えぬを
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Operation〝LOVE〟

rsmv_20240126公開

〝あの人〟とルスマヴェ

パーク内の花屋に駆け込んできた青年は、身振りを交えて「こう、このぐらいの大きさで、すごく綺麗で、あの人みたいに華やかな、可愛い花束を!」と叫んだ。
花屋の老オーナーは、その曖昧な注文に一瞬虚をつかれたような顔をして、すぐに破顔した。
「いいとも!用途は?」
「えぇと」
それまでの勢いが嘘かのように、青年は大きな体躯を縮こませて頬を赤く染め、頭を掻いた。
……ずっとずっと長くプロポーズをしていた相手が、うん、って言ってくれて」
「俺を慮ったノーの返事ばかり聞かされてたから、まさか今日イエスをくれるだなんて思ってもみなくて」
「ぁあ、嘘だろ、まさか本当に?夢じゃないよな、これ!」
青年は老オーナーからの問いかけへの返答を途中から独り言に変え、フィストパンプでイエスを繰り返す。全身からの喜びようが伝わる青年の様子に苦笑し、老オーナーが店内に置かれた幾つかの花から白い花を集める。
「なるほど、思わぬところでプロポーズを受けてくれた相手へのプレゼントということ?」
花々を見繕いながら、老オーナーが続きを促す。
「あ、いや」
青年は再度身を縮こませる。
「きっと一生あの人は俺のプロポーズを受け入れてくれることなんてないと思ってて。それでもと思って、子供みたいにいつも強請ってたんだ。『マーヴ、俺と結婚して』って」
「今日も同じ。いつものように、会話の最後に告げたら『いいよ』って。『待たせてごめんよ、ブラッド』って」
「だから慌ててもう一回プロポーズの仕切り直しをしたくて。花と指輪添えて贈りたくて。俺がどれだけマーヴを愛しているか、きちんと伝えたくて」
「あぁでも、こんな日だから指輪は持ってきていなくて」
そこまで聞き終えて、老オーナーは合点がいって、頷いた。
「あぁそれで、花束を所望なのかい」
……はい」
自らの浮かれた雰囲気を自覚して、途端青年は照れたように益々身を縮こませていく。
「なら、それほど大きな花束でなくてもいいんじゃないかね?」
「え?」
老オーナーは既に白く可愛らしい花を集めた小さなブーケに取り掛かっている。
「君の真心はずうっと相手に伝わっていたと思うよ。だからこそ彼も受け入れる覚悟を決めたんだろう、君と歩むつもりで。だから、華やかで可愛らしい『あの人みたいな』大きな花束でなくとも、君の大きな愛情を込めて渡せばいい」
……
「それにね、君のような背の高いハンサムが大きな花束を持って歩いていたら注目の的だよ。目立つようなことが好きかい?君の『マーヴ』は」
老オーナーの言葉を噛み締め、青年ははにかんだ。
「あぁ、確かに。目立つのは嫌がるだろうな。照れて帰るって言い出しそう。でも結局は俺からの花束を受け取ってくれる。小さい頃の俺が作った、道に生えてた雑草の花束だって、宝物のように受け取ってくれた。昔からそう。そういう人だから」
にこりと笑って老オーナーは、手早く小さな白いブーケを作り上げる。
「さぁどうぞ」
老オーナーが青年にブーケを差し出す。
青とも緑ともつかぬ色のリボンで巻かれたブーケはとても小ぶりでささやかだ。青年の思い出の中の、雑草で作った花束を思わせる美しいブーケ。青年は手を伸ばす前にそれを感慨深く見つめ、少し涙ぐんだ。
「ありがとう、本当にありがとう!今日、あなたに花を頼んで本当によかった」
気のいい青年が素直に謝意を述べ、懐から多めのチップを上乗せして老オーナーに渡す。
すぐさま身を翻しそうな青年に、老オーナーが声を掛ける。
「おっと、待っておくれ。よかったらこれもどうぞ」
白い小降りの紙袋を手渡され、青年がクエスチョンマークを顔に浮かべる。
「パークに来ている恋人や家族連れは、訪れた日が記念日だったりするんでねぇ。君と同じように、プロポーズだったり誕生日だったり。だからこんなパーク内でも花屋としてやっていけるんだけど。そんな人たちに向けてのささやかなプレゼントだよ。ブーケを渡してから開けてごらん」
青年は菓子か何かだと推察したのだろう、謝意を述べて受け取る。すぐにも駆け出しそうな青年に向かって老オーナーが穏やかに微笑む。
「コングラチュレイション!君と、『マーヴ』がどうかこの先もずっと幸せであることを祈るよ!」

