電話をする話

電話をする話です 深海に潜るとでんでん虫が聞こえづらくなるという捏造があります 話し声が聞こえづらい時間帯にあえてかけてるロ〜
ちょっかいをかけて好意を表すタイプと、好意をどう表したらいいかわからず時々優しくしてみたりするタイプ、の二人(ちょっとだけどうでもいいあとがきをつけてます)

電話をする話

 スモーカーの声が聞こえにくくなる数分間が、ローは好きだった。
 ポーラータングが海底探索のために深く潜ると、電伝虫から聞こえる声が途切れがちになる。ようやく細い糸をたぐるように回線が見つかった。遠くに聞こえる相手の声が状況を察して、
『もしかしてそこは深海か?』
 と尋ねてくる。
「そうだ、ずいぶん深くまで来ちまった」
『今度はなにを探してる』
 疑われている──というより、呆れている、に近いスモーカーの喋り方にローは笑った。スモーカーの注意を聞かないで物事を進め、トラブルの引き金を引くこともある。起こした後始末を任されるのはいつも海軍だ。今は電話の向こうで重苦しく葉巻を吸っているだろう。
 わざともったいぶって、ローは話す。
「海に眠ると言われた財宝」
『そんなのにお前は興味ねェだろ』
「おれがなくても、クルーにはあるさ」
 それは本当に、そうだった。この先の海底洞窟に宝が眠っていることを、海図が指し示している。
 この海図は骨董市で古びた皿の上に投げ出されていたものだ。誰も気に留めてはいなかったが、クルーのうちベポだけがその正体を暴いた。暴かれた途端、シャチがすぐに小遣いをはたいてそれを買った。宝でなければシャチは今後数ヶ月、財布がわびしいままだ。
「そんなわけで、ここに宝が眠っててくれねェと困るんだ」
『おやさしい船長やってんだな』
 かすかな男の息に、ローはスモーカーが煙を吐き出したことを耳で感じた。残りの聴覚には、深海で揺れる生物がポーラータングの船体に驚いて足早に遠ざかる音と、潜水艇のエンジン音が入ってくる。
「お前にだってやさしいだろ」
『どこがだ、いつも問題起こしやがって』
 ローが、はは、と屈託なく笑えるのはいつからだったか。今では世界中どこでも、穏やかに航海ができる。ポーラータングに挑戦しようなどという海賊は見かけなくなった。ルーキーと呼ばれた時代はちょっとまえのことだったというのに。だから自分たちから冒険を見つけにいくことが増えた。
 ──そのうち、受話器越しにざらざらとした音が聞こえる。海深くに入っているから、互いの声がさらに遠くなった。
「ああ……回線が悪くなったな」
 ローは電伝虫を自分の方に近づける。受話器をより手前に持ってくる。スモーカーの声などしないことの方が多いこの通話は、そう近づけても聞こえる量はさして変わらないのに、一つ一つ拾えるようにする。
 それは故郷のシスターが「人の話を聞くときは、最後まで真剣に聞きましょう」だなんて教え込んだからだと、のちにローは思う。今はもう海賊で、故郷を離れてずいぶん経った。それなのにあのときあの場所にいた人たちに教わった数々は、今もローの胸にしまいこんである。
「始末書が増えたか、白猟屋」
『それはてめェが……いや、いい。過ぎた話を言ってもお前は反省しねェからな』
「なんだ、叱らないのか」
 いつもみたいに、と言えば、いよいよスモーカーはため息をついた。
『叱ってほしいか、ロー』
 これは二人にとって、少し甘い言葉だ。ローはベッドの中を思い出した。
 ──この歳で抱かれる、ということに恥じらいがある。だからローは始まるまえに悪さをする。相手の耳や舌を噛んだり、指を舐め回したり、わざとうすく喘いだフリをする。興奮を誘う、というよりも、かけ合わせて二乗する、という方が正しい。ローも等しく興奮している。
 そうするとスモーカーは必ず眉間にシワを寄せる。ちっとも思い通りに動かないローをたしなめる。ついには「いい加減にしろ」と言うくせに、手のひらは浅く焼けた肌をただ撫でる。叱っているつもりだろうが、言葉は弱い。スモーカーがきちんとこっちを向いていると、ローは満足してからかうのをやめるのだ。
 それをスモーカーは、ただの海賊の戯れに過ぎないと思っているだろう。
