〝ショウ・マスト・ゴー・オン〟という掛け声が、これほどに似合う男もそういないだろう、と、マーヴェリックは一定の距離を保って自分の後方にぴたりと張り付いたハンサムをちらりと後ろ手に見た。目が合えば悪戯げにウィンクまで寄越してくる気軽さだ。緊張感がないその仕草は、反比例して全く隙がない。兄弟でありながら、なぜあんなにウィンクがうまいのかと、マーヴェリックはどうでもいいことを懇々と考えた。見透かすように、〝兄さん、それ現実逃避だよ〟と諸悪の根源が、これまた同じ声色で応える幻聴さえも聞こえる始末だ。
その諸悪の根源は、変わらず、一分の隙もなくマーヴェリックの後方で目を光らせ、そこに危機があるのならば、命懸けで世界を救うエージェントなのだが、今はただ、兄を心配する心優しくも頼もしい弟の姿でしかないのだ。
戦歴に対する表彰は、過去幾度か。そのうちの半分もマーヴェリックは招致された式典に参加していない。任務だったからだ。
かつ、トム・〝アイスマン〟・カザンスキーは、当時の情勢と世情を鑑み、戦歴で讃えられる場への参加に対する杞憂と新たな任務へマーヴェリックを送り出すことを秤にかけ、後者を選んだ。椅子に座り、ペンを握ることになった海軍大将は、重い翼の代わりにその双肩に重責を背負った。
過去、空を飛んでいた首席の男は名将として名高く、その男が飛ばし続けたマーヴェリックは俗に言うアウトローで、サイクロンからすればなぜあの問題児の守護天使に敬愛すべきアイスマンが座していたのかと、幾度も煩悶した。しかし、とうに理解していた。ルースターがF14に乗って母艦に向かっていると報告を受けた時から。
命の選別をすることの重責。適材適所のまま、空を飛び続けたマーヴェリックと、空を飛ばせることに益ありと判断したアイスマンの意を汲んで、不本意ながら守護天使の座を譲り受けたサイクロンは、苦虫を噛んだ顔のまま、件の問題児を睥睨した。
姿勢だけは手本のように伸びた、けれどどこか不遜なままの年上の部下に向け、厳命を繰り返した。
「式典への参加と君へのボディガード要請は必須だ。何度も言わせるな、以上だ」
「けれど中将、私のような者に、分不相応です」
サイクロンは最初に放った命令と指示を繰り返し、尚も言い返すマーヴェリックに、眉間の皺を深めた。仕方なし、別方向へのアプローチへと、サイクロンは切り替える。
「……各国のマスメディアに加えて、今回の式典は野外だ。君の過去の戦歴から、不遜を考える輩がいてもおかしくない。今回の式典で招致されるのは軍関係者だけではなく文化人やその周囲の者も多い。君が参加することで、重鎮たちに危害が及ぶことだけは避けたい」
「確かに仰る通りですが」
噛み合わないサイクロンとマーヴェリックの会話に、ウォーロックが静かに仲裁を挟んだ。
「マーヴェリック」
困惑顔でマーヴェリックはウォーロックに視線を移す。
「甘えておきなさい」
不器用なサイクロンの言葉を端的に表したそれに、マーヴェリックはそれを受けるだけの器が自分にはないことを自覚しているが故に、表情を変えず恐縮し、サイクロンは視線を泳がせた。
むしろ、戦歴表彰を受けるマーヴェリックを心配してのサイクロンの采配だが、悉くにこの上官とアウトローは噛み合わない、とウォーロックは、笑いそうになる口元を手で隠した。
アイスマンと築き上げた絆とは別の、サイクロンが覚悟を持ってマーヴェリックの後ろ盾を務めること。それを見事こなしたならば、サイクロンの今後の地位は盤石だろう。
けれど、互いに利益の絡まない不器用さで遠慮したままの二人を前に、調停役を自ら望んで引き受けているウォーロックは、固い空気を早々に打破するべく、外に控えさせていた人物に呼びかけた。
「入りなさい」
ウォーロックが室内にその人物を招き入れる。
「既に中将の言うボディガードは手配済みだ。マーヴェリック、当日は彼を伴って式典に参加するように」
「というわけだ」
サイクロンは信頼できるウォーロックに早々に裏切られ、仕方なし、肩をすくめて見せた。
