単純で明快な話

不器用で自分の気持ちがいまいちわかっていない二人の話
本編終了から数年後設定、スモの過去や家族捏造大いにあります
スモとロ〜は「あんたたちスモロだよ」と第三者に言われて初めて気づくことが多そうだな、と思って書きました

単純で明快な話

 スモーカーの家には、それなりに古く貴重なものが揃っている。ほとんどを父親から譲り受けたらしい──この話は、珍しく花を買うスモーカーのうしろについていったときに聞いた。

 あの日、買った花を墓に供えた。スモーカーが長い間、墓のまえでしゃがんだままだった。葉巻の煙が細く空へたなびき始めたころ、そういえばこいつの腕についた時計も古びたデザインだったな、とローは気づく。
「早くに死んだ、親父は」
 スモーカーが愛用の手袋をはめ直し、ようやく腰を上げた。左手に持っていた酒を墓石にかける。真っ白い百合ゆりにかかる酒は透明だった。琥珀色の酒が好きなスモーカーにしては珍しい選択である。
「ラムとウイスキーだけは、教わらなかったな」
 だからこれはジンだ。そう言って、陽の匂いに混じるかすかな酒の芳香を静かに受け止めていた。
 スモーカーがゆっくりかかとを回し、墓をあとにする。
「どこへ行く?」
 ローはできるだけ平坦な声を出した。花、葉巻、酒、前日の雨でぬかるんだ土。まるでスモーカーの墓参りをおごそかに進めるように、どれもが微量な香りだった。その雰囲気を壊したくはない。
「道具屋だ」
 この街の地理はローにはわからない。黙ってついていった。
 ローグタウンより少し外れの小さな街──ここでスモーカーは生まれた。
 真っ白い髪の少年が路地裏であざを作り、ほこりにまみれていたらしい。同い年の子どもより体が大きくて、年上に目をつけられることが多かった。鉄パイプと角材が転がる工事跡で初めて人を殴ったとき、必死すぎてなにを握って殴ったか覚えていないそうだ。
 母親はスモーカーが生まれてすぐに亡くなり、父親がよく連れていってくれたのは今から行く道具屋と、何丁か先にある酒場だと聞いた。
 道具屋は質屋も兼ねている。スモーカーの父親にとって無益だったり、母親の思い出によって苦しめられるものでしかなくなった道具を質に入れ、酒を飲むための金を作ったそうだ。
 それでもこの男が父親の持ち物を愛用するのは、きっとスモーカーへかける愛情は本物だったからだ。ローは二人の生活を盗み見たわけではないが、たやすく理解した。
 ──道具屋の年老いた店主はスモーカーの顔を見ると、丸メガネの中から目を細め、次いで大きく見開いた。
「スモーカー、久しぶりじゃないか!」
 懐かしむ声が大きくなり、耳がいいスモーカーには痛い声量であろうが、わずかに片眉を上げるだけで留まった。そして店主に聞こえるよう、ゆっくり話してやっている。
 ローは、この大柄な男がそういう細かい気遣いができることに最初は驚いた。けれどたしかに、父親から譲られた一つ一つを愛用して手入れするところを見ると、案外まめな男なのかもしれない。
「ロー」
 ぼんやり店内を見回していると、スモーカーに呼ばれる。
「記念コインを集めてるんだって? ちょうど良かったよ」
 と言い、店主はカウンターの下から厚みのある本を取り出した。黄ばみとほつれのひどい表紙をめくるとそれは本ではなくて、型紙の中にコインが四つはまっていた。
「それぞれ四つの海が描いてあってね」
 店主はまるで我が子のように、愛おしく中身を撫でながらほほえんでいた。ローが普段集めているコインとは違うタイプの保管方法に、その記念コインを作った人物のこだわりを感じて目を輝かせる。
「お前さんはどこの海で生まれたんだ?」
ノースだ」
「北か……それだとこのコインだな。出身地のコインだけであればまけてやるが、どうだ?」
