カブルーは私とともにベッドに入った夜、眠り入るふりをすることがある。多分それは私を安心させるためのことで、だからなのか、なぜだか私は泣きたくなる。感情の昂ぶりなんて、しばらく感じていなかったのに、だ。
カブルーは、以前から夜眠れないことがあると語っていた。寝酒を食らっても、眠れない時があるのだと語っていた。私はそれを知っている。知っているというのに、何もできないでいる。
贅沢ではないが、美味い夕食をともに摂って、湯を張ったバスタブにともに入ってお互いを洗いいたずらをして、そしてベッドに行って身体を重ねる。今日私たちがしたのは、そんなありふれた、世の恋人たちならありふれたことだった。
私はそれに満足していた。彼に愛されている、そう感じて、とても満足していた。
彼に身体を切り開かれ、奥まで愛された後は、くだらない会話をした。最近黄金城で流行っている恋まじないや、見学に来た子どもたちが献上した菓子について、それからライオスが魔物が食べたくてしょうがないと、ヤアドやマルシルを困らせている話。それはどれも面白く、私を楽しませた。でもじきに疲れた身体は重くなってゆき、私は目を閉じてカブルーの声を聞いた。
彼の声は優しい。朝も夜もなかった、あの療養中の悪夢のような時間に御付きの者たちが歌ってくれた歌よりもずっと私を安らかにさせる。私はだから、彼の声が好きだった。朗らかで、滑らかで、そしてちょっとざらついていて、青年らしさの中に少年の吐息を残す声。私はそれを聞きながら、カブルーが私の寝間着のボタンを留め、私を寝かしつけるのをじっと感じていた。
私は、また先に眠ってしまうのだろうか? だったら少し怖いな。お前とともに寝たいのに、それが叶わないなんて、少しだけ寂しくもある。一緒に深く息を吸い込んで、スプリングの効いたベッドの上でふわふわの枕に頭をのせて、そして眠りの国に行きたいのに。
私は眠る。静かに、静かに。睡眠をとることも難しかった時が嘘のように、私はただ静かに眠り入る。愛しい男を残して、静かに。
その次に目を開くと、隣にカブルーはいなかった。
私は開いたままの窓辺を眺めながら、そこから差し込む月の光に照らされた彼の庭に視線を移した。月や星の光が照らすのは、美しい花々だ。庭師が手ずから心を込めて手入れした、そんな花々だった。そしてここに咲くのは、私にとっては懐かしい、あまりここいらでは見ない、自生しない花だった。カブルーはわざわざ北中央大陸から花を取り寄せて、この庭に花を植えさせたのだった。私が故郷を思って寂しくならないように、そんな気遣いをして。
私はベッドから起き上がり、カブルーが留めてくれた寝間着のボタンを少し外す。もう秋も深まり、夜は少し寒いくらいだったが、それでも彼と寝て身体は火照っていた。そんな私を置いてどこかに行ってしまうなんて少し憎らしいが、まぁ、よしとしよう。
でも、こんなのでは、眠っているうちに遠くに置いてこられたような、そんな気分になる。一夏飼って遠くに捨てられた犬のような、そんな気分になる。そして私は勝手に感傷的になって、足を床におろし、スリッパを履いてベッドから立ち上がる。
窓から入ってくる風は冷たい。彼が、こんな風の中にいなければいいのだけれど。
私は寝室のドアを開け、明かりが落とされた長い廊下を歩く。黄金が使われた賓客用の部屋、本で埋め尽くされた部屋、珍しい捧げ物でいっぱいの部屋。そんな珍しい部屋が並ぶ廊下を私は右に左に歩く。大きなこの家はどこまでも続く迷宮にも似ていて、奥に進むにつれ明かりの間隔が大きくなって暗くなっていった。だから私は魔術で明かりを灯し、足元に気をつけて歩く。
カブルーは家の中にいるだろうか? 庭に向かうにはどこをどう歩けばよかったのだろうか? 私はそんなことを考えながら、慣れていたはずの彼の屋敷が、今は別の顔をしていることに気づく。
でも、私は明かりが漏れる部屋をついに見つける。私は歓喜するが、そこには音が漏れないように魔術がかかっていて、そこまでするかと呆れてしまう。
