饒舌に一方的な話しばかりを繰り出すーーその必死さを、訓練や職務に活かせばいいのに、とボブは思った。一度開いた口が閉じることはなく、先ほどから延々と喋り倒している。コミニュケーション能力に難ありの特徴だ。会話のキャッチボールが成り立たない。自分に自信がない者ほどそうだ。いささか辛辣な思考に陥っても仕方がない、とボブは自分を納得させた。そして、なぜこんなタイミングで、と思考し、なるほど、だからこのタイミングなのか、と納得した。
今、ここにはルースターがいない。
たまたまそれぞれが異なる任務でミラマー基地に集い、ボブとフェニックスとハングマンは互いの無事を労わり、近況を報告しあった。そうして特殊任務後も変わらぬ友情の続く自分達と、かつての教官ーーそして、現トップガンの教官に就任したマーヴェリックと久々の再会と相なる前に、サイクロンからの呼び出しを受けた。サイクロンは、本来ならばこんなことを頼むものではないのだけれど、と前置きしたあと、憎々しげに告げてきた。
「……ミッチェル大佐の周囲に気を配ってほしい。いささか面倒な輩に目をつけられているようでな」
粘着質、と言外にサイクロンが吐き捨て、引き継いだウォーロックが硬い表情を崩さずに詳細を説明したその人物は、たまたまルースターが不在のタイミングで、この基地を訪れているというのだ。マーヴェリックに横恋慕した件の軍人は、ストーカーまがいの振る舞いをしているらしい。
特殊任務後、期間を経てから、マーヴェリックとルースターは恋仲となった。二人を知る周囲の人間たちは最初こそ驚いたけれど、すぐに納得した。二人の因果は根深く、心裡や至る経緯までを皆が深くは知らない。けれど、ルースターがミラマー基地への異動願いを出すと同時にカミングアウトされたその関係は、ごく自然の流れとして皆に受け入れられ、祝福された。ルースターとマーヴェリックの関係は特別で、二人が共に有ること自体、任務にあたったメンバーからすれば、特筆して驚くことではなかったからだ。
「大佐ーーマーヴは相変わらずなんですよね。また訓練生が彼とのドッグファイトに翻弄されてた。彼とドッグファイトをすれば当然魅了される。困ったもんですよ」
「ああいうのが彼のやり方なんですよ。彼の実力に圧倒されたアヴィエイターたちは、俄然やる気になるんですから、少し無茶な彼のやり方もありなのかなって思えちゃうんですけどね」
「あなたも女性でありながらここにいるってことは、多少なりともアヴィエイターとしての力量をお持ちだと推察します。よければ僕からマーヴェリックに推薦しておきますよ。優秀な女性アヴィエイターがいるって」
ボブにとっての女神であり、闘神でもあるフェニックスに対する態度にはらわたが煮えくり返っているのはどうやらハングマンも同様らしかった。彼が持つビールの手の甲に、一瞬にして筋が浮き上がる。けれど、言われた当人のフェニックスの方が、視線を流して制してくる。
最初はフェニックスが美しい女性であるからと言う事実に対しての不埒な声がけだと思ったのだ。ハードデック備え付けのビリヤード台で、勝負を楽しむ三人に声をかけてきたのは件のストーカー氏だ。フェニックスが一人で飲んでいたならまだしも、ボブとハングマンと共にあるフェニックスに声をかけるだなんて、ナンパにしては少しおかしいと思っていたが、彼の目的はマーヴェリックだった。
ウォーロックから見せられた資料には、彼の階級は〝中佐〟とあった。自分達とそれほど歳の変わらないストーカー氏は上流階級のお生まれで、飛び級なんていう裏技もお持ちらしい。なるほど、表立ってサイクロンとウォーロックが直接的な注進ができないわけだと三人は察した。
