とはり
2024-10-19 03:12:23
7855文字
Public いろいろ
 

造花【巽ひめ】

付き合ってない巽ひめ(兄)が唇を重ねる話
糖度はないです

⚠️巽と要との匂わせ程度のキスの描写
⚠️巽が体調を崩している
⚠️明るい話ではない(終始暗い)
⚠️捏造たくさん
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兄が巽の押しの強さに振り回されるタイプの巽ひめが好きだっただけなのにどうしてこうなったんだろう。お互いに要ちゃんしか見てなくない?
要ちゃんなしにはこの二人を語れなくなっている
書いていて楽しかった

「HiMERUさんも一緒で良かったです。俺一人では少し不安でしたから」
「そうですか」
 ミーティングルームに二人きり、俺と巽は渡された資料に目を通していた。ALKALOIDとCrazy:B、以前の合同ライブが好評だったことを受けて、再び二ユニット合同の仕事が遠くない未来に予定されていた。HiMERUと巽だけが本打ち合わせの日程に都合が合わず、今日に二人だけ別で呼び出されたのだ。
 ALKALOIDとCrazy:Bの知名度が高まるにつれて、元々ソロで活動していた実績があるHiMERUや巽には個別での仕事が続々と舞い込むようになってきた。HiMERUと同じく巽も多忙を極めているらしい。今日に二人のスケジュールが合ったのも奇跡みたいだ、と主催である『プロデューサー』がそう言って喜んでいた。
 何でこいつと二人で呼び出されなきゃいけないんだ、個別に説明してくれ、とは思ったが自分達と引けをとらないほど多忙な『プロデューサー』に私情で二度手間を取らせるわけにもいかず、呼び出しに対して渋々首を縦に振った。
 打ち合わせも終わり、さっさと席を立とうとしたのに巽に声を掛けられ、足止めをくらってしまった。用は済んだはずなのに、何故この男はしつこく声を掛けてくるのだろうか。今日の湿度のようにべたべたとしていていつにも増して鬱陶しい。
 ガラス張りの壁から見える外の景色は豪雨と落雷で暗く鬱々としている。さっさと帰りたいとは思わないのだろうか。それとも雨が上がるまでここに居座るつもりなのだろうか。
 予報ではこの嵐は夜半まで続くと言っていた。俺は巽とこのまま夜を共にするつもりはない。
「それではHiMERUはこの後に用事がありますので」
「ああ、待ってください。俺も出ます」
 席を立った俺を巽が追って腰を上げた時、パッと辺りが真っ暗になった。停電だ。じきに予備電源に切り替わって復旧するだろう。一刻も早くこの空間から抜け出したいが、暗闇の中を移動するのは得策ではない。壁にもたれて明かり代わりにつけた端末の画面を眺めていると、花のような甘い香りが鼻先をくすぐった。
 嫌な予感に顔を上げると、手元の明かりにぼんやりと照らされた巽の顔が目の前まで迫っていた。反射的に引いた肩を巽に掴まれ、逃げ場を失う。
 自然な流れのように行われる動作に呆気に取られていると、唇に巽の吐息を感じてぎょっとする。咄嗟に胸を押し返し、顔を背けて避ける。あまりの驚きで拒絶の声すら出せなかったのが悔しい。
「おっと、すみません。今はそういう気分ではなかったですかな」
 (お前とそういう気分になることなんかねぇよ……!)
 喉から飛び出しそうになった喚きを唇を強く引き絞ることで押し留め、しおらしく黙っていると巽が言い訳のように口を開いた。
「昔、君がこうすると落ち着くと言って戯れたのが懐かしいですな」
 巽の言葉を聞いて、頭の先から爪先まで稲妻に貫かれたような衝撃を受けた。
 あの先にあったのは間違いなくキスで、俺には巽と唇を重ねた記憶はもちろんない。巽の指す『昔』は要がHiMERUとして活動していたあの日々に違いなかった。
 要が巽と……
 そんな話、要自身からも巽からもそれ以外の人物からも聞いたことがない。要は巽に深く心酔していたようだが、恋人だとかそういった方向性の関係を結んでいるとはつゆも思わなかった。嘘だ、と吐き捨てたかったが、巽がそんなつまらない冗談を言うような奴ではないことは残念ながらよく知っている。
 要が巽の唇を受け入れている、そんな想像したくもない妄想が脳を締めつけて頭痛がする。要がこの男を選んだというのか。やめてくれ、と懇願する一方で、要本人の意思を否定することが全く正しいこととも思えなかった。
 視界が揺らいで、壁に沿って崩れ落ちそうになる体を両腿に必死に力を込めることで何とか踏み留まる。
「HiMERUさん……?」
 俺は巽の呼び掛けに応えることもできず、ただ項垂れることしかできなかった。



