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スモロ
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Aの話
現パロ、転生です 教会で働くロ〜が懺悔室で、探し人をしている男の告白を聞く話
Aの話
目のまえの顔が見えない男は、喫煙をする人間のようだ。教会の中で彼の匂いは異質で、ローは眉をひそめる。柵越しの大柄な男は、狭そうにしながら懺悔室の箱内に収まった。
人はたいてい懺悔室で言い淀む。身じろぎをし、浮ついた声で身辺事情を話し出す。けれど男は懺悔室に入った途端ぴたりと動かず、ためらいもせずに話を始めた。
「人を探している」
──ローは一瞬、警察か? と疑った。
懺悔という名目で誰にでも開け放たれている教会の門は、意外にも下衆な連中が通らない。彼らにも信心深さはあるからだ。そんな彼らより安易にズカズカ訪ねてくる警察の連中に、ローは良い思いをしてこなかった。警察は捜査と銘打ってさまざまな迷惑行為を働いた。説教の最中の聞き込み、訪問者の監視、懺悔室での告白の盗聴指示など。そういう無粋な輩とローは一悶着あって、教会の椅子とテーブルが二つほどだめになった。その日からローは警察に修理代を請求し続けているし、あれは警察側が壊したんだ(本当はローが怒って叩き割った)と主張している。
(なんでこんなやつを通しちまったのか)
教会で働く人の良さそうな面々を思い浮かべる。ここで働く女性たちの誰かだろう。再度気をつけておくように言っておかないとだめか。
なにより──男の声には聞き覚えがあった。
懺悔室の男がもう一度口を開く。
「探しているやつとはもう長い付き合いだった」
タバコの匂いに混じったその告白が、どうやら警察とは違いそうで注意深く耳を傾ける。
「海を渡って、一つの島に行った。そいつは、まあ
……
その時代は便利なもんが少なかったから、船旅だった」
汽笛の音、海の匂い、流れるように飛ぶかもめの群れが頭に浮かんだ。小さいころに親に連れられて海へ行ったが、海を見た途端、海の底の深くて暗い色まで見えてしまった。なぜかはわからない。幼いころは、小さく恐怖したものだ。
男の語気や声の低さから、彼はこういった恐怖とはおおよそ無縁に思える。船旅も苦ではなかっただろう。
「船の中の照明が古くて立派だった。そいつは船室にあったそれを、一つだけ持って帰ろうとした」
船室にある照明、と言われて思いつくものは少ない。金を払えばもっとたくさんの調度品が並ぶような部屋もあるだろうが、持ち帰ることができるほどのサイズであればそこまで高い価格帯の船室ではないだろう。狭い部屋に男と二人だったのか、と思うと、親密な関係だったのかとも勘繰ってしまう。
「あとで似たのを探して買えばいいだろ、と言うと、じゃあ探すのを手伝えと言われてな」
だが、と男は息を吐く。
「いまだにその手伝いは、果たされちゃいねェ」
一体なにを持ち帰ろうとしたのか──ローはそこまで聞いて、思い当たる節があった。ローは即座に頭へ刻み込む。
懺悔室で傍聴した内容は守秘義務がある。話を聞き返す手間を省くためのメモでさえ許されない。聞く側も聞かせる側も、身の回りのものは全て預けて狭い箱に押し込められる。無音の中、互いの漏らす空気や声だけが響く。しかしローは、この箱を出れば忘れてしまうような内容も、脳の片隅にずっと残しておいた。残しておいて、懺悔の時間が終わり、部屋へ帰るなり忘れないうちに新しいノートに記入する。
ペンを下ろすと、ここへ越したばかりのころに持ってきていまだに開封していないダンボールを見た。箱には「割れ物注意」とある。中身を開けなくてもローにはなにが入っているかわかっていた。購入するときも古道具屋を何度もまわってやっと手に入れたし、パッキングしたのはもちろん自分で、荷物の少ない自分の持ち物の中でも包むのにたいそう苦労した。あとで緩衝材から出してやろう、とローは心に決めた。
