とはり
2024-10-19 01:30:23
4218文字
Public ジュンこは
 

いい子の君へ【ジュン+こは】

ジュンくんがこはくちゃんのサンタになるお話

同室かわいいかわいいビーム
【pixivから移行】

Twitterに投稿した1年後にpixivに投稿したもの
CP要素はほぼないけど別けるのもなんだからこっちのカテゴリに収納

 世間はハロウィンを終えた途端、余韻もそこそこにクリスマス一色になった。世の中の流れに引っ張られるように、クリスマス特集の雑誌の取材や撮影が次々と舞い込んでくる。
 秋風も現役のこの季節に寒い冬のクリスマスの話なんて実感が沸かなくて、移ろう季節感に目を回しながら日々を駆け抜けていくその隙間で、一息ついていた時のことだった。
「サンタはんかあ」
 そろそろ眠りにつこうかという頃、部屋で煎茶を啜っていたサクラくんがおもむろに口を開いた。視線はクリスマスに向けて彩られ始める街並みを映すテレビに注がれている。
 急にどうしたんすか、という言葉は頂点に白のぼんぼりが付いたサンタ帽を頭に乗せるサクラくんにかけるには適さなかった。仕事先で貰ったものだろうか。彼もまたクリスマス関連の仕事に触れたばかりのだろうと想像に難くなかった。しかし、独り言にしてはやけにしみじみと余韻を残す響きが気になって明日の準備を進める手を止めて声をかけた。
「サンタがどうかしたんすか」
「クリスマスと言えばサンタクロースっち言われるくらい有名やけど、こういうお祭りごとには無縁で生きてきたさかい、いまいちピンと来んくてなあ。仕事のアンケートでも『クリスマスの思い出は?』っち言われても困ってしまうんよ」
「あぁ……
 悩むサクラくんの姿に過去の自分がわずかながら重なる。自分もクリスマス、ましてやサンタクロースとは縁の遠い過去を持っている。サクラくんもまた何らかの家庭の事情があったのだろう。
「わし、えぇ子やないからなぁ」
 煎茶の湯気と共に吐き出された言葉は淡々としていて、悲壮感は感じ取れないものの、その横顔にはわずかな羨望が滲んでいるように思えた。
 良い子にはクリスマスにサンタクロースがプレゼントを与えてくれるという逸話、その実体験がないことをサクラくんの小さな呟きは暗に示していた。
 サクラくんは良い子だ。半年以上一緒に暮らしてきたからよく知っている。自分はいい子じゃないなんて自虐を温かな湯気に溶かすサクラくんが悲しくて。
 サクラくんは良い子っすよ、と思わず伝えたけれど、眉尻を下げて困ったように笑った口元から小さくおおきに、と返ってきただけだった。寂しい諦めを肌で感じる。お世辞か何かだと思われたのかもしれない。サクラくんが振り向いた時に大きく揺れたぼんぼりの白がやけに印象に残っている。



 クリスマスが目前に迫り、時間や日によって息が白く色づく様子も見られるようになった。街を行き交う人々の装いが厚手のコート、手袋、マフラーと本格的な防寒態勢へと変化し、街を所狭しと彩るイルミネーションを反射する。
 秋から冬にかけてありがたいことに仕事は詰まっていた。慌ただしく過ぎていく時間の中、季節の変わり目にもついていけず衣替えし損ねたクローゼットから適当に引っ張り出したコートでは少々防御が薄かったらしい。身体を吹き抜けていく凍てつく夜風に全身を震わせながら帰路を急ぐ。
 夕食どきの駅前はまだ人が多く、その間を縫うように進む。顔を上げるのも億劫な冷気に晒されながら、ふと目に入った色に足を止める。
 小ぶりの雪玉みたいなぼんぼりの白。それがふたつ真っ赤な靴下にぶら下がっていた。小型犬であればすっぽりと入ってしまうほどの大きな靴下。中には溢れんばかりのお菓子が詰め込まれている。クリスマス仕様のお菓子の詰め合わせだった。
 恐らく子供向けのプレゼントなのだろうが、パッと思い浮かんだのはサクラくんの顔だった。彼が以前被っていたサンタ帽の紅白の記憶と共鳴したのだろう。これを抱き枕のように両手で抱えるサクラくんを想像してその愛らしさに、外であることも忘れて口元を緩めてしまう。
 サクラくんにクリスマスプレゼントを渡そうと思いついたのもその時だった。クリスマス前日の夜にこっそり枕元にプレゼントを置いて驚かそう。
 サンタが来たからサクラくんは良い子ですよ、なんて言って証明したかった。サンタクロースからのプレゼントを諦めないでほしかった。
 サンタの真似事が上手くできるかなんて躊躇いなんて生まれる隙もなく思いついたその足で店に入り商品を購入する。オーロラに光るメッシュの外袋に緑と赤のストライプのリボンでラッピングをしてもらい、手提げの紙袋に入れてもらった。手に提げて初めて気づいた大袈裟な質量にわずかに怖気付いたが、数日後に控えたクリスマスに向けて腹を括ったオレは再び冬の帰路に戻る。その頃には気が滅入るような寒さはもう気にならなくなっていた。



