Magicall
2024-10-19 20:30:04
3881文字
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各キャラクターについて

主催の参加キャラへの解釈や考察、作中での扱いなどを纏めました。
主催が執筆に当たり考えていたことの備忘録のようなものなので、解釈違い等ございましたらご容赦ください。

【女蜂 美姫】
劇中での彼女の立ち位置は『残酷な子供』でした。
拙宅なので解釈もクソもありませんが、アリの巣に水を注いだり、蝶の羽をもいでしまう野性的な残酷さは成長とともに理性と紐づいていくはずなのに、彼女はそれを持ち合わせませんでした。自分のテリトリーを広げようとする姿は、弱者を淘汰する動物的な残酷さと、社交性を悪用し他者を尊重せず支配する人間的な残酷さで暴れる外来種を彷彿とさせます。
美姫の支配欲の根底にあるのは、自分がコロニーの中で最も強い立場を手に入れることで、自分が淘汰されないようにする、という過去から来る自己防衛です。群れを成せば個々の力は劣っていてもある程度は数の暴力で優位に経つことが出来ます。そのため美姫は自分より弱いと判断した、意思決定能力に乏しそうな人と優先的に距離を詰めました。
作中で殺人を犯した人物は真尋と美姫の二名ですが、真尋の長期的な殺意に反し、美姫のものは突発的なものでした。暴行を加える意図はあれど、命まで奪うつもりは無かった、という殺人犯の供述によくあるものです。その瞬間は殺意、と言うよりもそれ以上に大きな感情に支配される、美姫の場合『居なくなったら嬉しい』という願望に近いものでした。
彼女と倫の関係は非常に曖昧なもので、一見倫からの一方的な片思いに見えますが、確実に美姫からの矢印は倫へ向いていました。初めこそ、バイト先に居る年下の子供と言う認識しか無く、むしろ物怖じせず自分に意見してくる年下というのは美姫にとっても排除対象となりうるものですが、彼女の興味を引いたのは『いじめ被害者』というネガティブな共通点でした。自分がNOと言えず負けてしまった事象に立ち向かい自ら解決したというのは、美姫にとって自分の無力さを実感させると共に強い憧れの念を抱かせます。そして、その時自分が欲しかった言葉や行動を起こしてやる、というのが倫への好意の表現方法であり、過去の自分を救っているつもりになっていました。
美姫の最期は自ら手を離すだけではなく、彼を突き飛ばし明確な拒絶の意を示すものでした。これは、過去に囚われていた自分と同じ道をたどって欲しくない、という自分勝手な願いによるものであると同時に、倫の恋は恩師に抱く憧れであって恋慕では無いと内心決めつけていた美姫が自らの恋心を殺す瞬間でもあります。『君の恋はここで終わりだよ』と示し、彼が前を向く事に後ろめたさを感じないようにしてやることで、自分の気持ちに諦めを付ける最期を選びました。雨が最後に立ち会ってくれた事が彼女最大の救われる瞬間です。吐きダコができるほど食事を戻して体型を維持し、周りに舐められないように強気な態度で闊歩し、付け入る隙が無いように必死に勉学に励む虚勢を貼らないと生きられない彼女が本当に欲しいのは、足を止めても許される事がわかる労いの言葉でした。


【虚 煌輝】
劇中での彼の立ち位置は『報われない子供』でした。
努力は必ず報われる、という子供の頃誰もが聞いた事のある励ましの言葉も、彼程の年齢になれば詭弁であると自覚します。現代社会では努力は義務であり、努力するという事は、スタートの位置に立つ権利を得るだけです。彼はただ、スタートの位置に立つ権利だけを両手いっぱいに抱え、自分の走るコースを探していました。
煌輝は作中で、全てが裏目に出る、何をやっても上手くいかない、というストレスの溜まる立ち回りが多くありました。これは、彼の年齢で未だ生きる為の方針を定められていない、いわゆるアダルトチルドレンによくある楽観的なネガティブ思考が原因に挙げられます。悪い方を想定していながら、『まぁでもそれは最低の場合』という予防線を自らに張り、その後で『想定していた最悪よりはマシ』と自らを慰めるものです。
彼のプライドの高さは精神の未熟さから来るもので、常人であれば成熟するにつれ磨り減って人と足並みを揃えるようになるところですが、舞台俳優として成功した過去があるため元より人よりプライドが高く過去に縋る身としては『プライドも無くなれば自分には本当に何も無くなる』という強迫観念めいたものがあったように思います。最も活動歴が長く、状況判断能力にも長けていた彼がなぜ失敗が多いかと言うと、単純に『未来の可能性がもうないから』に集約されます。未来の可能性を糧に活動する少年少女らは、初めはガソリンが満タンに入った車のように自重で緩慢な動きをし、慣れるにつれ出力を上げていき、やがてガス欠を起こします。初めと終わりの谷は同じとしても、華々しく活躍していた頂点の高さを知った後だと、さらに低い位置に落ちたと錯覚しがちで、彼もまた例に漏れません。参加者方にも彼と同じ『落ち目』を感じてもらうために意図的に彼にとって不都合な描写を多く入れていましたが、彼にも幸せな日常というものはもちろんありました。家族や友人や恋人と過ごす何気ない幸せを常温とするなら、高熱に浮かされるような魔法少年として活動する期間を知れば温く感じるのも当然の事であり、これは彼が悪いということではありません。ただ、当たり前になりすぎてそれが幸せであるという事を認識できなくなっていたのかもしれません。どちらにせよ、失ってから気付くものがある、というのは一番子供の期間を長く過ごす彼が最も痛く感じるものでした。
恋人を作る、というのも役者としての虚煌輝にはありえない選択であったはずです。偶然にせよ、同じ職場で働くことになったファンに手を出す、というのは規模に関わらず芸能活動をする人のタブーであったはずです。彼は理性より感情を選ぶ度に苦悩します。これも理性で感情を制御する大人ではなく、感情に理性を振り回される子供の行動です。彼の『らしくない』行動は全て仄に関する事でした。哀造の指示を待たずに無断で魔物討伐に出たのも、美姫に手をあげようとしたのも、彼女に場を任せたのも、そもそも彼女を恋人として傍に置いたことも、全てその言動には栗花落仄が中心にいました。それが彼にとっての不運を呼び寄せるのは、仕方が無いことだったのかも知れません。