そうしてこの男が来訪するときは、ローが自室へ戻ってメモを取る日が続いた。
◇
──ローが働く教会は、雪深い町にある。数百年の歴史がある町とそこに佇む教会は、かつての世界大戦に巻き込まれ大惨事だった。壁も天井も崩れて避難場所にさえならなかったここを、復興のために最優先に建て直した当時の政策に、多くの市民が反対した。それよりも安心して眠れる場所と食料を、と言い、建築現場に泥が投げられた。そうして補修された教会は当時誰も寄ってくることがなく、受け継いだ牧師の日誌に当時の苦労が
認
したた
めてある。
ローはここの出身ではない。外部から来た雇われの身で、三年経ったが居心地のいい教会と周囲の環境を気に入っている。雪が降る町だという点もそうだ。寒さに震えながらマフラーをぎゅっと固く結び、通りを歩いていく人を見るのは、どこか懐かしく思えた。
ロー以外に出入りをするのは、炊き出しや職業斡旋、近隣住民の身の上相談を受け持つ女性数名と、週に三度来てくれる掃除の女性一名だ。小さく、お世辞にも裕福とは言えない教会に人々が惹かれる理由は前者の女性たちの努力の賜物だった。彼女たちは職業コーディネーターの資格もあり、役所勤めからもう少し割のいい仕事を探してここへ辿り着いた者がほとんどだった。ローはただの牧師で、その辺りの仕事に関しては素人である。彼女らと教会内での領分を決め、今に至る。
教会といえば、天井が高く、厳かで、大戦まえの彫刻や絵画のうつくしさが目を引く遺産的存在が頭に思い浮かぶが、ローの赴任したこの教会は比較的質素な作りだ。当時の内政状況で、荘厳に作ればますますひんしゅくを買う。聖書を置けるような簡単なテーブル付きのベンチが六脚、説教のための台、そして部屋の隅に作られた懺悔室が教会の全てだ。だから掃除で来ている女性も、あまり重労働をする必要がない。
そうして昼は彼女たちと食事を摂り、午後はロー一人となる。午後に来る来客の相手をこなし、夕方には鍵を閉める。
これが今のローの全てだった。規則正しい生活の節に登場した男の存在は、ローにとって久しぶりの外界からの刺激だった。
◇
数日後にまた同じ男が来たが、今日はいちだんとタバコの匂いが濃い。不機嫌なことでもあったのか思い出話の口数が少なかった。聞いてる最中、ローは相づちを打つのが少なくて楽でいいと感じた。話すトーンが適度だと、懺悔を聞く側もストレスがたまらなくていい。今日は少し、物足りないが。
以前と同じ過去の話が始まる。今回はとある島を訪ねたときのことだった。
「立ち寄った島が紛争で廃れていた」
人が住んでいた跡しか残らないその島で、男は家の一軒一軒を調べた。
「おれの探し人──仮にAとするが──そいつと一緒に島へ行ったんだ」
家を探しているとき、Aには「いいことをしようとするな」としかめ面をされたらしい。けれど男は、これがいいことではなくたまたま思い立っただけだとAに説明した。その地で亡くなった家族の噂を聞きつけたからだとも。その噂の出どころは勤め先で知り合ったラニという人間から聞いたそうだ。
ラニは小さな罪を犯しては牢に入り、何度もしょっぴいているうちに男と顔見知りになったらしい。ラニには家族がいて、あの島はひどい干ばつと砂嵐でろくに食べるもののない貧しい国が一つあるだけと言っていた。ラニが盗みを働くのはその家族へ仕送りをするためだった。
「本当がどうかなんて、わからない話だ」
ラニは牢に入りたくなくて、嘘をついているのかもしれない。けれどラニの身分を証明する書類は幸い残されていて、たしかに彼の故郷は海域一の貧困国だった。
