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えぬを
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吐く情なあなた
rsmv_20230122公開
いつもの通りの甘いルスマヴェです。痴話喧嘩!
陽が翳り、夕闇が迫る頃。
店は昼と夜の合間の僅かな休憩時間で、ドアにはクローズの看板が掲げられている。
昼間はダイナー、夜は陽気なバーへと変化する店の看板には、夜間のオープン時間が記載されていた。
未だ時間になっていないにも関わらず、躊躇なくドアを開けた人物は、店内に大きく響いたドアベルが鳴る音にも頓着していなかった。オープン前、準備中の薄暗い店内のカウンター内に佇む男が、ドアベルの音に反応し、決まり文句となっているらしい口上を放ちながら顔を上げた。
「すまない、開店時間は17時からーー」
はにかみを顔に乗せたカウンターの男が言い終える前に、追い出されてはたまらないとばかりに訪問者は言葉を被せてきた。
「土砂降りなんだ、外」
時間外の闖入者は、〝土砂降り〟だというドアの向こうを指差し肩をすくめてみせる。
カウンターの男は強引な侵入に困ったように笑ってバックヤードに下がると、キッチン奥で調理をしているらしい人物に声をかける。
夜のキッチン担当者とはシフト制らしい。カウンターの男はキッチン奥の姿の見えない同僚と会話を交わし、労わりの声をかけて、また明日、と送り出した。
「バーのオープンまでまだ時間がある。〝シェフ〟は帰ってしまった。夜の担当が来るまで何も食べられないけれど構わないかい?」
「いいよ。しばらく雨宿りさせてもらえれば」
カウンターの男に返答し、訪問者はスツールに座った。
「驚いた」
「なにに
……
?」
訪問者の言葉に、カウンターの男が聞き返す。
「随分と華やかなひとがこんな辺鄙なバーにいるんだなって」
「
……
」
「その顔。窓の向こうからから見えたから」
「
……
ナンパかい?」
「いや。俺、恋人一筋だから」
訪問者の台詞にカウンターの男の顔が一瞬だけこわばる。すぐに解けて、困ったように笑う。
「ぇえっと、バーがオープンするまでまだ時間があるから。腹は減っていないか?何か飲むかい?アルコール?」
「さっき何も食べられないって言ってなかった?」
「いや、簡単なものなら僕も作れるから
……
」
「じゃあそれで。車だからコーヒーがいいな」
「オーケイ」
カウンターの男は備え付けの小さいコンロに小さなフライパンを乗せて、火をつけた。カウンターの影に、簡易的な火の元があるようだった。同時にコーヒーメーカー備え付けのガラスポットにミネラルウォーターを注ぎ、設置する。カウンター周辺のみに絞られた光源は、陽が落ちるにつれてどんどん暗さを増す。静かに灯るコンロとコーヒーメーカーの駆動音だけが響く。
慣れた手順で動くカウンターの男に、訪問者が尋ねる。
「
……
ここで働いて長いの?」
「
……
2ヶ月くらい、だ」
「
……
なんでこんなところに?」
「
……
」
カウンターの男は粉と卵とミルクを手に、手元を見つめたまま作業を進めていた。決して訪問者とは目を合わさずに。
「以前、ここで世話になって」
「世話に?」
「
……
ミネラルウォーターを1杯
……
と、うまいハムエッグを食べさせてもらって。それと、電話を借りた」
「電話?今時?携帯は?」
「えーっと、その、なんていうか
……
その時は持っていなくて」
「なんで」
「手ぶらだったから」
訪問者はそれ以上問うことをせず、ため息をついた。
「トラブルが起きて駆け込んだ先がこのバーだったってこと?」
カウンターの男は誤魔化すように笑い、フライパンに液を流し込む。静かに灯るコンロとコーヒーメーカーの駆動音、そこにぱちぱちと爆ぜる音と、甘い香りが店内に漂い始めた。
「俺はね、人探し」
抑揚なく話し始めた訪問者を見ることなく、カウンターの男は調理を続けた。
「俺、軍属なんだけど、すごく上の地位の人の娘さん紹介されて。今時そんな当人同士の意思シカトした結婚なんてあるわけない、ふざけんなって俺は思ってた。第一、俺恋人いたし」
コーヒーメーカーから、アラームが鳴る。カウンターの男は忙しなく動き回り、話しを聞いていないかのようで、その実しっかりと聞いているからこその振る舞いだった。
「まさかその恋人から、意思決定もクソもない一方的な別れ話しされるなんて思ってもみなかった」
訪問者はぽつりとつぶやいた。たまらずカウンターの男は一瞬だけ顔を上げて、慌てて俯いた。
「俺は別れる気なんて毛頭ないし、結婚の件は断る大前提なのに、話し合いの最中、勝手に自己完結して拗らせたまま、また逃げた。また逃げたんだよ!」
訪問者がカウンターに両手の拳を叩きつけた。同時、カウンターに皿とマグが置かれる。盛られたパンケーキにはシロップとホイップがたっぷりとかかり、コーヒーからは芳しい香りが漂う。あんまりの光景に、訪問者はカウンターの男を睨みつけた。カウンターの男は視線を受けて、へらりと笑う。
