らん
2024-10-19 07:34:59
1362文字
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さくこと

WB/ホットミルク

 ご馳走様、という聞き馴染んだ食事終了の挨拶ののち、間髪入れず挟まったのは相手から滅多に聞かない音だった。
 それはアレルギーの前兆や寒暖差でも出るものだが、大抵は風邪のひき始めの合図である。はっくしゅんとなかなか大きなくしゃみをかまし、鼻をすすった桜を見、ことはは下げられた皿を回収しながら怪訝な顔をしてしまった。
「もしかして風邪引いたの?」
…………くは……ねぇ……
「薬飲んだ?」
「寝たら治る」
「それで前に熱出してたの誰だよ」
 春頃の話を蒸し返され、桜は無言になってしまった。あの時もことはが看病に来てくれたので、彼女に対して強い否定はしづらいのだ。対することはも桜の言う通り睡眠が効果を示す事も理解しているので、ひとつ息を吐くだけで終わらせる。
 今日も夕飯としてオムライスを食べに来てくれた桜を見るに、鼻以外の症状は出ていなそうだ。オムライスも綺麗に完食されており、食欲減退の気もないことが分かる。ことはは食後のコーヒーを淹れる準備を止め、別のものを冷蔵庫から引っ張り出した。
「まあ薬飲まなくても平気そうなら、今日ははやく寝なさいよ。コーヒーも止めといて」
「なんで」
「カフェイン入ってるからね」
「朝は飲んだだろ」
「朝の時は鼻ズビズビ言ってなかったもの」
 手際よく冷蔵庫から取り出した牛乳を鍋に移し、沸騰しないように温めていく。カウンター席に腰を下ろしているせいか乳独特の匂いが届いたのか、桜は思わず「牛乳?」とこちらも怪訝な顔をした。
「あれ、ミルク嫌いだっけ」
「好きも嫌いもない」
「じゃあ飲めるわね。はちみつ生姜とか、レモンとかも良いけど、生姜もレモンも無いからこれで許して」
 小さな気泡が立ちだしたミルクを眺め、はちみつを適量注ぎ、沸騰しないようにゆっくりとかき混ぜる。何においても手慣れたように調理することはの姿を眺めながら、桜は頬杖をついた。
「施設でもそーいうの作るのか」
「たまにね。大体先生達が準備してくれるから、おねだりされたらかな」
 あまり施設出身である事を言いたがらないことはだが、聞けば施設での出来事を少しだけ教えてくれる。ことは自身から本人の身の上話や世間話を聞かせてくれる機会はあまり無い。気付くと彼女は聞き役に回っているし、それが当たり前だと思っているようだった。それが時たま話してくれるようになるだけで距離が縮まったと感じるのは錯覚だろうか。それとも、桜がことはに向き合おうとしているから縮まってほしいと思っているのだろうか。結論は分からなかったが、ただ、彼女の口から話してくれるというだけで充分だった。
 いつものコーヒーカップではなく、マグカップに乳白色が満たされていく。ほんのりと香るはちみつを感じながら、渡されたそれをひとくち含んだ。甘すぎず、熱すぎない。思わずほう、とひと息をつきたくなるような心地よさ。
「これ飲んだらさっさと帰って寝なさい。明日の朝悪化してたら薬飲んだほうが良いわよ」
「おー……
 まごころの味を示すなら、それは大概ミルクなのだと気づいたのはいつだったろうか。ホットミルクが店内メニューに無いことなんて、桜だって知っている。
 渡された心遣いとともに飲み込むはちみつ入りのホットミルクは、いつもより桜を温めた。