enoki181
2024-10-20 15:34:35
3070文字
Public ごだが如く班
 

アイザイアのモノクルの話

ごだ2年前。副隊長エイミー視点。
エイミーはアイザイアのことがうっすら嫌い。男同士でほんのり距離は近いので注意。

 アイザイア・セス。我らが『運命の輪』部隊の隊長。
 ボクはこの人間が嫌いだ。

「たーいちょ……って、うわ、いつもに増してシケたツラ」

 数日ぶりに帰った隊長の部屋を訪ねると、相変わらずの仏頂面に迎えられた。
 ま、父親の葬式から戻ったばかりなら当たり前かな。人の死を未だに非日常に置いている“普通”の人の中では。
 誰かを亡くしていない人間なんて一握りのこの世界で、もはや異常となった普通を続けている。そんな男がボクの上司とは。いつ考えても嫌になる。

「エイミーか、何の用だ」

 ベッドに腰掛けた隊長がボクを見上げてくる。
 好きじゃないってことは隠しもしない、そんなこっちの態度には慣れたように言及しない。慣れたっていうか、最初からこんなだったし、誰にでもずっとこんなだけどね。
 あ、仏頂面は変わりないけど、目の回りが赤い。泣いたのか。へえ、身内が死んだら泣くのか。じゃあ、お兄さんが死んだときも……なんて、聞かないけどね。知りたいわけじゃないし。

「つめたいっ! 久しぶりに会ったカワイイ部下に! ただ隊長の顔見にきちゃダメなんですか?」

 身内が亡くなったからって戦えなくなったりしてないか、チェックするのは副隊長のお仕事だと思うんだよね。命を預けるわけだし。
 ボクのかわいい訴えにも反応は薄い、というか無し。ほんとにいつも通り。よく考えたら、この人は既にお兄さんを亡くしてるんだったな。運命の輪の部隊にいて、戦場で死んだとかいう。それで同じ戦場に立っているのだから、余計な心配だったのか。
 なぁんだ……と落とした視線の先。隊長が手のひらで何かを包んでいる。

「あれ、なんですか、それ」

 そっと無骨な指が開かれる仕草に、まるで小鳥でも持っているかのような錯覚を抱いた。
 中身は生き物ですらなかったけれど。

「父の形見なんだ。肌身離さず持っていたいが、レンズを割ってしまいそうで。迷っている」

 それは、使い古された片眼鏡だった。
 右目用か。チラと見た隊長の前髪は、いつも通り顔の右側に重たそうに髪が寄っている。ここに片眼鏡まではまっていたのなら、死角を突けるのだと思って狙う。ボクならそうする。
 弱点だと思わせて誘えるだけならいいが、単純に狙われる確率も高まるだろう。でっかい化け物は戦略とか関係なく襲ってくるけど、人型の化け物は案外頭良く戦術を考えてるみたいだし。弱点を隠そうともしない奴なんて格好のカモだ。

「いっそ隊長が身につけたらいいじゃないですか。うっかり落としたり踏んだり壊れたり、一番確率が低いと思いますよー?」

 アンタが狙われる確率が増すでしょうけど、とは言わない。
 片眼鏡に手を伸ばすと簡単に奪うことができた。そこはもう少し抵抗しろよ、形見ならさ。

「レンズは抜いちゃいましょうよ。割れちゃう心配も怪我しちゃう心配もなーし!」

 無遠慮に素手でレンズを抜く。言葉でも行動でも拒否されなかったからいいんだろ。
 枠だけになった輪を返そうとしたら、ん、と隊長が目を閉じた。

「え? なに?」
……つけてもらえるのかと」

 薄く目を開いた隊長が、ここに、と右目の周りを人差し指で丸くなぞる。成人もとうに越えた大の男から繰り出されるには幼い仕草だ。

「見かけによらず甘えん坊なんですね、たーいちょ」

 噴き出したが、相手は気にした様子もなかった。プライドってもんがないよなあ。
 失礼しまーす、なんて声掛けをしながら頬に指をかける。
 温かさに怯んだ。
 触れる機会のある人間の肌って、今では死人であることが多くって。この人も生きてるんだよな、とか当たり前のことを思った。

