セルフォンをいじり、メッセージを送信してから顔を上げると、いつの間にか眼前の商品の棚前に、体格のいい二人の大男が立っていた。体を寄せ合うように品物を覗き込んでいる。
方やびしりと決まった折目正しいジャケットの背中、方や砕けた印象のダウンジャケット。ともに揃いのマフラーを巻いている。センスの良い色味のストライプ。
全くタイプの違う二人の大男は言葉を交わし、何事か話す横顔だけが見える。整った鼻の形はそれぞれ異なり、これまた全く雰囲気の違うハンサムな青年たちだった。
自分より年上であろう見目いい二人は恋人同士だろうか。
街外れのドラッグストアのパートタイムジョブは、時間帯によってはそれなりに忙しい。存外にゆるい質のオーナーは、最近できた街中の大型モールに客を取られる、などと嘆くふりをしていたが、目利きである彼に選別されたレアな商品を求めて足繁く通う常連が後を立たない。客の好みに合わせ、遠方から取り寄せるきめ細やかな品々は、まさに地元に密着している。かくいう自分もSNSで先取りされた情報をオーナーと共有し、地方都市には珍しく、流行る以前の商品を適切に仕入れて置いている。
要は、オーナーが不在のこのタイミングで、居心地のいいパートタイムジョブにおいて、眼前の青年たちが交わす言葉に思わず耳を傾けても致し方ないのだ。
「ネットで注文してもよかったけど、正規品か不安で。日本製ならあなたの髪質にも合いそうだし、安心だから」
「ネットで調べたらさ、ここにしか置いてなくて。て言うかこのドラスト、なにげに評価高いんだよ。目利きっぽいんだよな、オーナーが。SNS精通してるし」
会話と彼らの立つ棚に陳列された商品から予測する。色とりどりのヘアカラー剤の前で話す彼らの会話から察するに、日本のメーカーのカラー剤を所望らしい。
ヘアカラー剤は色もメーカーも多種多様に揃えているし、たしかに日系のスーパーにでも行かない限り、日本のメーカーのものはなかなか手に入りにくいかもしれない。その点オーナーはその辺りを熟知していて、常連がこの製品でないとダメ、というものを、常連客のためだけに確保したりする人だった。片割れのカジュアルハンサムが話す通り、SNSを駆使するオーナーは広報が上手く、田舎のドラッグストアの割にフォロワー数は大手に負けていない。
遠路はるばるかは分からないけれど、わざわざそれだけを求めにこのドラッグストアにまで足を運んでくれたことはありがたい。日本製にあやかって、彼らの背に向かって手を合わせてお辞儀する。アリガトゴザマス。
が、しかし、なんとなく彼らの会話に違和感を感じる。隣り合っているにも関わらず、彼らは第三者に向かって説明しているかのような口振り。
「ていうかそんな気にする必要ないのに」
「そうですよ。プラチナが増えたところであなたの魅力が損なわれるわけじゃなし」
「髪かき上げた時のチラ見えするプラチナなんて最高にイイよ。かわいいしセクシー」
カジュアルハンサムがにやけて笑うのに、折目正しいハンサムがその背に拳を叩き込んだ。
「痛って!なにすんだよジェイク!」
「本気で悩んでる人を茶化すなのろまのブラッドが。好きな子をいじめて楽しむのが趣味かよ」
「誰が!俺は本気でかわいいしセクシーだと思ってるから、別に染める必要なんてないって言いたいだけだ!せっかくのふわふわした髪も傷むし」
「髪が傷む云々は俺も賛同する。ねぇ、やっぱそのままでいましょうよ。あなたが悩んでることには寄り添いますけど、不詳の弟が言う通り、このふわふわの手触りが失われたら世界の損失だ」
「誰が弟だお前が弟だろ。兄は俺だ!」
「はは、雄鶏が寝言ほざいてやがる。すぐに着火するお前よりも俺の方が遥かに落ち着いてるし、同い年かどうかも疑わしいね」
「俺からしたら、同い年云々以前に根性曲がりのお前と双子であること自体が疑わしいわ」
「え!?」
ハンサムな青年たちが俺のあげた驚きの叫びに振り返った。会話に聞き耳を立てていたことがバレてしまった。慌てて視線を逸らす。
双子?双子って言ったか?この眼前のハンサム二人が?