「察しの悪い野犬に噛みつかれるのはごめんだ」
 ローは鼻を鳴らした。
 幼いころに故郷で、ずっと我慢していたことがある。
 子どもたちに目をかけなければならないシスター、家業で忙しい父と母、構ってほしくて甘えるラミ。彼らに悪さをすると迷惑をかける、叱られる。そう考えてじっと堪え、とうとう爆発して泣いた。ちゃんと話せず、我慢をしてしまった結果だ。シスターや父母は抱きしめてくれ、ラミは「宝物あげる」と絵はがきをくれた。幸せな記憶だ。わがままを言ったり、相手を困らせたりすることも、健やかに育つ過程で大事なんだ、とそのときわかった。要求を通すために主張することは大切なことで、叱られるのは嫌われるのと同意ではない。
 甘えるために、スモーカーに児戯にも似た悪さをするのは、主張の裏返しだ。
(それをこいつの鼻は、肝心なところで効きやしねェ)
 深海をゆっくり泳ぐ魚を窓から眺めながら、スモーカーの掠れた語尾を耳が拾う。
『いつも聞こえの悪いときにかけてきやがって』
 スモーカーはローの甘えに気づかず、面倒な相手だと思っている。声からその様子は丸わかりだ。ローは寂しくは思わなかった。自分はしょせん海賊で、仕方のないことだからだ。
 ただその面倒な相手からの通話に、みんなが寝静まった夜中に律儀に出ることは、少しはローの甘えを理解し始めたということなんだろうか。
「海軍のタイムスケジュールに合わせてたら、いつまで経ってもかけられねェ。潜航中がいちばんいいんだ」
 ローの周りを、ゆらゆらとランタンの火が左右に動く。暗い海の中で、潜水艇のライトと船長室だけが明るい。海の底で不思議に思った魚たちが、興味深そうに窓からこっちを覗いていた。深海の盗聴者たちは、ローが抱える受話器の電伝虫を眺め、生き物が働いている姿を面白そうに見ている。
「クルーは寝る時間だし、聞いてんのは魚ぐらいだ」
……寝てねェのか、お前は』
 自分より年上の、低い声だ。この声で恫喝どうかつされたらそこらの海賊は震え上がるだろう。こんなふうに大人しく、牙をしまって話すこともあるのだ。それを知れば海賊たちは、どんな顔をするのか。ローの船のクルーだってきっと同じ顔をする。
 そのスモーカーの声が、さっきから大きくなっている。怒っているわけではなく、彼も受話器を近づけたのだ。ローの声をより間近で聞けるようにするため、と思うのは自惚れすぎか。
「これが終わったら寝る」
 ローは少し口を滑らせすぎたな、と金色の目を電伝虫からそらした。睡眠時間の削減を、この男は良しとしない。
『早く休め』
「命令するな。……じゃあな、スモーカー」
 おやすみ、と言う声に、返事はない。けれどローが電話を切るまで、スモーカーの息遣いと葉巻を吸う音は決して止まない。毎度必ずそうだ。ざらざら、ざらざらと砂のような回線の悪い音の中で、耳のいいスモーカーにとっては不快だろうに、ローより先に切ることはない。
 そこに残されている意味を毎回たぐり寄せようとする。人を抱くときに弱く叱ること、深夜の通話に出ること、睡眠時間を確保していないと渋い顔をすること、こっちから通話を切るまでスモーカーから切ることはないこと。
 ローは意味を考えようとして、ベッドの上に仰向けに倒れ、やがて放棄する。今はまだいいか、と頭の上で腕を組んだ。そのうち相手が気づくまで、放っておくのがいい。
 明かりを消すと、興味を失った深海の生物たちが一匹ずつ離れていった。魚たちによって、水流のうねる音が聞こえる。夜更けの時間はいつもよりずっと、ローをやさしく穏やかに包んでいるような気がした。


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あとがき、というより全然関係ないでんでん虫にまつわる話

この話を書く前に、過去にどなたかが描かれたスモロ作品でテレセの漫画があって拝読したのですが、
あの時代のテレセに使われるツールはでんでん虫だから、ローのでんでん虫が顔を赤らめたりイキ顔してたりするので、スモやんが「次からは映像でんでん虫を送ってくれ」って言うギャグストーリーがあって、大爆笑してましたたしかにそうか、そうなるか!という気づきでもありました