なんかすごいかおしてるな、とブラッドリーは思った。マーヴェリックはただでさえ顔面力が強い。澄ましていたら、それこそ雑誌の表紙やサブウェイのポスターに掲載されていてもおかしくないほどに。華やかさで言えば、性差関係なくフェニックスは美しいけれど、マーヴェリックのそれは誰もが思わず目を奪われるような存在感がある。
顎に手をあて、難しい案件に頭を悩ませているかのような表情のマーヴェリックに対し、なんだよキャプテンクソでもつまってんのか?と以前よりも大分色んな意味で打ち解けたハングマンはブラッドリーの肩に肘を乗せて嘲った。ので、ブラッドリーは鳩尾に肘打ちをお見舞いした。おかしな咳き込み方をしたハングマンはどうでもいい。
朝方、幾度も大丈夫か、とマーヴェリックには声をかけて確認した。そう聞かれたなら大丈夫だと答えざるを得ないだろうに、と、ブラッドリーは自分自身の語彙のなさに呆れた。
仕方ない。焦りと不安と心配と、補って余りある多幸とやっぱり心配と。
無茶をした自覚は充分にあるし、ティーンのような必死さだったブラッドリーを、マーヴェリックは宥めながら受け入れた。そもそもそこは元から受け入れるための器官ではないのだし、快楽を得たのはブラッドリーだけだった。それは、長い間想い続けていた人と肉体的にもつながれたことへの多幸が勝っていた気がする。それ以前に、ブラッドリーにとってマーヴェリックという人は麻薬に等しく、技巧がどうこうでもなく、挿入して数回の往来で射精に至った事実をブラッドリーは恥じていない。
最高品質のラバーとルブリカントをオンラインで注文し、悩める若人のまま、互いの体の様子を窺いながら至った世間一般で言うところの〝初夜〟とやらは、授業の一環のような流れだった。教本などなく、ネット情報を頼りに、互いが持つ医学知識と性経験と。ともすれば萎えそうな状況でありながらも、マーヴェリックに若干引かれるほどブラッドリーの〝ブラッドリー〟は雄々しく勃ちあがっていたし、元気よくその役割を果たしたのだけれど。
果てたのは自分だけだ。
ラテックス越しの法悦でありながらも、ブラッドリーの熱さを身の内で感じ取ったらしいマーヴェリックは、わずか腰を振るわせていたけれど、その中心は萎えたままで、ブラッドリーは落ち込んだ。
一方的な行為となってしまったことに対し、マーヴェリックは笑って〝初めてはこんなもんだろう、僕は年も年だし、次回はきっと〟、と慰める言葉は互いの口中に消えた。次があることの確約、本気でそう思ってくれていることに感極まってブラッドリーが口付けたからだ。
行為そのものに対し、最初から快楽を得られるとはブラッドリーもマーヴェリックも思っていない。受け身であるマーヴェリックに関しては余計に。
引き絞られる胎内の熱さと、経験してきた異性との行為とは異なるそれに、茹った頭でぼぅ、と思い返し、余韻に浸っていたブラッドリーは、若干反応が遅れた。
ヤングガンズに囲まれ、質問を受けていたマーヴェリックがふらつく。
そのまま後方に倒れた。
大佐、と誰かの焦る声、方々から伸びた腕がそれを支えるも、それなりに体格よく、筋肉質な分重みのあるマーヴェリックを支えきれず、後ろにいたファンボーイとボブがずるりと傾ぐマーヴェリックの頭部を庇う。
机を体で押し退けて、ブラッドリーはマーヴェリックの元へ駆けつけた。
それぞれが有事への心構えのある仲間だ。
室内後方にいたウォーロックが、冷静に除細動器を取りに走る。
倒れ込んだマーヴェリックの首と手首を確認し、フェニックスは熱がある、と周りに伝達し、最後にブラッドリーを見上げた。
ウォーロックが除細動器を携え、ペイバックが担架を持ってくる。
除細動器は必要ないとフェニックスが確認し、ブラッドリーとコヨーテとでマーヴェリックを担架に乗せる。血の気が引いたまま、ブラッドリーはただ手を動かした。準備動作なく持ち上げようとすれば、焦ったブラッドリーが持ち上げた足側だけがわずか浮く。
その様子を見て、ハングマンがいささか強めにブラッドリーの肩を叩いた。
「代われ。俺とジェイビーのが早い」
「ワン、ツー、!」
速やかにブラッドリーと代わったハングマンと、合図したコヨーテは予備動作なしに、見事に息の合った連携で同時に担架を引き上げた。その場で一番動揺しているであろうブラッドリーを汲んだハングマンの状況判断力は、間違っていない。
己の手を見下ろすと、ブラッドリーの両手は震えていた。その理由を問うことなく、フェニックスがハングマンに叩かれた所と同じ箇所を優しく2回叩く。仲間の気つけと労わりに我に返ったブラッドリーは、医務室へと運ばれるマーヴェリックを追った。
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「謝ったら怒るからな」
「謝んないけど……他になんて言えって?」
倒れたくせに、マーヴェリックはいたく元気だ。
謝罪は昨夜の行為を無かったことにするから、とマーヴェリックが先手を打ってくる。倒れた原因は間違いなく昨夜の性行為であるのに。
「熱を出すなんて何年ぶりだろう。どおりでふらふらするな、と」
