このあと告白する二人の話

穂(→)←荒
あらふね君がデカ感情抱いてたらという妄想 普段結構ドライな分、par計画みたいに一度決めたらやり尽くす人ではないかと思ってて、そばに置いておきたいと思った人に対してもそうかなと
試験後にこんなのんびりする時間あるのかは謎ですが、あったらいいなという捏造です

このあと告白し合う二人の話

 例えば学期末のテストが終わって精神がくたびれたとき、あるいは任務明けの劇的に疲れている日。帰り道で誰かに「どっか寄ってから帰ろうぜ」と言われ、食事ともつかないものを食べる。食べている間、くだらない話をして、また明日と言い別れる。
 大抵のストレスはそれで解決した。あとは任務中に高い場所から飛び降りるなんていうスリルも解決法の一つだが、一般人にはおすすめできないし、トリオン体だからできることだ。
 知らない場所、話したことのない人、課題の多い空間。荒船は状況を掴んで把握し、楽しむことができた。そこは自身の長所と言えるし、ある程度の緊張はしても気にするほどではないと思っていた。
 だから荒船は、自分自身のストレス耐性には少なからず自信があった。

 一週間の閉鎖環境試験が終わり、ブースから出てくるそれぞれの表情は違っていた。つかんだものの大小はともかく、個人で得ることがまったくなかったと言う者はいない。
(そういえば、一人になるなんて久しぶりだな)
 正確には九番隊のみんながいたが、荒船隊としてではなく、個人で参加したという意識が強い。荒船自身の実力と経験が問われ、この一週間は心地良い疲労と緊張感だった。
 ──今までは、荒船隊がいた、そして穂刈がいた。どこへ行くにもなんとなく一緒になった。年齢が一緒だからなのか、話す目線が近いからなのか、気が合うからなのか。とにかく穂刈はそばにいた。
 荒船自身が「横にいろ」と言ったわけではないと思う。はっきりと断言できないのは、出会った当初、
「お前がいたらきっと上手くいく」
 と呟いたからだ。穂刈に耳ざとく聞きつけられ、
「もう一回言ってくれ、今の」
 とねだられた。欲張りなやつだなと思いながらも、荒船は悪い気はしなかった。しかし二度目を言った途端羞恥がかけめぐって、
「もういいだろ」
 と打ち切った。けれど、穂刈はとても満足そうにしていた。どうして満足そうなのか、いまだに荒船はわからずにいる。
(穂刈は、一緒にいて辛くないんだろうか)
 卑屈な気持ちではなく、単純に疑問だった。
 荒船がメッセージを送ると、ふざけた顔文字付きで返事が必ずくる。交わした約束は滅多なことで破られない。マメな男だが、誰にでもマメらしい。以前穂刈と同じクラスの村上からそう聞かされた。
 穂刈が自由に過ごしたいとき、せめて気心の知れた自分には多少マメじゃなくても、とは思う。思うが、穂刈はそうしない。
 荒船はスマートフォンを取り出す。いくつかの通知の中に、こんからのメッセージがあった。
『試験お疲れ様、一緒の隊で心強かったわ。今度鈴鳴に遊びに来てね、鋼くんも喜ぶから』
 今度予定を空けておくか、とスマホのスケジュールにメモを残す。今もマメな人だから、近々鈴鳴支部へ呼ばれることは確定だろう。その他の通知の中に、水上、照屋、樫尾、半崎、加賀美とある──が、穂刈の名前はなかった。
(珍しいこともあるもんだ)
 こういう、少し特殊な行事があるとき、穂刈は必ず荒船に連絡をよこしていた。とうとうメッセージを打つのが大変になってきたか、と荒船は、スマートフォンを持って画面と戦う穂刈を想像して笑った。
 たとえば近所の祭り、花火、初詣の人混みの中から、親戚と行くことになった墓参りの道中から。穂刈はその特別さを分け与えるように、写真を送ってきていた。写りがそこまで良いわけではないのは、弟や親戚に話しかけられて忙しい中で撮っているからだろう。そうまでして俺に送らなくても、と思いはしたが、言わなかった。穂刈の好きにさせてやりたかったからだ。
 今回は特に、離れていた期間もある。必ず送ってくるだろうとおごりに近いものを感じていた。
(五番隊で打ち上げでも行ったか)
 むしろ穂刈なら提案すらしてそうだな、と荒船は考える。むしろいいことだ。
 弓場や小佐野から誘うようには思えないし、小荒井と穂刈が仕切って言い出して、来馬の「いいね」の一声で決まりそうだ。五番隊のバランスの良さや明るさは、他隊にいて様子を見てもいないのに誰もが予想のつく状況だった。きっと隊が解散したあとも、今後の遠征や防衛任務でその連携は大いに活用できるときがくるだろう。
 だから荒船は、誰もいない自隊の作戦室を開けたつもりだった。
「おかえり」
 いたのは穂刈一人で、加賀美と半崎は「それぞれの隊で打ち上げらしい」と言われる。
「お前のところはなかったのか」
「別の日にやるんだ、今日じゃなく」
 ほほえんだまま、穂刈がかばんからペットボトルを取り出す。つまり最初から荒船がここに来ることを見越していたのだ。
