バイクの話

二人が世界の終わりについて話す海岸線でのある日

バイクの話

 明日世界が終わるなら、と地平線を見ながら話した。
「終わり方はお前が決めていいぞ」
 荒船らしくない仮定の話に、穂刈は迷った。二人で座っている浜は、夏の始まりのぬるさがある。少しずつ海岸の砂をすくいながら、穂刈は話し出した。
「大量にトリオン兵が来て終わる」
「それはあり得るな」
「本部に襲撃がくる……これは一緒か、トリオン兵が来るのと」
「そうだな」
「あとは……思いつかないな、天災か、彗星が降ってくるとかしか」
 夕暮れから夜に変わる海は、わずかな気圧の変化で波をざわつかせていた。二台のバイクが二人の後ろで影を伸ばす。
 まもなくこの影も、夜に飲まれてなくなる。買ったばかりのバイクは今だけの光を一生懸命に集めて車体を艶めかせ、二人の背中を映していた。
「そのときはこのバイクもなくなっちまうな」
 あんなに頑張って取った免許も、と荒船が笑うと、穂刈はそれは困るな、と思った。
 ──バイクも免許も、どうでもいいと笑われるかもしれない。それよりも世界が終わるのだ。
 この惑星から逃げるために、ボーダーの遠征艇にはきっと人が群がる。ただ、その定義でいう世界とはどこまでなのか。宇宙ごと終わるのであれば、遠征艇に乗っても無駄だ。
 穂刈はそれでも、バイクと免許のことを考える。二人で通った教習所での日々や、バイクを選んでいた雑誌の束を。二人で互いに内緒にしておいて、納車された当日に見せ合ったことを。
 同居を始めた日の緊張や、二人で家具を入れられなくて困惑した思い出も。それよりまえなら、やっぱり荒船隊を結成したときのことが鮮明だ。高校一年生の半ば、荒船と散々話し合って決めた。パーフェクトオールラウンダーへの道は果てなく険しく思えたが、支えているうちに荒船は次々と課題をクリアして狙撃手へ転向した。そして銃手になり、オペレーターの仕事も覚えてしまった。加賀美が荒船のあまりの吸収力に、呆れて肩をすくめていた。
 それから、荒船隊が解散するまえ、最後にみんなで食事をして祝った帰り道を。隊を離れても一緒にいたいと告げて、荒船がいいぜと言った日も。
 誰かにどうでもいいと笑われようと、穂刈にとってそれが全てだった。穂刈の考える「世界」とは、そういうささやかな幸せのことを差す。
「世界が終わったら、惜しいと思うか、荒船も」
「なにを」
「バイクを」
「もちろん惜しい」
 当たり前だろ、と荒船が付け加えて、その意味を──世界の終わりに自分と過ごした数々をきっと荒船も頭に思い浮かべるんだろうと汲み取ると、穂刈の頬に熱がこもった。
「なんだよ、聞いておきながら照れんじゃねぇよ」
 そう言って手元にあったヘルメットを動かした。もうバイクに戻るんだろう。青いラインの入った丸いヘルメットが荒船の頭を覆った。
 穂刈からはもう彼の顔は見えなくなってしまって、けれど残念だとは思わなかった。足早にバイクへ戻る歩みが忙しないのも、荒船の照れ隠しの一つだと、どうでもいいことを知っているからだ。