えぬを
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仲直り

rsmv_20221009公開

Twitterで呟いた、「別の少年を抱き上げて、自分の帽子被せて一緒に写真撮る若マヴ……を見て頬膨らませてるブラッド坊やに全然気づかない若マヴ」からのルスマヴェ

ブラッドリーの機嫌がすこぶる悪い。
航空ショーを披露し、所用で時間を取られた後、マーヴェリックはキャロルとブラッドリーと合流した。
キャロルの後ろに隠れたブラッドリーと、困った顔で笑うキャロル
「この子、ちょっとご機嫌悪くなっちゃって」
ショーは盛況で、テーマパークのような有様になっている。人混みの中、ちらほらと海軍の制服を着たものもいるにはいるが、マーヴェリックはドレスホワイト姿だったせいで目立つ。
キャロルの後ろに隠れ、ふてくされた顔をしたブラッドリーの近くに膝を折る。
思えばキャロルとブラッドリーに会えるのも久しぶりなのだ。いつもであれば、満面の笑顔でマーヴェリックに抱きついてくる亡き親友の息子が、マーヴェリックとちっとも顔を合わせてくれない。
「ブラッド、どうした?疲れちゃったのか?」
「しらない!マーヴなんてしらない!」
「え」
どうやら原因は自分にあるらしいと悟ったマーヴェリックは、明確な拒否を示すブラッドリーからキャロルへと視線を移した。肩をすくめたキャロルはどうやら理由を知るらしい。
「マーヴェリック、ブラッドリー、ケンカするの、後でもいい?ママ、おしっこ行きたい」
場を和ませるようにコミカルに足踏みして尿意を告げる彼女は、ちらりとマーヴェリックを見遣ってからブラッドリーを見下ろす。
「ブラッドリー、ここでマーヴェリックと待っててくれる?それともマーヴェリックと一緒にいるのは嫌?」
いやとか言われたら僕もう立ち直れないんだけど、と、若干こわばった顔でマーヴェリックはブラッドリーの返答を待った。
……マーヴとまってる……
「あぁん、さすがはマイボーイ!ママを困らせないでくれてありがとう!マーヴェリック、お願いね!」
そう言ってブラッドリーの手をマーヴェリックに託すと、キャロルはスキップするようにかけて行った。
マーヴェリックはブラッドリーを見下ろして、小首を傾げた。
「僕と一緒に向こうでキャロルを待とう、ブラッドリー。それとも……僕と手を繋ぐのは嫌かなぁ……
悲しげな風情を醸せば、ブラッドリーは、慌ててマーヴェリックを見上げてくる。やがて、無言でふるふると首を振った。
どうやらこの小さい体と心と頭でなにがしかに葛藤しているようだった。
心底嫌われたわけではなく、理由があるらしいブラッドリーの様子に、マーヴェリックは向き合い、膝をついて視線を合わせた。
「ブラッドリー、ブラッド、マイプリンス。どうしたの?僕、何かしてしまった?ブラッドリーに嫌われたら、僕は悲しくて悲しくて泣いて過ごしてきっと瞳が溶けて消えちゃうよ。怒っている理由が僕にあるなら言って。君の大好きなマーヴェリックになれるように努力するから」
プリーズと懇願した内容はほぼ本心だ。マーヴェリックにとって、家族であり、守るべき存在であるキャロルとブラッドリーに嫌われるようなことがあれば、マーヴェリックは世に絶望し羽を折るしかない。
園内は多くの家族連れでにぎわっている。父親の肩車に喜ぶ少年の声が前を通りすぎ、入れ違いに父親に抱かれた少女が戦闘機の模型を掲げて振っている。
そんな行き交う人々など一切の興味がないマーヴェリックは、ただブラッドリーに懇願した。
泣き出しそうな顔で、ブラッドリーが言葉を口にした。小さくて聞き取れないそれを、マーヴェリックはもう一度、と聞き返した。
「ぅん?ブラッドリー、もういちど言って?」
……マーヴはぼくしか、だっこしちゃだめ」
ぽかんとマーヴェリックの口が開いた。
マーブハボクシカダッコシチャダメ。
マーヴは僕しか抱っこしちゃダメ。
反芻して、それを脳内でしっかりと文章として咀嚼して、ようやっと気づいた。