「ほら」
 と差し出されたそれを受け取って、荒船は指先に冷えを感じた。まだそこまで結露していないペットボトルは、買ってきて間もないことを物語る。穂刈も荒船と同じように、試験が終わってわりとすぐにここへ来たというわけだ。
「荷物でも置きに来たのか?」
 荒船の言葉に、穂刈がうなずく。
「それも半分ある」
「半分?」
「これだ、もう半分は」
 かばんのわきに置かれていたビニール袋は、見慣れたロゴが入っていた。「かげうら」と書かれた袋を開けると中からソースの匂いがしてくる。
「テイクアウトしてきた。まあ、今の料理で満足だったかもしれねーけど、九番隊は」
 カゲの兄ちゃんがサービスしてくれて、と穂刈が言いながら、作戦室のデスクの上に、大きめのお好み焼きが半分に割られて入っているプラスチックパックが二つ置かれた。
「うまそうだな」
「食うか」
 割り箸を渡し、いただきますと無言の合掌をして食べ始めた。外側が冷めていても、ソースと生地の相性が良くて箸が進む。ありがたいのは、マヨネーズを別袋に分けて入れてくれたことだ。水分が多くなるとふやけてしまいがちな生地も、おかげで焼きたてに近い風味を失っていない。パックを分け合い、とにかく夢中で口に運んだ。
 二人とも、無言でかげうらのお好み焼きを食べるのは初めてだった。大抵は店の中でボーダーの話から始まり、受験、友人の話題、トリガーの編成、と数多くをしゃべるのに。一週間会えていないにも関わらず話さないのは、今はとにかく空かせた腹を満たすことに二人で集中したかったからだ。
 気がつけばパックの中をすっかり空っぽにして、穂刈が持ってきてくれたペットボトルに口をつけた。冷たい茶の味が広がり、その香りは荒船の心を落ち着かせる。
 腹を満たして息をつき、定まらない視点でぼんやり穂刈を眺めた。穂刈は明日からの別試験に向けてタブレットを開いている。長い指が画面を操作して、右から左へ文字をたどった。
「五番隊は安定していたな」
 すでに画面上の内容に頭を切り替えていそうな男に、今更なことを問いかけてみる。けれど穂刈は適当な生返事をしないでタブレットから顔を離し、
「かなりな、おかげで助かった、オレもみんなも」
 と答えてくる。
「荒船は作ったか、飯を」
「いや、ほとんど今だ。たまに手伝うときはあったな」
 食べていたときに全く話さなかった分を取り返すように、試験の間の生活について話した。飯は、風呂は、筋トレは。他のやつらは、先輩は。普段は周りのことをこんなに話す方ではないのに、端的に、しかし確実にいつもより多く溢れさせる。
 ──たった数日なのにな、と荒船は話しながら、穂刈の様子をまじまじと見ていた。
 一週間離れただけだ。それぞれが違う隊にいただけで、異次元に放り込まれたわけでも、別世界の空気を吸ったわけでもない。
 自分と過ごしていたときと少しだけ違う環境をまとって帰ってきた穂刈が、変わらずに自分とこうして向き合っていることが、荒船にはくすぐったかった。
 ふと力が抜ける。試験中にそれなりに張り詰めていた緊張が今になって切れたらしい。荒船は無意識にペットボトルを倒してしまうまで、そこに気がつかなかった。
「荒船?」
 穂刈の目が揺れている。心配を含ませ、荒船を映していた。
「わ、るい」
 言葉を出すのもそこそこに、荒船は視線を逸らした。けれど同時にまぶたも重たくなってくる。閉じるな、閉じるな、と念じるたび、相反して眠気が脳の底からひたひたと這ってくる。まだここは作戦室で、部屋にはよく知った仲間とはいえ人もいる。こんなに油断をするなんて、初めてかもしれない。
「珍しいな、気が抜けてる荒船は」
 短いまつげをまたたかせ、穂刈が笑った。そこで笑うのは反則だろう、と荒船が心で毒づき、
……安心しちまった」
 つい本音を漏らしてしまう。
「いいことだ、それは」
 と言って穂刈は、あ、と声を上げる。
「オレに会ったからか、もしかして」
「自惚れんな」
 そうか残念だ、と言いながら、穂刈の顔は和らいでいる。目を閉じ、ふたたび笑って、次に目を開けて荒船を見た。
 穂刈の指先が荒船に背に触れた。ごくわずかに距離を狭めて、上着に持ってきていたコートを荒船にかける。それはたぶん、荒船の声にかなり眠気が混じっていたからだろう。本格的に寝てもいいと暗に伝えてくれている。
「体を温めるといいらしい、寝るときは」
……三十分だけだ、寝るなんて大したもんじゃない」
「それでも快眠の方がいいだろ、起きたらすっきりしやすいから」
 もっともらしい理由でうまく言いくるめられ、コートは荒船の肩にかけられた。引き寄せると穂刈の匂いがする。整髪料と服の柔軟剤と、少しだけ温度も感じた。
「三十分で起こせよ」
 最後にそう告げると「わかってる」と返ってきた。穂刈が椅子を引いて腰を下ろし、タブレットを持ち上げるのが見える。人差し指を画面に泳がせているのを見るうちに、荒船はまぶたを閉じていた。

