海辺の神さま

ダーリンランデヴー!/ レディ・グレイス
Event:THE ME!ME!

1Weeks 救世主


 職員の朝は早い。――より正確に言えば夜も遅い。ダーリンによる凶悪犯罪は昼夜問わず、それこそ職員の勤務時間など度外視に発生しているためだ。とはいえ街を守るという正義の職、多少身を削ることになっても仕方がない。
 今日も朝は早かった。今回のような、規模の大きい任務であれば尚更だ。朝と呼ぶのも憚られる早朝、管理内ダーリンであるレディ・グレイスは海辺に立っていた。
 寄せては返す波間に、顔を出したばかりの陽光がきらきらと反射している。朝方に見える星のようでもあり、そのようなロマンチックさにはグレイスの興味こそ惹くことはなかったが、物珍しさのあまり、しばらく目を奪われていた。
「わあ。蘇ってから初めて見たかも、海。初めてじゃないかも?」
「いないと思ったら……貴様、きちんと着いてこい。よそ見をして立ち止まっている場合じゃないだろう」
 色素の薄い金の髪が潮風に揺れ、グレイスの後ろで男が立ち止まる。よく通る声は突き刺さるように朝の浜辺に響いた。
 しかしグレイスは叱られたことなど他所において、「あ」と明るく振り返る。
「フィリップくん。どこに行ったのかと思ったよ、まだ仕事外でしょ? ゆっくりしなよ」
 フィリップ・ジャスはあっけらかんとしたグレイスの返答に対し、眉間に皺を寄せることで応じた。
 そして今度はグレイスが着いてきていることを確認しながら、そのまま海沿いを歩き出す。さすがにぼうっとしているわけにもいかなくなり、グレイスはその背を足取り軽く追うことにした。
「仕事外なわけがあるか、これもきっかり任務時間だ。事前のミーティングの内容を聞いていなかったのか? 仕事の連絡くらいはきちんと頭に入れておけ」
 つかつかと歩きながら、フィリップは腕時計に視線を移す。その仕草こそスーツを着ている時と全く同じだが、今はジャケットを羽織り、私服に身を包んでいる。なんとなく雰囲気がいつもと違うような、そうでもないような。グレイスは後ろであるのをいいことに、頭の先から爪先までをじろじろと一通り観察した。
「っていっても、本格的にお客さんが来るまでは仕事としてもやることがないんじゃない? 患者がいなければ退屈なのと同じだよ」
 グレイスがなんとはなしに発した言葉だったが、それを耳に止めたフィリップは不意に立ち止まり、ぐるりと体ごと振り返る。
「うわ、何」
「貴様には職務への意識が足りん」
 声を張っている訳ではないだろうに、やはりよく通る声である。
 ずいと目を見て話されて、グレイスは思わずぱちくりと瞬きをした。
「意識」
「いいか、俺達の仕事はここの警備だ。即ち、あらゆる危機から、そしてダーリンによる犯罪から、市民を守ることが今日の仕事だ」
「うん、それはいつも通り……
「いつも通りな訳があるか!」
 かっと目を見開いたフィリップはそのまま続ける。あまりの気迫に、グレイスは口を挟まず最後まで聞くことを決意した。
「市民を守るには、被害が起きてからでは遅い。遅すぎる。それは普段でも当然だが、特に今回のアニバーサリーという大規模なイベントでは、一度起きてしまった被害が連鎖するのを防ぐのは……不可能とは勿論言わんが、非常に困難なのは間違いない。貴様にもそれは理解できるだろう」
 グレイスは黙ったまま頷いた。
「だから、患者が来るまで退屈などでは断じてない。俺達の今日の仕事は、患者が出ないようにすることだ。平時、オルドポルター全域であれば予防は容易ではないが、このパーク内に限定すれば不可能な話ではないんだ」
 熱の籠もった、それでも感情的ではない、淡々とした言葉だった。
 グレイスはじっとフィリップを見つめながら言葉を聞き、飲み込み、なるほどと思う。正義感に溢れた人材が多いAg:47ではあるが、その中でもひときわ、熱心なひとなのだろう。 
 不思議なのは、その割にこちらを敵視していないことだ。正義をかざす職員の中には、ダーリンという存在自体を嫌悪している者も少なくはない。彼からはその気配は感じられない。ただ訥々と、グレイスの職務怠慢に対して叱責するという、至極当然のことをしているに過ぎない。
「そもそも、患者がおらずとも医師は忙しいものだろう。貴様もそうだったはずだが」
……あれ。私がお医者さんだったって、前に言ったっけ?」
「事前に調べてある。医師を騙るだけのダーリンであれば治療は任せられんからな」
 少し首を傾げたグレイスを他所に、フィリップは話は終わりだと言わんばかりに身を翻した。
 再び海沿いの道を歩いて行こうとするので、グレイスはまた、その背を追いかけることになる。
「じゃあ、本当のお医者さんだってわかったし、治療は任せてくれるんだ?」
「適材適所だからな。いいか、誰に対しても下手な真似はするなよ。治療行為から外れていると判断すればひっ捕まえてでも止めてやる」
「君の場合、本当に首根っこ掴んできそうで怖いなあ……
「当然だ。首根っこで止まらなければ……
「まさか弾丸?」
「まさか。撃たれたいのか?」
「あはは、そんなわけないよ。まだ蘇りたいもの、私」
 ふと視線を逸らせば、どこまでも広がる海が見える。ダーリンの身ではこの向こうに行くことは叶わない。何度蘇ろうと、ダーリンはこの地に縛られ続けるのだ。
 それでも、やはり、死んでからも蘇られるというのは、素敵だと思ってしまうのだ。それがレディ・グレイスというダーリンの習性だった。
 視線を戻す。歩調に意識を向け、できるだけフィリップと並ぶように歩いた。ただ真っ直ぐに前を見据える横顔が視界に入る。こんな真っ直ぐな人には蘇りのチャンスがないなんて、ダーリンの仕組みはちょっとおかしい。救いの神とやらは趣味が悪いのかもしれない。
「フィリップくんは蘇りたい?」
「蘇りは知らんが、地獄に行く覚悟はできている」
 潮風が彼の上着を翻らせ、グレイスの白い長髪も煽られるように揺れた。
 波音が耳に届く。寄せては返す白波は、波打ち際の一切を奪ってはけしていく。誰かが砂に記した記念の文字列も、その思い出も、なにもかも。どうせ死んだあとにはなにも持っていけないのだ。
「そう。君みたいな人が、ちゃんと蘇ればいいのにな」
 フィリップはそれには答えなかった。だからグレイスは思わず、いつも通り、癖のように続けてしまう。
「地獄に堕ちるだけじゃきっと足りないんだろうね、蘇りには……。君、悪事に興味ない?」
「は?」
 それから仮本部に戻るまでの間の十数分、フィリップの説教が止むことはなかった。
 朝は早い。CLOUD MINE WORLDの、長い記念日が始まる。


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お借りした方
フィリップ・ジャスさん(@haradan_ce さん)