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とはり
2024-10-19 00:23:50
4841文字
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ひめこは
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このほしのひまわり
ひまわりデートとひめこは
ワンライのお題『ひまわり』を借りたもの
夏は暑くて暑くてたまらない
20230819
その地はひかり輝くまばゆい黄金色だった。
「おぉ。立派なひまわり畑やなぁ」
こはくはホテルのテレビに映った映像から目が離せないままに呟く。
郊外での野外ライブを終えたCrazy:Bは今晩はホテルに一泊し、明日の午後にESが寄越す迎えを待って帰る予定となっていた。
HiMERUとの二人部屋を勝ち取ったこはくは、近くのコンビニで買ったアイスクリームをベッドに腰かけてご機嫌で頬張りながら、適当にチャンネルを変えていた最中に飛び込んで来た景色に思わず手を止めた。
レモンジェラートのように滑らかな黄色が見渡す限りの地面を覆っている。テレビの端のテロップには『この夏に行きたい! おすすめのスポット10選』と掲げられていて、今はひまわり畑が特集されていた。花畑、なんて可愛らしいものではなく、黄色い巨大な生命体に地上が飲み込まれているような迫力すらあった。
「へぇ、ここから近いんやね」
テレビが流す文字とリポーターが告げた場所は宿泊しているホテルの最寄り駅から電車で少し乗り継げばたどり着けるようなところだったので、ここからそう遠くない場所にあんな景色が広がっているのかと感嘆に近い気持ちで独りごちる。
「
……
行きますか?」
スキンケアを終えた後そのままドレッサーの椅子に腰かけて端末を弄っていたHiMERUがこはくへと顔を向けた。
「
……
ええの?」
こぼした独り言がねだっているように聞こえてしまったのだろうか。確かに近頃は仕事やライブに向けてのレッスンなどで二人きりの時間をなかなかとることができなかった。二人で出掛ける機会も減っていたからこはくにとっては飛びつきたいほどのありがたい提案だった。けれど、無理に連れ出すつもりは毛頭なかったから、気を遣わせてしまったのなら申し訳なく思う。ひまわり畑も気になるスポットではあるが、明日はゆっくりとライブで疲れた体を休めたいのではないか、と二つ返事をするには気がとがめてしまう。
逡巡している内にHiMERUの眉間に皺ができて、背中に固い緊張が走る。
「行かないのですか? HiMERUは桜河をデートに誘っているのですが」
「いっ、行く!」
願ったり叶ったりの口説き文句に勢いのあまり腰を浮かせながら返事をすると、HiMERUは小さく肩を揺らしながら、蜜色の瞳をとろけるように緩めた。
外は夏の日差しで真っ白に塗りつぶされている。日除けのキャップを目深に被り直し、ひとつ息を吸って改札の外に出た。
駅からそのひまわり畑へは歩いて10分ほどだそうだが、そこへ向かう道は快晴の青空に剥き出しになった太陽の光が注ぐ灼熱地獄と化していた。
日光を反射して飛び込んでくる光の破片に目を開けているのも億劫で、アスファルトの照り返しで熱された空気と自分の吐く息とが生み出す熱が結託して肌に纏わりついてきて、まるで熱気のローブを纏っているようだ。真新しい空気を取り込もうと深く息を吸っても温い空気が滑り込んでくるだけでうんざりとした。噴き出してくる汗が背中を伝っていく感覚も不愉快で首から上を持ち上げることすら嫌になる。
昨日の野外ライブの時だって暑いと感じたが、これほどではなかった。あの時の熱気や汗は心地いいとすら感じるほどで、鉄板のように熱されたステージの上をいくらでも駆け回れそうなほどのエネルギーと爽快感に満ちていた。
頭上を覆う青空は世界の果てまで広がっていて、その下に続く地平をどこへでも駆けていけそうだと思えたのに。
