えぬを
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MarryMe

rsmv_20220924公開

ルスマヴェが仲良く喧嘩してプロポーズしてイチャついてる小話しです。

最初は笑顔だった。ブラッドリーの大好きな、マーヴェリックの笑い顔だ。それが、いつの間にか消え、少しはにかんだ笑いへと変わったことに気づいたのは陽も傾いた頃だった。
タイミングを図りながら、あれをこうしてそうしてなどと思考し、内にこもるような雰囲気を見せていたかもしれない。ブラッドリーのそんな上の空の様子に不安を抱かせてしまったが故の表情だろうかと思ったが、そうではない。マーヴェリックはブラッドリーの様子がおかしければすぐに気がつくだろうし、声がけもしてくるだろう。ブラッドリーの体調は絶好調で、久しぶりのデートに心は躍り、今日に限ってはいささかの緊張感を伴いながらもそれを顔に出さないように努めていたつもりだ。けれどそわそわと落ち着かない風情をマーヴェリックには見透かされていただろうし、最初はそれを、久しぶりに会えたことによる湧き立ったテンションの高さだとマーヴェリックは捉えていたようだ。
だから、いつの間にかマーヴェリックの朗らかな表情が一転し、静寂と悲しみにふせっていることにようやく気づき、ブラッドリーは慌てた。
「マーヴ、なんか、体調悪い?」
「いや、そんなことないよ」
へにょ、と下がった眉、力無い笑顔。
明らかにしょげているその様子に、ブラッドリーはマーヴェリックの腕を掴むと歩いていた道の端に彼を誘導する。
恋人同士となっても自分達は時折大事なコミニュケーションを怠ることがある。それは多々あって、全てをオープンにせねばならないなんてことはないけれど、自分達は過去、圧倒的な会話不足が招いた決裂の時期がある。主にそれは、一方的なマーヴェリックの行動によるものだったけれど。
願書を廃棄したこと、それはマーヴェリックの心にもしこりを残していて、親友の死、親友の息子の夢を捨てさせること、そして親友の配偶者の死を伴ったその懇願は、マーヴェリックの心を壊した。
ブラッドリーは母を恨むことなどない。理由を知った時、母ならそうしただろう、と理解しただけだ。愛する配偶者を空で喪った母の心情を思えば、息子が同じ道を辿らぬよう祈ることは当然だと理解もするし、パイロットに憧れる言動をする幼いブラッドリーを、母はどんな気持ちで見守っていたのだろうかと後悔の念もよぎる。そして、死期から自身の口で告げることもできず、父の親友であるマーヴェリックに託し、息子の夢を捨てさせる懇願は、死の淵にあった母にどれだけの心の傷を負わせたろうか。
その意を汲んで、息子にも等しいブラッドリーに黙って願書を破棄し、全てを心裡に仕舞い込んで、ただ一人孤独に耐えたろうマーヴェリックの数年を思うと、ブラッドリーは胸をかきむしられるような心地がするのだ。
願書の件を許したわけではない。ただ、当時の自分が理由を知っていたのなら、その後の人生はどう変わっただろうか、とたまに夢想する。母の想いを汲めたのか、マーヴェリックの行動に理解を示せたのか。
最も残酷で最も優しい過去の時間を埋めるように、ブラッドリーはマーヴェリックと会話し、情を育んできた。恋人としての地位を確立した今、圧倒的にその頃の自分達は会話をしなさ過ぎたが故のロスを引き起こしたと自覚している。そして、取り返しのつかない死別だけは、幸いにして避けることができた。
──ボタンのかけ違いで決別するのはもう勘弁してほしい。
恋人に至った紆余曲折を思い返し、ブラッドリーは道端に追い詰めたマーヴェリックの肩を強く掴んで視線を合わせた。
「マーヴ、なに?どうしたの?絶対なにか隠してる。話そう。話して。急に元気がない。なんで?」
捲し立てるようにブラッドリーはマーヴェリックを問い詰めた。心の中で、そんな風にマーヴェリックを追い詰めるような言い方をするのは良くないと理解しつつ、焦りから、肩を掴む手にもつい力が入った。
……隠し事をしているのは君だろう、ブラッド」
「え?」
少し尖った言い方をしたマーヴェリックに訳もわからず問い返すと、はっと我に返ったマーヴェリックは再びの困り顔に戻り、本音を隠そうとする。
「いや、すまない、聞き流してくれ」
「なに?隠し事って。俺が?マーヴ、ちゃんと言ってよ。なんのこと?俺なにかした?」
マーヴェリックの肩を揺さぶる手を、マーヴェリックがそっと抑える。抑えて外される。ブラッドリーは軽いショックを受けた。明確な拒否だ。訳がわからないまま、ブラッドリーはマーヴェリックが口を開くのを待った。