面倒くさい航空ショーの仕事を終えれば、結局は指示を無視して曲芸飛行をしてのけたマーヴェリックは、パイロットとして観客に紹介された後、盛大に上官の雷が落ちるはずだった。けれど、来賓のどこぞの議員の息子がマーヴェリックの飛行技術にえらく感動したらしく、パイロットに会いたいと駄々をこねた辺りで風向きが変わった。息子は10歳に満たない少年で、マーヴェリックが空を裂く奇跡を描いたパイロットと知るや否や、かわいらしい大きな瞳をキラキラとさせてマーヴェリックの元へ駆けてきた。どうやら人見知りしない質らしい少年に、親友の息子の影を見て、マーヴェリックは満面の笑顔で少年を受け入れた。足元に抱きついてきた少年を抱き上げれば、嬉しそうな歓声が上がる。
純粋にマーヴェリックの飛行を手放しで絶賛する様は非常にかわいらしい。
そもそも曲芸飛行をしてほめそやされることなどまずないのだから、マーヴェリックはその賞賛をありがたく受け入れた。
議員の前だからとドレスホワイト姿で少年を抱き上げ、マーヴェリックは少年の頭に帽子を被せてやった。

それだ。
ブラッドリーが言っているのはそのことだろう。
どこかで議員の息子を抱き上げたマーヴェリックを見ていて、少年は嫉妬したのだ。
〝マーヴはぼくいがいだっこしちゃだめ〟
「あぁ、ブラッドリー!」
マーヴェリックは理解してブラッドリーを抱き上げて、その頬にキスの雨を降らせた。
「わ、わ、まーぁゔ、くすぐったい!」
「あぁもう、ブラッドリー、なんてかわいいことを!しない、しないよ!もうブラッドリー以外の子を抱っこしたりしない!ここは君の特等席だ!」
「とくとうせき?」
「ブラッドリーだけのもの。ねぇ、だからこっちを向いて、ブラッド、マイディア」
ぷくりと膨れたままの頬を抱き上げた反対の指で幾度か優しく突く。マーヴェリックの蜂蜜を含んだかのような甘いねだり声に、少年はつついた先、口からおかしな音を立てて空気を抜いた。すぴすぴぶるると漏れる空気と震えた唇にマーヴェリックは声をあげて笑った。
「マイディアプリンス、かわいいつむじしか見えない。君の可愛い顔が見たいのに。顔を上げて僕を見てよ」
そう言って視線を合わせないブラッドリーのつむじにキスを落とした。
ブラッドリーは愛しくて大好きなグースとキャロル二人の結晶だ。愛さずにはおれないマーヴェリックの宝だった。そんな少年のいじらしい願いをどうして断ることができようか。
やっとブラッドリーが顔を上げる。わずかに潤んだ瞳の淵にマーヴェリックは口付けた。
とろんと頬を染めたブラッドリーは、マーヴェリックの首元に腕を回し、抱きついてくる。
……まぁゔ、これがおわったらまたおそらにいっちゃうんでしょ?」
「戻るよ、すぐに戻る。ブラッドリー、ブラッド、僕の一等星。君を目印に戻ってくるよ」
マーヴェリックは力を込めてブラッドリーを抱きしめ返した。
「あら。私は除けもの?」
いつの間にか戻ってきたキャロルが、仲直りできた?と首を傾げて後ろから抱きついてきた。
「まさか!マイサンシャイン、君たちの元に、必ず戻るよ!」
ブラッドリーを抱えたのと反対の腕でキャロルを抱きしめ、その額にキスを落としてマーヴェリックは叫んだ。