あの特殊任務で生還したマーヴェリックとルースターは、海軍内でもある程度話題になった。マーヴェリックは言わずもがな、ルースターに関しては、顔までは広まらずとも、トップガンの若き雄鶏が規則違反をし、それでも編隊長を救出し、奇跡の生還を共に果たしたーーと、いささか尾鰭のついた噂が広がっているのをボブも実際耳にした。噂というのは大層あてにならないものだ。その任務でボブは複座機を務めていたし、フェニックスはルースターとマーヴェリックをロストしたがゆえの編隊長となり、残りの隊員を指揮して帰還を果たした。ハングマンに至っては、マーヴェリックとルースターを最後の最後に救った正に救世主だ。
ストーカー氏の会話から察するに、彼の目的はあくまでマーヴェリックらしく、ボブ、フェニックス、ハングマンが彼の教え子であり、共に任務に就いた仲間であることさえも知らないらしい。フェニックスに関しての性差によるマウントも愚かしい。彼女はボブの友人で、仲間で、命をかけて互いを守り抜いた、特筆して優秀なアヴィエイターのうちの一人だ。しかも、マーヴェリック自らが選出したメンバーである。
盲目の無知とは恐ろしい。
「噂で聞いたんですが、彼の隣に最近近しい人物がいるの、あなたたち知ってます?彼が亡くした親友の息子らしいんですけど……。愚かしいな、何を勘違いしているのやら。自分が特別だとでも思っているのかな、その息子は。マーヴェリックは一人であることを望んでいるのに。だってあの〝マーヴェリック〟ですよ?孤高であってこそだ」
ストーカー氏はこうして夜な夜な基地内やハードデックを徘徊し、マーヴェリックの情報を仕入れているのだろうか。会話の端々からマーヴェリックへの執着が窺えるも、実際彼はマーヴェリックにそれほど近くないのだろう。身内の恩恵に甘んじたポジションをよしとせず、自ら努力すれば良いものを。そうしてマーヴェリックの隣に並び立つだけの力量を身につければいい。
ストーカー氏の長ったらしい口上に、それまで無言を貫いていたフェニックスが静かに口を開いた。
「ねぇ。さっきから黙って聞いていれば、あんた、大佐のなんなの?偶像崇拝もほどほどになさい。マーヴはあんたが崇める象徴でもなんでもない。彼は生きた人間」
話しかけられていたフェニックス自らが発言をするまで、ボブは一切口出しをせずにいるつもりだった。ハングマンもそうだろう。相手は彼女よりもずっとずっと浅はかで、彼女自らが火種を振り払えると知っているからだ。
「会話の内容から察するに、お前マジで大佐のことなんも知らねーんだな。なんだよこいつ、ルースターがどうこう以前の話しじゃねーか」
「僕も驚いた。君、それで本当に大佐のファン?」
キューに顎を乗せ、ハングマンが呆れたように諭し、後半部分の言葉をボブに継いだ。フェニックスやハングマンの言葉は最もだった。マーヴェリックを真に知る者の発言ではない。サイクロンの発言から、マーヴェリックをよくよくに知り、権力を行使してルースターの不在時にこの基地にやってきた厄介な人物なのだと捉えていたが、このストーカー氏は、マーヴェリックの人となりを真から見てはいない、ただの小物だ。
特殊任務のあの日、マーヴェリックがルースターを庇い、被弾したこと。それは紛れもない事実だ。けれど、攻撃を受けたのがルースター以外の隊員で、ルースターと同じ状況に陥ったのだとしても、マーヴェリックは命懸けで自分達を庇ったに違いないのだ。
マーヴェリックからの訓練を授かり、作戦に参加した仲間たちみんながそれを理解している。
誰かが命を落としても仕方ない任務だった、と、作戦後に改めてサイクロンが語った。
空母に着艦後、帰還の抱擁をひととおり交わしたのち、マーヴェリックは意識を失い倒れた。複数箇所の骨折と打撲。そして極限の緊張感の中での脱出。
