とはり
2024-10-19 00:45:54
3487文字
Public いろいろ
 

二匹の魔物【ニキこは】

ライブ後の高揚したテンションでキス魔と化したニキに巻き込まれるこはくの話
ついでに燐音とHiMERUも巻き添えをくらっている
ひめこは生産ラインでつくられたニキこは未満

「ありがとうございましたあ!!」
 高らかな声が夜を迎えた空を突き抜けていく。
 Crazy:Bの野外ライブは本日も盛況でフィナーレを迎えた。会場中が黄色のサイリウムと観客の熱を帯びた歓声で満ちる。涼しさを纏って心地良いはずの夜気もこの場では熱風へと変わり、渦を巻いていた。
 本日の主役を務めあげた四人は、ライブの興奮冷めやらぬままばたばたと舞台袖へ雪崩れ込む。
「っはあー! さいっこーっす! 燐音くん、キスしていい?」
「馬鹿。ダメに決まってんだろ」
「なんで! 燐音くんのけち!」
 浮かれきったニキが汗も拭わず、燐音に迫る。よく見かける光景だった。
 ニキはライブの後、気持ちが昂ると頻繁にキスをせがんだ。大抵、矛先は燐音に向けられるのだが、暗がりでも分かるほど紅潮した頬と爛々と輝く縹色の瞳がニキのただならぬ高揚っぷりを如実に表していた。
「たまにはいいじゃないっすかぁ。ね、HiMERUくん?」
「どうしてHiMERUに聞くのですか……うわ、こっちに来ないでください」
いつもは燐音に相手にされず、文句を喚きながら引き下がるニキだったが、今日は飽和する熱の捌け口をHiMERUに求めてきた。じりじりとにじり寄るギラギラと光を放つ視線は、獲物を狙う肉食獣のようだ。彼が空腹に喘いでいる時の迫力とはまた違った底の見えない恐ろしさを感じる。
「HiMERUくんの唇、小さくて綺麗で、美味しそうでぇ」
「HiMERUは食べ物ではないのですよ!」
 唇に顔を寄せてくるニキの体を精一杯押し返すが、迫りくるニキの力の方がわずかに強い。ライブ終わりで疲弊しているはずなのに、どこにそんな力が残っているのか。必死に抵抗しながら、キス魔の底力にうんざりとする。
「二人とも何しとん?」
「桜河……!」
 からりとした京訛りの声が、攻防繰り広げる二人の間を通り抜ける。水分補給を終えたらしいこはくは、タオルで汗を拭いながら怪訝そうにHiMERUとニキを交互に見遣る。
 HiMERUに迫っていたニキの顔がぐりんと声の先に向き、獰猛な視線がこはくを捉える。
 しまった、と思った時にはもう遅かった。
 ニキの体が目にも止まらぬ早さでHiMERUの前から飛び出し、こはくの方へと猛進していく。
「うぎゃ!? なんじゃ急、に……っ!?」
 ニキに飛びつかれバランスを崩したこはくの体が大きく揺らぎ、手元から離れたタオルが空中にひらりと舞う。こはくの悲鳴はニキの大きな口の中に呑み込まれた。ぶちゅり、というよりもがぶり、の方が擬音としては適切に思えた。
 衝突した勢いで二人の体は地面へひっくり返るが唇は一ミリも離れる様子がない。
 じゅっ、じゅっ、とおおよそ口づけの音とは思えない唾液を吸う音が響いてHiMERUは呆然とする。
「ん、ぅ……うぅ~~~!」
 二人の唇の距離は既にゼロなのに更に距離を詰めようと顔を押しつけるニキに押されて、こはくの背中が地面に張りつけられる。両肩をぐっと押さえつけられて上肢ではろくな抵抗ができないこはくはただ足をばたつかせる。
「は、ぁ……っんむ!?」
 ずるん、とニキの長く分厚い舌がこはくの口内に滑り込むのが見え、HiMERUの背筋が粟立つ。こはくの体が未知の感触にびくりと跳ねるが、ニキは構うことなく幼い唇を貪り続ける。
「ぅ、ふ…………
 ニキの長い舌で口内を蹂躙され、舌をなぶられ、酸欠の苦しさでこはくの瞳の縁がじわりと滲む。ばたばたと活きのよかった足の動きが徐々に勢いをなくしてくたりと床に投げ出される。
 眼前の緊急事態にようやく我に返ったHiMERUは慌ててニキを剥がすために肩をひっ掴む。
「くっ……
 全体重で引っ張っているにもかかわらずびくともしない体にHiMERUの顔に焦りの色が浮かぶ。
「天城! ぼーっとしてないで手伝うのです!」
「お、おぉ……!」
 少し離れたところで硬直していた燐音を見つけて声をあげる。先程までのHiMERUと同様に濃厚すぎるキスに呆けてしまっていたらしい燐音はHiMERUが張り上げた声にはっとした様子で駆け寄ってくる。
