。稀にハーデスが研究が立て込んで帰宅が遅くなった時、冷めた料理が並ぶ机に伏して眠っているのを見た時に、常に彼女の居場所を確認しよう、と決意をしたものだ。
 今日もまた、アゼムはハーデスの家のリビングにて、ソファーに座るハーデスの膝の上に乗っていた。もうずっと、彼女の定位置はここである。それこそ、ハーデスの腰よりも低かった身長が胸程まで伸びた今も、変わらずに。ぱたぱたと遊ぶように揺れる足がエメトセルクのローブを揺らめかせる。
……それは、委員会からお前に与えられた任務なのでは?」
「そうなの。でね、必要な人材を考えていて、私には! ハーデスが!! 必要!! あなたは私と一緒に旅に出たくない? ねえ、やだ?」
 ぎゅう、とエメトセルクにしがみつく姿は幼児と変わらない。けれども確かに柔らかいものが押し付けられるのだから、彼女は決して子供ではないと思い知らされる。
「わかった、わかったから離れろ。アゼムだろうにお前は」
……私はアゼムだけど、アゼムである前にあなたの———だもん」
 ハーデスの首に腕を絡めたまま少し離れ、むすぅ、とアゼムが唇を尖らせる。あなたの、だなんて。そんな情熱的な言葉、どこで覚えてきたのやら。ハーデスは苦く笑いながらくしゃりとアゼムの髪を撫でた。
「で、出発はいつなんだ」
 その言葉に含まれた肯定を理解し、アゼムがパッと笑う。嬉しい、と満面の笑みで伝えながら明るく答えた。
「明日の朝!」
「お前、馬鹿、準備も根回しも……っ」
「根回しはヒュトロダエウスにお願いしたから、明日早起きして準備すれば大丈夫だよ〜。旅に必要なものは全部用意できるし、あなたさえきてくれれば完璧!」
 ねっ、とアゼムがまたぎゅう、とエメトセルクに抱き付く。大好き! と素直に伝えてくるアゼムの背中を撫でながら、ハーデスは小さく息を吐く。どんなにお前はもう子供じゃない、と突き放したって、アゼムはアゼムで、ハーデスに懐いている、慕っている、と言うのを全身で伝えてくる。それがどうしようもなく大切で、時折胸が騒めくをその意味から目を逸らしながら、エメトセルクはゆっくりとアゼムの髪をかき混ぜた。


 戦う手段、と言うのは。星と共に歩むのに必ずしも必要なものではなく、それこそ荒事は全て使い魔に任せる人も多い。
「いや、でも大抵より私の方が強いし、早いし……
 風脈を乱す原因となっていた突然変異で凶暴化した魔法生物を叩きのめし、エーテルに還しながらアゼムが頷く。背負っていた斧をパッと消して、アゼムはひょい、とハーデスの元に戻ってくる。
「それに私は自分の目と耳と手と足を使って確認することを望んでるから、こうして倒すのもね、ちゃんと自分の手でやりたいなって」
「そうか」
 そう返しながらも、大切に庇護してきた少女に守られている、と言うのはなんとも絶妙な気持ちになる。騒めくエーテルが元あった美しい形に戻ろうとしているのを確認し、ハーデスは視界を戻した。
「半日は転移も飛行も無理だな」
「なら今日はここで野宿だ」
 ぱん、とアゼムが手を叩けば、簡易的なテントが現れる。中を除けば魔法で拡張されたごく一般的なワンルームの部屋が広がっているが、ハーデスはちらりとアゼムを見た。
「ベッドが一つなのは仕方ないとして、ソファーはないのか」
「ないよそりゃ。私用のやつだし」
「せめて作っておけ……
 ハーデスが指を鳴らそうとして、けれどアゼムはその手を掴んで止める。
「なんだ」
「えっ? ぎゅってして寝るんじゃないの!?」
「は?」
 ぷくーっと膨れ面のアゼムを困惑と驚愕で見下ろす。アゼムはハーデスの手を引っ張るとぎゅう、としがみついた。
「だって! 最近全然一緒に寝てくれない! 朝起きたら君、大体リビングにいる!!」
「いや……お前、もう大人だろう…………
「やだーっ! ハーデスと一緒がいい! 一緒に寝る! くっつきたい!!」
「子守唄で添い寝の歳じゃないだろう、アゼムとしての自覚は」
「アゼムとしてハーデスと一緒に寝ることを推奨する!!」
 やだやだーっと引っ付いたアゼムがもうどうにもならないことはきっとハーデスが一番よくわかってる。それでも、と渋ったところに、目を潤ませたアゼムがハーデスを見上げた。
「お願い、ハーデス!」
 結局。昔から、彼女のお願いに弱いのだ。苦く吐き出された溜息に勝利を確信したアゼムが顔を輝かせ、やったあ! と飛び跳ねた。



