祭りの話

スモが任務終わりに自宅の風呂に入ってて、酔ったロ〜がやってきた話
ロ〜の故郷や祭りについて少々捏造があります

本編数年後、🚬がグラン…ラ…ンのどこかに家を買っていて(海兵継続)、🐯は数ヶ月に一度遊びに行ってる設定です 🚬の住んでる島の祭りの時期にやってきた酔っ払い🐯

祭りの話

 浴室の窓から、この島特有の祭りの音が聞こえる。スモーカーは窓を閉めようかと思ったが、今は身動きが取れない。
「同じくらい白かったな……いやこんなにくすんだ色じゃなかったか」
 浴室なのに服を着たままのローが、人の髪をきながら失礼なことを言う。対して湯船に浸かっているスモーカーは、
「くすんでて悪かったな」
 と平坦な口調で告げた。これを言われるのはもう慣れていたからだ。
 ──酒の入ったローが半刻まえにスモーカーの家を訪ね、家主が入浴中だと知ると、しばらくはリビングあたりをうろついていた。しかし廊下を渡って足早に近づいてくる音が聞こえ、浴室に服のまま入ってきた。室内の湿気が急激に開け放たれたドアから外へ逃げる。
 スモーカーはまたこれか、とため息をついた。
 酩酊めいていしているローの気分が良さそうなのは、見ていて悪いものではない。ほろ酔いという状態にスモーカーはあまり縁がないが、酔いに任せて人が機嫌良く振る舞うのは幸せそうに見える。それに男所帯(一人だけ女もいると言っていたが)の潜水艇の中で、酒に酔った挙動は日常茶飯事なんだろう。だから、ローが入浴中のスモーカーを邪魔しにくることなど、とっくに何度か経験していた。
「どれくらい飲んだ」
「全員で樽四、五個ぐらいか」
「今回は少ねェな」
「なにせ久しぶりだ、酔いも回りやすい」
 床が濡れていて足を滑らせそうなのに、ローが転ぶのを見たことはない。初めてこの状態でバスルームへ来たときは驚愕した。驚愕して、酒臭ェとたしなめたり、転ぶし濡れるから出ろ、と何度も言った。
 最近ではもうそんなことにかける労力は捨ててしまい、黙って成り行きを見つめている。諦めは余計な体力の消耗を防げるとやっと学習した。
 ローの乾いた手が、スモーカーの濡れた髪をまだ触っている。若いとも老いているとも言えない年齢の男の髪に、なにが楽しいのか笑いながら指を通す。
 そしてずっと、故郷の白さに思いを馳せている。
(次の日には覚えてないんだから、こいつはいいんだろうが)
 ローがひたすら頭蓋骨をなぞるように髪の毛をまさぐる。スモーカーは、されるがままになっていた。いつもローの気が済むまでさせてやっている。
 こんなことをしていても翌朝にはすっかり忘れ、ガンガンと痛んでいるであろう頭を押さえながら、夕方ころにベッドから這い出してくるのだ。当然、シーツをかき分けてなんとか起きあがろうとしているその手で、長い間こうして男の頭を撫でていたなど、ひとかけらも覚えてはいない。
(気持ち良くは、ある)
 指の腹がときどき皮膚を押すから、指圧がかかる。髪の白さに惚けてローが黙っていると大抵そうなる。スモーカーの任務続きで疲れた頭が癒されるときでもあった。
 自分の髪色は物珍しい白ではない、と思う。銀色に光るような輝きもなければ、青く灯るようにうつくしいわけでもない。ローの故郷の白さとは、当然本人が言うように違うんだろう。
 けれど似て非なるこれを、少しの間は酩酊に任せて慈しむ時間があってもいいか、とスモーカーは撫でられながら湯の中でまどろむ。
「白い色は、二百もあるらしい」
「二百、ね」
 どこかで聞いたそれをローに話す。けれどローは興味がないらしい。
(だからおれの髪じゃなくてもいい、とはならねェのか)
 まあ、白塗りの壁に話しかけたり、道ゆく散歩中の白い犬に笑いながら近づくのもやべェか、とスモーカーは考えを改める。同じ特殊な行動なら、まだ二者間だけで行われていた方が他人に迷惑をかけなくていい。
 ローがタオルを持ち出し、浴槽のふちに腰かける。そこに座りながら、ふたたびスモーカーの髪をいじる。
「まだやんのか」
「やる」
 スモーカーは、今日のこれは長いなと覚悟した。
 もしローが壁や犬にふらふら寄っていく選択肢を持っているなら、スモーカーの髪から指を離し、この時期はもうここに来なくなるだろう。呆れながら酔っ払いの相手をしなくて済む。やれやれと腰をあげ、危うくのぼせるところだった、と文句を言いながら身支度をする──そんな不毛な時の過ごし方をしなくていい。自分だって、長い任務がようやく明けたあとなのだ。ベッドにもぐり、まとまった睡眠を取りたい、誰にも邪魔されない穏やかな時間が欲しい。
 けれど。
(こいつ、歌ってやがる)
 スモーカーに許しきった表情で、故郷の祭りの歌をローが口ずさむ。彼の生い立ちと全てを知ってしまっているスモーカーは、下唇を噛むことしかできない。
 ローが、酒に酔った心地の良い足取りでこの島にたどり着き、来る途中で祭りの音楽を聞いて、酔いが生み出す感傷と切なさ、郷愁を内側からもたげさせ、故郷の──あの白い町の祭りを懐かしむのは。そしてその白さを忘れないように、スモーカーが浴室から出るのも待たずに押しかけて、髪をやさしく悲しく梳くのは、島の祭りが行われるこの時期だけだ。
「ロー」
 スモーカーの濡れた大きな手で、深い隈をなでてやる。風呂の湯がしずくとなってしたたり、ローの頬を伝った。涙腺から生まれたわけではないその水滴は、精悍な顔をすべり落ち、湯船に沈む。ローがかつて故郷で流した涙の再現のようで皮肉だった。スモーカーはもう一度、指でそれを拭って消してやる。
 されたことさえわかっていないローは、据わった目で白い髪を見つめている。
(祭りの音は……もうすぐ止むな)
 スモーカーはこのあとの行動の予測をたてる。
 音が止んだら、まずはこの男をどうにかしてベッドに運び、寝かしつけ、服を脱がして近くに錠剤と水を置いておかなくてはならない。
 そのあとに自分の任務明けの服を洗濯して、すっかりほこりまみれになっている家中を掃除する。やっておかないと、一旦しっかり眠ってからでは体を動かすのが億劫になる。目に見えている。そうしてくたびれた体をようやくベッドに沈めるのだ。
 自分の重いまぶたが落ちるまえに、ローの頬に本当の涙が流れていないかを見てやろう。眠るまえの最後の力を振り絞り、もう一度拭ってやるくらいはできる。慌ただしい介抱と家事のあと、ただ手を伸ばすだけでできることで、簡単だ。
(あくまで、ついでだ)
 スモーカーはそう自分に言い聞かせながら、頭を撫でられ続けるという奇怪な時間が過ぎ去るのを待つ。
 ──室内に反響するかすれた歌声は、歌った本人が眠ってしまっても、スモーカーの耳にずっと残っていた。