とはり
2024-10-19 00:20:37
2798文字
Public ひめこは
 

インタビュー

ワンライのお題『インタビュー』をお借りしたもの
タイトルは気が向いたら変える
20230730

 白の楽屋は二人分の呼吸と小さな物音だけが響いていた。
 燐音とニキは二人で先に撮影をしていて、今はこはくと二人、思い思いに待ち時間を過ごしていた。
 ドレッサーの前のHiMERUが出番に備えてセルフメイクを施す間、後ろからは差し入れのお菓子物色する音が聞こえていた。ペリペリと個包装を開く音がしばらく鳴った後「あ、HiMERUはんや」という呟きを最後に、お菓子を漁る音はいつの間にか止んでいて、ぱらぱらとページを捲る音だけになっていた。
 支度を終えたHiMERUがソファーに腰かけるこはくを振り返ると、HiMERUが表紙を務めた雑誌を開いていた。グラビアとインタビューが載った雑誌だ。
 見開きいっぱいのHiMERUを食い入るように見つめるこはくの横顔に、気恥ずかしさと嬉しさとで胸がくすぐったく疼く。
 雑誌の中にいるHiMERUよりも今目の前にいる自分を見てほしいなんて言ってからかおうと思い、「何を読んでいるのですか?」と知らないフリで声をかけながら隣に座る。
 肩に手を回して引き寄せようとするが、するりと躱されて距離を開けられる。
 そっけない態度に戸惑いながら「桜河?」と声をかけるとじとりとした目線を向けられる。何やらご機嫌がよろしくないことを察するが心当たりがなく、すかされて宙ぶらりんになった腕をソファーの背に下ろした。
 不機嫌な視線のまま、こはくは手元の雑誌とHiMERUを交互に見始めた。
……好きなタイプは?」
「桜河」
……デートに行くならどこがええ?」
「桜河の行きたいところならどこでも」
……ちゃう」
「え?」
「言うとることとちゃう!」
「えっ、え?」
 訊かれたことに素直に答えていただけなのに、突然鋭い声を上げられて狼狽える。
 口を尖らせたこはくに開いた雑誌の内側を眼前に突きつけられる。さっきまでこはくが熱心に見ていたページだ。
 胸元をはだけさせながらソファーに寝そべり、相手を誘うような目線を向ける自分と目が合って、正直気まずい。
「これ」
 こはくが指差す場所へ逃げるように視線を移すと、HiMERUが受けたインタビューの記事が書かれていた。
『──もしデートに行くならどのような場所がいいですか?』
『美術館やオーケストラコンサートなど落ち着いた場所でゆったりと二人の時間を過ごしたいですね』
 覚えのある回答に記憶がにわかに蘇ってくる。女性向けの雑誌で、色恋について踏み込んだ質問が多かった記憶がある。
 しかし、この回答とこはくが不機嫌になることとが結び付かず、首を傾げる。
「ほんまのこと言うてくれたらええやん。わしの行きたいとこがええなんて、上辺の答えなんか要らん」
「上辺なんて……
 紙面と口頭の回答に相違があることがどうやら不満らしい。
 どちらかというとインタビューの回答の方が上辺なのだが。いや、上辺と言うには些か語弊がある。インタビューの答えを通して、HiMERUのイメージを形作っていく。この回答はアイドルHiMERUという表層を作り上げる繊細な作業のひとつだ。決して表面的に取り繕った回答ではない。
 それはもちろん、先程のこはくへの回答も同様で、上辺ではなく自身の本心に違いなかった。愛しい恋人の喜ぶ顔を見たいから相手の望む場所で共に過ごしたいというのは自然なことのはずだ。
 そもそも、公のインタビューでこはくのことを話題に出すわけにもいかなければ、『貴方が行きたい場所ならどこでも』なんて抽象的な答えはこういったインタビューの回答としては忌避されがちだ。ある程度の具体性を持った回答をすることで、読者であるファンにHiMERUとのデートを夢想してもらう。アイドルとはそうやって夢を見せるいきものなのだから。
 そんな初歩的なスタンスに今さらこはくが苦言を呈するはずもない。大勢のファンに向けて告げる言葉と、目の前の恋人に囁く言葉に相違があることは当然で、それはこはくもよく理解しているはずだ。
 だから、いじけたように再び紙面に視線を落とすこはくの訴えの本質はそこにないことは分かっていた。ならば、こはくの顔を曇らせている原因は何なのだろうか。その心を紐解こうと横顔をじっと見つめるが、伏せた目が作り出す睫毛の影がいやに濃く見えて心が痛むだけだった。
 HiMERUのいるページを開いたまま雑誌の端を指先で弄っていたこはくがゆっくりと口を開く。
「行きたいところがあるんなら言うてくれたらええやんか。水くさい」
 雑誌に落ちたこはくの言葉にはっと目が覚める。相手の望む場所に行きたいと、相手の喜ぶ顔が見たいと、心根の優しい彼が同じことを考えないはずはなかったのだ。それどころか、HiMERUが我慢して付き合っていると気を遣ったのかもしれない。
 我慢なんかしていない、嘘偽りない気持ちなのだと伝えようと手を伸ばそうとした時、こはくの目を縁取る艶やかな睫毛がふるりと震えて、指先が強張った。
 喉仏を上下させたこはくが「それとも」と独り言のように微かに掠れた声をこぼした。
「昔、誰かと行ったん?」
 垂れた横髪の隙間から視線だけを寄越す。その奥に不安と嫉妬の火花がちかちかと光って見えて、胸の奥をじりじりと焼かれる。ひりつく痛みに混じって悦に似た熱が広がっていく。
 けれど、めらりと揺らぐ瞳が哀しげに伏せられるから、向けられるほむらの熱に耽り続けるわけにはいかなかった。
「誰とも行ってませんよ」
 横髪を指先で掻き分けて耳にかけると澄んだ紫がHiMERUを見つめた。
「ほんま?」
 途端に明るさを取り戻した声音と瞳の色がどうにも可愛らしくて笑みがこぼれる。
「ほんま、なのです。これまでもこれからもHiMERUがデートに誘うのも誘われるのも桜河だけなのですよ」
……さよけ」
 眦が安堵に緩んで、続けて頬がぽぽっと朱に染まる初心さが愛おしい。
 ぱたんとページを閉じた雑誌を傍のテーブルに置いたこはくはHiMERUに向き直ると、ぎゅっと指を絡めて手を握った。HiMERUよりも幾分かあたたかい体温に心臓の温度が上がる。
「HiMERUはんが行きたいとこを巡るデートプラン考えようや。どうせ二人が戻ってくるまでまだ時間あるやろし」
 爛々とした輝きを取り戻した瞳に頷きを返すと、嬉しそうに肩を寄せてくる。
「HiMERUはんが好きなもの、いっぱい教えてや」
 こはくが取り出した端末を二人で覗き込みながら言われた愛嬌たっぷりな言葉に、画面を見る余裕は掻き消えた。熱心にHiMERUの好みに合う場所を探るこはくの横顔に勝るものなどやっぱり見つかりそうもない。



 ちなみに『──好きなタイプは?』への回答は『一生懸命な横顔が似合う健気な人』そして『HiMERUを大切に想ってくれる人』だ。