 寄り添って眠るには狭いベッドで、アゼムは遠慮なく隙間を無くすようにぎゅうぎゅうと詰めてくる。人とそういった関係を持ったことが無いハーデスだが、なるほど、人の温度とは心地いいものなのだと知ったのは、幼いアゼムの体温だった。それがこうして柔らかさとまろさを帯びてすらりと手足が伸びてもなお、伸びた手足を絡めて、柔らかな曲線を押しつけて、むふーっと変わらずに笑うアゼムに、ほんのりとした感情がじわりと芽生えているのを、ハーデスは丁寧に丁寧に押し込めた。
「お前はいつもこうして旅しているのか?」
「まあね。でも空が綺麗だと外で野宿したりもするよ」
「危ないだろう」
「結界張ってるし、そういう時はね、目を閉じてるけど耳は働いてるからすぐ起きれるの」
「休めているのか、それは」
「充分!」
 肩まで毛布をかけてやれば、ハーデスの肩に頬を押し付け、アゼムが小さく息を吐く。
「ねえ、ハーデス。……ハーデスはさぁ、キスってしたことある?」
 いきなり何の話だ、と肩が跳ねそうになるのを気合いで抑え、ハーデスはなんだ、と答えた。
「頬や額へのキスならお前にもしてるだろう」
「そうだよねー。うん……この間、ね。急に口にね、キスされそうになって」
「は?」
 ハーデスが少し身を起こしてアゼムを見下ろせば、寒い! と怒って引き戻された。
「イオゲルムと一緒に任務に行っててね、滞在していた研究施設で暇な時ちょこちょこお悩み相談に乗ってて」
……暇な時があるのか?」
「だって私いざって時要員だから何もなければ暇だったんだよ! でね、その中で失恋した人がいて。私恋とかわからないから、ただ話を聞いていたんだけど」
…………
「そしたらなんか、新しい恋をしましたって言われて、好きですって言われて、さぁ……
……で、お前は何で答えたんだ」
 ほんの、少し。抱き締める力が強くなったことに、アゼムが気付かなければいいと思った。アゼムはハーデスの肩に頬をくっつけたまま、んー、と呟く。
「好きとかよくわからないけど、君に恋はしてないよって答えて」
「そうか」
「で、そしたら無理矢理腕を引っ張られて、やり返したら怪我させちゃう、って思ったら動けなくて。でも気付いたイオゲルムが止めてくれてね、それから今後百年接触禁止ってことで終わった」
 びっくりしちゃった、と呟くアゼムをしっかり抱き寄せて抱え込むと、ハーデスはその腕をゆっくり摩った。
「怖くはなかったか」
「ううん。でも、私よくわからなくて。どうして唇へのキスだけ特別なのかなって」
 ヴェーネスめ、と恨みごとを言いたくなる。そういったことを学ぶ環境を、アゼムは与えられては来なかった。ハーデスもそれを教えることは叶わず、その結果どうにも純真で無垢で知識が中途半端な女が一人、出来上がりつつある。
「頬とか、額とか。同じ皮膚には変わりないのに」
……それを赦すのが、唯一というのが大切なのではないか、と私は思う、が」
 ゆいいつ、と。アゼムは呟いてハーデスを見上げる。その、柔らかそうな唇がほんのりと開いて、息を少し吸って、ハーデス、と音を作った。
「それは、君ではないの?」
 ああ、本当に。
 よく、思うのだ。少女をハーデスに預けてしまったのは、良くなかった、と。
 ハーデスは少し身体を起こし、アゼムの顔の横に腕を付く。上から見下ろされ、髪がさらりとアゼムに影をつくった。
「それが私で、お前はいいのか?」
 ぱちん、と。瞬きをして。アゼムは嬉しそうに笑った。
「私、ハーデスからいろんなことを教わるの、好きだよ」
 どこまでも信頼して、懐いて。それを利用して手放さないのはどちらなのだろうか。
 目を閉じろ、とハーデスが低く囁けば、ぎゅう、とアゼムが目を閉じる。力み過ぎだと笑いながら瞼に口付けて、そのままゆっくりハーデスはその唇に、己の唇を重ねた。
 柔らかくて、温かくて。きっとその感触を、アゼムは永遠に忘れられないんだろうな、と考えながら。ゆっくりと離れて、頬を撫でられる感覚にゆっくりと目を開いて。
 その、強く光った星色の瞳がアゼムを見ていて。アゼムだけを、写していて。
「何かわかったか?」
 掠れた低い声にどう答えればいいか分からずに黙っていると、ハーデスが小さく苦笑してまだごろりと横に転がる。毛布を掛け直して、いつも通りアゼムを抱き寄せて、アゼムもそれに擦り寄って。
「ねえ、ハーデス」
「なんだ」
……また、教えてもらってもいい?」
 ふ、と。ハーデスが息を呑む。そして、細く息を吐いた。
…………たまに、なら」
「うん」
 それが、どうしてだか嬉しくて。ひどく、胸がドキドキする。
 それが何か、知りたいと。そう願って、アゼムはハーデスに腕を絡めると目を閉じた。