……もし隊長が死んだら、次の隊長はボクになるのかなぁ」
「必ずではない、アルカナが譲渡されれば、だ。現に、フランキ副隊長は隊長にならずじまいだっただろう。俺の入隊前からいらっしゃったが」
「ただの雑談に真面目に返されると萎えちゃいますぅ」
「なりたいのか?」

 返事ができなかった。考えたこともなかったから。
 沈黙を保ったまま、隊長の眼窩に輪を当てはめる。
 緩みはない、しっくりとはまりそうだ。元の持ち主とこの人は顔が似ていたのだろう。
 死に顔も似ていたのかもしれない。穏やかな死がこの人のもとにやってくるとは考えにくいけど……想像をしてしまった。
 ゾクッと背筋の熱を奪ったものが、指先から相手に伝わってしまうかもしれない。

 一歩、後退しかけて、

「なりたいのなら祈っておこう。この力がお前に渡るように」

 動きが止まる。

 静寂を破った隊長の声には、穏やかな笑みが含まれていた。

……だから、萎えるんですって。ただの雑談に真面目に返されても」
「冗談に疎い自覚はある、すまない」
「ガチで謝られんのも萎えます」

 口が噤まれる。再びの静寂は、重たくはなかった。
 フレームから伸びるチェーンが固定されるよう、右耳にイヤーフックを引っ掛けた。

「アルカナが誰を選ぶかなんて、運命のみぞ知る、ってやつでしょ。それが“うち”らしい。人間の意思が関わる方が嫌ですね」

「だから、アンタの祈りが届かないように、お祈り申し上げますよ」


***


 隊長会議があったから、うちの隊長は遅れてやってきた。
 靴音だけで、重い武器の音はしない。情報交換と号令掛けをしたら、隊長は本隊と離れて行動するからだ。武器を振り回すのに人が多いと邪魔になるからだって。

「状況は」
「戦闘配備完了。いつでも出れますよ」

 振り返ると、右目にあの片眼鏡がはまっている。

「似合ってるじゃないですかぁ! 他の隊長になんか言われました」
「まあ」

 ボクの横が隊長の定位置である。
 いつも通り立ったのに、眉間に皺を寄せると、一歩下がった。そして、ボクの反対側の横に移動する。
 ……何にも変わりないように思うんですけど?

「隊長? わざわざ移動する必要ありました?」
「エイミーには俺の右側に居てもらわないと困る」

 トントン、白手袋に包まれた指が片眼鏡のフレームを突く。

「俺の死角を捉えたと思った相手が狙ってくるはずだ。大方の対処はできるが、さすがに数が多ければ間に合わない。そのため、お前には警戒を……
「待って待って! わかってたんです!?」

 隊長の瞳が見開かれる。驚いているようだった。うーん、珍しくわかりやすい!

「それだけわかってんなら、ボクの言うこと聞かなくたっていいじゃないですかぁ! わざわざ危険増やすようなこと、しなくたって!」
「危険? お前が護ってくれるのに?」

 沈黙した。
 ちょっとそれはどういうつもりで言ってるんですかねぇ……? ボクがまもるとか、一言でも言ったっけ? まもってくれとか言われたっけ? ないなあ?
 じゃあ、言わなくても当たり前のように護るとか思ってたんだ?
 あーもう……こういうとこにゾッとする。簡単に人を頼るなよ。手綱を任せようとするな。普段から信頼してるってわかりやすく言っとけって。
 そもそも、まだそんな仲でもないのに。副隊長に就任したばっかりだよ、ボクは。

「エイミー?」
「あーはい、わかりましたよ。今度からボクは隊長の右側ね! はい、おわり!」

 アイザイア・セス。我らが『運命の輪』部隊の隊長。
 ボクはこの人間が嫌いだ。
 この人間を選んだアルカナのことも、そこそこ嫌いだ。