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とはり
2024-10-18 23:21:47
3508文字
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ひめこは
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朝ぼらけにふたり
冬の早朝にひっそりとデートするひめこは
ひめこは春夏秋冬セルフアンソロ(
https://www.pixiv.net/artworks/112753909
)の書き下ろしとしていれたもの
雪が降っている。
昨日も降った雪が溶ける前に舞い降りて白を上書きしていく。
空からこぼれ落ちる雪が窓の隙間から視界に入ると、寒さが強調されるようで身が震える。意識し始めると外の気温を吸い込んだ板張りの床から冷たさが這い上がってきて、たまらず素足を擦り合わせる。
読んでいた本を畳んで窓際に寄り、薄い長方形の窓を開ける。鉄格子のように嵌められた窓格子から肌を刺す冷気が入り込むのも構わず、四角に切り取られた外の景色を眺める。
手を伸ばして雪に触れようとすることはとうに諦めてしまった。一面を白に塗りつぶした雪景色をただ綺麗だと思っていたのはいくつ頃までだっただろうか。
寒いなぁ、と呟いてみても声と共に白い息が漂って消えるだけで、この部屋に満ちた静寂を色濃くさせる以外の効果をもたらさなかった。
次第に勢いを増してきたぼたん雪に、遠い記憶に思いを馳せることを中断してぴしゃりと窓を閉める。冷えて痛みを訴えだした指先にはあっと白い息を掛けて擦り合わせ、なけなしの熱を生み出して凌ぐ。
指先と同様にぴりぴりとした痛みを放つ耳殻を宥めるべく耳を塞ぐように手で覆いながら部屋の隅に敷かれた布団に潜り込む。
凍えた孤独な座敷牢の中では体温を分けてくれる人もおらず、布団の中で独りやり過ごすしかない。孤独を上手に縁取る長く厳しい冬は得意ではなかった。
「桜河?」
穏やかなテノールに名前を呼ばれてはっと我に返る。実家に置いてきた記憶を掘り出して感傷に浸っている場合ではない。今は大切な恋人と一緒にいるのだった。
勿忘草色の髪を揺らして、心配そうに覗き込んでくる表情すら魅惑的な顔だちに、にへらと笑みを返す。口から白に染まった吐息がこぼれた。
「ぼーっとしとったわ。せっかくHiMERUはんと一緒におるっちゅうのに堪忍なぁ」
春に出会って、夏に恋して結ばれて、秋に愛を深めて、そうして冬。
もうすぐ季節が一周する。こんなに時間が早く流れたのは初めてだと、HiMERUの顔を見つめて過ぎ去った季節に思いを馳せそうになり慌てて首を振る。危うくまた心を遠くに飛ばすところだった。朝からのロケに備えて、二人で早起きして目覚ましがてら外に出てきたというのに、こんなにぼんやりとしていてはせっかくの二人きりの時間がもったいない。
目を覚ますには体を動かすのが一番だろうと歩く内に、見晴らしのいい丘の上の公園にたどり着き、そこにあったベンチに腰かけて幾ばく。
徐々に明度を上げていく町の景色に見とれている間に実家にいた頃の記憶がよぎってしまったらしい。自分たち以外ひとけのない、雪の降るしんと言う音すら拾えてしまう、うんと静かな空間は懐かしいようなそうでないようなあの頃の座敷牢を思い出させた。
傍らに置いていた抹茶オレを一口啜る。温かなほろ甘い液体が冷えた体の芯を解きほぐすようにじんわりと広がる。ほっと吐き出した吐息は雪の降りだした都会の空に向かい色濃い白になって消える。
「流石に冷えますね。一度帰りますか?」
「んー、わしとしてはもうちょっとHiMERUはんとこうして景色を楽しみたいんやけどなぁ。あかん?」
「HiMERUは構いませんが」
「ふふ、おおきに」
HiMERUは寒いところが苦手なのにもかかわらずこうして付き合ってくれる。よく「いじらしくて好ましい」とか何とか楽しそうに微笑みながら言うけれど、自分に言わせてみればHiMERUの方がずっといじらしくて可愛らしい。
満たされた気持ちから込み上げてくる笑みを相手に気取られないようにこらえ、誤魔化すようにHiMERUの手をきゅっと握る。
「雪、綺麗やな」
「そうですね」
何気ない呟きに言葉が返ってくるのに胸がくすぐったくなる。嬉しくて愛しくて、繋いだ手の指を絡ませてもう一度、今度はさっきよりも少し強く握ると同じ強さで握り返される。
心がきゅうっと切なげに鳴いて、じわじわと暖かくなる。