ラニの話に信憑性が増したころ、彼はとうとうミスを起こし、暴漢たちに殺されてしまった。ゴミ捨て場にうずくまった形で捨てられていたラニが、肌身離さず持っていたネックレスには、妻と子の名前が記されていた。ラニが死んだ日は、新聞の片隅に海域一の貧困国が紛争に巻き込まれたことが記されている日でもあった。一面を大きく飾っていたのは、どこかの国のトップが高らかに声明を出した法律についてだった。いつの時代も、世界のどこかで紛争に巻き込まれた人が亡くなり、法律が定まったことを喜んで涙する人がいる。
Aを伴ってラニの故郷へ着いても、本人の家は結局わからず、男はただ黙ってその場で手を合わせることしかできなかった。
「Aはそのとき、土に埋もれて錆びついていたコインを拾った」
コインには、その昔この島がまだ裕福だったころに栄えていたと言われる王の顔が掘られていた。貴重なそれをAは見つめ続けていたらしい。
──その夜、ローは机の引き出しを開けた。手紙、インク、万年筆と並んだ横に小さなケースが置いてある。蓋を開けなくても中身はわかる。このケースは遠い北の海の、とある一軒家の中で見つけ出した。家の中は複数人で住んでいたらしい跡と、近くに横たわるいくつかの墓があった。人生の終盤になるにつれ、荷物はまとめて売ったり捨てたりしたのだろう。いや、実際にした。ローは覚えている。ここはかつてローが住んでいた家だからだ。誰に言っても信じてもらえないが、過去にローがまだ、前世というものを生きていたころの名残だ。
墓に降り積もる埃を払うと、見慣れた名前が彫ってあった。これを彫らせたのもローだ。自分で石工に依頼した。幼馴染の旅立ちを見送って、自分もそっと死んだあの日。
今日の男の話をまとめながら、ローはわずかに高揚していた。
男の思い出話に出てくる世界はどれも、ずいぶん昔のようだ。メモを書き起こしつつ調べれば男が乗ったという船の航路は数十年も昔に途絶えている。懺悔室の柵越しの、男の指先や雰囲気でしかわからないが、ローとの年齢差は高く見積もっても十年から十五年ほどだろう。
(つまりあいつも、おれと同じだ)
ローが男の話を、ただの空想や与太話と片付けずに耳を傾けるのは、ローにもその数十年まえの航路がはっきりわかっているからであり、男の声も匂いもかねてから知っているものだったからだ。自分だけではないと思ってはいたが、まさかあの男が同じく来世を生きているとは想像もしていなかった。
相手はローの声を忘れてしまっているらしい。人は聴覚から忘れていくというが、
(耳が良かったわりに薄情なもんだ)
と肩をすくめた。
あれからこの世界はずいぶん歳を取った。文明も進み、それでもあの時代に心を取り残されたまま人を探している男のことを、ローは笑ったりはしない。男の思い出話になる時代──大海賊時代はそれほど人々を大きく魅了し、夢を膨れ上がらせた。
しかし囚われているものが、肩書きでも財産でも、自分が所持していたものでもない。追いかけていた海賊のうちの一派だというのは。
(いつになっても、あいつらしいというか)
ローはメモを取っていたペンを置き、窓の外を眺めた。見下ろした町中のどこかで、男のタバコの煙が見えたような気がした。
◇
数週間経って男が現れた。今回は長らく来ていなかったなと思い、懺悔室の隙間からもれる太陽光を受ける男の腕を見た。もしかしたらこの町の付近にある、天候の良い山へスキーでもしにいったのかもしれない──手首周りから数センチだけ、肌が赤く焼けていた。手袋とウェアの隙間だろう。そこに傷を塞ぐための包帯が巻かれていた。
また、ほんのわずかに酒の匂いも漂った。町の人との付き合いで多少飲んだのか。あまりにひどい酒乱は門のまえで入らないよう警告をするが、この程度は町の誰もが許容する範囲だ。狭い箱の中という条件が、普段は気にかけないさまざまなものを目につけさせる。
