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とはり
2024-10-19 02:31:09
4432文字
Public
ひめこは
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君のとなり、ステージの上
ひめこはがライブ直前の控え室でいちゃついてるだけ
ワンライのお題『一番好きなところ』をお借りしたもの
【pixivから移行】※タイトル変更
確か100回記念で非常にめでたかった記憶
Crazy:B単独ライブの直前の控え室はいつものことながら雑然としていて落ち着きがなかった。
「天城、ソファーに寝そべらないでください。衣装に皺ができたらどうするのですか」
「へいへい。そんじゃ気合いを入れにトイレでも行ってきますかっと」
「HiMERUはーん、後ろの髪アイロンかけてぇ」
「桜河、少し待ってください」
「栄養補給~っと。いっただきまぁす」
「椎名、差し入れを食べるならエプロンを。くれぐれも衣装を汚さないように」
「はぁい。
……
んじゃ、僕はエプロンを取りに行くついでにもう一回ケータリング覗いてくるっす~! ごはん、ごはんっ」
開演の時間が迫る中、各々思い思いに準備を整えていく。ライブ前にしては緊迫感が薄い気がするが、緊張で固くなるよりはいいのだろう。
比較的声の大きい燐音とニキが同時に部屋を後にすると途端に部屋が静まり返る。四人で過ごしていても狭くはなかった部屋が更に広々と感じる。
控え室のドアが閉じたのを最後に二人きりの静寂が訪れると、HiMERUは鏡の前に座るこはくの元へと駆けつける。背中に立つとヘアアイロンを手渡される。
「今日はどうしますか」
「んー、毛先にちと動きが欲しいかなぁ」
「わかりました」
後ろ髪の一部を取ってヘアアイロンを滑らせていく。熱を帯びた毛先が楽しげに上向きに跳ねる様子が、ステージの上をエネルギーを漲らせながら駆けていくこはくの姿と重なって頬が緩む。
鏡越しにこはくの様子を窺うと前髪が決まらないのか自分の顔とにらめっこしながら髪をいじっている。
要望をききながらヘアアイロンを何度も往復していくと、鏡の中のこはくがライブに向かうアイドルのそれへと近づいていく。この過程がHiMERUは好きだった。ファンのみんなに魅せるためのいっとう綺麗なこはくを手ずから作り上げていく立場は役得だ。
アイドルとしての活動に慣れてきたこはくはメイクは自分で行うようになったものの、ヘアアレンジは未だにHiMERUに任せてくれることも多い。HiMERUの腕への信用を感じられて純粋に嬉しい。それに、こはくの魅せ方はユニットの仲間としても恋人としても一番近くにいるHiMERUが一番分かっていると自負している。
ヘアオイルを馴染ませた両手で飛び立つ前の羽のように整えられた髪を撫でると、オイルに溶けたシトラスの香りがふわりと舞う。鏡で確認しながら最後の微調整をしていると、前髪のセットを終えたこはくが柔く微笑んだ。
「HiMERUはんの髪の触り方好きや。手つきが優しゅうて、気持ちいいわ」
「他には? HiMERUの好きなところ」
「えぇー
……
今みたいに頼んだらすぐに駆けつけてくれるとことかぁ
……
ライブ前の貴重な時間をわしに使ってくれる優しいとこ」
支度中の慌ただしさとライブの前の高揚感とがこはくの口の滑りを良くしていくのか、普段よりもずっと素直に応えてくれる。浮かれた気分を隠し切れないまま毛先に口づけて完成の合図を送ると、立ち上がったこはくがくるりと向きを変えた。
「ほな、次はHiMERUはんの番」
「え?」
「わしばっかり言うのも不公平やん。HiMERUはんも教えてや。わしの好きなところ」
こはくからの愛の言葉を噛みしめて緩んでいた心の隙を突かれる。求められて応えなければ恋人の名が廃るというものだ。仕方がありませんね、と咳払いをするとこはくの瞳に期待の光が滲んだ。もったいぶるようにひとつ深呼吸して口を開く。
「誰よりも真っ先にHiMERUを頼ってくれるいじらしいところ、時間や約束を厳守する真面目なところ、どんなに忙しくてもレッスンを疎かにしない努力家なところ。人情に厚いところもそうでしょうか。あぁ、この前に寝言でHiMERUの名前を呼んでくれたところも可愛らしかったのです」
「わっ、わ、」
滔々と流れる言葉の奔流に動揺する声が聞こえるが、まだまだこんなところで止めるつもりはない。
「それから──っ」
続けた言葉は音にならず、こはくの口の中に消える。唇に触れた柔らかな感触をじっくり味わう間もなく滑り込んできた舌が、転がそうとした言葉ごと奪い去っていった。
「も、もうええから
……
っ」
唇はすぐに離され、目線の先には耳まで真っ赤になったこはくの顔があった。そっちから訊いてきたくせに、なんて野暮な言葉は飲み込んだ。こういう初心で迂闊なところも好ましいと思っている。
照れくさそうに擦り合わせているベビーピンクの唇にはHiMERUのルージュが移って薄く色づいている。蛍光灯に反射する艶めいた唇に食らいつきたくなる衝動をぐっと抑えてこはくを嗜める。
「突然いけませんよ。リップがよれてしまったではないですか」
以前に、唇を整えた後のキスは控えましょうねと注意したばかりだった。けれど、鏡に映ったルージュがこはくの唇の形に削れているのを見て、口ぶりとは裏腹に口角が緩んでしまう。
「HiMERUはんやったらぱぱっと直せるやろ。それにわしはまだリップ塗ってないもん」
唇を突き出した上目遣いの反論に思わず溜め息をついた。感嘆の吐息だった。どうにも目の前の恋人は人を唆すのに長けているらしい。
