えぬを
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十二国記パロ

rsmv_20230730公開

麒麟のルスと主上なマヴ

「そこな小汚いの!そう、ぬしじゃぬし!えぇい、なぜこんなに歩きにくい道なのか……
ぶつくさと文句を言いながら、派手な服装の老翁が勇んで向かってくる。マーヴェリックは頭に巻いていた布を解いて、汗を拭った。こちらの出入口は、左右に長い壁が聳え、門は開け放たれている。それは、誰もが出入りできる造りであり、あまりにも無防備な入口だった。護衛する門番もなく、舗装のされていないそこを供の者を一人だけ引き連れた、縦よりも横に大きい老翁がのしのしと進んでくる。
マーヴェリックは傍観した。小汚いと称された自分の身なりは平服で、確かに土いじりをしていたせいで汚れている。しかも長く着用しているせいで色褪せているそれを、数人に捨てろと諭されても着続けているのは既に意地に近い。まだまだ着られるのだから、大きな世話だ。
マーヴェリックは目の前で喧々轟々喚き立てる老翁の口上を聞き流しながら、上の空で返事をする。ぞろり、と指令の黒星が体内から飛びかかろうと動くのを内心で諌めながら。
老翁の来訪目的は郷長への陳情を飛び越え、州候への上奏らしい。
「なるほど、直接御目通りを願い出たい、と」
マーヴェリックが発した言に対し、老翁はふんぞり返ったまま鷹揚に頷いた。供の者が補足する。
「他国ではどうか存じませぬが、主上はどのような陳情でも、身分の隔たりなく、可能な限り自らのお近くに申し出よ、と。そのため本日、郷長を越え、恐れ多くも州候にお話しを……先の独占販売禁止法発令に係る、当商いの上奏にございます。わたくしどもは……
「えぇい、ぬしのような下人では話しにならぬ!誰ぞ、官吏を連れて参れ!」
供の言を遮って、老翁が吠え散らかす内容に、マーヴェリックの影の濃さが増す。
黒星ーー妖魔のダーク・スターが、怒りを滲ませ顕現し始めるのを抑え、マーヴェリックは殊勝に頭を下げ、道行を案内する。
「承知しました。ではこちらへ」
ふん、とふんぞり返ったままの老翁と、供の青年がいささか恐縮しながら後についてくる。
幾つもの門を越え、回廊を渡れば、供の青年が口を開いた。
……随分と静かなのですね。他に人は……?」
「出入りを制限しているのですよ」
マーヴェリックの言葉に嘘はない。制限という言葉は相応しくなく、ここを通れるのは限られた者のみというのが正しい。そもそも、ここは国府ではない。それに彼らが気づくことはないだろう。ただ、それを今敢えて説明する必要はないとマーヴェリックは考えた。
ーーいずれ分かること、すぐに分かること。
『主上はどのような陳情でも、身分の隔たりなく、可能な限り自らのお近くに申し出よ、と』
供の青年の言葉の通りだ。
未だ在位は三桁に及ばず、けれど斬新な改革でもって国を平定するに至っているこの国の王は、どうやら華美を厭う人物であると供の青年は察した。以前は荒れ果てていた国も、少しずつではあるがゆっくりと賑わいを取り戻してきている。そんな中で、装飾が最低限に限られた庭、梁は剥き出しで、いっそ四阿ともいえるような造りの建物がそこかしこに建てられていて、青年は興味を惹かれた。
「気になるかい?」
下人の男が青年の様子に気づき、声をかけてくる。青年はきょろきょろと見回していた不作法を見咎められ、恥じた。
「申し訳ない、あまりにも質素……いえ、随分と清貧でいらっしゃるな、と」
「ふふ、四阿だろう?あれは過去の遺物みたいなものだ。それに、政務に装飾は必要ないからね」