【桐生 舞】
劇中での彼女の立ち位置は『盲目な子供』でした。
目に入るもの全てが欲しくなるので、彼女は見えないふりをしています。欲しい、いいな、という子供の言葉は、餌を求める雛鳥の鳴き声と同義です。彼女はそれが手に入りづらいことを知り、それでも手に入れる力を得たが故に、『手に入らないなんておかしい』という憤りがあったはずです。だから、見えないふりをします。欲しいものが見えなければ、どこに手を伸ばせばいいか分からず、手に入らなくても仕方がないと諦めることもできるからです。一人で隠れん坊でもするような彼女に本当に必要だったのは、一緒に遊んでくれる対等な友達の存在だったのかもしれません。
彼女は誰かに愛されたい、という願望が強くありましたが、彼女自身が正しい形で愛された実感が無いため、望みは酷く曖昧なものでした。わかりやすく愛されている人、というのは目に着きやすく、また愛される形も酷く形骸的であるため、結局の所舞が正しく求めているのはCSにある通り親愛等の互いを尊重し合う信頼関係であったものの、努力の方向はチヤホヤされるための行動に偏りつつありました。彼女ほど愛に貪欲で、またそれを隠そうとしない人間臭さの強い人物は作中他に登場しません。途中、彼女に恋に落ちる青年を描きましたが、これは彼女の表層を見る大衆の代表であり、舞がその好意に気付かないのは恋愛経験の少なさではなく『真に自分が求めているものでは無いため目に入らなかった』に過ぎません。青年が舞の死を知るのは、ENTが解体する報せが出る時でした。
院内でのネムネとのやり取りで、彼女は『誰かの為に戦えば愛される』という活動方針が、結局は自分本位なものであったことを自覚し、それを恥じること無く前を向きます。追い詰められた事で死を恐れ保身に走ろうかと悩むという誰でも起こりうる思考で彼女は、命を擲てば美談として愛される事に魅力を感じないことに気付きます。彼女が求める愛の形はそこで本人が自覚しました。『親なら世界の終わりよりも命を擲つ我が子を止める』ということです。
作中で彼女に良い変化をもたらしたのは、桐乃と遥一斗の二名でした。二名との関わりは全く真逆と言ってもいいほど正反対な物で、桐乃は彼女を対等な友人として親しくなろうと努め、遥一斗は望まれる魔法少女の手本として彼女の前を歩いていました。また逆も然りで、少なからず舞も彼女らの選択に影響を及ぼしています(これはまたそれぞれの欄で)。分からないこと、出来ないことを恥と思わないのは舞の利点であり、『自分は何かしらが欠落している』という万人が理解しつつも噛み砕けない現実を誰よりも上手く飲み込んでいました。わかりやすい状況にいたから、ということもあるのでしょうが、彼女は自分が至らない人間であるということを早いうちに理解していました。子供時代の無敵感が無いことで彼女は融通が効かない、想像力に乏しいという欠点を抱えながらも、身の丈を知った上でアクションを起こすことが出来るリアリストという生存確率の高い立ち位置を得ていました。彼女が亡くなったのは、その子供特有の無敵感を、ネムネとの問答で得てしまったが故でした。自分ではなく誰かの為に戦う、というヒーロー観を発揮するには彼女はまだ幼く、そして無力であったということです。