マーヴェリックはパーク内のカフェにある、外向きのテーブルに腰掛けてぼんやり行き交う人を眺める。
あれ買ってこれ買ってとの子供の強請りに首を振る両親。やがて根負けし、笑いながらコットンキャンディを購入する。レインボーのコットンキャンディを幸せいっぱいの顔で受け取り、それをひとつまみふたつまみして、父と母に手渡す。その後ろを微笑ましく通り過ぎる若いカップル。
休日のパーク内での光景がそこかしこに広がっている。
子供の強請り声で思い出すのは、マーヴェリックはブラッドリーの強請りにノーと答えたことがない過去だ。親友とその妻との間のマーヴェリックの一等星。会う時間の限られた家族のひととき、グースとキャロルのデート時は、進んで子守を請け負った。それはマーヴェリック自身の喜びにも満ち溢れた時間だった。
ブラッドリーは聞き分けのないわがままを言う子供ではなく、欲しいものに対しては無言でそれを熱い眼差しで見つめるだけの少年だった。だから先んじて、マーヴェリックはソフトクリームが食べたい、コットンキャンディが食べたい、バルーンが欲しいと代わりに強請ってみせたのだ。
『あぁ、僕、ソフトクリームが食べたいなぁ。ねぇ、ブラッド、一緒に食べてくれる?』
『コットンキャンディが食べたいなぁ』
『バルーンだ!ねぇブラッド、何色がいいと思う?』と。
少年は期待を込めた眼差しでマーヴェリックを振り仰ぎ、すぐにそれを恥ずかしいことかのように頬を染め、俯いて小さく頷く。
『まぁゔがほしいなら、いいよ』
父であるグースが長期不在となる職務であることにより、殊更に母に心配をかけないようにと幼いながらに身につけた、ブラッドリーのマインドだ。それをマーヴェリックは寂しいことだと思っていたし、グースがいなくなってからは余計に顕著になったようだった。
けれど、わがままをあまり言わないブラッドリーは、ことマーヴェリックのことに関してだけは、子供らしい振る舞いを見せた。
『まぁゔもういっちゃうの?』
『まぁゔ、クリスマスにはきてくれる?』
『まぁゔ、ぼくあとすこしでたんじょうびだよ?そのひはぜったいにぜったいにもどってきてね!』
その強請りが愛おしくて可愛らしくて、マーヴェリックは全てにイエスと返事をした。イエスを返しながらも、その内のごく一部しか叶えてあげることはできなかったけれど。
だから、マーヴェリックがブラッドリーにノーと言ったことはなかったのだ。願書の提出を託された時だって、ノーとは言わなかった。ただ、口ではイエスと請け負いながら、黙ってノーを突きつけるという最悪の手段をとった。
そこから紆余曲折を経て、ルースターというTACネームを名乗るようになったブラッドリーは、優秀なアヴィエイターとなり、マーヴェリックを救い、そうしてマーヴェリックに求婚を申し込んで来るに至った。
紆余曲折の乱降下が激しくて、着地点として〝マーヴェリックへの求婚〟に至った経緯における道の踏み外し方に、当初はマーヴェリックも頭を抱えた。
そして、ルースターからのプリーズに、ずっとずっとノーと言い続けてきた。
『ねぇマーヴ、俺と結婚しよ』
『ノー。君にはふさわしい人が幾らでもいるんだから』
今日もそれを繰り返す予定だった。
ルースターは長期任務明けで、任務後すぐに車に飛び乗り、もぎ取った貴重な休日に、モハーヴェまでやってきた。
テーマパークでエアショーをやっているという情報から出かけた先、マーヴェリックが目を輝かせた旧い機体。
『マーヴ、見たいだろうと思ってさ』
マーヴェリックの喜びを自分事のように喜ぶルースターを、マーヴェリックは眩しげに見つめた。
キッチンカーで購入したホットスナックをつまみ、芝生に腰を下ろして、ルースターとマーヴェリックはエアショーを遠目で楽しんでいた。
不意に静かになった隣を見れば、ルースターの体が前後に揺れている。マーヴェリックがそぅっと距離を近づけ、肩を差し出す。するとルースターは、子供のように、こてん、と頭が落ち、マーヴェリックの肩で眠り始めた。
長期任務だと聞いていた。
任務後すぐに車に飛び乗ってモハーヴェまで来たと。
マーヴェリックをエアショーに連れてきてくれたことはサプライズだ。
けれど、展示されている機体やプログラムはよくよくに調べ上げられていた。
──忙しい中、少しでも体を休めて眠れと言っているのに。
マーヴェリックは風に吹かれるルースターの前髪が持ち上がり、額が丸出しの幼い表情を見てから、青空に向かって呟いた。
「もう、もらっていいかい?グース、キャロル」
あらわになったルースターの額に、マーヴェリックはそっと口付けた。
「起きろ、ルースター、ブラッドリー、ブラッド」
浅い眠りから、ルースターがむずがりながら目を覚ます。ルースターの幼い頃、昼寝に付き合ったブラッド坊やの寝顔から、恋人であることを受け入れてからの、無精髭が生えたままの無防備な顔。それらがマーヴェリックの胸と頭をいっぱいにした。
目覚めたルースターは、大きくあくびと背伸びをしてから、いつもの通り、何百回と繰り返した台詞を今日も言う。
「ふぁ、ごめん、マーヴ。俺、寝てた。お詫びにコーヒー買ってくるから結婚しよ?」
半分ジョークになっているプロポーズを、ルースターは今日も笑って告げてくる。当然今日も、『ノー』が返って来ると見越して、既に立ち上がり、コーヒーショップを探している。
「あぁ」
「え?なに?コーヒーでいいってこと?」
「そっちじゃないよ、ブラッド。『イエス』だ」
「そっちって、なに、え?は?」
「返事はイエスだよ、ブラッド」
…………は!?」
コーヒーに対しての希望かと捉えていたルースターの脳内処理が完了し、それでもそんなことはあり得ないのだと、ルースターはその先の言葉が紡げないまま。
マーヴェリックは苦笑して、噛み締めるように、イエスを繰り返した。
ようやく理解したルースターは、感極まって泣き出した。その勢いのまま、マーヴェリックを抱き上げて顔中にキスを振る舞い、強烈にハグをした。マーヴェリックの背骨を折りそうな勢いのそれに、マーヴェリックもつられて泣き笑う。
ようやっと実感し、満足したらしいルースターがマーヴェリックをおろし、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、マーヴェリックを覗き込んでくる。
「お、おれ、いつもみたいに断られると思ってたから、指輪もってきてない……
指輪という言葉に、マーヴェリックは改めてルースターの本気度を実感し、罪悪感と多幸でもって、ルースターの頬に優しく両手を当てた。
「ごめん、ごめんよ、ブラッド。待たせたな。いいんだよ。用意してくれているなら帰ってから、」
「待って待って、代わりに、代わりを!」
そう叫びながら、ルースターは駆け出していった。その代わりが何かはマーヴェリックには見当もつかなかったけれど、止める間なく走り去ったルースターの後ろ姿を、マーヴェリックはやや呆然と見送った。
そうして大きく息を吐いて、近くにあるコーヒーショップの外付けテーブルの椅子に座ったのだ。
眼前を通り過ぎる日常が、少しだけ鮮やかに見えるのは気のせいだろうか。誰が見ているわけでもないのに、はるか年下の青年からの求婚を受け入れた事実にマーヴェリックは一人で頬を染めた。じわじわと実感する心地を隠すように、意味もなく足を組み替え、背筋を伸ばしてルースターの戻りを待った。
生涯のパートナーとなるルースターを。