「──というのを思い出した」
「は?今?」
「この体勢で思い出した」
「なんでだよ」
マーヴェリックを抱き上げ、ベッドルームに運ぶブラッドリーのつむじを眺めながらマーヴェリックは過去の思い出を話し出した。
かわいいブラッド坊やの話しをすると、ブラッドリーはいささか不機嫌になる。
「いやなんか俺それ覚えてるかも。家のアルバムに、俺じゃない子を抱き上げて満面の笑顔晒してるマーヴのドレスホワイトの写真あるわ」
「そうなのか?あれ撮られてたのか……ふふ、また嫉妬したかい?ブラッド坊や」
「いや。ドレスホワイトエロいな、としか、いってぇ!」
すこんと頭に手刀を落とされたブラッドリーはそれでも体幹を崩すことなくマーヴェリックを抱き上げてベッドルームのドアを行儀悪く足で押し開いた。
そうしてベッドにマーヴェリックを下ろすと、その上に覆い被さる。
「世界の損失だ」
「何の話し?」
「君モテるのに」
「普通だよ。あーでも、髭生やす前と髭生やした後で声のかかる層が変わったことはあるな……なに?妬いてんの?」
「あぁ……世の女性たちに申し訳がたたない」
マーヴェリックはピロウに頭を沈めて顔を覆った。
「そっちかよ。ていうか俺なんかよりあんたの方がおモテになったでしょう?サー」
「僕みたいのはもう需要ないんだそうだ」
「需要?ふは、誰に言われたの、それ」
「アメリア」
「あはは、さすがだ。ねぇマーヴ、いつまでブラッド坊やのメモリーに浸ってんの?そもそも俺はずっとずっと〝大好き〟って伝えてきたはずだけど」
「そりゃ聞いてたさ。は?え?あれ?あれってそうなのか?アンクルマーヴ大好き!って意味じゃなくて?」
「言いたいこと伝えたい言葉ははっきり口にしなきゃダメだって俺も最近気づいたよ。きちんと理由も話さずダンマリ決め込んでたせいで十数年無駄にした反面教官を知ってるもんでね」
「ひどいな。誰だ?僕が殴ってやろう」
「自傷が好きなの?あぁもうマーヴ、その件出すと世界の終わりみたいな顔すんのやめて」
そう言って困ったように笑うブラッドリーは、哀歓に清濁飲み込んだ笑い方を知る大人だ。一人の男だ。
たまらなくなって、マーヴェリックはブラッドリーを引き寄せるとそのつむじにキスを落とした。
「君のつむじにキスができるのは僕だけの特権だな」
「そうだよ。昔も今も、俺にそんな人生の全てと万感込めたキスする人、マーヴ以外にいないよ」
……白状しよう。君が大きくなって、愛を注ぐ相手はどんな人かをずっと考えていた。グースとキャロルの遺した愛に溢れた子。まだ見ぬ相手が羨ましい、とね」
……俺の残りの人生全部マーヴのだよ」
「あはは、僕一体幾つまで生きたらいいんだ!それじゃあ僕だけが幸せじゃないか」
「それ違うだろ、マーヴ。俺抜かして勝手に一人で幸せ感じないで。せっかく二乗になるのに」
……君がいい男に成長しすぎてて、簡単に死ねないなぁ……
「長生きの秘訣じゃんよかったね。ねぇマーヴ、気づいてた?俺にとって、地上から探すあんたこそが一等星だったって。進路に迷った時も空を見上げてあんたがいないか探した俺はなんて健気なんだろう」
……抉ってくるな、君」
顔を歪めてぼそりとマーヴェリックが呟けば、ブラッドリーは笑った。少しだけ意地悪に成長したブラッドリーのキスが顔面に降り注ぐ。昔と立場の入れ替わったその振る舞いに、そうしてまた、マーヴェリックは幸せを噛み締めて、大きく笑った。