 ◇

 あの三十分の午睡のように、ときどき穂刈のまえで無防備になってしまう自覚はあった。穂刈が特にそれを責めたり、吹聴したりしないとわかっているから余計に気を抜いてしまう。
 たまたま会った王子と蔵内に穂刈のことを色々と聞かれ、ついそうしゃべった。明るい日差しの入るラウンジの騒がしさに紛れるように、密かに話したつもりだ。
「こう言っちゃなんだけど」
 と王子が人差し指を立てる。
「彼は君のこと、誰にでも自慢しそうだよね」
「自慢?」
「君のどんなことも知っているってことをさ、周りに言うんだ。一見そう見える」
……そうか?」
 荒船はあごに手を当てて考える。
「一見、な」
 と言いながら、横にいた蔵内がコーヒーをすすった。すする音をあまり立てず上品に飲む口元は、ほほえんだままだ。
「実は言わないんだろう?」
 王子が立てた人差し指を荒船に向ける。「人を指差すな」と注意するよりも、言葉に押されて黙ってしまう。
 周りに言うなよ、と口止めをしたわけでもないし、本人が言わないと決めているのかもしれない──だからといって他人に言っても差し障りないような、誰も傷つかない話なら、茶化したりふざけたりもできる。よく己を使い分ける男だ。
(俺は少なくとも、穂刈のように使い分けはできない)
 誰かに言われて自分の価値観や存在意義がぐらつくことは決してないが、周りの人間と比較すると相違を感じることはある。友人たちのように、今一番人気があるアイドルにも詳しくないし、アーティストを追いかけもしない。バラエティより映画を見ている時間の方が圧倒的に多い。
 それでも穂刈とは、不思議と話題が尽きない。そして、話が終わって黙っていても気にならない。自分にはないものを持っている穂刈という男が、ぴたりと凹凸に当てはまるように横にいる。
「ぼくより先に、答えを出したみたいな顔になってる」
 王子がほほえみ、荒船はなにも言わない。というより、なにも言えなくなった。
「二人ともあんなにそばにいられるんだ。一緒にいて辛いだなんて思うわけないよな、お互いに」
 蔵内が決定的な言葉を放ち、とうとう数日まえの荒船の疑問は払拭された。王子は面白がってまだ横でにこやかにしているし、蔵内は至って真面目だがその真面目さが今の荒船にはかえって恥ずかしくなる。それをわかっている蔵内は「すまない、でも」と続けた。
「これ以上話していると、そういうのに聡い犬飼が来そうだ。もっとからかわれるぞ」
 荒船は顔をしかめ、王子がわざと犬飼を探すふりをする。
 ──荒船のスマートフォンが鳴った。
 穂刈からだ。今なにをしてるかと問うメッセージに次いで、これから草野球をしにいくから荒船も混ざらないかと顔文字が踊る。
「来るか?」
 王子と蔵内を誘ってみる。王子隊は夕方から防衛任務だ。暁の空を敵から守るまえに、青空にボールを放つなんていう矛盾した誘いをかけたなと荒船は思う。
「いいよ、行こうか」
 しかし王子がそう言って、ラウンジの席を立った。蔵内も飲んでいたカップを置く。

 外に出ると、真昼の太陽はわずかに傾き始めていた。夕方にはこの二人もいなくなる。そのころにはもうすっかり日が落ちかけて、野球ができそうな明かりはない。そうなれば解散だ。夜になったらきっと穂刈と夕飯を食べに行く。
 そのとき荒船は穂刈に、やっぱり安心を抱くだろう。
 安心をわざわざ手放す人間がこの世にいるだろうか。だとしたら自分は穂刈に、ずっとそばにいてほしいと思ってしまっていることになる。近々それを口が滑って言ってしまわないか、そうなったとき、穂刈の顔はどんな様子だろうか。
「荒船」
 遠くから穂刈の声がした。野球の練習を始めてもうだいぶ経つらしい。額に汗を滲ませたまま、手をあげていた。王子や蔵内が荒船より先を歩いて、グラウンドに合流した。荒船の足はまだ動かない。
 王子たちが来たことに喜びを表している穂刈を眺めながら、グラウンドに入る光の、じわじわとした揺れで時が過ぎていくのがわかった。ふたたび荒船が安堵をまとうであろう夜が、静かな足音を立てて近づいてくる。