「まったく、気を使いすぎるのも考えものだ」
私はそうつぶやいて、部屋に張られた魔術を解く。すると羽根ペンを羊皮紙に走らせる音がして、あぁ、また仕事かと、私は再び呆れたのだった。
「カブルー」
私は書斎のドアを開ける。立て付けが悪いのかギィ、と音が鳴って、私はそんな部屋に彼が閉じこもっていることに少しいらいらした。眠れなくたって私の隣にいてくれ。迷宮で二人きりになった時のように、私を守ってくれ。私はそんなふうに、もう守られる歳というわけでもないのに、子どものように喚きそうになった。
「ミスルンさん、起こしちゃいましたか?」
魔術が弱かったのかな。
カブルーが書斎の、机の上から視線を上げる。彼は庭が望める窓を背にこちらを見ていて、私が魔術を解いたことには気づいていないようだった。それより、自分の張った魔術が弱かったのかと迷っているようだった。
「……寝ないのか?」
私は直接そう尋ねる。するとカブルーは笑って、口の端を綺麗に釣り上げて、「ミスルンさんこそ」と、私に話題を振った。
私はお前を心配しているっていうのに、お前はまた私を遠くに置いてきてしまうのだろうか? 罪悪感もなく、ひと夏の犬を捨てるように。
私はそんなふうに彼を露悪的に見てしまい、これじゃあ駄目だと頭を振る羽目になった。
「お前は眠れないのかと聞いている」
私はカブルーを叱るように言う。すると彼は笑って、私に誤魔化すようにこう言った。
「どうしてか目が冴えちゃって。あなたの痴態を見たせいかな」
「冗談はよせ」
私はあくまでも話を逸らそうとする、書類に向かう彼に近付きじっと見つめる。するとどういうわけか私は腕を引っ張られ、椅子からわずかに腰を上げた彼に口付けられていた。唇が触れるだけのそれは心地がよかった。甘く香ばしい彼の体臭もして落ち着いたし、また眠れるような気がした。でも、私はお前と寝たいんだ。二人で寝たいんだ。
「さぁ、戻って寝てください。俺はもう少し仕事を片付けてから……」
カブルーがまた腰を椅子に落ち着けようとする。でも私はそれをさえぎって、彼の腕を引いて立ち上がらせた。カブルーが驚いた顔をする。私はそのまま彼の隣に行き、「私が寝かしつけてやる」と、部屋の明かりを吹き消し、カブルーを書斎から連れ出した。
私たちはそのまま、手をつないで広い屋敷の廊下を歩いた。黄金が使われた賓客用の部屋、本で埋め尽くされた部屋、珍しい捧げ物でいっぱいの部屋。そんな部屋を通り過ぎて、私たちは寝室に入る。開け放った窓からは、庭で虫が鳴く声が聞こえた。秋の終わりの、生命が終わりを迎える最期の歌。私はそれを聞いて、なぜだかやりきれなくなって、そしてカブルーをベッドに入れる。そして眠れない子どもにかける魔術をカブルーに施して、窓もぴったりと閉めてしまう。私は彼の額を撫でる。お前が眠れるようにと、慣れない歌も歌う。
「ミスルンさん、明日起きられるように、キスしてほしいな」
うとうとと船を漕ぎ始めたカブルーが、やっぱり私をからかうように言う。でも私はそれが嬉しくて、彼が眠り入ろうとしていることが嬉しくて、ともにベッドに入り、褐色の額にキスをする。
「これで大丈夫だ。それに明日もキスして起こしてやる。ゆっくり寝ろ」
できるだけ優しく、私はささやく。大きな邸宅の、二人だけのためにある小さな寝室で、私たちは瞳を閉じる。
虫の音、多分空から落ちてくるのだろう星の光の音、月がゆらゆらと空でゆらめく音。そんな中で私たちは眠る。もう何も怖くないと、手を繋いで眠る。そして私は唇でだけ、カブルーにおやすみと言う。そして愛していると、これも唇でだけささやき、彼の眠りが穏やかであるように祈るのだ。
カブルーはもう、眠れぬふりはしない。彼はただ眠り、穏やかな空気の中にいる。私はそんな愛しい男の眠りを見て、安心して意識を手放す。出来たら朝なんて来ないでくれって思いながら、彼の眠れない夜が終わったことに安堵しながら。
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