心拍数を上げて火照り始めた体を冷ますために再びはらはらと舞う白雪に意識を向ける。
「雪なんか実家におった頃は珍しいもんでもなかったけど、こんな綺麗なもんやったんやなぁ」
繋いだ手はそのままに、HiMERUの体に少し寄りかかる。
極彩色の都会の景色には真っ白な雪がよく映える。きらきらと朝日を反射しながら眩く舞い踊る結晶に目を細める。
「都会の雪が綺麗に見えるんやろか。それとも隣におるんがHiMERUはんやからやろか」
「後者ですね」
「えらい自信満々やなぁ」
即答された返事にコッコと笑みが零れる。
「
……
HiMERUも同じ気持ちなので」
「え?」
言葉の意味を探ろうとHiMERUの顔を見上げると、寒さのせいだけではなく赤らんだ頬が見える。その表情が答えだ。どういう意味、と訊くのは野暮だろう。
雪の白に勿忘草色の髪や薄く色づいた肌がうんと綺麗に映える。
「せやね、HiMERUはんと見る雪がいっとう綺麗や」
雪で飾られた恋人が愛しくて笑みを溢すと、不意に唇にキスが降ってくる。一瞬だけ触れて離れた幻のような感触を確かめるように冷えた指先で唇をなぞる。予想外だ。
「
……
外ではせえへん主義やったんちゃうん?」
「今は周りに誰もいませんから」
「ほっか」
貴重な感触を逃さないように指先で唇を押さえるが、嬉しさのあまりに漏れる笑いが指の隙間から零れていく。
空から落ちてくる雪の粒の冷たさすら火照った頬にとっては心地が良い。今は手を伸ばさずとも雪に触れることができる。人の温もりに触れることができる。
頬を降りていく雪解けをなぞる指先にも六花が舞い落ちて花開く。少しずつ雪のほどける速度が速くなっている。
冬暁に晒し続けてジンと冷たさを訴え始めた指先を隣に置いていたカップに逃がした。飲み口からは冬の吐息のような湯気がまだうっすらと立ち上がっていて、カップの側面をにぎる指先から寒さがほどけていく。
中身は萌木色をした抹茶オレで満たされている。外に出た直後に寒さに耐えかねて道中で買ったものの結局、口をほとんどつけないまま今に至っている。
少し傾ければ流れてくるそれを口内へ注ぐと柔らかな抹茶の風味が舌の上で踊って、ぬくもりを保ったまま喉から滑り落ちて体の中央を通りすぎていく。体に収まりきらなかった湯気が口から溢れて、はふ、と一息つくと茶の香りを薄く纏った白息がひとつ浮かんで消えた。
「美味しいですか?」
「ん。一口飲む?」
カップの口を傾けるが、目を細めて小さく頷いたHiMERUが口づけたのはカップの飲み口ではなかった。
「ん、ぅ?」
再び唇を塞がれて目を白黒させている内に、閉じることを忘れていた唇の隙間からするりと舌が入り込む。
「ぁ、え、あぅ」
口内をくまなく撫でられる感覚に翻弄されて勝手に吐息がこぼれていく。ぐるりと一周回った舌はあっさりと抜け出して、開いた口の中に新鮮な冷気が入れ替わるように流れ込む。
「あたたかいですね」
くすりと笑んで唇を舐めるHiMERUに、体の内側から生まれた熱が指先まで広がっていく。
「ひ、HiMERUはんのすけべっ」
「心外ですね。間接キスをねだる桜河も大概だと思うのですよ」
「か
……
っ!?」
不服そうに一瞥したHiMERUは抹茶オレを奪い取って一口味わう。飲み口を覆う血色のよい艶めいた唇から目が離せなくなって、更に顔に熱が集まる。
「おや、無自覚ですか?」
「ねっ、ねだってなんか
……
っ、んぅ」
抗議のために大きく開いた唇に今度はカップを押し付けられて、言葉が遮られる。睨み付けるように見上げると、HiMERUは人差し指を立てて「しぃ~」と細く息を吐いた。そんな仕草もどこか絵になっていて、うっかり見とれてしまったのが悔しい。
「大きな声を出すと目覚めてしまいますよ」
「な、なにが
……
」
「夢のように甘美なこの時間が」
彩度を上げ始めた朝陽がHiMERUの整った顔に降り注いで、眩さに目を細めた。囁くように答えたHiMERUの声が止まると、静寂の遠くから小鳥の囀ずる音が耳に届いた。その音は目覚ましのアラームよりもずっと優しく緩慢にこの世の目覚めを促していた。
朝の微睡みを破らぬよう、いつもよりゆっくりと息を吸って、結晶の煌めきを湛えた瞳を見つめるとそこに自分の姿が見えた。
気恥ずかしさと期待に目を閉じると、もう一度同じ温度の唇が重なる。
二人きりの静かな時間がもう少しだけ続きますようにと、ふたりでひっそり吐息を混ぜ合わせた。
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