マーヴェリックの意思とは無関係に、サイクロンは既に警護すべき人選を済ませていたのだ。サイクロンとウォーロックは、尚もボディガードを自身につけることに対して否を訴えると予想していたマーヴェリックの応えがないことに訝しんだ。
マーヴェリックの顔を見上げ、サイクロンとウォーロックは顔を見合わせる。マーヴェリックは、口をわずか開いて、呆然と件のボディガードを凝視していた。
「マーヴェリック?」
「どうした?」
サイクロンとウォーロックの訝しむ声に、マーヴェリックが我に返る。
マーヴェリックがなにがしか口を開く前に、先に声を発したのはボディガードの方だった。
「はじめまして、ミスターミッチェル。あなたのボディガードを努めさせていただきます、オリバー・ライトです。どうかオリー、と」
満面の笑みで差し出された手とオリバーの顔を交互に見て、マーヴェリックは顎を引いた。
「キャプテン、知り合いか?」
様子のおかしいマーヴェリックに、訝しんだサイクロンが声をかける。マーヴェリックは一呼吸置いて、サイクロンとウォーロックに振り返った。
「……一瞬知り合いに似ているような気がして。気のせいでした。知り合いは、君ほどハンサムじゃなかったよ」
後半のジョークはオリバーに向けて、差し出された手をマーヴェリックは握り返した。
◇
ボディガードを伴った式典参加というサイクロンの好意に甘んじて、マーヴェリックは執務室から出ると、後ろポケットから、先程から振動していたセルフォンを取り出した。
着信が2件。両方ともルースターからだった。2回目の着信後から数十秒で、いくつかのメッセージが送られてきている。
『ごめん、仕事中?』
『俺んとこにも連絡きたんだけど、』
『マーヴが参加する式典の件』
『それ参加して大丈夫なやつ?』
歩きながら目を通せば、突然腕を引かれ、物陰に引き摺り込まれる。マーヴェリックは一瞬抵抗するも、ふわりと漂う慣れ親しんだ香りに力を抜く。職業柄、残り香などとは無縁のはずだけれど、甘い心地のするそれは、ふうわりと鼻をかすめ、吐息のような声が耳をくすぐる。
「……あの子のことすごい大切にしてたのは知ってたけど、いつの間に恋人にまでなっちゃったの?僕に報告は?」
振り返れば、ハンサムな青年が少し寂しそうに口を尖らせ、マーヴェリックを後ろから抱え込み、覗き込んでいた。
オリバーだった。拗ねた知らない顔の男を見て、マーヴェリックは苦笑すると、振り返り、抱きしめ返す。
「久方ぶりなのに挨拶もなし。第一声がそれか?オリバー」
「うーん、その名前で呼ばれるのはなんか複雑」
「自分で名乗っておいて。アナグラムだろう?〝Olliver Wright〟ーー〝Orville Wright〟。ライト兄弟とはまたひねりがないな」
マーヴェリックはオリバーの顔を覗き込み、その額に自らの額をこつり、と合わせた。
変装したとて、身長差はほぼない。今回、そこに細工はしなかったようだ。
「イーサン」
「……久しぶり、兄さん。会いたかった。今回の変装も自信あったのに。僕だと見破れるのは、兄さんぐらいだ」
「ふはは。俺、諜報員になれるかな。俺こそ会いたかったよ、マイブロ」
兄弟の抱擁を存分に交わし、マーヴェリックは改めて変装したままの弟を見つめる。
ボディガードという触れ込みで変装した〝オリバー・ライト〟は、精悍な顔立ちのハンサムだ。いかついあからさまな体格のボディガードと違い、雰囲気は柔らかく、マーヴェリックはその風態に、恋人を思い出した。それを振り払い、弟とは全く異なる顔の〝オリバー〟の頬に手をあてた。
「お前と連絡を取り合うには、お前からの接触を待つしかないって二人で決めたろう?」
「エマージェンシーは別って言った」
「……ブラッドリーの件はエマージェンシーか?」
「僕にとってはね。大好きな兄さんの大好きな坊やが大きくなって兄さんの恋人になるなんて。大事な大事な坊やなのは知ってたけど、僕からしたら複雑だ」
マーヴェリックは眉を下げ、困ったように笑った。
「……反対か?」
「ぇえっと」
「同性であること?歳が離れていること?確執があったこと?」
「ちがうよ!」
