とはり
2024-10-19 00:56:24
3948文字
Public いろいろ
 

春の光は、あなた【ミディ少】

La MortとMidnight Butlersのクロスオーバー

冬の町に迷い込んだミディが少年の家に招かれるとこから始まって想いも別れも告げられぬまま離別するミディ少を書きたくなって衝動のまま書きなぐった
"ミディ"になる前の話という解釈なので直接名前は出てきませんが、ミディ少ということにしておいてください

 迷い込んだ冬の町をあてもなく彷徨う。吹雪の中、どこを見渡してもモノクロが広がっていて、身体も心も疲れ果てて小路の隅で蹲る。
 館の方はどうなっただろうか。もう燃え尽きただろうか。劣悪な主人に虐げられ続けて嫌気が差し、紛争に巻き込まれたどさくさに紛れて逃げ出してきたが、生まれ育った館を捨てて自分が帰る場所なんてどこにもない。
 このまま、眠ってしまえば楽になれるだろうかと、体を蝕む睡魔に従って視界を閉ざす。
「あんた、こんなところでどうしたんだ?」
 久々に聞いた人の声に何とか顔を上げると、灰色の町で一際鮮やかな桃色の髪が目に入った。甘く瑞々しい果実の色に囲われた中には、あどけない少年の顔があった。自分よりもいくつか年下に見える。春を告げる髪色の下にある紫の瞳は凛とした煌めきを湛えていた。
「見かけない顔だけど迷ったのか? 俺でよければ案内するけど」
 少年の言葉に首を振る。過去から逃げてきた自分に目的の場所などありはしなかった。明るい未来へ続く旅路を見失っているという点では、迷っているといえたかもしれない。
「もしかして、行く場所がないのか」
 少年は驚きと困惑の表情を見せた。肯定の沈黙を貫いていると、一回り小さな少年の手が目の前に差し出される。
「とりあえず俺の家においでよ。何もないけど、ここにいるよりはずっといいはずだ」
 希望のように輝く瞳に吸い寄せられるように、その手を掴んでいた。
「あんた、名前は?」
……言いたく、ありません。貴方のことも詮索しませんので私のことも聞かないでくださいませんか」
 恩人に対してとる態度ではなかったが、私の言葉に頷いた彼は思いの外、聡くて優しかった。
「事情があるのは分かったけど、名前を教えてもらわなくちゃ呼ぶのに困る」
「では、私のことは執事とでもお呼びください、主様」
「執事……さん?」
「お好きにお呼びください」
「というか、その主様ってもしかして俺のこと?」
「はい。嫌ですか?」
「何だかくすぐったいけど、執事さんが呼びやすいならそれでいいよ」
 はにかむ彼は年相応の眩さを放っていた。手を引かれながら、少年の家へと案内される。質素な石造りの一軒家だった。
「ここが俺の家。一人で住んでるからさ、気の済むまでいればいいよ」
 こうして、私たちの共同生活が始まった。

 彼は永遠に降り続ける雪の町で春を待ち望んでいた。町の外れの教会に毎日のように通い、祈りを捧げに出掛けている。
 彼が家を空ける日中は近所の喫茶で日銭を稼いだ。昔取った杵柄で、食器の扱いや給仕には慣れていたし、それでなくても愛想笑いで適当に話を合わせているだけで客は喜んで金を落としていった。自分の容姿に関してあまり良い思い出はなかったが、利用できるに越したことはない。
 売上が跳ね上がり、気を良くした店主からは店の余り物として毎日充分なほどの食料と嗜好品を受け取り、日々の生活には不自由しなかった。
 身体を冷やして帰ってくる彼へ温かな紅茶を淹れて待つのが私の日課になっていた。紅茶を一口含んで、「美味しい」と表情を綻ばせる彼を見つめるのが好きだった。町の厳しい寒さに反して、彼と過ごす日々は穏やかで暖かで居心地が良かった。
「執事さんは春を見たことがある?」
 主が夕食を食べながら訊ねる。町の外から来た私は春を知っている。冬の次に来る季節。ただそれだけの認識だが。
「ええ、まぁ……
「本当に!? ぜひ話を聞かせてほしいんだ」
 頷くと主の顔がぱぁっと明るく変わり、好奇心で瞳が輝く。
「話、と言われましても……
 以前まで身を置いていた環境は季節の移ろいに機微を感じる暇もなかったのだ。自分にとってはただ過ぎ行く季節のひとつだった春について何か話して欲しいと言われても困ってしまう。
 けれど、主の期待を裏切りたくもなくて、蓋をした記憶の屑箱をひっくり返して探す。食事の手を止めてこちらの口が言葉を紡ぐのを今か今かと待っている主の視線が痛い。居たたまれない気持ちになってきて、目を逸らした先にある自分の髪を見て、コトリとひとつ記憶が転がり出た。
……あぁ、そういえば私の髪の色は春の空のようだ、と言われたことがあります」
「へぇ……!」
 もう要らないと捨てた過去の記憶を主の喜ぶ顔みたさに利用したことに、どことなく後ろめたいような気持ちになって視線を落とす。伸びてきた毛先を指先で弾いていると、主の手がにゅっと目の前に伸びてきて、反射的に払いのけてしまう。他人に触れられるのが本能的に受け付けられなかった昔の癖が出てしまった。
 ハッと顔を上げるとびっくり眼の主と視線がぶつかる。
「あ……ごめん、急に触ろうとして。綺麗な髪の色をしていたから、つい」
 主の瞳が申し訳なさそうに伏せられる。
 傷つけてしまったに違いない。彼の前では気をつけていたのに、すっかり気が緩んでしまっていた。主を傷つけるなんて執事としてあるまじき行為だ。
「私の方こそ、はたいてしまってすみません。罰なら何でも受けますから」
 私の言葉に主はとびきり目を丸くした。
「罰なんて! びっくりさせた俺が悪いんだから気にしないでくれ」
 許しを与えるだけでなく自分に非があったのだと庇ってくれる。今まで与えられたことのない優しさが骨身に沁みて、凝り固まった心が解きほぐされていくみたいに感じた。
「それよりも、もっと春の話が聞きたいな。きっと、執事さんみたいに綺麗な季節なんだろうな」
 私を通して春に想いを馳せ、愛おしそうに目を細める主の視線に胸の奥が熱く脈打った。乾いた身体に再び血液が隅々まで行き渡り、私の中の生命が蘇ってくるように感じた。
 その感動と共に、この時の美しいライラック色を私はこの先ずっと忘れられないのだろうと直感した。