安堵感と共にそれを自覚した途端、マーヴェリックは隣を歩いていたルースターに、もたれかかるように倒れこんだ。慌てたのはルースターだ。半狂乱でマーヴェリックの名を呼んでいた。マーヴェリック喪失の恐怖を再び味わったルースターは、医務室に運ばれたマーヴェリックから離れようとせず、数人が無理矢理に引き剥がさねばならないほどの剣幕だった。気力だけでマーヴェリックは帰還したのだろう。ルースターを、〝還す〟ために。
ーー彼らは戻らねばなりません。
サイクロンはマーヴェリックが墜ちた時、彼の〝遺志〟となる発言を汲んで、ルースターたちがマーヴェリックを探しに戻ることを決して許可しなかった。
あの場でミサイルに狙われ、フレアをロストしたのがルースターでなくても、マーヴェリックは命がけで〝生徒〟を守っただろう。けれど、実際に被弾したマーヴェリックを探しに戻ったのはルースターだけだ。命令違反を侵して、命懸けでマーヴェリックを探しに戻ったのは、ルースターだけだ。自分達は諦めたけれど、ルースターは諦めなかった。結果、二人は生きて戻ってきたのだ。
だから今、マーヴェリックの左手薬指には、ルースターが贈った指輪がはまっている。
ボブとフェニックスとハングマンの畳み掛けるような批判に一瞬茫然としたストーカー氏は、図星だったのだろう、言葉を詰まらせた。数秒後、気を取り直して三人に向かって尚も言い募ろうとしたその時、ストーカー氏の濁った眼差しが、光を取り戻したーーかのように見えた。
「やぁ、三人とも、ここにいたのか」
ーーidol降臨。
三人は声の主を振り返った。マーヴェリックだ。フライトジャケットを羽織ったラフな姿でそこに立っていた。親しげにビリヤード台に近づいてくる。
まずい、と思った。マーヴェリックは気づいているのかいないのか、このストーカー氏について、どこまで把握しているのだろうか。なにも知らずに無邪気に近づくのは危険すぎるのでは、と、ボブとフェニックスとハングマンは目を見交わし、マーヴェリックの出方を窺った。けれど先に口を開いたのはストーカー氏の方だった。
「マーヴェリック!マーヴ、久しぶりですね!相変わらずだ!」
その相変わらずという言葉が容姿にかかるのか、真実それなりに近しい馴染みがあるのか、三人には判断がつかない。
するとマーヴェリックはにこりと笑った。
それは、ボブもフェニックスもハングマンも初めて見る笑い方だった。張り付いた作り笑いーー。
「君は僕のことをよく知っているようだけど、誰かな?」
正しく大天使の断罪だ。
ボブの脳裏にいささかの宗教感を抱かせたポエミーな感想が浮かんだ。翻って、ストーカー氏の顔が一気に絶望に染まる。三人は押し黙って成り行きを見守ることにした。
「少し前から話すのが聞こえてた。君は随分僕を好いてくれているようだけど、申し訳ない。僕は君のことがわからない」
「な、何言ってるんですか、マーヴ!〇〇です!〇〇少将の息子の!」
「うん、〇〇少将はよく存じ上げているよ。それはお父様の話しと階級だね。僕は、〝君〟を知らない」
そこでボブははたと気づいた。
マーヴェリックは怒っている。
「……君は僕の何を知っている?」
「ま、マーヴ、た、たいさ」
「見た目?噂?階級?僕はもう還暦に近い年齢で、皺もプラチナも増えてきた。この間の健康診断では骨密度の心配されたよ。体力もないし、セルフォンのメッセージを送るのにも時間がかかる」
ストーカー氏が発言する暇を与えず、切って捨てるかの物言いに、ボブとフェニックスとハングマンは今更に気付かされる。この美丈夫は、若い頃からこういった執着を抱く者からの創り上げられた理想と虚像に祀りあげられ、それに慣れきっているのだ、と。
若い頃の写真を見た時には驚いたものだ。傾国という言葉は決して嘲りや大袈裟な物言いではない。この美しきアヴィエイターが若き全盛の頃、空を飛び、神業を披露し、数多の難易度の任務をこなし、生還を果たすーーそして、その上孤高の尊さを誇ると思われた狼が、晴れやかに笑顔を向けてくれたのならーー過去、情緒が狂う者がいてもおかしくないだろう。