 巽が入院したと聞いたのはそれからしばらくしてだった。詳しい事情は知らされなかった。ただ体調を崩したのだと説明をされたが、大方、足の調子が悪化したのだろうと推測した。
 あの時はそんな兆候は見えなかったが……と、思い出したくもない停電した部屋での記憶を引っ張り出しては苦々しい気持ちになる。というのも、巽と最後に顔を会わせたのがあの日だったからだ。
 俺としては巽と出来るだけ顔を合わせたくはなかったが、かといって見舞いに行かないのはHiMERUとしての体裁が悪かった。
 一人で行くのはどうにも憂鬱で、一緒に見舞いに行かないかと桜河を誘うも「今はラブはんの傍にいてあげたいから」と断られてしまった。
 つい先日、巽を見舞いに行ったALKALOIDのメンバーはその日、ひどく落ち込んで帰ってきたのだと桜河を通して話を聞いた。白鳥が言うには「絶対に無理をしているのにタッツン先輩が気丈に振る舞うからどうすればいいか分からない」らしい。無力感に肩を落としている友人に寄り添い励ましているらしい桜河を引き剥がしてまで連れていくわけにもいかず、仕方なく一人で向かうしかなかった。

 今日もまた雷雨だった。ますます気が進まなくて行くのを止めようかと思ったが、一念発起と言わんばかりに持ち上げた腰を二度も上げねばならなくなることの方が億劫に思えて仕方なく足を運んだ。俺を乗せて雨の中を走るタクシーが目的地に近づくほどに天候と同じように気分が沈んでいく。見舞いの体裁を保つために用意した花束の甘い香りをもってしても気の重さはまるで変わらなかった。
 面会者の記された名簿にはALKALOIDのメンバーと天祥院英知の名前があった。そこにHiMERUの名前を書き足して、巽のいる病室へと向かった。
 傷ひとつないつるりとした扉をノックする。返事はない。聞こえなかったのか知らないが、律儀に返事を待ってやる義理もない。スライド式の扉を開けた先は、外と地続きかのように薄暗かった。獣の呻くような雷鳴が断続的に床を震わせている。
「電気くらい点けたらどうですか」
 薄暗い部屋の鬱蒼さに呆れながら、電気のスイッチを探して明かりをつける。
 柔らかな橙の明るさを取り戻した部屋の一角に鮮やかで暖かな見舞いの品がずらりと固めて置かれているのがまず目に入って内心舌打ちをした。要の病室は暗くて寂しくて、俺が贈った見舞いの品しかないのに。この男の周りには豊かな愛で溢れている。悔しかった。
 花束を渡してさっさと帰ろう。そう思ってベッドの上を見るがそこにはめくれた掛け布団があるだけで巽の姿はなかった。リハビリにでも出ているのか、とため息をつきかけて、視界に動くものがあるのに気づく。
 白熱灯が照らす部屋の隅、ベッドと壁の間にへたれこむ巽の姿があって目を疑った。
「巽……!?」
 抱えた花束を乱れたベッドの上に放り出し、項垂れる青磁に駆け寄る。獣のような呻き声は雷の音ではなかった。苦痛を訴える巽の声そのものだった。
「あぁ……、HiMERUさん。こんにちは、来てくれたんですね」
「どうしたのですか、巽っ」
「少しくらい歩けるかと思ったのですが、膝の痛みで力が入らなくて……
 ゆっくりと顔を上げ、はは、と弱々しく笑う。普段の能天気なほど生命力にあふれた快活な輝きはそこにはなかった。
 真っ先に壁に備え付けられたナースコールに手を伸ばそうとしたが、巽に阻まれる。
「人を、呼ばないでください。お願いします」
「ですが……
 掴まれた手首に巽の指が食い込む。押しても引いても腕が動かない。衰弱しているように見える巽のどこにそんな力があるというのか。
 頑固な巽のことだ。どう諭しても聞き入れないだろう。そう判断して腕の力を緩めた。