戻ってきたルースターの手には、白い小さなブーケが握られていた。マーヴェリックの脳内に、幼いブラッド坊やが道端の花をかき集めて作ったブーケを思い出す。砂をまぶしたまろい頬を、キラキラとした眩い瞳を、陽を照り返すブロンドの天使の輪を思い出す。
あの頃よりも随分と成長し、幾度も衝突し、裏切り、遺恨ある相手として刻まれているはずのマーヴェリックに、ルースターがブーケを差し出す。
「マーヴ、ピート。改めて言うよ。俺と結婚して」
……あぁ。もちろんイエスだ、ブラッド。ありがとう」
ブーケを受け取ったマーヴェリックの幸せに満ちた顔を見つめ、ルースターは再度涙腺が緩む。それを誤魔化すように周囲を見渡し、そこでふと気づく。
ブーケと一緒に花屋の老オーナーから渡された、小さい紙袋の存在。
「これ、さっき、花屋のじいさんがくれたんだ。ブーケ渡した後に開けてみろって言われたんだけど……パークの来訪者は記念日であることが多いからって。菓子とかかな」
「へぇ、親切だな。菓子ならコーヒーと一緒に、」
マーヴェリックが言いかけたその時、紙袋を覗き込んだルースターが大きな声を上げた。
「え!?は!?」
「ぅわ、びっくりした。なんだどうした」
ルースターは紙袋から顔を上げてマーヴェリックを見て、再度紙袋に視線を落とす。行ったり来たりを繰り返してから、震える手で紙袋からそれを取り出した。
「これ、俺の用意した指輪……マーヴに渡すつもりだったやつ……
ルースターの手の中には、ベルベットの小さな小箱が載せられている。そして、ルースターがもう一度紙袋の中に手を入れ取り出したのは、小さな赤い一輪の薔薇だった。
「な、なんで…………?」
ベルベットの小箱を開けて指輪を確認し、驚愕よりもむしろ、夢でも見ているかのような顔でルースターが呆然と呟く。
マーヴェリックは指輪と薔薇、そして小さいブーケを順番に見返して、思考した。
マーヴェリックは、摩訶不思議な紙袋を渡してきた花屋の老オーナーに、大いに心当たりがある。老オーナーではなく、〝それに扮した人物〟に。
「あー、と。ブラッドリー、その、」
驚愕からむしろ可哀想なほどに怯えた眼差しへと移行したルースターを安心させるため、マーヴェリックは口を開いた。求婚も受け入れたのだし、マーヴェリックはもう、ルースターに隠し事はできない。
「ルースター、僕の家族の──兄弟のことで、話がある」



