眼前を凄い勢いで走り抜けていった人は、シルバーグレイのウェディングタキシード姿だった。腰の後ろに絞った長いトレーンがついている、洒落たデザインだ。まるで映画のワンシーンのようだった。勢いよく走り抜けていったせいで、胸元に飾られていたらしい花が儚げに散り、スローモーションのように花びらが舞っていった。その様は美しく、ヘイローはその切なげに空を舞う白い花弁を過たずキャッチした。狙いは正確。ひらりと漂う薄い花弁を摘むのは常人には成し得ないだろう。けれど一般人よりも多少動体視力に優れている自分には造作もない。厳しく指導した当の本人が今まさに敵前逃亡を図ったらしいことは想像に難くない。愛弟子である生徒のうちの一人にさえ気づかずに、猛然とヘイローの前を走り抜けた花婿ーーマーヴェリックーーの行動の予測がつきすぎて、ヘイローはすぐにグループチャットにメッセージを打った。
すぐさまルースターが反応する。
『ヘイローこれ拾ったのどこ!?』
返信に笑って、ヘイローは先ほど送った花びらだけの画像ではなく、今度はヒントとなるべく後方の建物を入れて自撮りをしてすぐに送った。モデルかのようにポーズを取って、とっておきのイエローのドレスの全身と建物が写るように。白い花弁にキスをしながら。
ーーしゅぽぽぽぽん。
独特の音でメッセージ受信の連絡が一斉に届く。一番乗りはフェニックスだった。
『ヘイローすっごい素敵!』
『いいね。似合ってる』
『さいっこう!』
BOBやオマハが続く。
逃走中の花婿の生徒たちが、ヘイローの今日の装いを褒めるメッセージが続く中、今度はペイバックから写真が送られてくる。走るマーヴェリックをいずこかの上階から見下ろして撮ったらしい画像。
かわいらしい水玉の蝶ネクタイに、伸びた髪を結んだファンボーイが、ウィンクしたキメ顔と共に、下方を指差している。画像の中、もう一人の腕だけが画像の端に写っている。ファンボーイと同じように、トレーンを翻して走るマーヴェリックを指差している。おそらく撮影者のペイバックの腕と指だろう。ペイバックの袖口からはレースがのぞいている。
『お前水玉似合うな』
『ペイバックか?お前、レースいいじゃん!』
ハングマンにコヨーテのメッセージがポコポコと続く。
晴れの日だ。皆が思う祝いにふさわしい最高の装いでここに訪れているはずなのだ。先ほどのヘイローの画像に続いて褒め言葉が届く中、唯一焦りのメッセージがグループチャットに流れる。
『ちょっと、ファンボーイ!ペイバック!そこエントランス!?マーヴを止めてよ!』
悲痛なメッセージはルースターからだった。
彼は今頃、マーヴェリックと同じようにウェディングスーツを翻して伴侶を探してあちらへこちらへと走り回っているのだろう。
想像に容易い。あの二人は、今日、このよき日を迎えても、結局あいも変わらずらしい。
紆余曲折と少しの困難ーースパイシーでありながら、結局はスイーツな遍歴を経て、ルースターとマーヴェリックは今日、結婚式を挙げる。待合室へと向かう会場の中庭で、ヘイローは逃走するマーヴェリックを見かけたのだ。
ーーつまりはそういうこと。
何があったのか察して余りある。喧嘩でもしたのだろうか。はたまた、またマーヴェリックが後ろ向きな考えに至ってしまったのか。
酒の席で溢される不安を吐露したルースターの悩みをメンバーたちは辟易しながら今日にいたるまで、幾度となく聞かされた。あれは弱音という殻を被った惚気だったけれど。
メンバーは誰一人として、マーヴェリックを見かけた場所を言わない。
ハングマンとコヨーテが、壁に手をついて息を整えているマーヴェリックを撮影した画像が送られてくる。マーヴェリックが懐からセルフォンを取り出して周りを見回しているらしい様子の画像。それを隠し撮りしているハングマンとコヨーテを後ろから撮影し、振り返った二人が笑って近づいてくる画像を送ってきたのはファンボーイだ。
オマハが、BOBが、フリッツが、ハーバードが、イェールが、フェニックスが。
『やだ、フィニー!あなたもすごく素敵!赤も似合うのね。早く会いたい。今、〝主役〟が逃げ回って迷って飛び込んじゃった3階のホールからそっちに向かうわ!』
ヘイローは大ヒントを投げかけて、メンバーが揃っていると推測される待合室へと急いだ。向かいの廊下を猛スピードで走り抜ける雄鶏を横目で見ながら。
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