……そう、主上はお考えなのですか?」
「うん、主上が、ね」
そうして無造作に、質素と話題に上がったばかりの回廊から奥、そこだけ豪奢な扉にたどり着く。施された獣に似た意匠に、青年は自国の王の字を思い出す。王に獣の名を戴くことを不敬と民は眉を顰めたが、噂によれば、王自身がその名を名乗り出したとかどうとか。真偽のほどを確かめる術はない、と青年は官吏が相対の場に着くまでに、どのくらいここに留まれば良いのかと、やや不安に駆られた。老翁は、下人に対しての態度と打って変わって背筋を伸ばし、唾で髭を整えている。
案内していた下人が無造作に扉に手をかけた。
唖然とする老翁と青年を前に、毛氈のしかれた先、まごうことなき位の高い者が座すべき椅子ーーひと目でそれが、この国の最高位につく者の席だと気づく。
老翁と供の青年は、何故自分達がここにいるのか、ここは一体どこなのか、夢現のままに目を瞬かせた。
下人の男が毛氈を進む。薄汚れた着衣、足は庭作業をしていたからこそ砂で汚れている。頓着せずに進んだ下人の男は、そのままひょい、と玉座に腰掛けた。鷹揚に足を組んで、男が笑う。
「書状とやらを直接見ようか」
老翁と青年は、一瞬の間を置いて、その場にあわてて額ずいた。
下人の男ーーこの国の王ーーは、〝未狼〟と相反する獣の名を字に名乗る。謀るつもりなど毛頭なく、けれど、意地の悪いことに未の皮を被り、こうして狼の牙を隠したまま。王の戯れとも言える振る舞いに、老翁と青年は真の姿を晒すことになったのだった。
「そんなに離れていたら書状の中身もわからないよ。近くへ。商いに関しての大事な申し出なのだろ?」
そう言って含んだ苦笑いに、敵わぬ、と青年は早々に白旗を掲げ、畏まり冷や汗をかく老翁を横目で窺った。青年は、その姿勢のまま声を張り上げた。
「主上」
「うん」
「賢明なる主上におかれましては、身内の恥を晒すこととなりまして、申し開きのしようもございません」
「そういえば、きみは?」
「ここにおります店主はわたくしの父でございます」
子の名乗りを上げずに答えた実直そうな青年に、王ーーマーヴェリックの瞳がきらりと瞬いた。
「まずは顔を上げてほしいな。僕は目を見て話すのが好きだ」
……では、おそれながら」
そう言って顔を上げた青年の実直そうな顔に、マーヴェリックは満足げに笑う。その顔を正面から見やり、青年は王の彫りの深い顔立ちに、今更に気づく。
「父は、身なりをそのまま身分と捉え、今し方こうして無知と恥を晒しました。上に立つ者としては人道を悖る振る舞いでございます」
「うん」
「主上は海客でいらっしゃる。こちらにお戻りになられ、何もかもが恐らくは元の御国との違いに驚かれましたでしょう」
「そうだね」
「父もでございます。父も海客でございました。父がこちらに戻った際、この国は王が長く不在の荒涼の地でございました。父はそこで店を興し、商いをし、人を雇い、戴く重責は、主上に及ぶべくもございませんが、国の商いの礎とまでは言えずとも、一端を担いました。それは間違いございません」
愉快げに王は笑い、さもありなん、とばかりに青年の言葉に頷いた。
「僕が在位に就くのが遅かったからね。なんだか責められているようだ」
「しゅ、主上、倅はそのようなつもりは一切……!」
自らの父を王と同等と称し、無礼とも取れる発言をした青年を、慌てふためき老翁が庇う。思わず顔を上げるも、不敬と老翁は再度深く頭を下げた。先程の尊大な態度から、このわずかの間で、10年は年を取ったかのように、老翁は目に見えてやつれたかのようだった。
「諌めるのならばわたくしを。どうか我が商店の上奏にお目通しを。私はどうなっても」