マーヴェリックの問いに、イーサンは勢いよく首を振った。知らない顔のハンサムでも、マーヴェリックにはありありと弟の顔が浮かぶ。一卵性と見紛うほどに、同じ顔をした、マーヴェリックのただ一人の肉親。
「兄さんが幸せならいいんだ。今、兄さんが言った、世間体みたいなこと、僕は全然気にしてないよ。ただ……」
「ただ?」
「……兄さんをとられちゃうのはさみしいなって……」
空を飛べばままあるが、稲妻を目視したことは数ある。それが今、マーヴェリックの脳天を直撃した。
「お、おまえ……かわいいなぁぁ!!」
「うわ、ちょ、兄さん、フェイスマスクがとれちゃう……!」
犬猫を可愛がるかのように、マーヴェリックは弟を力一杯抱きしめて、顔から頭から全てにキスを施し、撫でた。
物陰で兄弟のスキンシップを交わしていれば、マーヴェリックのセルフォンが鳴った。恐らくはルースターだ。
イーサンはセルフォンの画面を覗き込む兄を見据え、エージェントとしての顔を取り戻す。
「兄さん、今回の式典、同行者は元から決められているから、坊やは同行できないよ」
「分かっている。自分でもボディガードは大袈裟だと思うが、万が一ということもあるし、ここは中将の采配に甘えるよ。それに、万が一が起きた時にルースターがいたら、その方が俺は気が気じゃない」
ひゅぅ、とオリバーの仮面をつけたイーサンが口笛を鳴らし冷やかすのを、マーヴェリックは横目で軽く睨んだ。
「なんせ世界一の諜報員様がボディガードだ。俺はこの世で最も安心して式典に参加できる」
弟を真似てマーヴェリックが悪戯げに片目を瞑ってみせる。
「……兄さん相変わらずウィンク下手だね。なに今の。両目閉じてるけどゴミでも入った?」
「やかましい」
◇
後ろ手に隙なくぴたりと張り付いたボディガードのオリバーことイーサンは、振り返ったマーヴェリックと目が合うと、にこりと満面の笑みを浮かべてみせる。それに、へらりと笑い返せば、マーヴェリックの腰を抱く腕に力が入り、無理矢理に前方を向かされる。
「いたい、ブラッド」
「マーヴがあのボディガードばっか見てるからだろ!」
「見てない」
「見てるだろ!」
そうして式典を迎えた当日までにも、悶着はあった。ルースターが無理矢理に同行許可を捩じ込んできたのだ。
式典参加に関し、戦歴表彰だということと、文化人も含んだ大掛かりなものだと聞かされた時から、ルースターはマーヴェリックへの畏敬の念と杞憂が交互に続き、気が気ではなかった。しかも、ボディガードを伴った参加と聞き、たまらず式典への同行を願い出たのだ。ルースターの申請は存外すんなりと通った。参加者リストを見たサイクロンの采配だ。
そうして当日ルースターと初顔合わせをしたオリバーは、親しみを込めてルースターに手を差し出した。マーヴェリックの護衛を務め、数日前から昼夜問わずマーヴェリックと共にいるだなどと余計な一言を加えて。
「俺全っっ然聞いてなかったんだけど。あんたのあのプライベートスペースにまでこいつ入れたの!?」
「いや、まぁ、うん」
「『いや、まぁ、うん』!?」
マーヴェリックからすれば、久方ぶりの弟との時間を過ごしただけのことだ。しかし、よくよくに考えれば、見ず知らずの、しかも、雇われたばかりのボディガードが、恋人のプライベートスペースで数日を過ごしたと聞かされたなら、ルースターが怒るのも道理だった。
兄さん甘いなぁなどと、仲良く痴話喧嘩に勤しむ二人を、オリバーの仮面の下で他人事のように眺めていたイーサンは、それでも本職を忘れず、会場に目を光らせた。
確認したところ、警備も厳重で、入場者の身辺にも不審な点はなかった。このまま平和に式典が終わることを望むだけだが、イーサンは、ある人物にだけ特段の注意をはらっていた。サイクロンが、ルースターの動向を許可した理由もその人物にある。
それは、官職につく海軍の重鎮であり、元からの家柄と政界にも伝手のある人物で、現場よりもむしろ机上で軍属人生を終えたばかりの高齢のとある男だ。