旬の太陽を内包した今の空は地上にいる全てを焼き尽くそうとしているように灼熱の雨を降らしている。俯いた頭がこのまま溶けて地面に落ちてしまいそうだ。
道中で時折、体調を気遣うようなHiMERUの声が聞こえたけれど、うわごとのように「大丈夫」と返事をしていたように思う。体の表面は熱で煮込まれてくたくたになってはいたものの体力は尽きておらず、熱にやられて倒れそうだとかそういうことではなかった。ただ、呼吸と思考することが気だるくて、形のある言葉にして返事をするのが億劫だっただけなのだ。
人を気遣う余裕があり、変わらぬ調子に思える隣のHiMERUを見上げると、別の世界にでもいるのかと思うほど平気そうな顔で真っ直ぐ前を見つめている。
自分と同じ黒のキャップから覗く、後ろで纏められた勿忘草色の毛先が温風に靡いて、そのわずかな空間だけに涼風が渦巻いているようにみえた。けれど、じっと見つめたその下のうなじにうっすらと光る粒を見つけて、それが少しだけ嬉しかった。
そうしてしばらく歩くとひまわり畑の入り口となるゲートへと到達したらしく、入場チケットを購入するHiMERUの声がセミの声の合間から聞こえてきた。
ゲートをくぐってももう少しだけ歩くらしく、前方を確認した時に見えた坂に更にうんざりと項垂れた。
猛暑の中ただ歩き続ける過酷さを骨身にしみて感じながら、安易に決行したこと後悔しかけて、けれど、隣にいるHiMERUの姿を見ると一緒にいられることの喜びにわずかだけ暑さを忘れることができた。
「あ
……
」
半歩先を歩いていたHiMERUが小さく声を漏らしたのに再び顔を上げる。
「見えてきましたよ」
声は聞こえど目の前にいるはずのHiMERUの姿が一瞬見当たらなかった。キャップを外した髪が青空と溶け合って見えて輪郭が見つからなかったから。
数瞬遅れて金色に瞬く瞳を見つけてほっとして、そしてその向こうに見えたのは広がる鮮やかな黄色の水面。
「わあ
……
!」
鉛のように重く感じていた足が驚くほど軽やかに動く。傾斜になっているひまわり畑への道もなんのその。HiMERUの指先を掴んで駆け足で前へ進む。
辺りに溢れていた観光客の合間を縫うように次々と追い越してひまわり畑まで近づいていく。
間近で見たひまわり畑はテレビで見た美しさとは違っていた。
降り注ぐ太陽の熱、柔らかい土の感触、葉っぱの青々とした香り、花のあまい匂い。生々しい生物の息吹が混じりあった空間だった。
黄色の大輪がひしめき合って咲いている。どこを見ても太陽を向いていて、窮屈そうに背を伸ばしている。周りにいる誰よりも光を浴びたそうに、こんな場所から抜け出したそうに、競いあって咲いている。太陽に見つけてほしくて咲いている。
アイドルだ。アイドルだってそうだ。
遥か遠くまで続く空色と黄色と緑のコントラストは幻想的なベールを装いながら、その下は自分達が身を置く過酷な現実と地続きにある世界だった。息を呑んで立ち尽くした。果てない景色の全てを焼き付けるかのように自然と目が大きく開く。
「綺麗ですね」
そよ風のように柔らかい声が聞こえ、隣を見上げる。黄色を映していた瞳がこちらを向いて、優しく細められる。
「ん、せやね」
同じように目を細めて、素直に頷く。その通りだと思った。
押し合いへし合いの中、懸命に自分の居場所を守ろうとする姿は、泥臭くて、だからこそ美しい。今、自分が生きている世界と同じように。
外の世界はこんなにも生き生きとした色彩で溢れているのだと、外へ踏み出したあの時からずっと薄れることのない感動が続いている。
風で揺れたひまわりが光の海のように波打って、あっ、と気づく。
「昨日のライブみたいや」
つい昨日、目蓋の裏に焼き付けたペンライトの海に似ている、と思った。
音に合わせて揺れていた黄色い光。声を飛ばすとめいっぱい空に手を伸ばして光を届けてくれた大勢のファン。みんなもきっとひまわりだ。
「揺れる黄色がペンライトみたいで綺麗やなっち思うた」
「ああ、なるほど
……
」
首を傾げていたHiMERUに補足すると、合点のいったような声が返ってくる。
