とはり
2024-10-19 02:36:06
3422文字
Public DF
 

夜を脱いで星座を結ぶ

スタライ8thの舞台裏でこんなやりとりがあればいいのにな、の念を込めた

ラストミッションの「いってらっしゃい」と「いってきます」をずっと引きずっているし、Crazy:BとMaMの合同ライブをいつまでも待ってる

「Crazy:BでありDoubleFaceの桜河こはく」と「MaMでありDoubleFaceの三毛縞斑」を聞いた時、顔を覆って崩れ落ちた
DoubleFaceを失った悲しみや寂しさは未だに尽きないけれど、輪郭を失ってもなお、それは現在も確かな彼らのいちぶなのだと慰められた気持ち
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 風薫る野原のように、見渡す限りに緑色の光がさざめくように揺れていた。自分が手を振ればその先にある光がにわかにざわめき立って波間のようにキラキラと揺れて応えてくれる。曲が進むにつれてライブ会場を包む熱は際限なく膨らんでいくようだ。
 まばゆい光に照らされた笑顔もステージの上からだと遠くまではっきりと見える。この時ばかりは自分のもつ大きな体軀と恵まれた視力に感謝だ。
 DreamLiveと銘打たれたESの事務所の垣根を越えた大規模なライブ。その後半の一発目はMaMが担当させてもらうことになった。
 一曲目が終わって二曲目。新年の始まりを祝う軽快な曲に合わせてバックダンサーと共にステップを踏んで翻ると会場から歓声が泡のように沸き上がる。壁や天井に咲く真っ白なライト製の花火も、地上に咲く笑顔とペンライトの煌めきには叶わない。揺れる緑の風の中のところどころにバックダンサーを務めてくれている仲間達の担当カラーが光って、野花のように咲いている。独りでは見ることができない色彩がそこに広がっていて、ステージの上を縦横無尽にひらめきながら、胸の奥は感動にうち震えていた。
 曲が終わると、歓声と共に拍手が地の底から沸き立ってあっという間に会場を包み込んだ。
 心臓がどくどくと音を鳴らして喜んでいるのを感じる。
 スバルさんに腕を引かれ、半ば引きずられるようにステージを後にする。幕をくぐると途端に灯りが途絶える。夜道のような視界の悪さをものともせず、前を行くオレンジの光は一段飛ばしで舞台裏の階段を駆け降りていく。カンカン、カン、とアルミ階段を踏む度にコミカルな音が靴底で踊る。そんなにはしゃぐと転んでしまうぞぉ、なんて茶化しながら彼のスピードについていく。いつもより声の通りが良い。腹の底から笑い声が止まらなかった。自分だってライブがもたらす余熱にはしゃいでいるに違いなかった。
「すっごくすっごく楽しかった!」
 手を離してくるりと向きを変えたスバルさんが興奮しきった様子で目を輝かせている。
「そうだな。ファンのみんなも楽しんでくれたようで嬉しかった」
「うんうんっ、もっともっとやりたいんだぜ~!」
 先に階段を降りていたアドニスさんと光さんもスバルさんのテンションに引きずられて声に熱が籠っている。
 サビに入るタイミングでバックダンサーの三人が飛び出てきた時の観客の驚く顔は脳裏に焼き付いている。驚いた顔だけじゃない。満面の笑顔も、真剣な眼差しも、少し泣きそうになっている表情も全てくっきりと覚えている。
「俺もみんなと踊れて楽しかったぞお! 本当にありがとう!」
 四人でハイタッチを交わしてその場はお開きになった。俺の出番は終わったが、他のみんなにはまだこれから所属するユニットでのパフォーマンスが残っている。興奮を分かち合える仲間と別れるのは名残惜しいが、いつまでも舞台の袖に縛り付けておくわけにはいかない。
 三人の背中が控え室の方へ消えていくのを見送ってから、ふと自分の手に視線を落とした。
 仲間と分かち合った熱がじわじわと手のひらまで巡っていて、握って開いてを繰り返す度にさらに熱を帯びていくようだった。ステージの上の楽器と歌声が反響する鈍い揺らぎが足元を心地よく揺らす感覚もつぶさに感じ取れる。
 そうやって手のひらと身体中に残る熱に浮かれステージの余韻に深く酔っていたから、俺は不覚にも背後から忍び寄ってくる気配に気づくことができなかった。
 パンッと弾けるような音と衝撃を尻たぶに感じて、反射的に背中が反った。
「うおわぁ!? なんだあ!?」
 周囲に自分の間抜けな声が響く。遅れてじわりと広がるひりつく痛みを擦りながら振り返ると、目線の少し下に揺れる髪があった。よく見知った桜色だった。