配偶者ではない娘ほどに歳の離れた美女と、血縁者ではない美青年を引き連れて式典会場内をあちらへこちらへと移動している。行く先々で、恐縮されながら、一定の距離を置かれて世辞を投げかけられご満悦のその人物は、イーサンが調べた筋の情報によると、若い頃からマーヴェリックに目をつけていたようだ。色の噂が絶えない人物で、性差と年齢にこだわりなく、厄介な意味での博愛主義者だ。
しかもこの重鎮は、ルースターの基地内での上官にあたる人物と懇意にしているらしい。
今までは海軍大将トム・〝アイスマン〟・カザンスキーの庇護下にあったマーヴェリックの後ろ盾は、未だマーヴェリックとの関係の日が浅いサイクロンだ。しかも、教え子であり、親友の息子であるルースターの上官と懇意にしているのがまた厄介だ。
華やかな容姿から、マーヴェリックは若い頃からこの手のあしらい方に慣れている。今までにもそう言った誘いや色目をかわし続けてきたのだろうけれど、件の重鎮が参加する式典の場では、ただのボディガードである〝オリバー〟よりも、近しいルースターがそばにあることをこそサイクロンは優先したのだろう。奇しくも自分以外の守護者がマーヴェリックの腰に堂々と手を回しエスコートしている事実は、イーサンからすれば兄を守るのにこれ以上の援軍はない。
イーサンは会場内を警戒しながらも、〝兄さんに近づいたら絶許〟のセクハラ老害を視界に収め、隙なくマーヴェリックとルースターの後をついていく。すると、突然イーサンのインカムに、別の回線が入り込んできた。
エマージェンシーだ。
『っ、誰か、……聞こえる、……!おい、だれ、……!』
「『ルーサー?』」
『イーサンか!?』
声の主はルーサーだった。イーサンは、マーヴェリックとルースターを視界に収めたまま、インカムに耳をすませ、周囲から不審に見えないよう口元を隠して問い返した。
『どうした』
『やられたよ。お前から頼まれてた例の貨物の件、当たりだった』
『それで?』
『輸送機が無人なんだ。最新鋭の機体なのに、輸送機内部は古い手動。途中まではドローンに繋げて動かしていたようなんだが、手動に切り替わっちまって……』
『ジャミングは?』
『できたんだが、こっちの無線も混戦しちまってる。フォローを頼みたくて呼びかけてたらお前が繋がって……』
『操縦は?』
『できなくはないが、いかんせん古い上に改造された民間機だ。俺だってそこまで詳しくない。輸送機が飛んでるのも今は街中。遠隔で操縦するには相当……』
「イーサン」
「『だめだよ、兄さん』」
ルーサーとの会話に集中していたイーサンは、唐突に話しかけられて、反射で応えていた。
『おい、イーサン、誰かいるのか?』
『ルーサー』
『……マーヴェリック?』
ーーあぁもう、口を塞ぐ間もない。
イーサンは頭を抱えた。
ボディガードとして、有事の際にすぐに連絡が取れるようにとマーヴェリックにも同じインカムを装着させていたのが徒となった。ルーサーとの会話に夢中で、それをマーヴェリックにも聞かれていたことーー諜報員としてあるまじきミスだが、そんなことよりも、ルーサーとの会話を聞いていたマーヴェリックの心情が手に取るように分かり、先んじてイーサンは否定した。
「『だめだってば、兄さん!』」
『おい、マーヴェリックなのか?イーサン、お前今どこに』
「『二人とも、今優先すべきことを優先しよう』」
マーヴェリックの諭す言葉に、イーサンは仕方なし、とインカムに応えた。
「『あぁもう!ルーサー!』」
『ファック!なんて頼もしいフォローだよ!頼むぜマーヴェリック!』
「『ルーサー!ランゲージ!』」
ルーサーの言葉にマーヴェリックが笑いながら返す。ルーサーとマーヴェリックは面識がある。IMF内で、イーサンに兄がいることを知るのはルーサーだけだ。
瞬時に状況を理解したルーサーは、今の状況と輸送機の種類をマーヴェリックに伝える。イーサンが、モバイルを懐から取り出し、マーヴェリックに渡した。
「兄さん、坊やは?」
「車に忘れ物をしたって取りに行ってる。ちょうどよかった。ほら行けよ」
「正気?僕もここでフォローを」
