〝わずかな時間でいいからその日に少しだけ会いたい〟とマーヴェリックからの連絡を受けたのは、ブラッドリーのバースディの数ヶ月前だった。
再会してから初めて迎えるブラッドリーのバースディを祝ってくれるつもりらしいマーヴェリックの思惑はわかる。
職業柄、仕事が優先されるために、軍属は職場でその日を迎える者の方が圧倒的に多い。緊張感のある任務が入っていなければ、基地内の気のいい仲間たちが簡単に祝ってくれることもある。若い頃ほどスペシャルなことをする必要もないし、ブラッドリーは現在進行形でパートナーもいない。年をひとつ重ねるだけの日として認識しているそれを、特別な日に押し上げるのはいつだって親しい隣人だ。
今回の隣人がマーヴェリックとなるのは自明の理だった。長い決別を経た末の、ブラッド坊やと迎える久しぶりのバースディだからだ。
決別の原因となる理由をマーヴェリックは不器用に紐解いた。恐らく絶望の中で破り捨てたブラッドリーの願書のごとくに裂かれた互いの絆を、マーヴェリックは懸命に修復した。傷つき絶望したあの日のブラッドリーに向き合い、ようやっと氷解した。
母の愛に基づく理由など、とうに察しはついていた。ただ、マーヴェリックの口から説明して欲しかっただけの拘りだったと、すとんと腑に落ちた。
そうは言っても、未だ距離感を測り兼ねるブラッドリーは、バースディの時間をわずかでもと請うマーヴェリックの願いに対し、〝友人達が優先だけど〟などとかわいくない返答をしてしまった。
セルフォン越し、マーヴェリックは当然のように笑った。
ーーもちろん。君の大切な人との時間を大切に。ただ、その日、ほんの数分でもいいから会えないだろうか。僕が君のところへ行くから。
〝大切な人〟の中、当然のように自分が入っていないかのようなマーヴェリックの発言に腹が立った。ブラッドリーが誘導した答えそのものであったはずの返答に身勝手にも怒ったブラッドリーは、バースディを迎えるぎりぎりの日付になっても、マーヴェリックと会うための調整連絡をしなかった。マーヴェリックとのセルフォンでのやり取りの後、すぐに休暇を申請したにも関わらず。
日が近づけば近づくほど気が重くなる。自分の起こした稚拙な行動に。
その日は予定を入れず、朝から晩までブラッドリーはフリーの申請をしてあるのだ。親しき別の隣人である同僚や友人達の誘いを全て断り、身を空けた。ブラッドリーがバースディを誰かのために空けている事実を知った彼らは、ようやっとブラッドショーも身を固めるらしいなどと勝手な憶測を飛ばした。しかし、目下ブラッドリーの優先事項は〝本当はバースディをマーヴに祝ってほしい〟〝マーヴと話しがしたい〟〝マーヴとその日は一緒にいたい〟を今更にどう伝えるかという自業自得な悩みの解決だった。
そうしてブラッドリーは毎度のことながら後悔するのだ。
〝死んだとて悼む者などない〟とマーヴェリックに暴言を吐いた時のように。
官舎から飛び出し駆ける。
ーーすまない、明日はきっと誰かと共に過ごすだろうから、勝手だけど今日来てるんだ。時間は取れないか?少しだけでいいんだ。
いつからそこにいたのだろうか。名乗りをあげれば幾らでも基地に入ることができるのに、マーヴェリックは基地の外に立っていた。日差しが直に当たるアスファルトの上に、ただ立っていた。ブラッドリーはマーヴェリックに駆け寄ると、急いで自身で覆い隠すように影を作った。
額にうっすらと汗し、火照った頬を晒してぽかんとした顔のマーヴェリックが見上げてくる。状況を把握し、マーヴェリックは破顔した。それを見て、ブラッドリーはじわりと湧き上がった涙をこぼさないよう耐えた。
「ブラッ」
「何でマーヴはいつもそうなんだよ!そうだよ!知ってたよ!俺を優先しすぎなの知ってたのに!くっそ腹立つ!」
「え?あ、す、すまな」
「ちがう!腹立ってんのは、俺が、俺自身に!」
意地を張る必要などないのに、未だ距離を測り兼ねるからと言い訳し、逆張りした行動の結果がこれだ。
日中の暑い日差しの中、マーヴェリックは何時間ここに立っていたのだろうか。ブラッドリーのバースディは明日であり、顔も知らぬ大切な何某と過ごす日に、自分が邪魔をしてはいけないと勘違いし、連絡がつくかどうかもわからないのにここまで来た上に、未だ謝罪の言葉を口にする人。大事なブラッドリーのためなら、基地の外で何時間立ち尽くしていようとも苦とは感じないのだ。
マーヴェリックにとってブラッドリーは親友夫婦の忘れ形見であり、世界一の宝物だ。それを自負しているからこその愚かな振る舞いを回顧して、ブラッドリーは自らを呪った。
「一日早いけど、誕生日おめでとう。ずっとずっと渡したかったんだ」
涙の滲むブラッドリーに気づいていながらも、見ないふりをして、マーヴェリックは懐から細長い何かを取り出す。ラッピングもされていないそれを抱えてここまで来たのだろうか。そんなことはどうでもよかった。
ラベルに印字された年度を見て、ブラッドリーは今度こそ泣いた。
「……君の生まれた年に買ったんだ。グースにもキャロルにも内緒で。僕だけの秘密。君が成人したら一緒に飲もうと思って。渡すのがずいぶん遅くなってしまったけれど」
1984と印字されたヴィンテージワインを携えたマーヴェリックに、ブラッドリーはたまらず抱きついた。
ぐす、と鼻を啜るブラッドリーの腕の中、自身を遥か超える身長と体格に、マーヴェリックは感慨深く呟いた。
「……大きくなったな、マイボーイ」
「ごめん、すき。だいすきだよ、マーヴ、ごめんなさい、ありがとう」
伝えた気持ちに嘘偽りはない。ただ、今更に気づいたこの情に、未だ名前をつけることができない。
けれど、明日のバースディは、朝から晩までフリーなのだ。だから、朝から晩までずっとずっとマーヴェリックと過ごし、話しをして、視線を絡めたならば、今は名もなきこの感情にも、答えが出るかもしれない。
ブラッドリーは尚も力を込めて、マーヴェリックを抱きしめた。
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