プロポーズにおける怪現象を体現した相手はマーヴェリックの弟で、名をイーサンという。マーヴェリックから〝弟〟の話しを聞かされ、その後マーヴェリックから引き合わされた件の人物が、マーヴェリックと同じ顔をしていること、しかも合衆国の情報機関内でも特殊扱いのチームに所属する、名だたるトップエージェントであるという事実に対し、結果ルースターは知恵熱を出した。



「指輪の話し?聞きたい?あれはね、兄さんを君に──ブラッド坊やに任せられるか確認したくて、ブラッドリーの家にお邪魔したわけだけれど」
「不法侵入ですよね」
さらりと告げられたイーサンからの言葉に、ルースターは静かに注進する。しかしイーサンはそれをスルーしたまま話しを続けた。
「それこそあられもない兄さんの写真やアダルルトイなんかあれば消そうかと。君ごと」
「ちょっとマーヴ、あんたの弟怖いこと言ってる!」
「はは、いつもこう」
朗らかに笑うマーヴェリックとの温度差に、ルースターは自分がおかしいのかと頭を抱えた。
……ブラッドリー、君の中の兄さんはすごくキラキラしていて本当に宝箱に仕舞われている宝石のようだった。兄さんとの思い出ばかりの部屋だね。兄さんを愛してくれてありがとう」
「イーサン……
マーヴェリックの弟であるイーサンからの慈愛に満ちた眼差しを受け、ルースターは感動した。
……不法侵入のこととかもうどうでも良いかも」
「いや、ブラッドリー、そこ感動するとこじゃなくて。お前、不法侵入されてることもっと怒っていいんだぞ、こら!イーサン!」
ルースターとマーヴェリックのやり取りを尻目に、イーサンが続ける。
「だからね、坊やの気持ちに応えられるくらい、兄さんも坊やのことどれだけ大事にしてるか本音が知りたくて、その後兄さんの住処にもお邪魔してみたんだけれどね」
「おま、いつ来たんだ、イーサン!不法侵入するなって何度言えばわかる!鍵渡してあるのに毎回毎回知らない間に侵入するな!」
毎度毎度幾ら諭しても、何故か合鍵を使わずに侵入を果たすイーサンは、職業柄、と朗らかに笑う。笑えないのだが。
「ブラッドリー、聞きたくないかい?兄さんが大切にしていた君との思い出」
「聞きたい!」
元気よく手を挙げたルースターに頷き、イーサンはマーヴェリックと同じ美貌を綻ばせた。
「ブラッドリー、兄さんの部屋に入って確認したらね、君との思い出が詰まったアルバムや箱の中に、すごく綺麗な小箱が収めてあったんだ。キラキラしたビジューのついた箱」
「あぁ、あれか」
察しがついたマーヴェリックが頷き、ルースターはマーヴェリックの想いと愛情を第三者から聞くことに胸を高鳴らせた。
「さぞ綺麗なものが入っているんだろうと開けたら」
「開けたら……?」
「君の乳歯だった」
「キャー!!」
ルースターの悲鳴が室内に響き渡った。
綻ばせた美貌は見る影もなく、恐怖物語の語り部のような様相で、イーサンは兄を振り仰いだ。
「流石にあれはホラーだよ、兄さん……
「なんでだ!?綺麗な思い出だろ!?」