「俺がいないことに騒ぎ出すぞ、ブラッドリーは。お前、ボディガード引き受ける時言ってたじゃないか。〝兄さんの身代わりに僕が式典出た方が良くない?〟って」
「それ兄さん自身が否定したくせに」
「適材適所だろ。ほら、俺の身代わりに行っておくれよ、マイブロ」
「坊やにエスコートされながら式典に参加しろって?」
「輸送機遠隔で運転すんのとどっちがマシだろうな」
「どっちも最高で最悪だな。くそ、ルーサー、なにかあれば僕もすぐにフォローを。兄さん、頼んだ」
「お互い様だ」
物陰に身を隠し、マーヴェリックがルーサーと輸送機の遠隔操縦について確認し出す。
オリバーの仮面を被ったイーサンは、取って返し、レストルームに飛び込んだ。数分後、姿を現したのは、フォーマルに身を包んだマーヴェリックだった。変装する必要のない、けれどわずか少しだけ髪型の異なる、〝マーヴェリック〟に扮したイーサン・ハントが。
◇
会場内で、ルースターが戻らないまま、マーヴェリックに扮したイーサンは一人、インカムに耳を澄ます。緊張感を伴いながらも、つつがなく、兄のフォローによりルーサーが輸送機の遠隔操縦を行なっているようだった。少しの焦燥に駆られていたイーサンは、近づく人物に寸前まで気づかなかった。
「久しぶりだね、マーヴェリック」
「ぇ。あ、ぁあ、お久しぶりです、」
ーーセクハラエロジジイ。
とは賢くももちろん口に出さず、イーサンは兄を狙う例の重鎮に、貼り付けた笑顔を向けた。ルースターの不在を狙ったのだろう、そして、イレギュラーが起きて、ボディガードである自分が離れたこの時をよくぞ見ていたと呆れながらも、イーサンは笑みを深めた。
「君にあの若造が張り付いているせいでなかなか話しかけられなくてね」
「……遠慮なさらなくても。あなたの部下の隊に所属しているブラッドショー大尉ですよ。とても優秀で先の任務でも」
「あぁ、そんな話しはどうでもいい。話しがあったのはマーヴェリック、君にだよ」
若く優秀な未来ある青年の活躍話しを遮った目の前の男に、イーサンは嫌悪感を募らせた。
左右に美男美女を従え、それでも尚、年甲斐もなく、身分を盾に、兄に秋波を送る醜悪な面構えを笑顔を貼り付けた裏で唾棄する。
「マーヴェリック、この後の予定は?どうかな、昔馴染み同士、戦歴話しに花を咲かせるのは。あの若い彼は、私の部下に送らせるから……」
そう言って、不埒な手を、〝マーヴェリック〟の腰に回そうとする。
イーサンは会場の入口から、ルースターが血相を変えて駆けてくるのを視界に収めつつ、テーブルに転がったフォークを掴んだ。そしてそのまま近づく手の甲に向けて振り下ろした。
「きゃ……!」
重鎮の男が伴った美女が短い叫び声を上げる。
寸前、フォークで貫かれるかに見えた男の手の甲の上、ぎりぎりでフォークの切っ先が止まる。男とマーヴェリックの間に入り込もうとしていたルースターも、驚愕のあまり足を止め、呆然と立ち尽くしている。
マーヴェリックの美貌に身内の怒りを滲ませた同じ美貌で、イーサンはうっそりと微笑んだ。
「……地位もあり、気立のいい配偶者に、子供もいる。あなたは絵に描いたようなしあわせな家庭をお持ちだ。幼い〝僕〟が幾ら願っても決して手に入らなかったそれになんの不満が?」
男は呆然としたまま、マーヴェリックーーイーサンを見つめた。
二の句がつげないままの男に嘆息し、マーヴェリックがフォークを手の上から退ける。
静まり返った周囲の人々の視線の中、ルースターがいち早く動き、マーヴェリックに寄り添った。フォークを握ったマーヴェリックの手の上に、大きな手を差し伸べ、覆うように握った。
「マーヴ、一人にしちゃってごめんね」
ルースターの言葉に、周囲の人々がぎこちなくも、時間を取り戻す。衆目に晒された男は舌打ちし、美男美女を置き去りに身を翻していった。その様にマーヴェリックが吹き出す。
「……マーヴ、離れててごめん。でもどうしたの?なにかあった?あんたらしくない」
「ブラッドリー」
「……え?」
「ブラッド」
「え?え?あんた、マーヴ、え?え?」
「……ふぅん、呼びかけ方の違いでさえも判別つくのか、君。すごいな」
「あ、あんた誰……」
