共有の話(wt荒今)

いつも書いてるcpではないのでご注意ください。荒と今の閉鎖環境試験後あたりの夏祭り、という話。

共有の話

「任務で人を背負ったことがある」
 背中にぬくもりを感じながら、荒船はつぶやいた。ぬくもりはなにも言わず、じっとしたまま、荒船の言葉を聞いている。
「あのときはどうにか逃さなければならないと思って、でもまだ子どもだったから体力もあったし可能性を信じることができた」
 そう話す荒船の頭に思い出されるのは、当時背負った子どもが泣きながら震えていた姿だ。親と離れてしまい、戦地に間違えて入り込んでしまった子どもを荒船隊が見つけた。遠距離を得意とする部隊の長所は、広く状況を見渡せることにある。それがよく活かされた場面だと思った。
 親の元へ無事に送り届けてしばらくしてからも、荒船の背中にはトリオン体では感じることのないはずの重みという感覚を得ていた。戦闘時のがれきが当たったりするたびに重みを感じることはもちろんあるが、人体とのふれあいがずしりと、荒船になにかを残したのはたしかだった。
「最近はその可能性が危うく感じることがある」
……どうして?」
 ぬくもりが声を発した。しゅんとして落ち込んでいた状態から回復したのだろうか。
「子どもが、あえて興味本位で戦地に来てしまう場合もあるから」
「そういうとき、あなたはどうするの?」
 叱るの? とぬくもりは──彼女は言った。足先が荒船の腿あたりに軽く当たる。背負われていることに不慣れなのか、手を所在なげにうろつかれ、最終的にはそっと荒船の肩に置いた。
「はっきり叱るな。叱る、というより、禁止事項を守れない以上、なにがあって、どうなるかは自己責任だと説明する」
……私でも、そう言うわね」
 こんが背中で、少しだけ笑った息が聞こえた。

 ──下駄の鼻緒が切れたらしい、と察したのは、遠くで一人でいる今を見つけたときだ。
 荒船隊で夏祭りに来ていて、穂刈と半崎は遠くに目的の店があるからとそれぞれで分かれた。荒船は加賀美を伴っていたが、その加賀美が「あ、今ちゃんだ」と石壁に寄りかかって眉を寄せている今を見つけた。彼女はしきりに足元をさすり、辺りを見回していた。
「鋼たちと一緒じゃないのか?」
 と話しかけると、驚いた顔でこっちを向いた。
「あ、荒船くん」
「近くにいないのかな、探してみよっか?」
……ええと、多分太一を探しに行っちゃったから……
 加賀美が額に手を当てた。太一探し、と聞いただけで村上と来馬の苦労がうかがえたのだ。加賀美が荒船の肩を叩き、「私が探してくる」と言った。
「男の人が横にいた方が安心だから、ついててあげて」
「わかった」
 緊急事態には慣れている。荒船はうなずいて、浴衣をひるがえして走り去る加賀美の後ろ姿を見送った。
(加賀美こそ一人で危ないかもしれない)
 と思いつつ、すぐに穂刈か半崎へ連絡を取ろうとすると、
「あなたこそ一人で行くのは……ってもう行っちゃったわね」
 横にいる彼女も、手を差し伸べて加賀美を止めようとしていた。
「考えることが一緒だな、ちょうど俺も穂刈たちに伝えるところだった」
 今が目をまたたかせ、切り揃った前髪を揺らした。黒目がちの丸い瞳はやがてうすく細まり、悔しそうな顔をした。
「いろいろ、迷惑かけちゃったわね」
「気にすんな。それ、直るのか?」
「支部に帰らないとダメね」
 浴衣の裾をまくり、切れた紐が見える。男性よりも華奢な足に、ぶらりと垂れ下がった紐は血管のようにも見えた。生々しさに視線を泳がせ、荒船は相づちを打ちながら目を逸らす。
「鋼も来馬さんも、今を一人にはしなさそうなのにな」
「すぐ戻るって言ってたから……私もすぐ戻るだろうと思っていたし」
「まあ、太一だからな」
「そうね、太一だから」
 突拍子もないことをする代名詞のような人物だが、今は呆れたように言い、荒船は笑った。太一の持つ愛嬌には、何者も敵わないのではないかと思う。
「見たかったお店はなかったの?」
「毎年来てるからな。目新しいものはないだろ」
「そう。私は来たばかりのころからちゃんと見れてないの」
 スカウトで来た今に初めて会ったのは、鋼の紹介でだ。そののち閉鎖環境試験で一緒になるまで、あまり会話らしい会話はなかったが、村上越しにそれとなく話を聞いたことがあった。
 落ち着いて、周りをよく見ていて、困ったときには手を差し伸べるし、成績もいい。
 いつも絵に描いた優等生を想像しながら実際に会えば、太一絡みでよく表情は変わるし、鼻緒が切れて落ち込んだ表情を見せているところも貴重だった。露天を見て回ったことがない、と言う横顔は、子どものように遠くへの憧れを抱いて煌めいている。
「でも、この足じゃ無理ね。来年に期待するわ」
 今がそう言って、下駄をどちらも脱いでしまった。境内のひやりとする石畳を、裸足で降りようとする。
 荒船は、あの足の冷たさをなんとなく自分でも感じたような気がした。その石の感触が、足に痛いのではないかと。
 こん、と呼ぶ声が喉を震わす。呼んでから振り返る彼女の顔を見て、自分にできることはないだろうかと考えたから、数秒彼女との会話に間が生まれた。
「荒船くん?」
 下駄のない彼女は余計に小さく思えた。けれど決してか弱いとか、細くて折れてしまいそうとか、そういう印象は今には抱かない。どんなときでも凛とする彼女にこんな提案は良くないだろうかと思いつつ、荒船は自分の背中を差し出した。