 と言われたが、ローは全てが欲しかった。セットで飾る方が断然絵になる、形になる。
 迷って、ひとまず店内を一周した。
 ダークトーンの壁とぶら下がる豆電球のライト。羽が一部折れた換気扇がほどよく空気を入れ替える。広くはない店内で、品物の数がとにかく多い。紙の値札が下がっているもの、棚の奥で値段もつけられずに眠っているもの。全てにほこりはかかっていなかった。きっと朝早くから、店主がはたきを持って掃除するんだろう。
 ふと、ケースに置かれた貴金属の中で、ちいさくか細い音が聞こえた。
「これは?」
 ローが指さした先を、店主は見ることもなく答える。
「懐中時計さ、この間ネジを取り替えたばかりだ」
 おもちゃのような指輪やネックレスに埋もれていたそれを、指先でつまんで引きずり出す。チェーンが絡まってしまっている。カチカチと鳴る秒針の音は繊細だが、手のひらにちょうどよく収まる大きさでしっかりとした重みがあった。首から下げるには少し難しいほどだ。決して万人受けする品物ではなかっただろう。ただ表面の傷は、所持していた人物がよくこの時計を使っていたことを表していた。
 ひょいと大きな手にその時計が持っていかれる。
「親父のだ」
 スモーカーの手で懐中時計の文字盤が開かれ、裏にもう一つ小さな写真くらいは入れられそうなスペースが現れる。うすい金に囲まれた小部屋には、表裏が全く同じ柄の一ベリーコインが入っていた。けれど商品に偶然金が入っていたからと言って、表裏が同じでは使いものにならない。
 スモーカーがなぜか渋い顔をして、時計をローの手に戻した。
「気に入ったかい?」
 店主が笑うが、どこか含みがある。ローだけがわからないまま、二人を交互に見やった。
「それを質に入れて最後、親父は酒場に行かなくなった」
 スモーカーが葉巻に火をつける。店主は禁煙だと文句をつけず、灰皿をそっと取り出した。
「金がなくなったのもあるが、まあ……イカサマができなくなったから、賭けに負け続けんのはさすがに参ったんだろ」
 ローは思わずコインをもう一度眺める。角がすり減っていて、親指で散々弾いたであろう跡があった──「表が出れば、おれの勝ちだ」という父親の決まり文句を合図に、何度これは宙を舞ったのだろう。
 スモーカーが葉巻の煙を吐き出すのと同時に、ローは店主に向き直る。
「この懐中時計と一緒に買うから、さっきの本の……四つともつけてまけてくれねェか?」
 店主に問うと、彼は面白そうに自分の顔をくまなく見てくる。
「その時計は重いし使い勝手のいいものじゃないよ、品物自体は悪くないけど」
「そうだな」
「あんた、海に出る人だろう? それは潮風に弱いから、常に内ポケットに入れるか、引き出しにしまっとくかじゃないと」
「わかってる」
 ローの食い下がりに、スモーカーが怪訝な顔をした。ローはニヤリと笑う。
「大事な選択を迫られたときに使わせてもらうさ……たとえば、海軍に協力したあとの分け前を決めるときとか」
 スモーカーが、おおげさに顔をしかめ、強面に拍車をかけた。
「おれはタネを知ってんだぞ」
「次にお前が見るとき、どっちも裏のコインになってるかもしれないぜ?」
……いい性格してやがる」
 店主は、おや、という顔をして、レジスターを開きながら笑う。
「尻に敷かれてるな、スモーカー」
 あんたの父親もそうだった、とスモーカーをからかいながら、ローに釣銭を渡す。ローはきれいな金色をした数ベリーを手の上で転がした。
「冗談じゃねェ、平気で人の心臓を抜きやがるやつだぞ」
 そんな話をしても普通の人間ならピンとこないはずなのに、店主は、
「ああ、それがこの人のことか」
 とさもわかった顔で納得していた。
 どういうことだ、とスモーカーを見ても、なにも言わない。
「邪魔したな」
 とだけ言い、灰皿をつき返してさっさと道具屋から出ていってしまう。自分から店へ誘っておいて置いていくとは、と呆れていると、
