穂刈のいない作戦室での話

本編よりちょっと前のあらふね隊作戦室での話 あらふね君がほかりのことを意識し始める自覚のはじまり
穂←荒です

穂刈のいない作戦室での話

 もしも、と半崎が口を開いた。
「荒船隊が組めなかったら、どうしてたんすか」
 たとえば人数が集まらないとか、オペがいなかったらとか。と半崎はつけ足す。
 荒船は質問の意図について聞こうかとも思った。が、半崎は基本的に、深い真意を疑って探ってくるような後輩ではない。あるかもしれないが、そういうときは前もってその旨を聞く。だからきっと今回のは気まぐれで思い立った質問だ。荒船は答えを探すことにした。
「どうしてたか……漆間のところみたいに、一人でもまずはやってみてたかな」
「じゃあ最初からパーフェクトオールラウンダーの計画はあったと」
「レイジさんを見てからは、そうだ」
「一人でやるのは相当大変だろうね」
 横から加賀美が言葉を挟む。
 なるほどたしかに、編成がなければかなり大変だった。戦闘一つとっても自分でしか確認をできないし、データを取るにも協力なしには難しい。
「最初に隊を組むとき、荒船くんの計画に穂刈くんが乗ってこなかったら、この形はなかったってことか」
 パソコンのまえで結成当時のファイルを開いた加賀美がそう言って、次の瞬間、
「見て見て、懐かしいよ」
 と二人を呼んだ。半崎に続いて遅れて荒船も覗き込む。写真の中の半崎が、かなりぎこちないのを笑ってしまった。
 ──あのとき、荒船隊としてやっていこうと少なからず意気込んで作戦室に来たら、加賀美がカメラを持って立っていた。「並んで並んで」と急かして三脚にカメラを乗せ、「ええ〜……」と半崎が引きつった顔をし、しかしその彼を中心に囲んで写真を撮った。そのおかげで四人の関係が縮まったように思う。
 穂刈や加賀美は対人関係で気負いなくバランスを取ることができるし、荒船や半崎も気を使って喋らなくなるような人間でもない。戦闘面でこそ課題はあるが、その課題を克服するための話し合いはいつもスムーズだ。
 自分と同い年の二人と、年下の半崎と。隊の年齢としては中堅寄り、経験は浅い。常に新しいことを模索する荒船の動きはどの隊からも注目されていた。のしかかる圧は大きかった。パーフェクトオールラウンダーになるからには課題だらけの毎日だった。
「でもさらっとやってたように見えましたけど」
 半崎が肩をすくめ、荒船は笑う。次々と難問に挑む姿勢がやりこなしているように見られていたのであれば、周囲に心配をかけずにやれていたんだろう。
 これまでのことを滔々とうとうと考え、あまりに滑らかに思い出が蘇ってきた。
 しかし。
「それじゃ、穂刈さんと会えてなかったら?」
 半崎のその一言は、荒船の中で考えたことのない「if」の話だった。
 会えていなかったら? と巨大で不可思議な色をした疑問符が頭に浮かぶ。
 それは肥大し、頭の内で荒船の多くの思い出を食べていった。穴だらけになった思い出は、どこをとっても欠けていて、隙だらけで、不十分に感じた。たとえば穂刈のいない三人で戦闘に赴いても、その状態ではきっとランク戦も負けっぱなしだった。そういう確信が荒船の中に強くえぐるように残る。穂刈がいなければ埋められないパーツばかりを食い破られた頭は、はたから見れば組織として機能はしても、血液がうまく回らない。酸素を運べない。
「変わらず、パーフェクトオールラウンダーになるために進んでいただろうな」
 まるでなにごともないように荒船は言う。半崎は「やっぱ、そうっすよね」と頭の上で腕を組んだ。彼にとっても予想ができた意見だったんだろう。荒船への理解度の高い後輩である。
「でも」
 と荒船は続きを切り出す。半崎が伏せそうになっていた目を無理やりこじ開けていた。まさかこの先があるとは想像していなかったらしい。
「息は、しづらいだろうな」
 ……作戦室の扉が、荒船の言葉から数秒遅れて開いた。開いた途端、外と中の空気がわずかだが入れ替わる。
「遅れた、悪い」
 今までいなかった穂刈が学生服の姿のまま入ってきた。加賀美が、
「お茶入れようか」
 と腰をあげ、もらいものの菓子を数個トレーに載せた。その数がきちんと四つあるのを荒船はどうしてかほっとした気持ちで眺める。
 穂刈がロッカーへ行き、半崎もそれに続いて手元でもてあそんでいたゲームをしまいにいった。軽く雑談をしている横顔は、もうさっきの質問の答えで満足しきっているようだった。
 荒船だけは、誰にも気づかれないように深呼吸をする。
(今まで、こんなことなかった)
 たしかな呼吸をしている自分を知り、帽子をかぶったままの頭をかりかりとかいた。換装体のはずなのに、肺の循環と心臓の鼓動を強く感じる。息をしていることに初めて気がついたかのように、もう一度深く作戦室の空気を吸い込んだ。穂刈だけがそれに気づき、
「大丈夫か?」
 と声をかけられる。荒船は、自分の気持ちが呼吸と共に外に漏れ出してしまわないか気にしながら、ひっそりと声を潜め、
「大丈夫だ」
 とつぶやいた。