……分かりました。せめてベッドには上がりましょう。何のためにあなたがここにいるのか分からなくなります」
「はい……
 鍛えているとは言え、似た体格の男を抱えるのは容易ではない。持ち上げるのは無理だった。掴み合った手首と体幹を頼りに、半ば引き摺るような形で巽をベッドの上に引き上げる。
 息の整わぬまま、サイドテーブルにあった鎮痛剤と水の入ったペットボトルを掴んで巽に押し付けた。
「鎮痛剤はさっき飲んだのですが、効かなくて……
「では水だけでも飲んでください」
 苛立ちを隠さないまま早口に伝えると、巽はおとなしく従った。乾いた唇の端から透き通った液体が一筋伝って巽の肌を濡らした。もともと色素の濃い方ではないとはいえ明らかに血色が良くない。
「もしや、その顔でユニットのメンバーに会ったのですか?」
「俺は……どんな顔をしているのでしょうか。ここ数日、自分の顔を見ていないもので」
「ひどい顔。ちゃんと食事は摂っているのですか」
「あなたもあの子達と同じ心配をしてくれるのですな」
「質問に答えてください」
……
「食べていないのですね」
 呆れてものも言えない。花なんかじゃなく、果物でも持ってくれば良かった。無理矢理にでも何か食わせるべきだ。
 このまま話をしていても苛立ちが募るだけだ。一呼吸つくために、ベッドに横たわる花束を拾い上げてその辺にあったプラスチック性の花瓶に生ける。少し形が崩れたものの、曇天を背景に柔らかく花弁を広げる花々を巽は目を細めて見つめていた。
「その様子だとあまり眠れていないようですが」
……HiMERUさんには何でもお見通しですな」
「HiMERUでなくても分かります」
 むしろ、ALKALOIDのメンバーこそ巽の異変にいち早く気づいていて、その影響をもろに受けているに違いなかった。
……最初はただの軽い風邪だったはずなんです。けれど、膝の古傷は風邪で弱った俺に牙を向いたようで。今はこの有り様です。もう少し調子の良い日もあるんですけどね」
 黙って聞いていると、頼んでもいないのに巽は語り始めた。
「個室などは望んではいなかったのです。相部屋を希望したのですが、事務所から許可が降りませんでした」
「そうでしょうね」
 今や世間的に名の知れたアイドルである巽が相部屋で一般人と関わることがあればパニックやトラブルの元になりかねない。マスコミやメディアへの情報統制という意味でも、体調を崩した巽は隔離しておく方が無難だと判断する事務所の方針は理解できる。
「ここは、俺一人で過ごすには広すぎます」
 言って、対角線上にある部屋の角をぼんやりと見つめる。視線は遠く、ここではないどこかを見つめているようだった。
「ALKALOIDのみんなに心配をかけまいと振る舞うほどに、彼らの表情を曇らせてしまう。もがくほどに底なし沼に沈んでいく気がするんです」
 並んだ見舞いの品を目に留めてユニットメンバーの顔が浮かんだのか、そう言って巽は目を伏せた。痛む膝を引き寄せて抱え、ひとつ息を吐く。その一瞬だけ巽の輪郭が少しぼやけて見えた。かと言って今の俺に何が出来るわけでもない。居心地の悪さに窓の外へと視線を逃がしていると、巽もまた窓の向こうへと視線を移した。
「外は寒いですか? この中は温度も雨の音も風の匂いも感じないものですから」
「湿度が高いので寒さは感じませんが、雨はまぁ……それなりに冷たかったのですよ」
 窓の外に目をやるとちょうど雷が光って、巽が眩しそうに目を伏せた。この建物の中では雷の音もほとんど聞こえない。
「巽……?」
 巽の頭が前に大きく揺れて思わず声をかける。
「失礼。君とこうして話していると少し落ち着いてきたのか、眠気が……