 そしてクリスマスイヴが過ぎ去った夜半、とうとう決行の時がやってきた。寝静まった室内でこっそりと起き上がり布団を抜け出す。暖房を切って少し経った部屋はまだ温もりを残していて震える心配は要らなそうだ。
 サクラくんが基本的に夜更かしをしない生活リズムで助かった。自分が起きていられない深夜まで活動する相手だったらこのサプライズ自体が成り立たなくなってしまうところだった。ベッドの陰に隠していた真っ赤な靴下を引き出して両手でしっかりと掴んで立ち上がる。
 向かいにあるサクラくんのベッドには小さな丘ができていて、規則的に上下している。寝息こそ聞こえないが眠りについているようだった。
 ひとつ深呼吸をしてからそろりそろりと足を一歩ずつ踏み出していく。床につま先をつける毎に起きないでくれと祈る。世の中に数多いるサンタクロースは毎年こんな神経を擦り減らすような思いをしながら夢を届けているのだと考えると尊敬の念すら抱く。
 息を殺して忍び寄っているせいかまるで悪いことをしているみたいに、やけに心臓がバクバクと脈打って額や背中にじんわりと汗をかく。ライブ前の緊張感とはまた違う感覚だ。
 両手でそうっと長靴下をシーツの上に置き、ゆっくりと手を離す。サクラくんの安らかな寝顔の傍で音を立てず安定したのを見届けてようやくほっとひとつ息を吐く。
 しかし、自分のベッドに戻るまで気は抜けない。細心の注意を払いながらベッドまで辿り着き、まだ温かな布団の中に身を滑り込ませる。最後にサクラくんの変わらぬ寝顔を確認してようやく強張っていた身体の力を抜いた。
 突然思いついたガラにもないサプライズ。起きた後のサクラくんの反応を想像しながら目を瞑ったせいか、いつもよりほんの少し時間をかけて眠りについた。



「わあ!」
 弾んだ声が静まり返った室内に響く。その声に薄く目を開いて、布団の中でもぞもぞと身体を捩る。ふんわりと身体を包む布団の外は冷えていて、カーテンの隙間から届く光はわずかだ。
 重い瞼を擦りながら身体を起こすと、生まれたての朝日だけが差し込む仄暗い室内で向かいのベッドの上に人の影が動いているのが見えた。
 布団が擦れる音で気配に気づいたのか、人影の視線が手元からこちらに向けられる。
「ジュンはん! プレゼントや! プレゼントが置いてある!」
 目が慣れてきたとはいえ、薄明かりの中では鮮明な表情は確認できないが、いつもより張りのある高らかな声に喜んでくれていることが分かって胸が高鳴った。大きく伸びをして新しい空気を吸い込むと充足感が心身に満ちていく。
「あはは、よかったっすね」
「おおきに、ジュンはん!」
 感謝の言葉と共に名前を呼ばれて心臓が縮まる。見つめ返したサクラくんの瞳には動揺するオレの姿がしっかりと捉えられている。
「えっと……? 礼を言うならサンタクロースっすよね、何でオレ?」
「なんで、って。ジュンはんがくれたんやろ? サンタはんが来てくれたんならわしだけにプレゼントあるんは変やし」
「お、オレは良い子じゃないっすから……?」
 詰めが甘かった。見破られた気恥ずかしさで言い訳もしどろもどろだ。
「誰にだって誠実で毎日の努力を怠らんジュンはんがえぇ子やないわけないやろ」
「いやぁ、はは……どもっす……
 褒め殺しに遭ってとうとう続く言葉を失う。照れ臭さで空回った思考ではもう言い逃れの糸口すら見つからない。朝一番で暖房の効いていない室内なのに顔が火照って仕方なかった。
「ジュンはん」
 サクラくんを避けて宙を彷徨わせていた視線が、呼ぶ声によって引き戻される。ベッドの上に座ってこちらをじっと見つめる彼は、カラフルなお菓子でたっぷり膨らんだ真っ赤な靴下を胸の前で両手で抱えていた。宝物を大事に抱える子どものようなあどけなさが映る。
「わしな、ほんまに嬉しかったんよ。クリスマスなんて遠い国のおとぎ話みたいに思うてたから。せやから、ちゃんとお礼を言わせてほしい」
 真っ直ぐにオレを見つめて「おおきに、ジュンはん」と目元を緩めるサクラくんの瞳は、いつの日かテレビに向けていた羨望の先にある煌めきが宿っていた。目の前の人の瞳を幸福で輝かせられたことは、アイドル以前の人としても嬉しかった。真っ直ぐな感謝にこれ以上の誤魔化しはあまりに不誠実だ。いつの間にか力んでいたらしい肩の力がふっと抜ける。
「どういたしまして。喜んでもらえてよかったっす。イマイチかっこつかなかったっすけど」
「ジュンはんは十分かっこええで。わしだけのサンタはんやもん」
「からかわないでくださいよ」
 互いに目元に照れを滲ませた小さな笑い声が二人だけの静かな室内に柔らかに響く。
「このお菓子、一緒に食べよ?」
「いやいや、サクラくんへのプレゼントなんすからサクラくんが独り占めしてくださいよ」
「こういうのは分け合って食べた方が幸せやっち相場が決まっとんや。分け合うなんちことは独りではできへんのやで」
 言いながら外袋の口を縛っているリボンをほどき始めるサクラくんの勢いはとても止められそうになかった。せっつかれてお菓子を広げるための平皿をいくつかテーブルに運ぶ。目覚め始めた世界の片隅、その一室でパーティーが密やかに開かれようとしている。この日だけの特別感に浮かれずにいられるほど自分は大人ではなかったらしい。
「えぇ子のジュンはんには今度わしから美味しいケーキご馳走したるな。こないだええ店見つけてん」
 コッコッコ、と上機嫌に綻ばせる顔は幸福で満ちていて、つられて頬が緩む。指先にまでじんわりと温もりが広がっていく。
「ははっ。楽しみにしてますよぉ、サクラくん」