いつもよりも映えていた顔、あれは思慮深い思考に陥っていたわけではなく、具合が悪いが故の表情だったわけだ。サイクロンにでも伝えたら、常に体調半分でいてくれははは、などとちっとも楽しそうじゃない皮肉に込めた愛情で言うかもしれない、とブラッドリーはぼんやり思った。
もちろんそんな人非人ではないサイクロンは、眠るマーヴェリックの様子を一度見に来たのち、マーヴェリックとブラッドリーに半日の休暇を申し渡し、体調が回復したら帰るよう指示をしてきた。
マーヴェリックが倒れるなどという不時の出来事に動揺したが、目覚めてからの饒舌さに、ブラッドリーはひとまず安心した。しかし、心裡の靄が晴れたわけでは決してない。
「マーヴ、昨日の今日だ。朝方俺が気づかなかったのがいけないんだ。無理をさせてごめん」
「だから謝るなって。僕は大丈夫だって言ったろ?本当に朝は大丈夫だったんだ」
マーヴェリックがベッドから身を起こす。
「僕も納得づくの行為だし、これは二人でしたことだ」
「でも、」
「でももなにも。ブラッド、朝方は本当の本当に平気だったんだ。少し腰が痛いなって程度で。でもしばらくしたら、腹の中になにかはいったままのような感覚がして」
「…………はい?」
「ブラッドリー、君のが、その、思う以上に、太くて長かったから。正直まだ内臓がだるいような重いような感じでずっと熱くて」
「……ちょ、」
「その熱さのせいかなって思っていたんだ。僕、あまり体調が悪くなるなんてこと今までないから。その、昨夜の君の熱がまだ腹の中に残っているのかな、と」
「ま、マーヴ」
「ぅん?」
「あの、さ、今朝からずっと、それ考えてたの?」
「それ?」
「今言ったやつ」
「え?あ?あぁ、そうだな」
「俺が、」
「うん」
「あんたの後ろほぐして突っ込んで出し入れして腰振って、射精したことを?」
「……、そ」
「俺とセックスしたこと反芻してたの……?」
マーヴェリックは時たま自分でも気づかないうちに、ぱかん、と口を緩やかに開く癖がある。今、まさしくその状態に陥ったマーヴェリックは、呆然とした表情からやがて両手で顔を覆った。再度体調が悪くなったのかと、その顔を覗き込もうとしてブラッドリーはやめた。マーヴェリックの耳が真っ赤に染まっていたからだ。それを視界に入れ、思わずブラッドリーも視線を逸らす。
「さいっあくだ……ティーンの時だってこんな、こんなウブじゃなかった、僕は」
「ま、マーヴが、悪いんだ。とんでもないこと言うから」
ーー太くて長いとか言うか普通?言うに事欠いて、〝まだ、中に挿入っているかのようだ〟、なんて。
「はじめてだらけだな……」
「ちょ、ほんとそういうこと言うのやめてよマーヴ……!」
「はは、兆すか?ブラッド坊や」
「……あんたワードチョイスがおっさんだな」
「おっさんだもん」
ーーだもん、て。
話すうちに調子を取り戻したらしいマーヴェリックが大きく深呼吸した。
「傷」
「ふぇ?」
「はは、かわいい声を。ブラッド、君、頬の傷のこと気づいてるか?」
「なに?え?傷?」
「昨日の夜、赤くなって浮かび上がってた。血色が良くなるからかな」
「そぅなの?ていうか今それ関係あんの?」
「指摘されたのは初めて?」
「は?え?」
「セックスの時、頬の傷が赤みを帯びるって誰かに言われたことは?」
「……ないよ」
「ふふ、じゃあ、それに気づいて君に伝えたのは僕が初めてってことにしよう。セックスをして僕が熱を出したのも初めてだし、君の頬の傷が赤くなっちゃうことも。初めてだらけだな」
その、〝初めて〟という言葉に紛らせ、負担が大きかったであろう身のうちのこと、倒れ、業務に支障出るほどのプライベートだったことを、マーヴェリックは殊更軽いことのように言う。
初めてだから仕方ない。
熱を出したのも仕方ない。
いっしょに果てることができなかったことも、仕方ないのだと。
何もかも初めてだから、だと。
ーーあぁ、なんだ、そういうことか。
冗談に紛らせた多弁はブラッドリーへのメンタルケアだと思ったがーーもちろんそれもあるだろうけれどーーそれだけではない。
マーヴェリックは一人が長い分、心許した者以外を頼ることを知らず、意地っ張りだ。年経た分、余計に素直になれず、意固地になっているところがあるのかもしれない。
最初の行為で熱を出したという事実によって、次はないかもしれない、などと恐れる程度には。
ーーあり得ない。
だってもう、昨日が終わった時点で次こそは二人で気持ちよくなれたらいいな、なんて花の咲いた頭でブラッドリーは考えていたのだから。
「……あんたはピアス穴いじられんの好きだって自分で気づいてた?」
「……そんなえっちなことブラッド坊やに言われる日が来るとは」
「その言い方のがえっちだろ。まぁいいや。マーヴ、あとね、」
「ぅん?」
コンフォーターに置かれたマーヴェリックの手を、ブラッドリーはわざとらしく両手で持ち上げ、ねだるような上目遣いをして見せた。
「俺、昨日、全部は入れてないんだ」
「うん。うぅん?」
「だから、全部入るまで頑張ろうね」
「ぶら、どり、そ、れは」
「二人で」
「What's the fuck……!」
ーーやっと言ったよこの人。
ブラッドリーはマーヴェリックの両手を恭しく包み込んだまま、幸せな吐息ではなく爆笑した。
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