振り返った二人を一瞬だけど正面から見た。全くタイプの違うハンサム。身長はほぼ同じくらいだろうか。意志の強そうな目をした折目正しいハンサムの無表情と、少し垂れたまなじりと、なで肩が優しげな印象を受けるカジュアルハンサムの口髭から結ばれた口。
会話を盗み聞きしていた不作法な振る舞いに、因縁をつけられるかもしれないと身構えた。
だってめっちゃガタイいいし、この二人。
だって双子に見えないし。
兄弟だって?
揃いのマフラーなんかしてるからカップルと間違えたって仕方ないじゃん!
「こら、ブラッド、ジェイク、君たちみたいな大きいのにダブルで見つめられたら相手がびっくりするって何度言ったら分かるんだ」
混乱の境地を極めた瞬間、優しげで少し高い声が嗜めるように割って入った。大柄な青年たちが身を寄せ合うその先、会話の違和感の正体に気づいた。彼らの間にもうひとり、人がいたのだ。
その人物に対しての会話だったわけか。
そうして二重の意味で驚く。
大柄な青年たちの影に隠れていた人物は、随分と華やかな顔立ちをしていた。青年たちよりはるか年上だろうに、印象深く、整った美形だった。口元に皺を寄せ、困ったようにこちらに笑いかけてくる。
「息子たちが騒がしくて申し訳ない」
「むすこたち」
〝サンズ〟、という言葉を異国の言葉のように俺は呆然と呟いた。すると、その壮年の〝ダディ〟は、日本製のヘアカラー剤を持ってレジカウンターに近づいてきた。
「ここ、プラチナが目立つようになっちゃって」
そう言ってダディは髪をかきあげる。
ほんの少し頬を染めて。
〝バイクに乗るから目立つんだ〟と笑った。
無邪気な少年のような顔で。
ぬん、と効果音がしたかのような体で、カジュアルハンサムーーもとい、サンそのいちが、ダディとの間に立ち塞がった。折目正しいハンサムなサンそのにが隠されたダディの手からヘアカラー剤を取り上げてカウンターに置く。
うん、うん、なんとなくわかってきたわかってきた。
「義父だけどな」
聞いてないのにぼそりと付け加えたサンそのいちの言葉は、呆然と呟いた俺の〝むすこたち〟という発言にかかっているのだろう。
俺は機械的に手を動かし、バーコードを読み込んで、金を受け取る。
会話などあってなかったかのように、彼らは元の会話に戻る。なるほど、揃いのマフラーは、ダディからの贈り物らしく、とてもあたたかい、と。
そうですかぁ。なるほどなるほど。
「あの、」
俺の声がけに三人が振り返る。
「体質に合う、合わないがあるから、まずは腕の内側とかで液剤試してみてください」
ダディがサンクス、と笑う。
「それと、あの、プラチナもお似合いです」
言外に、アレルギーの心配や、髪質への負担を訴えたけれど、心底から思った言葉だ。
ダディは少し照れたように笑って、〝君の頭も素敵だ〟と言ってくれたが、急くようなサンズに脇を固められてストアを早々に去って行く。
ドアが開いた瞬間、吹き荒ぶ冬の風に、ダディの髪があちらへこちらへと舞い、プラチナが見え隠れする。
雪が舞うように。
ごく自然にサンズが左右からそのこめかみにキスをする寸前までを視界に収め、お邪魔虫な俺は賢く店内に視線を戻した。
備え付けの防犯カメラには、レジカウンターの内側が映っている。頭にサンタクロースの帽子を被った浮かれた俺の姿が。
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