「俺もう40近いんだけど」
「40になろうが60になろうが僕にとっては世界一愛しい子だよ。そして世界一傷つけてしまった恋人だ」
「現在進行形でな」
カウンターの男はフォークとナイフを渡すと、ようやっと訪問者と視線を合わせた。
「ブラッドリー」
訪問者ーーブラッドリーはマーヴェリックからフォークとナイフを受け取ると、自棄になったかのように、パンケーキにかぶりついた。
「僕は君との幸せの定義のすり合わせができないんだ」
「マーヴ、あんたこれ相変わらず生焼けなんだけど」
「君は将来を約束されたエリートだ。僕は問題児」
「あと、シロップかけすぎ。何これどこのメーカー?甘すぎだろ」
「加えておじさんだ」
「俺もだっつーの」
「
……
いいか、言うぞ。心しろ」
「あんたコーヒー淹れんのだけはうまいなマジで」
「君を諦め切れると思ったし、君の幸せを願っていたはずなのに、いざ、君の隣に美しい女性が並び立つことを想像したら胸が張り裂けそうになって気づいたら逃げてた」
ぼとりとフォークに刺さっていたパンケーキが落ちる。ブラッドリーはあんぐりと口を開けたままだ。
「どうすればよかった?嫉妬むき出しで僕を捨てるなって?言えるか!言えるならとうに言ってる!あんな綺麗な女性を紹介されるのもなんかモヤモヤするし、君と隣に並ぶと似合いなのがまた腹立たしい。君が幸せなら僕も幸せ?綺麗事言うな、心の中は嫉妬で真っ黒だ。自分が自分じゃないみたいな、何が正解で何が不正解なのかわからない状態になってしまって、だから逃げた!」
「
……
言えんじゃん、マーヴ」
「くそ!ていうかよくここ探し出せたな。土砂降りだなんて嘘ついて強引に入ってくるし」
「追い出されたらたまんねーし。ていうかさぁ、マーヴ、逆に聞きたいんだけど、そこまで俺のこと好きなのになんで逃げんの」
「答えのない自己への問いかけは苦手なんだ」
ブラッドリーはスツールから降りると、店内のジュークボックスに近づいた。
「マーヴの頭に性能のいい演算装置が入ってんのは分かってるよ。でもそうじゃないマーヴがいるだろ?」
ブラッドリーはジュークボックスにコインを入れる。レコードが選別され、やがて流れ出した火の玉ロックにマーヴェリックは頭を抱えた。
「あぁ、くそ、やめろ、今それを選ぶな!」
「これ以外に最高のチョイス、他にないね」
そう言ってブラッドリーは歌いながらカウンターに近づき、スイングドア越しにマーヴェリックを引き摺り出した。
抱きしめて、愛を紡ぐ歌詞と共に告げて、喚くマーヴェリックの唇を塞いだ。数ヶ月ぶりの口づけに、ブラッドリーの方がすぐに夢中になった。
結局マーヴェリックとて、ブラッドリーが探し出すこの結果を重々に理解した上での逃亡劇だろう。つまり、〝色々考えてみたけれど、なにをどうするのが正しいのか分からなくなったから、ブラッドリーが探しに来たら考えよう〟だ。
そもそもブラッドリーが紹介を受けた先方の娘は仕事を愛するハイキャリアのワーカーで、結婚をする気は全くないようだった。そもそもキャリアを維持するための家庭がなければ出世できないなどという軍属の封建的な考えをも彼女は一蹴した。娘の自立した生き方に、父親である上官は、娘の幸せを勝手に思い描いた自身を恥じるだけの謙虚さのある人物だった。結果結婚の話しはたち消えとなったのだ。これでマーヴェリックの逃亡生活は終わる。
唇を離すと、ブラッドリーはマーヴェリックを見つめて告げた。
「結婚しよう、ピート。もう逃げなくていいようにしてあげるから」
「
……
くそ、後悔しろ!」
言葉とは裏腹に、マーヴェリックはブラッドリーの背にシャツに皺が寄るほど、強く強く抱きしめ返した。
おまけ
「というわけで、例の彼は迎えが来て店を辞めたの。この話し、今日6回目よ。いい加減にしてちょうだい!」
店内が笑いに包まれる。
1年ほど前のことだ。まさに空から落ちてきたかと思うような、綺羅星を瞳にたたえた黒焦げの男がダイナーに突然現れた。その彼が再びダイナーにやって来たのは2ヶ月ほど前だった。
ーーあの時のミネラルウォーターとハムエッグ、僕に仔細を聞くことなく話しかけてくれたここのみんなの笑顔が忘れられなくて。
他に行くあてのないような迷子の顔で再度ダイナーを訪れた〝黒焦げの君〟は、礼をしたいとダイナーの手伝いを申し出た。あの時彼を迎えにネイビーのヘリがダイナー上空を滑空していたことを、ダイナーの常連たちは覚えている。けれどまたもや訳ありの迷子の彼に、結局仔細を問うことなく歓迎の意を示したのは、ミネラルウォーターを差し出した当人である、チャーミングな現役ウェイトレスの御大だ。ダイナーは旅人の心を癒す拠り所だと。
「あの人ずっと迷子なんだねぇ。今度こそ帰れたかなぁ?」
シリアルを頬張り、かわいらしく首を傾げたボーイをダイナーの常連が微笑ましく見守る。
そうしてダイナーは、今日もまた賑やかな日常へと戻っていくのだった。
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