 ──そして、今を背負いながら、荒船は遠くに村上を見つけた。
「荒船、今も。悪い、太一がようやく見つかって」
「今を一人にしとくなよ。危ねぇだろ」
「それは本当に、すまない」
「いいのよ、荒船くんが助けてくれたわ」
 背負うのを代わるよ、と村上が荒船に申し出た。鈴鳴支部まで行くなら、たしかに村上に今を預けた方がいい。無理して裸足で歩かせるわけにもいかない。
「私のせいだし、歩くわ。大丈夫よ鋼くん」
「でも裸足じゃないか」
 兄妹か、姉弟か、まるでそんな会話をしながら荒船を介して二人はやりとりをする。背中のぬくもりが身じろいで、きっとまだ、今は悔しいんだろうなと荒船は察した。
「鼻緒が切れたのは、自己責任ではないだろ。仕方ないことだ」
 あっさり荒船がそう言うと、村上はちょっと驚いた顔をしていた。「なんだよ」と突っかかると、
「たしかに、そうだけど……
 と背中で今がつぶやくのが先に聞こえる。
 村上のスマートフォンが鳴って、太一がここより少し遠くで見つかったと報告が来た。来馬の穏やかな声が聞こえ、加賀美も一緒らしいことがわかった。荒船は今を背負ったまま村上のそばを横切る。
「荒船?」
「今を送ってくる」
「あ、悪い」
「荒船くん、私は平気だから」
「裸足じゃなかったとしても、一人で帰るのは危ないだろ」
 村上がしばらく今と荒船を見ていたが、「頼むよ、荒船」と言い、その場で待機する姿勢を取った。
「鋼も、加賀美を頼む」
 そう言って荒船は、鈴鳴支部を目指して歩き始めた。
 村上が二人を見送りながら、荒船の手が今を落とさないようにしっかり支えているのを見る。それにホッと安心をして、来馬と太一が来るであろう方角へ向き直った。

 支部までの道のりで、二人の間には沈黙しかない。気まずいというより、話すことがなくなった。試験で一緒だった水上のことでも話そうかと思ったが、大学での専攻は全員違うし、彼についての話題といってもそんなに多くの引き出しがあるわけではない。そもそも荒船も自ら話題を生み出して面白く話すことなどしたことがなかった。基本的に聞き役に回ることが多い。
 今も、もしかしたらそうなのかもしれない。互いに似たところがある。荒船はまえからそう感じていた。今日だって、子どもの話をしたときも同じような意見を持っていた。似たような感覚を持つ女性というのに、出会ったことはほとんどなかった。もうすぐ十九になる荒船は、初めてそれに気づいた。
 支部に着き、ドアを開くと今が背中から降りた。
「ありがとう、大変だったわよね」
「いや」
「これからは気をつけるわ」
 俯いて顔を伏せている彼女の表情は読みづらいが、荒船は見下ろしたままつぶやいた。
「気をつけていても、起こっちまうものもある」
「そう、ね」
「そこは頼ってくれて構わない」
 試験で同じ隊だったよしみで、と言おうとして、荒船は心に違和感を覚えた。本当にそれだけなのだろうか。
(同じ隊とかいう言い訳があるなら、今を背負うのだって、さっき鋼に代わっても良かったはずだ)
……荒船くん?」
 黙ってしまった男に今は顔を上げる。不安そうな瞳が大きく開かれて、支部のロビーのライトに照らされた。
(一人にさせておけなかったし、ただ単に、裸足だと怪我をしたら困るから)
 心の中につらつらと理由をまくし立てながら、まだ背中に今のぬくもりが残っていることに気づく。任務で背負った子どもと違う、生身の体で感じた重さと熱は、思ったより温かかった。
「あの……私、やっぱり重かった?」
「いや、そうじゃない」
「どこか痛めたりしてない?」
「大丈夫だ」
 誰かが困っていると結局手を差し伸べる。国近や当真が世話になっているのを何度も本部のラウンジで見た。切り揃えられた髪を揺らし、彼らを叱りながらも学業を教える今の横顔は、いつも真剣だった。
 似た部分がある、と思うと、次々とこれまでの今の姿が浮かぶ。それではもしかすると、今はあの映画も、あの店も、良いと思ってくれるのではないだろうか。同じものを共有しても、似た感性で捉えてくれるのではないだろうか。
「今度、行きたい映画があって」
 知らぬ間に口をついて出た言葉に自分でも驚くが、今を誘う間、自分が思ったよりも落ち着いていられたことが不思議だった。そしてそれをうなずきながら聞いてくれる彼女の小さな顔が、
「いいわね、行きたいわ」
 とほほえむのを見た。きっと彼女なら、そう言ってくれるだろう、となんとなく先んじて理解していた荒船は、映画に行くスケジュールを立てる。
 共有や理解を求める行為が荒船の中では珍しい。というより、ほとんど無いに等しい感覚だった。彼女と接していくことでしか感じ得なかったもの──芽生えたものがなにか、答えにたどり着くことができず、彼女の後頭部あたりをただ眺める。艶やかな黒髪に触れたら、なにかわかることができるのだろうかと思い、指先を動かすに留めた。
 荒船も今も、離れたぬくもりを少し名残惜しく思っていることに気づかないまま、日程を確認するためにスマートフォンを開いた。