綺麗ですね、と改めてゆっくりと紡がれた言葉に今度は静かに頷いた。感じた気持ちに寄り添って、同じように綺麗だと思ってくれる人が隣にいるありがたさと愛しさを噛み締める。
手元に視線を落とすと自分の手がHiMERUの指先をぎゅっと握りしめたままだったことに気づいて、一瞬で心臓が縮こまった。細くて繊細な指を握り潰してしまったんじゃないかと不安になって、一本ずつ力を抜いてゆっくりと手を開いていった。おそるおそる開いた手の中の指先は綺麗な形のまま保たれていて、ほっと胸を撫で下ろす。ほどいた手を下ろす瞬間、HiMERUの指先がこはくの手の表面を撫でた。名残惜しさと引き留めることへの躊躇いの、わずかな葛藤を滲ませる手つきに、胸の奥にある柔らかい感情の底までもを撫でられたみたいでくすぐったかった。
人ひとり分の間隔を空けて一直線に整列するひまわりの隙間に足を踏み入れる。自分の背丈ほどもあるひまわりの列の中に入ると景色はすっかり黄色と緑と焦げた茶色に覆われて、夏の迷路に迷いこんだような気分になる。
ひまわりが向いている方向に顔を向けると、活発に燃える太陽の光に視界を刺されて咄嗟に目を瞑る。そのままじっと立っていると服に守られていない肌がじりじりと焼かれていくのを感じる。熱くて暑くてたまらないのに、清々しい気持ちだった。
1分も経たないうちに肌にちくりと痛みが走り、灼かれて灰になってしまうようなおっかなさを感じて、体を屈めてひまわりの作る日陰に潜り込んだ。体が地面に近づくと水分の残った土の湿った香りが足元から漂ってくる。太陽から身を隠すように体を縮こませて俯くといくらか暑さが和らぐようだった。
揺れる影の中で、土をしっかりと踏みしめる自分の靴が視界に入ると、どこか心が弾むような心地がして口元が緩む。
「桜河?」
降ってきた声に反応して顔を上げる。キャップのツバが視界を遮るから、ぐぐっと更に首を反らした。太陽に向かうひまわりのように。
けれど、自分の向く先にあるのは太陽ではなく逆光の空色だ。
「大丈夫ですか?」
見上げたまま静止していると、体調不良を心配したHiMERUが眉を下げた。自分のために端正な顔立ちを変えてくれることが嬉しくて、太陽を背にして自分を見てくれることが嬉しくて、腹の底で生まれたあったかい空気の塊が押し出されて口から転がり出た。
からからと笑うこはくにHiMERUは怪訝な顔をした後、心配して損したとでも言いたげにため息をつき、髪をほどいて結び直した。
散らばった勿忘草色の髪が日差しを受けて夏空色に輝く。
昨日のライブの時もそうだった。ステージの上で翻ったしなやかな糸のような髪が、眩しい光を乱反射させて空の水面のように煌めいていた。透き通る夏の空が似合うのだ。
真夏の空に勿忘草色を透かす度に、HiMERUが夏生まれなのだと実感する。
ぼうっと見とれていると、呆れた風に吐息をこぼしたHiMERUの手が眼前差し出される。
「そんなところでしゃがみこんでいていいのですか。食べに行くのでしょう? ひまわりパフェ」
HiMERUの言葉で頭の中にパッと映像が広がる。昨日ひまわり畑と共に紹介されていた黄色と青と白のパフェ。青空を砕いたソーダゼリーにふんわりと浮かぶ雲の生クリーム。一番目立つところには、格子状にチョコがかけられたミルクアイスの周りをカットマンゴーの花びらが囲む満開のひまわりがあしらわれた、みずみずしい輝きを放っていた限定のパフェ。
暑さですっかり活動を忘れていた胃袋が、突然に目を覚まして、ぐぅ、と鳴き声を漏らした。
その音が聞こえたらしいHiMERUがくすりと口角を上げたのが見えて、差し出された手を乱暴に掴んで立ち上がる。
「もぉ
……
! はよ行くでっ」
素直すぎる自分の腹の虫を恨めしく思いながらもこはくの口元は自然と緩んでいた。
ひまわり達の間を早足で進む間に、握り合った手は指を絡めながらいつの間にか固く強く結ばれていた。
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