「せーの!」
 二人分の全力でニキの体を引っ張ることでようやく熱い口づけを交わしていた二人の体が離れる。ドタッと大きく地面を揺らしながらこはくの足元にニキが尻餅をつく。
「っ、はぁ……桜河、大丈夫ですか」
 解放された後もぐったりと地面に寝そべっているこはくに駆け寄る。
 肩や胸をしきりに上下させて酸素を取り込みながら、すみれ色の双眸はどことも知れぬ宙をぼんやりと映していた。額や首筋を伝う汗や上気した頬がライブによるものかニキによるものか判断はつかない。
 乱れたこはくから漂う色香にHiMERUは思わずごくりと喉を鳴らす。
「っふ……ふふ」
「お、桜河?」
 眺めていた体が小刻みに震えだしたかと思えば、唾液にまみれててらてらと光る赤い唇が唐突に弧を描くので、HiMERUはおそるおそる名前を呼んだ。
 くつくつと笑みを溢して肩を揺らしながら、まるで何かに憑かれているかのようにゆらりと上体が起き上がる。野蛮な獣に理由もなくファーストキスを奪われて乱心してしまったのかもしれない。
 HiMERUはこの事態を防げなかったことに申し訳なく思いつつも、同情する他なかった。
 未だ潤んだままのすみれ色にニキの姿が映ると、にやりという表現が似合うほどにその目が細められる。背中に冷たさが走ってゾッとすると同時に嫌な予感がした。
「コッコッコ♪ ぬしはん、しつけのなってないわんこみたいやね♪」
 独特の笑い声をあげながらぐらりと体を揺らし、一瞬でニキの眼前に迫ってしっぽ髪を撫でたくる。その声は蕩けていて愉しそうにも聞こえるが、にっこりと浮かぶ笑顔には凄みがある。
 ニキはまだ高揚の海から戻ってきていないのか、状況の変化にも気づかず、にこにこと屈託ない笑顔を浮かべたままこはくを見つめている。
 一瞬後には怒り狂ったこはくによってニキの首と胴体が離ればなれになっているかもしれない。自業自得とはいえニキの身を案じたHiMERUは眉間に手を当て、ため息をつく。
 しかし、次の瞬間訪れた光景にHiMERUは自分の目を疑った。
「可愛らしいなぁ♪」
 うっとりとした声音がこはくの口から紡がれて、濡れたままの唇同士が再び触れ合う。
 二人の二度目の口づけにHiMERUはぎょっと目を見張った。そんなはずはない、と固く目を瞑って軽く首を振り、目に飛び込んできた光景を振り払う。
 そうっと目を開いてもう一度確認するが、案の定景色は脳裏に焼きついたものと何一つ変わらなかった。
 ちう、と先程よりは穏やかな啄むような口づけだが、その分見せつけるようなゆったりとした動きに淫靡な雰囲気が濃度を増す。
 二人を間に挟んで向かい側にいる燐音に至っては顔を真っ赤にして完全に固まってしまっている。
「はぁ……気持ちいいっす~」
「ふふ、せやねぇ」
 唇を離してはふわふわと笑みを交わし合ってまたすぐに唇を重ねる。
 まるでお互いを求め合うかのように絡み合い、隙間から零れる吐息はあまりに色っぽい。ましてやHiMERUや燐音と違い、明け透けなセクシーとは遠い位置にある二人が情事のように絡んでいるのはどこか背徳感すら漂わせる。見てはいけないものを見てしまっているような気がするのに、目を逸らせないでいた。
 こはくもニキと同じキス魔に開花してしまったと悟ったHiMERUはこの先の苦労を考えると頭が鈍器で殴られたように痛んで、こめかみを押さえて深くため息をつく。
 ひとまずこの状況をどう収めるか思案して、飽きもせず口づけを繰り返す二人を見つめていると、その視線に気づいたこはくがHiMERUに視線を移す。
 潤みきった艶かしいすみれ色に捉えられて、ぎくりとHiMERUの体が強張る。
 するりとニキの腕から抜け出したこはくの体がゆっくりとした動作でHiMERUに近づく。危険を察知して後ずさる体をこはくの腕が阻んだ。首に回された指先が肌をくすぐって、全身から力が抜け落ちそうになる。
「ぬしはんも気持ちええこと、しよ?」
「だ、ダメなのです、桜河……っ」
 小さく首を傾げて、誘うように胸元にしなだれかかるこはくにHiMERUは抵抗をみせるが、ふっくらと色づいた唇と赤い舌から目が離せなくなっていた。

 舞台袖ではしばらく二匹の魔物が唇を求めて混沌の中、乱れ暴れまわっていた。