未練の話

あけましておめでとうございます 年始にみかどに帰ってくる飛行機の中でのほかりの話
よりを戻した後初めての年末年始で、一度別れる手前までを経験しているから、もう二度とそうなりたくないと思っている、という設定もあります

未練の話

 久しぶりの長旅だった。あらかじめCAに借りたイヤホンで、隣に荒船はいないけれど、映画を見ようとふと思った。

 三門へ帰るために近隣の空港へ降り立つ航空機の中で、穂刈は手土産を荷物入れに納めた。
 三名がけのシートの通路側が穂刈の席だ。外の景色を眺めるサラリーマンの青年と、目深に帽子をかぶってすでに眠る体勢を作っている年配の男性の横で、穂刈は高い背を折り曲げた。後ろを歩く人に配慮しながら、席に座る。
 離陸の圧力を受けてしばらく経つと、機内にシートベルト着用サインが外れた旨のアナウンスが流れる。隣の男性が起き、慌ただしく席を立った。サラリーマンはパソコンを取り出し、集中して文章を打っている。穂刈はイヤホンを取り出し、備え付けのリモコンを操作した。
 穂刈と同居している荒船哲次という男は、非常に映画が好きで、特にアクション映画を好む。こういう場合、彼ならなにを選ぶのか。
(あいつなら)
 と考え、穂刈はちいさく首を振った。
 機内の無料サービスだというのに多様なジャンルが見られるのはありがたい。選択肢が多くある。ようやく騒がしい旅先(今年は遠方の親戚の家から直に本部へ戻ることになった)から逃れて三門へ戻るから、なるべく静かな映画がいい。アクションものは外す。
(盛り上がれないからな、荒船がいるときじゃねーと)
 隣の男性が帰ってきた、手洗いを済ませたらしい。椅子に腰を落ち着けると、ふたたび目を瞑って眠ろうとした。穂刈は横目でそれを確認しながら、映画をスタートさせる。スローな音楽が耳から入り、画面も静かだ。これならたとえ目に入ってしまっても、男性の居心地を邪魔しないだろう。
『空港で待ってる』
 出発時刻のまえに、荒船から届いたメッセージを思い出す。そのセリフが、ちょうど映画の中のワンシーンとかぶった──男性が女性への未練を断ち切れず、帰りを待つために言う場面だ。
 この未練を、穂刈はわかる。
 穂刈と荒船は、別れようとして結局離れられなかった過去があった。未練を残して過ごすのは一生後悔しそうだから、と、穂刈からもう一度荒船を追いかけた。
(荒船は、俺も同じく追いかけたと言ってたけど)
 果たしてどちらの気持ちが大きいか、はこの場合、比べるものでもない。それに穂刈は、荒船が自分にそれだけ未練を持っていたということにただ驚いた。滅多に執着を見せない男だったから。
 だから空港で待っている、なんていう珍しいケースは、荒船の期待と不安を表しているのかもしれない。穂刈が帰ってくる喜びと、距離が離れていた間の寂しさと。
 穂刈は視線だけを画面に向けたまま、頭の中では荒船のことばかりを考えていた。こんなふうに彼のことに限って深く沈むように一つ一つ真剣に考えるのは、穂刈にとっても珍しいのだ。

 まもなく飛行機は離陸体勢に入る。穂刈は出していたテーブルを戻して、残りは映画に集中した。
 きっと映画は最後まで見れずに終わってしまうだろう。あの男女の未練の続きを知りたいから、帰ったらレンタルショップに寄ろうか、配信サービスを検索するか。そのときにはもう横に荒船がいて、「そんなに気になる映画だったのか」と目を細めて笑うだろう。その映画が終わったら、今度は荒船が見たがっていたアクション映画を見るのもいい。