「いやいや、なんだか飛躍したな。そんな大仰な答弁を繰り出されると、僕の麒麟に怒られる」
王が苦笑して咎めれば、にわかに廊下が騒がしくなる。人の足音がして、やがて開け放たれた入口から、背の高い一人の青年が飛び込んできた。
「マーヴ……、主上!」
老翁と青年が振り返ってその人物を見やり、再度額ずいた。飛び込んできた青年の髪色は金だった。
「台輔……
老翁が震える声で呟く。
「ブラッドリー」
「ちょっと誰!?この人たち!だから、〝橋〟を閉じろって言ってるのに……!刺客だったらどうすんだよ!」
「あの〝橋〟を通ってここに来られた者は皆害をなす者じゃないって分かってるだろ。そもそも国府からここに〝橋〟を架けてしまうのは君の使令だぞ」
「平民があんたに謁見できるなんてのがそもそもおかしいんだよ!とにかくフェニックスを呼ぶからな!」
「まぁ待て、ブラッド。落ち着け」
王から〝暁鶏〟と字を賜った麒麟。老翁と青年は、自分達の横を駆け抜ける沓だけを追った。尊き麒麟は人型にあるらしい。
「二人とも、いいから顔を上げてもう少し近くに寄ってくれないか」
「マーヴ!」
「さぁ。勅命でもって命じた方が?」
戯れて発せられた言葉に、やがて老翁と青年は致し方なく王の言う通り顔を上げる。玉座に腰掛け、愉快げに笑う王と、苦々しげな顔で側に控える麒麟。手招く王に、老翁と青年は戸惑いながら腰を折り、毛氈を進んだ。
「騙したような形になってしまってすまない。君たちが向かっていた国府の入口はいささか複雑な状態になっていて。詳細は省くけれど、幼い使令にそこを守護させているんだが、その子には場所と場所をつなぐ力があってね。純粋な〝おさなご〟であるが故の、邪な心を持つ者を遥か彼方に飛ばし、国益になるような心持ちの者がそこを通れば、〝橋〟をかけてしまうんだ。王宮に」
老翁と青年は突飛な話しに思わず顔を見合わせた。理解の及ばぬ話しだ。けれど、〝王〟が言うのだから、そうなのだろう。
「『だからようこそ』って話しじゃないんだけど?まぁ確かにこの人たちは刺客に見えないけどさ。あんたを殺すとかの悪意を抱く輩と間違えて通してしまう可能性だってあるんだから、まずは禁軍将軍のフェニックスか俺を呼んでよ」
禁軍将軍など、自分達の人生において最も縁遠い人物にまで話しが及び、老翁と青年は冷や汗をかいた。余計に老翁は、身なりで王を侮り、不敬な態度をもって相対した振る舞いの自覚があるだけに、その場に再度深々と身を伏して今更の口上を述べる。
「典麗にして優婉な台輔におかれましては……
ぶほ、とおかしな音がした。王だった。腹を抱え、笑い声を耐えている。その横で、麒麟が膨れ顔をしている。如何ともし難い光景だった。
「毎度毎度僕の麒麟への礼賛を聞いているとおかしくて……!この大きくて幅もある十二国に今在る麒麟の中で最も体格の良い麒麟が優婉……!」
「ちょっと、主上、マーヴ、うるさい」
「確かに慈悲の生き物ではあるけれど……優婉というより〝僕の麒麟〟はかわいい、かな」
老翁と青年は、わずか口角がむずむずと動いている麒麟を畏多くも目撃し、戸惑いと共に平伏する。
「起きるのが遅い僕に、夜明けを告げにきた子だから〝暁鶏〟。かわいいだろう?」
これに頷かなければ極刑にでも処されるのだろうかと老翁と青年は如何ともし難い思いを抱いたまま。
「話しが逸れたな。さぁ顔を上げて。書状を見せてくれ。ここには英邁なる王はいないよ。いるのは君の、君たちの王がいるだけだ。それも名ばかりの。選んだのは天帝、けれど、僕を王たる存在として頂いてくれるのは僕の国の民だけだ。ならば僕は君たちの望む王になりたい」