躊躇いがちに顔を伏せたマーヴェリックが自らのデニムの後ろを探る。
……大切なものだろう?落ちたぞ、さっき」
マーヴェリックの手のひらに乗せられたものを目にした瞬間、ブラッドリーは自分のシャツのポケットを叩き、デニムのポケットを叩き、やがて目を手で覆って天を仰いで神に悪態を吐いた。
「嘘だろ……信じられない。台無しじゃん、俺」
……大丈夫だよ、ブラッドリー。君はなにも損なわれちゃいない」
「慰めないでよ。余計恥ずかしいじゃん。くそ、もう少し空気読んでから渡すつもりだったのに」
マーヴェリックの手のひらに乗せられたそれは、とても小さい箱だ。けれど、ひと目見たならば中身がなにかは一目瞭然だ。
「気になって中を見た。ごめん」
……いいんだよマーヴ。気になって当たり前だ。分かりやすすぎるよね、俺」
ブラッドリーは額に汗し、わずか頬に熱を昇らせる。マーヴェリックは相変わらず悲しげな風情のままだ。ブラッドリーは、その様子を見て、マーヴェリックはそのエンゲージリングを見て、どう断ろうかなどと言い訳をするつもりなのだと思った。
想いを通わせたと思っている。互いだけが唯一無二の存在だと、ブラッドリーには自負がある。プロポーズに関しては、今日断られたとしても、いずれ受け入れてくれるはずだ、とも思っていた。
マーヴェリックが断るつもりならば、泣き叫んででも絶対に離しはしないと情熱的に口説いてやろうと思考していた。けれど、プロポーズに至る今日の第一歩は、エンゲージリングを落とすというあり得ないミスから始まっていたわけだ。ブラッドリーは拾われた先、それを贈る相手の顔が未だに曇っていること、それだけが気がかりだ。
──また、年齢や性差を持ち出すつもり?
そう、問いかけようとした。しかし、マーヴェリックの言葉は、ブラッドリーの想像のはるか上を行くものだった。
「君のマリアによろしく」
…………は?」
「メアリー?それともミランダ?いずれにしろ、君の相手だ。さぞ美しくていい子なんだろう。わがままを言っていいだろうか。ぜひ式には招いてほしい。君が運命の人と添い遂げるところを僕も見た……
「待って待って待ってマーヴ!てか待て!マリア?メアリー?誰?なに?あんたなに言ってんの?」
……すまない、指輪の内側も見てしまった。BtoM……〝Bradley〟から愛する〝M〟へ。だろう?マリアでもメアリーでもミランダでもない?ならミシェル?相手の子に僕を引き会わせてくれるかい?後見人として会えるなら会いた」
「くっそ!そうくるか!」
ブラッドリーはそう叫んで再度天に唾棄した。マーヴェリックの落ち込んでいる原因にやっと思い至ったブラッドリーは、その盛大なる勘違いに怒ればいいのか呆れたらいいのか混乱した。
「なんでそういう解釈すんの!?俺の恋人あんたじゃなかったでしたっけ!?」
「いや、だから、僕じゃなくて、素敵な女性を見つけたんだろう?君の女神へのエンゲージリングを落とすなんて縁起が悪いぞブラッドリー」
アンクルモードにシフトされてたまるかとブラッドリーはマーヴェリックの肩を掴み直し、揺さぶった。
「俺の周りでMから始まる身近な人なんて一人しかいないだろ!?っていうかマーヴ、あんた俺との関係なんだと思ってんの?」
「Mから始まる……?ぇえっと、ま、マー……
「そう!」
……マーガレット?」
「誰!?」
それあんたの歴代の恋人の名前じゃねーのかよと、口に出せば危うく喧嘩になりそうな台詞をブラッドリーは耐えた。今はそれよりも、指輪の行方をきっちりと話して伝えることの方が先決だ。
──っていうか、この白々しい言い方からして、明らかにこのジジイ理解してるだろ。
ブラッドリーはマーヴェリックの両肩を掴んで、しっかりと目を合わせた。マーヴェリックは未だに手のひらに、指輪の箱を乗せたままだ。
「いい?よく聞いて、マーヴ。俺にとって、あんたは〝ピート〟よりも〝マーヴェリック〟で、いや、ピートって呼ぶのも好きだし愛してるけど、小さい頃からあんたを呼ぶ名前は〝マーヴェリック〟の方が馴染んでるんだ。プロポーズするなら、そっちがいいかなって思ってたから、指輪に〝M〟を刻んでもらった。〝Bradley〟から〝Maverick〟へ。俺にとってのコールサインはあんたの全てなんだ」
マーヴェリックは静かにブラッドリーを見返してくる。
「通じてる?わかってる?他の相手にプロポーズするってあんたが思ってるならそれは違う。俺だってコールサインがあだになるなんて思ってもなかったよ。俺がこの指輪を贈りたい相手は世界にただ一人。マーヴ、ピート、あんただけなんだ」
一息でブラッドリーは伝えた。勢いよく喋り倒したせいで、息が上がる。