「こんなとこに突っ立って何しとん」
 からりとした京訛りが耳に届く。半年間ユニットを組んで、今日だって並んで同じステージに立った相棒の声だ。聞き慣れた声に固くしていた体の緊張を解いた。
「こはくさんこそ、こんなところでどうしたんだ? 君もこれから出番だろう。こんなところにいていいのかぁ?」
「んー……まぁな」
 曖昧な返事だけを寄越して、こはくさんはステージの方を見上げている。ALKALOIDのパフォーマンスを見に来たのだろうか。しかし、それならば控え室にあるステージの模様を中継しているモニターで確認する方がずっとまともに観ることができるはずだ。舞台を降りたこの場所からではパフォーマンスは見えないし、歌声だって籠った音で響いて歪んで聞こえる。ライブステージを楽しむには、とても快適な環境とは言えない。
 黙ったままのこはくさんの横顔に視線を送りながら、彼の意図を探ろうとするが未だ尾を引く余韻に思考が鈍る。彼がここにいる理由は何でもいいような気がしてきて、答えを探すことを放棄した。
 沈黙をもて余し、Crazy:Bの衣装を纏って隣に立つこはくさんの頭の先から爪先まで視線を巡らせる。肩肘を張らず無駄な力などひとつも入っていないような自然体のままそこに立っている。似合っているな、と思った。
 思えばこはくさんの背中を見るのはDoubleFaceのステージが終わって以来だ。
 反対側の袖から降りた彼は数人のスタッフに囲まれ、早足で移動しながら脱いだジャケットを渡しつつその手で次の衣装や水の入ったペットボトルを受け取ったり、と忙しなく動いていた。彼は今回Crazy:BとDoubleFace、二つのユニットのメンバーとして出演している。後に控えたCrazy:Bの出番まである程度の時間は確保されていたが、悠長に準備をしている余裕はないようだった。DoubleFaceからCrazy:Bの桜河こはくへと変貌を遂げながらバタバタと目の前を通りすぎていく背中を目で追いながら、俺の方はジャケットのボタンをひとつひとつ丁寧に外していた。滲んだ汗をタオルでしっかりと拭いながら、用意された控え室へとのんびりとした足取りで向かった。
 控え室に向かう通路ではCrazy:Bたちの慌ただしく賑やかな声がどこからか漏れ聞こえてきて、その中心には準備に追われるこはくさんがいるのだろうと思うと微笑ましくもあり、どこか羨ましくもあった。
 こうしてお互いが主軸としているユニットの衣装を来て並ぶ機会は今までなかったからどうにも落ち着かない。小一時間前は揃いの衣装を纏ってこのステージの上で声を重ね、視線を交わし、息を合わせてステップを踏んでいたというのに、今はふたり全く毛色の違う衣装を着ている。互いが自分のあるべき場所に軸を置いて立っているという実感がある。
 ユニットを組んでいた時は足並みを揃えろ、と何度も怒られたが、今この瞬間にいたってはバラバラであることがむしろ喜ばしいことのように思えてくる。
 不思議な感慨に耽って、らしくもなく細く息を吐いた。交わらぬ視線に向けて無意識に手を伸ばし、指先が華奢な肩口に触れる寸前。不意にその唇が開いた。
「良かったで、MaMのステージ」
……見ていてくれたのかあ」
 戻ってきた紫の目が頷くようにすっと細められる。前半のCrazy:Bのステージが終わった後も着替えや準備もあっただろうにその合間を縫って気にかけてくれていたことが素直に嬉しいと思った。飾り気のない称賛が胸の中で反響して身体が粟立った。とくとくと柔らかな鼓動が微酔を連れてくる。
 スタッフが忙しなく行き交う中でも互いの声は不思議とはっきり耳に入ってきた。
「おかえり、斑はん」
「うん。ただいま、こはくさん」
 くすぐったい感覚が背中を駆け抜けて、それはこはくさんも同じだったようで、お互いどうしようもなく笑みがこぼれた。
 春の夜、しっとりと静かな路地裏で交換した言葉が、華々しい舞台の裏の隅っこで帰結するとは思わなかった。俺たちはまだ時折互いの色を滲ませながら夜明けの只中を歩いている。悪くはない心地だ。
「アンコール」
「ん?」
「アンコールがまだあるやろ。気ぃ抜いとんちゃうで」
「ああ、もちろん!」
 ふ、とこはくさんが笑った吐息が俺たちの間の空気をかすかに揺らした。宙に浮いたままになっていた俺の手のひらをふた回り小さな手のひらが打ち鳴らす。
 びりびりと響く痛みを握りしめて爪先を前へと踏み出した。