幸いにして、三人は美というものに対しては等しく平等な目と心を持っていたので惑うことはないが、踏み外す者は多かったろう。だからこそマーヴェリックは、〝好意の裏の真意〟が、マーヴェリックを崇拝する側の、心持ちの問題であることを、当事者であるからこそよくよくに理解しているのだ。
「僕は生きた年数分、君よりも遥かに死に近く、多く死を見てきた。心挫けそうな時が幾度もあったけれど、それは支えてくれる人たちがいたからこそ乗り越えられた壁だ。孤高じゃないよ、僕の恩人たちを勝手にいないことにしないでくれ」
「それって俺らも入ってます?マーヴェリック」
「もちろん、僕の救世主」
揶揄うような、誇らしげなハングマンの声がけに、マーヴェリックはすぐに返答した。ストーカー氏の顔が驚きに変わる。まさか自分達がマーヴェリックの知り合いだとは、思ってもなかったのだろう。
「ボブとフェニックスは僕との訓練中に一度死に近い恐怖を体験している。けれど、心挫けることなく、その後の達成不可能と言われた任務を完遂した。彼女は帰還時の編隊長だった。僕よりもよほど優秀な、ね」
ヘタクソなウィンクを飛ばす教官に、フェニックスよりもむしろボブの方が誇らしげな顔をしていただろう。ストーカー氏の顔が歪む。
「君の言う、僕の亡き親友の〝愚かしき息子〟は、二十近く歳の離れた父親の友人に求愛してきたんだ。確かに、馬鹿な子だ。でもそんな彼にイカレている僕の方がもっと馬鹿なんだけど」
マーヴェリックの直球すぎる言葉にハングマンが飲んでいたビールを笑って噴き出し、フェニックスはそれをきったない!と軽口で諌めた。ボブはそれを眺めながら、抱え込んだポップコーンを摘んだ。膨らみ切っていない固いとうもろこしをがりりと噛んで成り行きを見守るに留めた。
「身内の威光を笠に着た程度で僕のルースターの上位に立ったつもりか。烏滸がましい」
ひゅぅ、とハングマンが口笛を吹いた。フェニックスとボブが、肩と肩を打ち付け合って同意する。
ボブたちからすれば、仲間を、友人を侮辱されたに等しかった。それをなによりも、パートナーであるマーヴェリックが否定した。その上マーヴェリックは、ここにいる誰よりも怒っていた。
ストーカー氏が情けなくも縋るようにマーヴェリックに声をかけようと、恐らくはそれは誤解だとでも言い訳をするつもりで口を開こうとする仕草ーーの瞬間、マーヴェリックのセルフォンが鳴った。
「ピートだ」
ストーカー氏を無視してマーヴェリックが受電する。コールサイン以外の名前で受話する相手など、今は一人しかいない。
「……ハイ、ブラッドリー。どうした?」
「……とろけるような眼差しと甘い声ってああいうのだろうね」
マーヴェリックがパートナーであるルースターからのコールに、躊躇いなく見せた表情と声。その、愛情に浸り切ったマーヴェリックを見て、思わずボブが漏らした言葉。ストーカー氏は項垂れてその場から去って行った。
「おいおいBOB、とどめ刺すんじゃねーよ可哀想だろ」
「ハンギー、あんたすっごい悪い顔で笑ってるわよ」
とどめを刺したのはマーヴェリック自身だろうと、ボブは邪魔者は去ったとばかりに改めてビリヤード台に向かった。邪魔されたゲームの続きがしたい。話しが終わればマーヴェリックもゲームに参加するだろう。それを三人で待とう。
「それにしてもルースターのやつ、大佐専用の高感度センサーでもついてんのか?クソみてーに長い夜にマジで夜明けを告げにきやがった」
ボブとフェニックスはハングマンの言葉に笑った。
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