溶けかけ。
2024-10-20 13:19:32
1432文字
Public ほぼ日刊
 

葬送の鐘は鳴る

フリーナの生まれ変わりと葬送の鐘の音の話。


「おやすみ、フリーナ」
 ヌヴィレットの声を聞きながらゆっくりと目を閉じる。この先待っているのは永遠に目覚めぬ眠りだとフリーナ――✕✕は知っていた。あと何回、彼を悲しませればいいのだろう……雨の音を聞きながら✕✕は意識を手放した。

 水龍、水龍、泣かないで――なんて、悲しませているのは僕なのにね。
 
「始めまして、フリーナ殿……いや、〇〇殿とお呼びした方がいいだろうか?」
 ヌヴィレットが手を差し出す。何度目、いや何十、何百回目の巡り合わせにフリーナの記憶を持つ少女は手を重ねた。
「お好きなように……僕はヌヴィレットって呼ばせてもらうね」
 僕を演じる――それが少女に科せられた宿命だった。

 彼との日々は穏やかで、記憶の中の彼女――フリーナが彼を好いていた理由がよく分かる。燃え上がるような恋ではないが、あたたかな陽だまりにいるような、そんな柔らかで泣きたくなるくらい静かな恋。
「今日は少し寒いかな。毛布を増やそうか?」
 すっかり年老いてしまった彼を見る。フリーナの記憶にある銀髪より透き通った白髪を梳けば櫛など必要もないかのようにさらりと通した。
「いや……結構だ。こうして暖炉の炎の音を聞くのも悪くはないのでね。それに、寒いと言えば君が温めてくれるのだろう?」
 髪を梳く手を止める。小さなこの家にはフリーナとヌヴィレット、二人分のベッドを置くほどの余裕はなく、二人は一つのベッドを一緒に使っていた。
「別にいいけど」
 ああ、なんて可愛くない。彼に頼られて嬉しい、と何故言えないのか。
「では、寒いのだが……
「早速だね。まあ、いいよ。僕も少し眠いから」
 彼が毛布を少し持ち上げて、一人分のスペースを作る。その隣に横たわればヌヴィレットが毛布を掛けてくれた。彼の手を取り繋ぐ。老いたようには見えないが、彼女――フリーナが死んでから何千年と生きてきた彼の握る力は弱々しい。
「おやすみ、〇〇殿」
「おやすみ────…………ヌヴィレット」

 翌日、ヌヴィレットは僕の隣で冷たくなっていた。握られた手は結ばれたままでそれが余計に寂しかった。
「お疲れさま……ゆっくり休んでね」
 棺に眠る彼にキスを落とす。きっと、キミの逝く世界では本物のフリーナが待っていてくれるだろうから。
 村の人たちがヌヴィレットの棺を埋める。これで――本当のお別れだ。
「狡い、なぁ……
 葬送の鐘が鳴る。遠くまで響き渡る鐘の音に彼が安らかに眠れるように、と願いを籠めた。
「ねえ、フリーナ。なんで、僕だったの……?」
 ずっと、見送られてきた。の中にある何人もの顔を、姿を変えたフリーナを見送る彼の辛そうな顔が脳裏に過ぎる。
「狡いよ……
 ヌヴィレットに見てほしくて、一人称を変えて、お洒落に気を使って……それでも彼の一番には終ぞなれなかった――死んだ人になんて勝てるわけがないのに。
 挙句の果てに見送りまでさせるなんて。

「貴方達に割り込めるはずなんてなかったのに……!」
 知っていた。
 彼は私のことを愛してくれていたけれど、私を通してフリーナを見ていたことを。
「一人にしないで……
 暖炉の火の音に耳を傾ける彼はもういない。これで本当にひとりぼっちになってしまった。
「狡いなぁ……
 見送ることが出来て良かったと思う。だって、彼の最期は私だけの特権だ。そう思わなければ、何かが壊れてしまいそうだった。