「俺のせいで春が来ないんだって」
「え?」
 背を向けて主が告げる。彼が何を言っているのか分からなかった。
 主がドアの取っ手を捻りながら、こちらを振り返る。向けられたぎこちない笑顔に嫌な予感がした。
「執事さん、今までありがとう。この家は好きにしていいから」
「待って……!」
 叫びも虚しく、ドアは私の前で音を立てて閉じる。追いかけようと再びドアを開けるが、吹き込んでくる雪混じりの暴風に阻まれる。風を掻き分けて家の外を覗き込んだ時にはもう彼の姿は跡形もなかった。
 それから彼がこの家のドアを開くことは二度となかった。
 最初の一週間は二人分の食事を用意して彼の帰りを待っては一日かけて独りで消費した。もしかしたら今日こそは彼が帰ってくるかもしれないという希望を捨て切れなかった。毎日祈るように過ごした。こんなことなら彼と一緒に教会に祈祷に行けばよかった。彼との他愛ない日常が永遠に続きますようにと、祈り続けていればよかった。来る日も来る日も灰色の部屋で彼の帰りを待ち続けた。
 そして、とうとうその時が訪れた。
 彼のいない窓辺で味のしない紅茶を口にしていたある昼下がり。世界中全てを白く染め上げんと降り続いていた雪がぴたりと止んで、外が眩く光り始めた。
 胸騒ぎが掻き立てるまま、ドアを勢いよく開け放つ。
 風が、吹いた。
 髪を撫でる風は穏やかで柔らかく、懐かしい彼の手のひらの感触と似ていた。
 これが冬の終わりを告げる風なのだと直感したとき、全てに気づいてしまった。彼が最後に告げた言葉の意味も、彼のきごちない笑顔の理由も。彼がこの世界からいなくなってしまったことも。
 全て、理解してしまった。
「あ……あぁ……っ」
 一縷の望みも絶たれ、膝から崩れ落ちる。言葉を忘れたかのようにこの身から溢れてくるのは涙と嗚咽だけだった。目覚め始めた世界で独り、絶望に沈む。
 何も伝えられなかった。何も返せなかった。貴方を愛していたことも、人と触れる歓びをくれたことへの感謝も、何もかも。
 哀しみが雪のように冷たく私に降り積もる。
 壁に身体を預けてただ嘆いた。運命を呪って叫んで、悔やんで、やがて涙も枯れ果てて、空っぽのまま顔を上げた先に、窓から差し込む陽の光があった。二人で囲んだ一枚板のテーブルに降り注ぐ淡い光に、彼がこの家に帰った来たのだと思った。
「あぁ……おかえりなさい。主様」
 覚束ない足取りで光のもとへと向かい、天板を照らす陽に触れる。彼の手のひらのように温かく、彼の微笑みのように優しかった。
 私の手を照らした光は、あっという間に雲に隠れ、風のように去っていった。
「さようなら。……
 嗚呼、大事な時に彼の名前すら呼べない。こんなことになるなら意地を張らず彼の名前をちゃんと聞いておけばよかった。

 ここに留まる理由を失くした私は壁にかかっていたこの家の鍵を握りしめてドアをくぐった。彼の唯一の形見だった。この家は私と彼の思い出の全てで、好きにしていいと家主が言うのなら、私はこの家ごと思い出を閉じ込めてしまおうと思った。いつかこの家が朽ち果てて取り壊されようとも誰にも踏み込ませない。思い出の宝箱を正しく開く鍵をもつのは自分だけでいい。
 願わくばこの町の未来が光に溢れていますように。
 それが私にとってたったひとつの慰めだから。

 新たに仕える先を見つけた後も、春になると思い出すのです。春を型どった彼のシルエットとその色彩を。
 空へ向かって高く咲き誇る彼の髪の色とよく似た花を見上げる度に彼のことを想わずにはいられないのです。花に手を伸ばし、届かぬ光に手を透かして、その先にある蒼穹に語りかけずにはいられないのです。
「この景色が見えていますか。私の愛しい人」