マーヴェリックは指輪を見て、ブラッドリーを見て、もう一度手のひらの箱に視線を落とした。
「マーヴ、言って。言いたいこと言ってよ。怒んないから」
……時折夢に見るんだ」
……なにを?」
「ブラッドリー、君が素晴らしいパートナーと添い遂げる瞬間を」
……
「相手はその時々で違う。美しい女性であったり、仲睦まじい男性であったり。君がとても幸せそうな顔をしているから、僕もとてつもなく嬉しくて幸せなんだ」
……マーヴ、」
「でも起きると相手の顔は全然思い出せない。靄がかかったように、ただ、君が、愛おしい顔でその人を見つめているところだけを思い出す。当たり前だ。僕は夢の中でも君しか見ていないんだから」
……
「今の僕は、君の隣に僕以外がいるところなんて、それが夢であっても見たくないと思うようになってしまった」
ブラッドリーは、指輪を拾い上げ、その内側の刻印を見た瞬間のマーヴェリックの心情を思った。実際ブラッドリーは、マーヴェリックに対し、不実な行いをしたことはないし、他の存在などいるはずがない。けれど、ブラッドリーの中だけで完結していたマーヴェリックへの贈り物は、少なくともマーヴェリック自身に不安の種を植えつけたのだろう。
……俺、愛情不足だった?マーヴが自信を持って、これは自分に贈られるものだって思えないほど、俺はマーヴを不安にさせてた?」
「そうじゃない。君の愛を疑ったことなんてない。根本だ。君をこの世で一人きりにした上に、目と耳を塞いだ自覚が僕自身にある」
「そんなとこまで話し戻すの?ていうか俺の意思は?」
「誘導されたと思ったことは?」
「質問に質問で返すなよ。マーヴだけを見るように誘導してきたってこと?それこそ今更だ。そりゃ俺の初恋はあんただけど」
「ほら」
「〝ほら〟じゃない!初恋は自由意思だろ!ていうかそれこそ小さい頃からあんたに狂ってたし、思春期迎える前に懐いてた人が一等綺麗で優しかった!憧れだった!それがのちの人生まで影響してくることのどこが誘導だよ!」
「僕で後悔しないか」
「くそ、説教してぇ」
「怒らないって言ったくせに……
「怒ってないよ、むしろ呆れてるんだよ。ここに辿り着くまでの俺の意思がないものにされてることとかふざけんなよって思うし、母さんの死は全くの別の話しなのにどうしてそういう解釈になるのかとか言いたいことはあるけど」
……言ってるじゃないか」
「言わせてる自覚があるくせに。ねぇマーヴ、後悔するわけないじゃん。くそ、こんなプロポーズになると思わなかった。言い方を変えよう」
「待て、ブラッド」
「〝ねぇおねがい、マーヴおじさん。ブラッドリーとけっこんして?〟」
「君、それは……その言い方ずるいぞ!あ!こら!上目遣いやめなさい!!」
道の端で言い合う二人を気に留めるものなどいない。そもそもこんなところで海軍のエースパイロットがプロポーズされているだなんて誰も想像できないし、遺恨ある相手に拗らせた思いを抱いたのち、恋を認めてプロポーズするつもりが大切な指輪を落とすという致命的なミスを犯した若き青年がいることも誰も気にしない。世界は存外広く、みながみな、自分のことだけで精一杯なのだから。
「自覚しろよ。あんたにプロポーズしてんのはブラッド坊やだしブラッドショー大尉だし、あんたの大事な恋人のブラッドリーだよ」
「うぅ……犯罪」
「犯罪じゃねーよ俺もう35歳なんですけど!」
「君はどうしてそう僕を追い詰めたがるんだ……
「マーヴが逃げるからだろ」
「君が追うからだ!」
「ていうかマーヴの中で俺は結局どの位置づけなわけ?プロポーズされたら女性の名前連ねてヘタクソな逃げ口上するくせに夢見て泣くなんてどんだけ俺のこと好きなの」
「違う。愛しているからだ。愛しているから惑うし悩むし君と幸せになりたいしそれに」
「うわ。過多だね。どうぞ続けて?」
……プロポーズは僕からするつもりだったのに……
……負けず嫌いここで発揮しないでよ」
ブラッドリーはマーヴェリックの手のひらから小さい箱を奪った。奪って箱から指輪を取り出すと、不要となった箱を後ろに放る。
「あ!コラ!」
嗜めるマーヴェリックの左手薬指に、ブラッドリーは素早く指輪を嵌めた。
文句を言いつつも赤く潤んだ瞳と上気した頬を晒すマーヴェリックに満足し、ブラッドリーは騒ぐその口を自らの口で塞いだ。
深くなる口付けに、最初は軽く抵抗していたマーヴェリックがやがて大人しくなると、そっとブラッドリーの首裏に腕を回してきた。
道の端、通り過ぎる人々は、痴話喧嘩に勤しむカップルなど誰一人として、気にしていない。けれど、この瞬間、確かにブラッドリーとマーヴェリックは、世界一幸福なカップルのうちのひと組だった。