「ふふ、兄さんの代わりに式典だけはこなさないとな。向こうの方も、どうやら無事着陸できそうだ」
「え?なに、なん……」
「〝ブラッドリー〟」
「え、あ、うん。うん?」
「〝僕の表彰の順番、そろそろだと思う。エスコートしてくれるかい?〟」
「イエ、ス、サー」
「〝ふふ〟」
◇
マーヴェリックの弟は、弟個人が愛するものを手放し世界の平和に貢献している。大事の前の小事を手放せということは確かに道理だけれど、身内であるマーヴェリックからすれば到底容認できない。
世界はイーサンを手放さず、イーサンだけが、愛するものを手放す器用さは、マーヴェリックにとって耐え難く、それでいて最もいじらしく、悲しいかなイーサンの不器用さでもある。
〝ショウ・マスト・ゴー・オン〟と宣い、殊更に軽い口調でオリバーに化けて、式典に参加するボディガードを演じている時も。どうということはないとこちらを勇気づけ、そばにいたならばきっと世界を駆け抜ける力を持っているかのように錯覚させてしまう。
事実、弟は幾度も世界の危機を救っているのだけれど、数多の傷が残る体、その心裡が殊更に優しいただひとであることを、マーヴェリックは知っている。
過去に至る現在、孤独に戦う日々の中、弟には信頼できる仲間が増え、時に冗談を言い合い、時に叱りつけてくれる友人を得たという。そして今日も弟は、世界の片隅で愛と労りを紡ぐ人を守っている。
◇
ルーサーと即席のタッグを組んで、意図せず世界危機を回避したマーヴェリックは、式典終了後、座り込み頭を抱えたルースターと、その横で晴れやかな顔をして手を振るイーサンと合流した。
オリバーの仮面を被っていない清々しい顔のイーサンと、暗雲を背負ったルースターを交互に見据え、マーヴェリックは天を仰いだ。
「兄さん!」
「マジかよくっそ兄さんって言った兄さんって言ったマジかよくっそ!!」
混乱するルースターを尻目に、イーサンがマーヴェリックに抱きついてくる。
「緊張感を伴う世界危機を回避してきたっていうのに……イーサンお前、ブラッドリーに正体明かしたのか!?」
「坊やが自分で気づいたんだよ。僕が兄さんの仕草解いて坊やを呼んだらすぐに気づいた。すごいね、愛されてるね、兄さん!」
「うわうわやめろ俺もブラッドリーもいたたまれない」
「それよりすごいよ兄さん、ルーサーが本当に助かったって!あの状況下で、冷静にコントロールして、遠隔操縦を寸分の狂いなく指示出しできるなんて、〝やっぱマーヴェリックは天才だな〟って!後で報告書出さなきゃいけないんだけど、ブラントが驚くと思う!ベンジーも!」
「誰。ブラントとベンジーって誰」
イーサンがマーヴェリックに懐き、口では咎めながらも、マーヴェリックはとろけるような顔でイーサンを抱きしめ、無意識なのか肩や腰を抱き、労っている。
ルースターはその様を呆然と見つめた。
ーー花が飛んでる。
正にルースターの脳内では、花が咲いた感想が浮かんだ。
言葉を発しないルースターに、マーヴェリックは慌ててイーサンとの抱擁を解いた。
「ブラッドリー、話せば長くなるんだが、彼はイーサン。僕の弟なんだ。黙っていてごめん、イーサンはとても重要な職務に就いていて」
「ありがとう、ブラッドリー。兄さんを思って今日の式典に同行してくれて。混乱させた上に、挨拶が遅れてごめんね。イーサン・ハントだ」
同じ顔の二人がルースターに近づき、方や眉を下げ謝罪し、方や晴れやかな顔で手を差し出してくる。キラキラという効果音が鳴り、ルースターの脳内には天国のラッパが鳴り響く。
「なにここ天国……?」
「ブラッド?」
「坊や?」
「両手に花…………」
「「わぁ!!ブラッドリー!!」」
あまりの情報量と、同じ顔が二人揃う華やかな光景に、キャパオーバーしたルースターは綺麗に後方に倒れた。
こうしてルースターは、その後も幾度かイーサンが不意に現れる人生をマーヴェリックと共に送ることになるのだが、それはまた別の話しーー。
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