「
……
まったく、あなたのそういう強かなところも好きですよ」
顎をすくって親指で唇を拭うと、まっさらなベビーピンクが再び姿を現す。ライブ前のとっておきの素肌のくちびる。今だけはHiMERUのためにあるくちびる。膨らんだ密やかな幸福を壊さないようにそっと引き寄せて口づけた。
啄むように唇を動かして表面の柔らかさを味わっていると、それでは物足りなかったのか、こはくの方から唇を強く押し付けられる。大胆な吐息を受け入れて深く口付けると、こぼれる息の温度が上がる。待ちわびるライブへのもて余した高揚を発散し合っているのか、それとも高め合っているのか、こうして互いの熱を交換し合っているとあやふやに溶けていく。
耳の縁をなぞり降りていきながら、耳たぶを飾る揃いのイヤリングに爪を引っかけると、こはくからくぐもった甘ったるい吐息があふれた。
仕返しなのか、こはくの爪が左耳のイヤーカフを引っ掻いてこつりと音が響いた。可愛らしい反撃の愛おしさに口の端から笑みがこぼれる。
何度か角度を変えながら口づけを交わすと、満足したのかゆっくりと唇が離れていく。
「ふふ、桜河はキスが好きですよね」
「ん
……
」
思考がとろけている隙を狙って問うと、熱に浮かされた肯定が返ってくる。チークの奥から滲み出る薄紅の艶っぽさはうっとりするほど魅力的だ。これから眩いライトと観衆の視線のもとに晒さなければならないのが惜しいとさえ思ってしまう。
「HiMERUとのキスが一番?」
「HiMERUはんのしか知らんわ」
想定どおりの言葉が返ってきてに内心ほくそ笑んだ。こはくの唇の味を知っているのは自分だけなのだ。誰も知らないこはくのいちぶを自分だけが知っているという優越感は甘い毒だなと思う。どれほど味わっても、もっとと際限なく求めてしまう。
「では、HiMERUの一番好きなところはどこか聞かせてもらっても?」
訊くと、こはくは思考が追いついていないのか数度瞬きをした。色の深くなった唇はぽかんと開かれている。
「桜河の一番を知りたいのです」
促すと「んー
……
いちばん
……
」と唸りながら視線でHiMERUの全身を一巡して考え込む。
「一番、っち言われるとなぁ
……
」
戯れのような問いだったが、真剣に考えてくれているらしい。ちらちらと時折向けられる視線がくすぐったい。選び取れるほどたくさん選択肢があるということだろうか。それだけでも十分に嬉しく思う。時間が経つほどに、こはくの言葉を待つ体が期待に熱を巡らせる。
やがて、結ばれていた唇が薄く開いた。目線が始点に戻ってきて、答えが見つかったことを知らせる。
「わしの名前呼ぶ時だけ、声がやらかいとこ」
「は」
予想外の答えに戸惑った吐息が間抜けな音を鳴らした。
職業柄、周囲に悟られるわけにはいけないじ表に出さないように気をつけていたつもりだったが、まさか名を呼ぶ声に滲んでしまっていたなんて。それを当の本人に指摘されるなんて。
自身が気づかなかった癖を暴かれて耳の縁に熱が溜まっていくのが分かる。目が合わせられなくなって、たまらず口元を手で覆った。
「そんな風に聞こえていましたか
……
?」
「わざとやなかったん? わしを喜ばせるためにそうしてくれとると思うてたんやけど。なぁんや。HiMERUはんが気づいてないんやったら言わんかったらよかったなぁ」
惜しむような口調の割に、口角は悪戯っぽく弧を描いている。向けられるにやけ顔にいつものように余裕ぶって抗議したかったが、羞恥でうまく思考が回らない。
「一番好きなんはまだあるで」
「
……
なんですか?」
どんな言葉が返ってきてもいいように、一呼吸おいて訊ねる。ライブ前はいつも冷静であるはずの心臓がいつになくやかましい。こはくの言動ひとつひとつに翻弄されて制御できない心が恨めしい。こはくが息を吸うのに合わせて、無意識に息を止めてしまう。
「HiMERUはんと一緒に立つステージ。わしの一番好きな場所」
屈託なくそう言って愛おしいものを見つめるように目を細めた。寸前に迫ったライブの光がその瞳の奥に広がっているようだった。
「ライブの前はまだちと緊張するけど、HiMERUはんが隣におったら安心する。ライブでの振る舞いのお手本はHiMERUはんやもん。それに、離れたステージの上でも目が合うとやっぱり嬉しい」
歓声と揺れる光に包まれると一緒に輝けていると実感できて楽しい、とこはくは続けた。
そんなことを考えていたのか、とステージ上でこはくと視線がぶつかった時の彼の弾けるような笑顔が脳裏によみがえる。それは確かに「楽しいなぁ」と語りかけてくるような眩しい笑顔だった。それを受け止めて微笑みで返すと自身も同じように純粋なきらめきで輝けているような気がしていて心地よかった。感情を共有しているような感触は自分にとっても喜ばしいものだった。
「そうですね。HiMERUもそう思います。桜河と立つステージが一番好きだ、と」
HiMERUの言葉を聞いたこはくがいっとう嬉しそうに頷いて、淡い毛先が軽やかに跳ねた。シトラスの爽やかな匂いが舞い上がって、ステージへの期待を刺激した。開幕を告げる時の音はすぐそこだ。
喝采や光の海が一斉に我々を歓迎する瞬間をこれから共に迎える。いっとう好きな時間がやってくる。
肩を並べたステージの上で、高らかに声を重ねよう。きらびやかに舞おう。
会場中の誰もが一番好きな場所だと思えるよう、ステージのすべてを謳歌しよう。
夢をおよぐ君のとなりで。
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