近くのパークで期間限定のフードトラックが来ているからと、友人から声をかけられ、そこのクラブサンドが絶品らしいとSNSを見せられた。道中友人は始終テンションが高く、少しだけいつもよりおしゃべりで、少しだけいつもよりメイクが濃くて、少しだけいつもより可愛らしかった。
フードトラックには私たちの他に先に数人が並んでいて、なるほど、今日の可愛らしい友人の様子に私は合点がいった。
忙しなくキッチンを左右に動く大きな人。フードトラックの天井に頭がつきそうなその人は、客の注文に身を傾ける時だけちらちらと顔が見える。口髭の、ハンサム。
隣を見れば、濃いチークはますます赤を増していた。
友人をいつもより可愛くしたお相手とは、若干年齢が離れすぎてるような気がしなくもない。
私たちの順番が来るまでに、件の口髭ハンサムなシェフは陽気にあちらへこちらへとよく動く。リズムを刻み、踊っている。パーク内の音楽に合わせて楽しげに踊りながら調理する様は随分と器用だ。
「素敵でしょ?」
「え、あ」
「今日ね、セルフォンナンバー交換してもらおうと思って」
単純に好みではないので返答に詰まると、元から返答など期待していない友人は決意を独り言のように宣言した。何か言っても無駄だろう。友人の決意はかたい。
やがて自分達の番がくる。友人はお決まりらしい注文を口髭ハンサムに告げる。見上げる瞳はキラキラと星が瞬き、誰が見てもラヴが飛び交っているが、口髭のハンサムは気づく様子もなく、注文されたメニューに取り掛かった。
じゅわ、と音を立てて、ラムが鉄板をはねる。その間にワンハンドメニューを眺める私に、友人がこっそりと、「どれも美味しいの」と囁く。友人に倣い、私はジャイロをチキンで注文する。
香ばしい匂いが立ち込める。と同時、パーク内の音楽が1曲終わり、次の音楽がかかる。口髭のハンサムは胸元に差し込んでいたサングラスを取り出し、それをかけてさっきよりも大胆に踊り出した。
友人が隣できゃあとはしゃぐ。この人踊らないと料理できないんだろうか。
じゅわじゅわと鉄板で肉が焼ける音、パークの音楽、友人と口髭のハンサムがいつの間にか一緒に歌う声、子供や大人の笑い声ーーいつの間にか私も、私の後ろに並んでいたカップルも、リズムを刻んで踊って歌っていた。
楽しい。友人が惹かれた理由がわかる。人を巻き込む魅力のある人だ。
「はい、できたよ、レディたち」
ラムとチキンのジャイロをそれぞれ渡される。新鮮なオニオンスライスにピクルスが挟まれ、レッドとホワイトのソースが絡められたそれは出来立てだ。
私はサンクスと述べて友人を伴い、揃いで頼んだペプシを受け取ると身を翻そうとした。
「あの!」
友人の大きな声が私を押しとどめる。そうだ、本来の目的を忘れていた。
「ナンバー交換してくれませんか!?」
頬を鮮やかに染め、瞳の星を増やした友人が叫んだ。後方のカップルの彼が口笛を吹いた。それを嗜めるパートナー。優しい人たちだな、と私はぼんやり思った。
さぁ、どうする、口髭ハンサム。
「俺と君じゃちょっと年が離れすぎてるかなぁ。でもありがとう」
口髭ハンサムはサングラスを外し、恭しく胸に手をあてて真摯に友人に向き合った。
そのまま首に掲げていた鎖を引き出す。服の内側から取り出されたそれを、友人に向かって見せる。そうして左手薬指を、翻した。
「そしてごめんね。料理中は外してるんだ」
ドッグタグーーハイスクールで習ったことがある。軍属の身元確認票。そこに通されたシルバーのシンプルな指輪。
死を識別するそれと永遠が絡みあってカチンと音を立てた。
友人は目を見開いてそれを凝視している。
完全なブロークンハート。
ぎゅむ、と唇を噛んでから、友人は、笑った。
「わかりました、ありがとう!パートナーの方とお幸せに!」
「ありがとう」
口髭ハンサムも笑い返した。
口髭ハンサムさん、私の自慢の友人を、子供だからと揶揄ったり貶めないでくれてありがとう。
勘定を、とセルフォンを取り出す私の肩を、誰かが後ろから叩く。
「ここは俺たちに払わさせて」
後方のカップルだ。口笛を吹いた詫びも兼ねているのかもしれない。
「「ありがとう」」
私と友人は顔を見合わせてカップルに礼を述べた。
友人は再度口髭ハンサムを見上げた。
「あの、」
「うん?」
「また、来てもいい?ここのメニューも大好きなの」
「もちろん。あ。ただ、俺、臨時要員なんだ。SNS見て貰えばわかるけど、ここのメニューを好きでいてくれるなら、また来てよ」
そう言って笑う口髭ハンサムと後方のカップルに謝意を述べて、私たちは身を翻した。
冷めないうちにとひとくち頬張る。
「!うっま!」
「ね!?美味しいでしょ!?」
一過性の熱は早々に覚めて、今はもう私たちはジャイロに夢中だ。
「ふふ、すっごい美味しそうに食べるじゃん!」
「いや、だってほんと美味しいし!」
「あ!写真撮るの忘れた!」
食べかけのそれを二人で自撮りする。
「ねぇ、あのおじさんもすごい美味しそうに食べてる」
友人がちらりと視線を投げた先、同じようにワンハンドメニューを頬張る人がいる。
確か私たちの前に一人で並んでいたおじさんだ。
口髭ハンサムと顔見知りなのか常連なのか、親しそうな様子だった。
「美味しいものって幸せになるもんね」
「大切な友人と食べるともっと美味しいからね」
「それ私?」
「当たり前じゃん」
パークの音楽が変わる。
私たちは人目も気にせず、手を繋いで歌い、踊った。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.