「あんたの話、酔ったスモーカーがたまにするよ」
 本当にたまにね、と店主が切り出した。
 彼はスモーカーがここに現れてから、ずっと嬉しくてたまらないという表情をしている。それは懐かしい顔が見れたからだと思っていた。けれどどうやら、ローの存在もあるらしい。
「おれの話?」
「おっかない海賊なんだろ、心臓を抜いたり、体を切ったり」
 そういう俗物的な話を、あの男もするのか? ローは窓ガラスから外に出て一服しているスモーカーを見た。今日は正義の一張羅を着ていない。着古したフィッシャーマンジャケットに、ジーンズを履いている。
「──でも血が流れないんだとか」
 ローは店主を見た。足腰が弱いのか、カウンターに座ったまま揺れるように椅子を動かし、札束をレジにしまう。
「なんだって海賊がそんなやさしいんだ、ってね、悔しそうに言ってた」
「やさしくなんか」
 あいつはおれの能力の、どこをどう見て言ってやがる。ローは複雑な胸中のまま、話を聞いた。
「だって切っちまえばいい、その方が早いだろ」
……おれは人は殺さない」
「海賊のセリフとは思えないね」
 そんなことは、今まで散々言われてきた──自分を殺せ、ひと思いにやれ。まるで選択肢が生と死しかないみたいに、ローに決断を迫ってくる。
「だからきっとこの街に連れてきたんだろうよ」
 店主はそう言って、「おまけだ」と懐中時計の絡まったチェーンを切って新しい鎖をくれた。純金製の細いそれは、錆も傷みもなく、真新しい。
 ふと時計の重さがなにかに似ていることに気づく──買ったばかりのこの懐中時計は、スモーカーの心臓に近い重みをしているのだ。
 ローの手の中でカチカチと鳴る時計は規則正しい。鼓動のようだ。正しく血を送り、正しく呼吸をさせる。今もスモーカーの体では、あのとき握ったのと同じ心臓が温かく脈打っている。
「なんでおれをこの街に連れてくることが、関係あるんだ」
 心底わからない。とローは眉間にシワを寄せる。
 ……海賊として過ごしてきた。ファミリーでは人の心の機微なんて、考える余裕もなかった。コラソンが死んでからは、たった一人自分を見てくれた男への愛と本懐のために生きてきた。ドレスローザを出たあとは、同盟相手の一味と共にひたむきに走ってきて、まえしか見ていなかった。自分の中にクリアに思い出される人物は数えるほどで、それらは全て境界線の内側にいた。心を許すとはこういうことか、とふと考える。
 ただ一度、パンクハザードであの男が──スモーカーが自分の心臓を手のひらに乗せた瞬間から、境界線の外側なのにはっきりとスモーカーの姿を映した。そういう存在はローにとって初めてで、いまだにこの関係に名前をつけられないでいる。
「わからないのかい? あいつがこの街に連れてきた理由」
 単純な話だ、と店主は肩をすくめて笑った。
「あんたのことが、気に入ってるのさ」
 ……自分の心臓が、パンクハザードのときのように静かな脈を打つのがわかった。もう一度手のひらを見れば、ローの心臓よりも少し重い懐中時計が冷静に時を刻む。これにはスモーカーの父親の記憶も封印されている。
 あの男の全ては海軍にある。あるが、こんな過去もあったのかと知らしめられ、そしてそれを無意識の内に欲しがり、手に入れた自分は──果たしてスモーカーをどう思っているのか。
「今日はあんたら、運がいいよ。この先の酒場が安くビールを出してる」
 店主の指差す方角にはたしかに大きな酒場があった。スモーカーの父親がよく訪れていた場所だろうか。
 視線の先にいるスモーカーは、道具屋から出てくるローを待ちながら、もうすぐ葉巻を吸い終える。多分、次にローをあの酒場に連れていきたいんだろう。どうして男がそういうことをするのか、ローはもう店主に問わなかった。