えぬを
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君だけが知らない

rsmv_20221008公開

Twitterで流れてた
#キスシーンをキスと言う言葉を使わずに表現してください
という可愛いお題を参考にしたルスマヴェ小話。
topの激重愛(95k)も好きなんだけど、bttmの方が実はもっと重い愛なのも好きです。

いくら僕でも我慢の限界というものがある。
例えば数週間ぶりの休暇で久しぶりに会えた、恋人と一緒に訪れたバーで、酔った恋人が古びたピアノで歌を歌い始めた時とか。
嫌な予感がしたさ、あぁ、またか、と。
僕の恋人は20歳以上も年下で、息子ほどに歳が離れている。
軍属で鍛え上げられた体は大きく厚みがあって、サングラスをかけていたなら威圧感がある。けれどそれを外せばふにゃりと下がった眉、優しげな眼差しとのギャップに驚くだろう。いかつい男がピアノの前に居座った時、躊躇いがちに恐る恐る声をかけてきた年若いウェイトレスを怖がらせないためなんだろうが、サングラスを外した恋人は小首を傾げて『ちょっと借りていい?』と宣った。
なんだその可愛いおねだりは。
サングラスをかけていた時とのギャップ、よくよく見ればハンサムな青年のおねだりは効果てきめんで、ウェイトレスは途端に頬を染めていたし。
店内に陽気なピアノの音律と君の歌声が響いて、気づいた数名がおいあれ見ろよ、なぁに素敵なんて言いながらいつの間にやら輪の中心は君だ。
調律されていなかったらしいいくつかの音が不協和音を奏でても、店内はそんな調子っぱずれにも大盛り上がりだ。全部君の魅力の成せる技。
すぐ真隣にいた女の子に気づいてる?歌うことよりも飲んで騒ぐことよりも、ずっとずっととろけた瞳で君に酔っていた。
僕はバーのカウンターでマスターに、あんたの息子いい男だな、なんて声をかけられる始末。それでいながら君は鍵盤を叩きながら口を窄めた上に随分と慣れたウィンクを僕に寄越した。
なんだあれ嫌味か。どうせ僕はウィンク下手だよ。
僕が若い恋人の一挙一投足に胸を焦がしていることなど君は知らないんだ。
君の隣のかわいい女性の間に割り込みたいとどれほど苦々しく思っているか。
歳の差は埋められるものじゃないし、かわいいブラッド坊やは僕の宝物だから、そのメモリーを消してしまおうなんて絶対に思わないけれど、ただ少し、ほんの少しだけ思うことがある。
のちの人生、君と同じだけの時を生きられたらと。
僕が死んだ後に、キュートな恋人でも見つけようものなら化けて出ようなどと、段々と思考がマイナスに陥り、それが顔に出る前に僕は席を立ち、頭を冷やそうとバーの外に出たのに。
バーのマスターに、少し風に当たってくる、と声をかけたならば、心配そうな声で大丈夫かい、息子さんを呼ぼうか?なんてまた言われる。笑うしかない。
急ぎ足でバーのドアに向かえば、ごめん通して、とピアノと歌声が止むと同時、君の焦る声が聞こえる。
親父さん具合悪いみたいだぞ、のマスターの声がけに、親父?どこ見てんのおっさん、あの人俺の恋人、などと、堂々と宣うものだから、あぁもう。
バーの外まで追いかけてきた君に腕を掴まれ無理やり振り向かされる。
嫌だ、今この顔を見られたくないと抗ってみたけれど、酔っ払いの抵抗などあってないようなものだ。
そうして君は、僕と目が合うと──、
……なにするんだ、いきなり。

……ごめん、マーヴ。あのさ、すごいむくれてるから。気のせいじゃなければ、その、俺が、あの中に、いや、あのおんなのこ、に、嫉妬とかしてたり、したのかなって、思って……その、マーヴの泣きそうな顔見たら、我慢できなくて、」
もごもごとしゃべるブラッドリーは先ほどの陽気な男と同一人物だとは到底思えない。っていうか、むくれてるとか、泣きそうとか、そんなわけあるか、くそ。
「マーヴ?あのさ、怒ってる?」
僕の嫉妬にまみれた思いを全て吸い込んでおいてよく言う。
言わない。
言ってやるもんか。
「マ」
そうだ、問いただされる前に塞いでしまおう。