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スモロ
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十年越しの話
先生×先生
高校教師の二人でロ〜は元生徒、現教師(生物、理科系)、スモは数学です 正しいふりをしてちゃっかりしてる大人の話
十年越しの話
(Law)
「私、スモーカー先生のことが好きなんです」
黒髪の女子生徒がつぶやいたとき、冬空の下でそのスモーカー先生がシャツ姿のまま校門へ向かっていくのが見えた。
(寒くねェのかよあいつ)
横目で追うのはほんの一秒で、すぐに真剣な眼差しの女子生徒へ目を移す。
どうしてそれをおれに話すのか。生物準備室の備え付けの時計がかちかちと秒針を刻む。たっぷり十は刻んだころ、生徒はふたたび口を開いた。
「聞かないんですか、なんで、とか」
「
……
もとから数学が好きだったから、とか?」
「それもあるけど」
(違うだろ)
おれは悪態をつきそうになってぐっと堪える。あいつを好きだから振り向いてほしくて、数学も好きになった、が正しいのだろう。いつも恋する人間はいろんな
過
あやま
ちを、正しいと信じ込んでいる。
「あいつも喜ぶな。数学が好きなやつはあまり見かけない」
「そうじゃなくて」
女子生徒に詰め寄られ、おれは眉間にシワを寄せる。こいつの意図はわかっているのだ。
おれの前頭葉が痛み出した。思考をなるべく停止させようと苦しんでいる。女子生徒からはいい香りがするが、それはおれも好きな匂いかと言われたら答えはノーだった。スモーカーもこの香りが好きかと言われたら、そんなことはおれにはわからない。そういう細かいことは、どうだっていいのだ。
「スモーカー先生と仲いいですよね、ロー先生」
暗に、そこまで言わないとわからないかと告げられている。しぼり出された女子生徒の声は掠れていた。
「まあ、それなりには」
おれはあいかわらず疎い真似を続けた。
「じゃあ、どこに住んでるかわかりません?」
「知らねェ、知ってたとしても教えない。ストーカーでもする気か」
「電話番号とかは?」
「
……
どの先生のだってわかるが、業務用だ。プライベートじゃねェ」
わざと肩をすくめると、じれったく思った女子生徒は「もういいです」とむくれた。
「ロー先生なんにも知らないじゃん」
聞いて損した、と失礼なことを悪びれもなく付け足す彼女は、かばんからスマートフォンを取り出して友達に連絡を取り始めた。どうせおれのことが使えないとか、大した情報が得られなかったと伝えているんだろう。
「悪かったな、役に立てなくて」
思ってもないことを言い、おれはがらりと窓を開けた。寒い風が準備室に一瞬吹く。換気をするにはちょうどいい。
窓の下にもうシャツ姿の男は見えなくなっていた。「寒いよ先生」と文句を垂れる女子生徒に、早く帰れと告げる。
「今日は雪だぞ」
「知ってます」
彼女の膝は赤くなっていた。おれの会議が終わるまで、暖房のつかない教室で待っていたのかもしれない。
「他にスモーカー先生と仲がいい先生知らないですか?」
諦めない彼女の、しつこいくらいの姿勢を少しまぶしいと思い、目を細めた。それは雪景色のせいだと思いたかったが、雪はこれから降る予報だし準備室は黒色が多い。まぶしさへの言い訳は作れそうになかった。
「知らねェ」
これ以上嘘をつくとボロが出そうで、そう答えてやるのが精一杯だった。
◇
「本当にそれ、合ってるの?」
ときどき、複数の女子生徒に相談を受けたり、くだらない話を振られたりする。ダイエットをしたいからいいストレッチはないか、とか、先生の間で流行っているものはないのか、とか。どれも適当に答えていると冒頭のセリフだ。しかめ面付きでそう言われ、おれは呆れた顔を向けた。適当には言うが、間違ったことは話していない。
「なんだっておれに聞くんだ」
「他の先生に聞きたくても怖いんだもん」
怖い、という感想に、顎に手を当てて考えてみた。すぐに浮かんだのは同僚のスモーカーだった。強面とあの高身長で近寄りがたさはあるかもしれない。あいつ以外の教師はどうだったかと思考を巡らせていると、準備室のドアがガラリと開いた。別の女子生徒だ。
「先生、プリント持ってきました」
「悪いな、そっちに置いてくれ」
彼女たちは友人のようだった。「もう帰る?」と聞き合い、一緒に帰ることにしたらしい。妹と同じくらいの身長の女子たちは、「先生また明日〜」と軽い口調で準備室を出ていく。
「気をつけて帰れよ」
一応は言ってやるが、きっと二人で寄り道をして、買い食いをして、ふざけたことで笑い合い、ときには共感し合って家路に着くのだろう。気をつけるべきことが山ほどある中で、それでも念を押して声をかけるのは、もう癖のようなものかもしれない。
──一時間ほど仕事をしていると、ふたたびガラリとドアが開いた。採点済みの答案用紙を鍵付きのロッカーにしまおうとしていたところだった。さっきまでの女子たちとは違う、重い足音だ。暗くなってきた外の景色が、教室のライトがつけられたことで真っ黒く塗りつぶされたように見える。その中に、一際目立つ白い髪が顔を出した。
「終わったか」
ここへ来るまえに一服したんだろう。たばこの匂いが鼻をくすぐった。珍しく校門の外ではなく、迎えにきたことに驚きはしたが、生徒もいなくなってきたしいいのだろう。
(Smoker)
「お前のいいところなんて、顔ぐらいだ」
助手席に座ったローが、口を開けたと思えばそんなことを言い出した。が、よく聞こえない。車のライトが
方々