「あの塗り薬の調合は難しかったとAは言ってたが、今はもうどこにでも売ってんだな」
男は酒が入っているのに上機嫌というわけでもなく、淡々と話す。包帯をなでながらつぶやく男の怪我の程度から、どの薬の話なのかローにはすぐに察しがついた。ついたが、相づちを打つにとどめる。
「Aは、飲む方の薬は苦いのばかりよこしてきやがって、部下が困っていた」
甘ったれた部下どもだった、と男は言ったが、言葉ほどひどく思っているわけではなさそうだった。
「あいつが傷にすり込むと、不思議と早く治ったな」
そう言って男は、ごそごそと動いた。タバコのソフトケースの音がする。吸おうとして、やめたのだろう。酒が入っているとはいえ、まだここが禁煙であるという判断力は残っていた。
では、懺悔室という場所を選んだのはどういうわけか。自分の中に残っているやわらかい部分を外に晒すわけにもいかず、一服できないが渋々ここにした、という理由なのだろう。
(よりによってこの教会だとはね)
ローは笑いたくなるのを必死にこらえた。男がまだ朧げな自分の記憶を辿りながら話を続けている間に、こいつをどうしてやろうと策略を練る。
……
記憶を呼び起こして似た形を手に入れるため、古道具屋に通って手に入れた船室のライトも、罪人の故郷に取り残されたコインも、この教会内にあると知ったらどう思うだろうか。今もローの手元で、時代を超えても大事に保管していることを知れば、男は懺悔室から出たときにどんな顔をするのだろうか。男の傷を癒した塗り薬が、この時代になってかなり改良され今は広く出回り、どの家庭にもある常備薬になっていることも教えてやらなければならない。
今日話したことは、まだメモに書き起こしていない。けれどローの頭にはじゅうぶん刻み込まれている。メモがなくても、男が言ったことを寸分の狂いなく話すことができる──男の傷を癒すために、塗り薬を使った感触を昨日のことのように覚えているからだ。共同戦線で怪我をした男の手に残る傷痕に触れ、当時は貴重だった軟膏を使ってやり、「滅多にない薬なんだから、治ったらちゃんと働けよ」と釘を刺したあの日を、ローだけが記憶しているとばかり思っていたのに。
「お前にも、苦い薬を出してやろうかと思ったんだがな」
ローがそう言うと、柵のわずかな隙間から男が息を飲む音がした。どうして懺悔室というのは柵で区切られているのだろう。今こそ、
「てめェ、まさか」
と驚愕している相手の顔を拝んでやりたいというのに。
ローは聖書に挟んでいた、今までのメモを広げた。パラパラという紙の音を聞き、男が「なにしてやがる」とうめいた。
「今から読んでやるよ。お前がおれをどんなふうに思って探したかっていう、熱烈な告白を」
「
……
ロー」
「しかし悲しいな、おれの声を忘れていたとは」
耳がいいのが売りだっただろ? と付け足すと、男は唇を噛んでいた。それくらいの動作は、小さな隙間からでも見ることができる。その噛んでいた唇を滑らせ、舌打ちをした。
「その意地の悪いところは、海賊のままだな」
メモの文字は散漫である。ローが忘れないように、必死に書き出した証拠だ。これを見られるわけにはいかないから、懺悔室から出れば燃やしてしまわなければならない。男が──スモーカーが懸命にローを探したように、ローもスモーカーの言葉を一字一句間違えないように覚えたかったからだ。
はじめの一文を読み上げると、スモーカーはため息をつきはしたが耳は塞がなかった。ローは、おれの声を忘れた罪だと言わんばかりに朗らかに声を出す。誰かを諭すためでも善を説くためでもなく、たった一人を相手に憎たらしい口を叩くのは、久しぶりに気分が良かった。
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