「良かったではないですか。早く寝てください」
「せっかく君が会いに来てくれたのに、申し訳が立ちません」
「HiMERUのことはどうぞお構い無く」
 不眠続きだった巽がHiMERUと話し始めてすぐに眠気を催したことは正直複雑な心地だったが、好都合だった。とっとと眠りについてくれたのならこの鬱々とした部屋から抜け出す口実を得られる。
 それなのに巽は一向に横になろうとせず、少し皺の寄ったシーツをならすように指先で撫でている。
「HiMERUさんもここに横になってはくれませんか」
 はにかむ巽の放った提案に俺はきっと苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう。
「HiMERUに添い寝をしろと……? いったい何を考えているのですか」
 一蹴するも、巽は眼差しを逸らそうとしなかった。そんな捨てられた犬のような目で見られても困る。首を縦に振る気など少しもないのに。
 頭痛がする。目眩がする。そんな絡みつくような縋るような視線で俺を、『HiMERU』を見るな。
 頭の中から消し去りたかった巽と要のただならぬ関係の妄想が脳の表面に再び蘇って奥歯を噛み締めた。
「お願いします」
 頼りなげに揺れているはずの瞳の奥に強く鈍い光を見る。揺るがぬ信念をもつ巽の凛とした姿勢そのものを感じて、腹が立った。どれだけ弱ろうと芯の部分は決して折れない強さが憎らしい。
……
 深い深いため息をついて、靴を脱いでからベッドの上に乗り上げると、巽はわずかに表情を緩めて、テコでも動きそうになかった体をあっさりと横たえた。呆気にとられる俺を見上げて布団を開いて待つ巽の図々しさが癪に触るが、一刻も早く巽を寝かしつけてこの場に満ちる纏わりつく湿気た重苦しさから解放されたかった俺はそのままベッドに肘をついた。
 向かい合わせに横たわると巽は俺の肩まで布団を被せた。空気をたっぷりと含むようにふんわりと乗せられた掛け物に、まるでこちらが寝かしつけられる立場であるかのように思えて余計に腹の奥で煮えるような苛立ちが沸き上がった。
 相反して巽は眦を下げて静かにじっとこちらの瞳を見つめてくる。巽は窓を背にしていて、雷が外で光る度にあやめ色が逆光に濁る。
「いいからさっさと目を瞑ってください。HiMERUは巽と見つめ合う趣味はないのですよ」
……HiMERUさん」
 一向に瞼を降ろそうとしない巽に苛立って背中を向けようとすると、布団の中に入れていた手を握られて肌が粟立った。急に手を握られた不快感からだけではない。名前を呼ぶ声に混ざった微かな甘さと、触れた手の異様な冷たさがぞわぞわと背筋を戦慄かせた。
 以前の『HiMERU』に対してもこんな風に名前を呼んで、触れ合ったのだろうか。要と巽とがかつて紡いだ睦やかな時間の破片が胸に刺さる。縋るように絡められた冷たい指先にうすら寒さすら感じる。一方的に話し始めたり、添い寝をしてくれと強請ったり、『HiMERU』に何を求めているのだろう。理解の及ばぬ未知に対するこの胸のざわつきは恐怖に似ていた。
「懐かしいですな。こうして並んで眠った日が」
 巽の声が過去の輪郭を柔らかに撫でる。愛おしそうに、慈しむように、目の前の『HiMERU』に語り掛けてくる。
 やめろ。俺の知らない記憶で語りかけるな。俺はその記憶を持っていないんだ。
「そう、ですか……
 妄想でしかないはずの要と巽の蜜月を、頭の中に無理矢理流し込まれているような感覚に陥って、俯きながら唇を噛んだ。胃の中が逆向きに蠕動して全てを吐き出そうとするのを喉の入り口を締めることで必死で押さえ込む。
「ひめる、さん」