ほうぼう
を照らし、遠くでクラクションが聞こえる。ナビがこの先の軽い渋滞を知らせた。
「なんて言った」
「てめェは顔だけだ、って言った」
「おれァちゃんと五体満足で生きてる」
「そういう話じゃねェ」
埒
らち
のあかない会話には、必ず奥底で言いたいことがくすぶって固まっている。教師として生徒に向き合うと、そういう煮凝りのようなものを溶かしていく作業が多い。けれど圧倒的に時間が足りなくて、そこまで瓦解しきれないまま生徒の帰宅時間になったりしてしまう。
けれど今回の場合、ローは生徒ではない。いや、元生徒、ではある。だが今はもう同僚だ。
「その顔も、怖ェと言われてる。だから相談できないんだとよ」
「
……
生徒からなんか聞いたのか」
「散々聞かされた。お前も少しは話を聞いておれの負担を減らせ」
「てめェの負担のために、だったらごめんだ」
なんでわざわざ、と吸っていたたばこの煙を吐き出すと、肩をすくめられた。
おれは数学を担当している。社会科の免許も取っているからそっちに顔を出すこともある。今年度は担任を持っていないが生徒の顔は大体わかる。男子生徒とはよく話すが、女子生徒はそこまで深く会話をすることはない。ローは新任でこの学校に戻ってきたころからなにかと生徒たちから絡まれることが多かった。一見近寄りがたくはあるが、話してみればわりとまともなことを言うやつだからだろう。
──以前、高級外車に乗っているこいつを見たことがある。知らない男が運転していた。ローは助手席から降りてバレないように学校の裏口からひっそり歩いて、門をくぐった。こんなところまでわざわざ同伴とは相手もずいぶん入れ上げてんだな、と思いはしたがなにも言わずにいた。そういう、危ない橋を渡っても決してバレないあたりは舌を巻く。
しかしある日、「この狭苦しいセダンの方がいい」と言われた。
失礼なやつだと思っていたが、それきりあの高級外車は見たことがないし、ローのスマートフォンがうるさく通知を知らせるのも視界に入らなくなった。
おれが校長からのお下がり(というより強引に押し付けられた)のボロい車を乗り回し、家路に着くまでの間、ローは長い脚を窮屈そうに折り曲げながらだらしなく窓を眺めている。流れる人の中に学校の生徒は見当たらない。
「お前を好きだっていう女子がいた」
たばこの煙がローの方へ流れ、手で払われる。おれの目が軽く見開かれるのを横目で見ながら、ローは続けた。
「結構本気っぽいぜ」
「
……
忠告か」
「違ェよ」
生徒からの告白は、十年ほどまえに一度だけ受けたことがある。こんなしがないただの男を、年上で教師だというフィルター越しに生徒は見てしまっていた。もちろんおれは断った。そしてその現場に、
「今も昔も、てめェはモテるんだな」
ローも偶然居合わせたことがある。
──まだ生徒だったローは誰にも言わなかったし、弱みを握るような陰湿なこともしなかった。大人になって教師として戻ってきたときも、なにも言わずに「久しぶりだな」とだけ放った。
だから突然セダンに乗り込んできたときはなんの脅しをかけてくるか、どんな魂胆があったのか、とひたすらローを疑っていたのに。車を降りて家に入り、「実は家がねェ」と言われた。
それ以来、ローはおれの家にいる。おれが住む場所は生徒たちの生活圏外にしたから生徒に会うことはまずない。車で帰り、あるときはスーパーに寄るし、あるときは酒を買う。立ち寄るコンビニは二、三箇所目星をつけておいて、駐車場が空いてそうなところを選ぶ。家に帰ればローはさっさとシャワーを浴び、おれは飯を作る。この家は男二人には狭いが、ローは「それでいい」と言う。
きっと以前乗っていた車の男は、家だって車だって懐だってなにもかも広い男であっただろうに、ローは、ただの学校教師で、元担任のおれの家に居座っている。おれは甘やかしもしないし、面倒も見ない。口うるさいことも言う。けれどローは、あの元恋人であろう男と連絡を取らない。狭い車や、狭いベッドに寝そべる男は、ただ健康的に体調を整えて毎日一緒に学校へ行く。
「十年まえと、その好きだって言ってる生徒を合わせたら二人だ。なんかの間違いでそういうことはあるだろ」
「まあ、長い教師生活で考えられない話ではないよな」
納得した表情でローがうなずき、頬杖をついた。
「もし、あの女子が気持ちを伝えてきたら?」
「断る」
「生徒とは考えられねェっていう理由か?」
「そうだ」
ローはニヤニヤ笑う。
「手ェ出しちまってるのにな」
「
……
てめェは元生徒だ」
それもヒゲまで生やしたおっさんだ。そう言うとローは「まだおっさんじゃねェ」と顔をしかめる。おれも苦い表情をしたままだ。果たしてこいつの言う通りであるからだ。
十年まえ生徒から告白をされ、そこにローが鉢合わせてしまった。おれは告白を断った、教師と生徒だからという理由からだ。ローはもとから教師を目指していて、母校へ帰って教師になった。おれとは担任と生徒という関係から、同僚という繋がりになった。ローには車で送り迎えを足繁くするような恋人がいたが、疎遠になって別れた。
つまり十年まえよりも、互いを隔てているものが取り払われてなくなってしまった。だから車に乗り込まれても、断る理由がなにもなかった。
「
……
コンビニ寄るぞ」
「この先だと、いつものところより奥の方が空いてるぜ」
まるで寄ることがわかっていて、なにもかも見通していたかのような生意気なローの笑みに舌打ちして、おれはたばこの煙をその顔面に吹きつけた。
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