 俺の頬にかかる髪を掬い上げた指先は、死人のように冷たくてぞくりと背筋が震えた。思わず顔を上げると、巽はガラス玉のような瞳でじっと『HiMERU』を見つめている。
「巽……?」
 掠れた呼び掛けに返事は返ってこなかった。またひとつ稲光が俺の視界を眩く貫いて目を眇める。巽の形をしたシルエットが薄く開いた視界の前に映し出された。
 室内に他の音はないのに巽の息遣いすら聞こえない。不気味な静寂に自分の鼓動の音だけが反響して聞こえる。頬に触れている巽の指先が固いのか柔らかいのかそれすら分からない。
 本当に生きているんだよな?
 生者のぬくもりを探して恐る恐る頬の上で重ねた手の意味をどう捉えたのか、巽の影が滑るように近づいてくる。
 巽の顔が眼前に迫ってきて咄嗟に身を引いたが、ベッドに取り付けられた柵に背中をぶつけて阻まれる。訪れた痛みに呻くが、巽の動きが止まることはない。追い詰められ逃げ場を失った俺の唇に、巽のそれが重なった。
 乾いた唇は、けれど、確かなやわらかさをもっていて、灼けるように熱かった。
 強引に押し付けられた唇に、そのまま口内の奥まで割り開かれるかと体を硬くしたが、それは目的のものに触れた瞬間、途端に勢いを失って俺の唇の表面を慎ましやかに撫で始めた。ゆっくりと輪郭を確かめるように舌先が蠢く。もどかしいとさえ思ってしまう感触に口の端からふやけた吐息が漏れて一気に顔に熱が集まる。
 これだけの恥辱を与えられてなお唇を振りほどけないのは、触れる熱が『HiMERU』を、要を、強く必要としていると知ってしまったから。要が心酔し信仰の対象としていた巽もまた、要を拠り所としていたのだ。現在進行形で与えられている優しいくちづけは性欲からは遠い、互いの不足を補い合う、いわば傷の舐め合いに酷似していた。
 今、この男に必要なのは要の唇なのだ。この体は要ではないのに。そんなことなど知らずに必死で必要としてくる。哀れな男だ。そうほくそ笑んでやりたいのに。切羽詰まった状況でもなお、努めて優しく触れてくる唇と舌が巽の深い愛情を示していて、弟がこの男に深く愛されていたのだと知る。
 それが特別な恋慕なのか博愛の欠片なのか、巽の愛の輪郭を知らない俺には判別がつかない。
 ただ分かることは俺が要へ渡せなかった愛情を、この男は要へと、愛に飢えていた体へと注いでいたということだ。
 唇を貪られる苦しさも相まって、目尻から熱の雫がこぼれ落ちる。胸に置かれた巽の手が背中の柵へと押し付けるように力が籠って圧迫感が増す。柵と手のひらにぴったりと挟み込まれて動けない。空気を吸い込む度に胸を圧迫する巽の手のひらを強く感じる。息が、苦しい。
 要が受け取るはずだった愛が、自分の中に注がれていく。罪悪感で胸が詰まる。心臓が押し潰される。息が出来なくなる。
 ごめん。ごめんな、要。

 曇天の箱の中で俺たちは互いの息で呼吸をしていた。






─ ─ ─ ─ ─ ─






「巽先輩、眠れないのですか?」

……もしかして、雷が怖いのですか?」

「ふふ、意外なのです。巽先輩には怖いものなんて何もないように思えたので」

「大丈夫ですよ。ぼくが傍にいてあげます。小さい頃ぼくが眠れない時、母が手を握ってくれました。こうして優しくキスをしてくれました」

…………暗くても、怖くても、こうすると不思議と落ち着いてくるでしょう? 今のぼくはもういつでもどこでも眠れるようになってしまいましたけど、きみはそうではないみたいですね」

「もういちど、ですか? 仕方がないですね。きみとこうして熱を分け合うことは、きみとひとつになれるみたいで案外心地がいいので許してあげます」

…………、夢をみましょう。次に目を開ける時はきっと雨も雷も止んでいるのですよ」