相性の話

ロ〜が相性占いをふとやってみる話 ちょっと進展したかもしれない二人

本編数年後、🚬がグラン…ラ…ンのどこかに家を買っていて(海兵継続)、🐯は数ヶ月に一度遊びに行ってる設定です

相性の話

「占いが流行ってたことがあってな」
 それだけで、ポーラータングのクルーたちが、和気藹々あいあいと過ごすシーンを想像できる。この男をキャプテンと呼んでは笑う明るい彼らが、一つの占いの本を覗き込んで真剣な表情をしたり、からかい合ったりするんだろう。
「カードや血液型、星で占うのもある」
 スモーカーも、ヒナやたしぎから聞いたことがある──互いの相性を知りたがる人間が、恐る恐る信じてみようとするものだったり、その結果にすがり、良し悪しに落ち込み、または歓喜するものだったりするから、おれとは対極にある概念だな、と話半分に聞いた。
 血液型といえば、ローにとって医療の場面で見かけることが多いだろう。人の体に平等に赤く流れるものを分類し、パックに詰め、適合者に輸血する。間違えば悲惨。慎重な扱いが必要とされる。
「この脈に流れる血が、相手とつながりたいと思うときに、相性のパーセンテージを測る材料になるなんてな」
 寓話に出てくる吸血鬼でもない限り、そんなことがわかるとは思えない。相性なんて、話したり、触れ合ってみないとわかりはしないのだ。
 ……スモーカーは、ローが尋ねてきた意図を測る。
 ローは気まぐれな男だ。意味もなくこういう話を繰り出すときもあれば、意味を持つときもある。
「なにが言いたい」
……別に。そういうことがあったってだけだ」
「占いを信じる人間なのか、お前は」
「そりゃ、もしも相性のいいやつらの血液同士が合わさって、光ったりするっていうんだったら、少しは信憑性もあるんだろうがな」
 あとはカードが勝手に動き出すとか。ローはありもしない話を次々としたあと、息を吐いた。
 つまりは、信じていないのだ。信じていないのに、なぜそんな話をしたのか。
 ──ローがスモーカーの家に来るのは、半年以上ぶりだった。今日は読みたい本がある、とローがソファに身を沈め、一時間以上は二人で黙々と時を過ごしていた。離れていた期間が長かったとしても、いつもの二人の姿だった。特段気まずいとも、なにか話さないと、とも思わなかった。ローが話し出したのも、本を読み終えたごく自然なタイミングだった。
 外は薄暗く、高い位置で発光している月はまもなく時刻が深夜を迎えることを表している。普段ならちりばめられている夜空の星は、月明かりのせいでなりを潜め、人の気も知らずゆっくりと空を回っている。
「一番無難なのはカードかもな。星は今日の空じゃ無理そうだ」
 まるで考えを読まれたように、ローが言った。
「やってみるか?」
 と人を食ったような笑みを浮かべるローに、スモーカーはうさんくさそうに目を細めるが、
……おれにはカードの結果が良いのか悪いのか、見てもわからねェ」
 と言い放った。
「へぇ」
 とローが珍しいスモーカーをじろじろ眺めている。まさか許されるとは思わなかったんだろう。どうせ、許可を出さなくとも勝手にやるくせに。
「そのうるせェ視線をやめろ」
 しつこいと取り上げるぞ、と言うと、ローは鼻で笑って、古いカードを混ぜながら視線を床へ落とす。暖炉のまえに、灯りを落とし、冷たい木目の上に一枚ずつカードが並んでいった。
 今夜のローの眠る場所はすでに用意されている。スモーカーが毛布を火で温めた。甲斐甲斐しく手間をかけたのは、近頃夜が寒すぎるこの地方で、風邪を引かれるのが面倒だからだ。この男はよく、自分の管理を忘れて本に没頭することがあるから。寒い体をこすりながら湯を沸かしたり、暖炉にあたりにきたりするから。今も、冷たい床であることも気にしないで、タトゥーの入った骨張った指がカードをなでている。
 まあ、適当に切り上げて、眠たくなれば寝るだろう。スモーカーは愛用している一人がけのソファに深く座り、目を閉じる。
 スモーカーが寝るまえに見たのは、床に投げ出されたままのカードだった。ハートとスペードが交互に交じり合って並んでいる。ダイヤとクローバーは端に寄せられていた。一体どういう占いをやったのか、皆目検討がつかない。
 ただ、ローの視線が四つのスートを見つめたあとに、あごに手を当ててこっちを見ていたのだけは気づいた。その表情は読めなくて、
(一体どんな結果が出たんだ)
 とひどく後味の悪い寝入りを覚えた。
 ──朝起きて、あのカードが床に残されていることはないだろう。現にローは、冷たい床に裸足をくっつけ、カードを拾い上げて片付け始めている。

 重たいまぶたを開けた。
 暖炉の薪がパチパチと小さく爆ぜて、弱まった炎を揺らしていた。灰がいくらかかき出されているから、きっとローがやったんだろう。
 膝に、ローのために温めた毛布がかかっている。あいつはどこで眠ったのかと客室を開けたが、姿はなかった。最後に見た、暗がりにぼんやりと浮かび上がるような、ローのつま先が思い出される。
(もしかしたら、船へ帰ったか)
 スモーカーは自分の寝室のドアを開く。
 部屋の中心には大きく切り取った窓がある。その部屋は、ベッドとサイドチェストと、いくつかの棚が置かれ、本が二冊ほど倒れていた。床のほこりがわずかに足跡を生んでいる。自分のよりも小さなその足跡はぺたぺたとベッドにつながっていて、ここで寝たのかよ、と額に手をついた。
「ロー」
……ん」
「自分のベッドがあるだろ」
 ときどき、ローはこっちのベッドで眠ることがある。年に一、二回、あるかないかだ。まえに尋ねてみると、「客室は寒いから」と言われた。北の海出身なら、こんな寒さ訳ないだろうと思うが、ノースから離れてずいぶん経つから、体が順応しきれなくなるのも無理はない。
 うやむやな返事をしたまま動こうとしない痩躯を、動かすことは諦めた。スモーカーは上着を一枚脱いで、ズボンとTシャツだけになった。この男が横にいるとき、ベッドの中が嫌でも温かくなる。
 ──ふと、枕元に一枚だけ、カードがあった。ローがしまい忘れ、服にくっつけてきたのか。スペードのマークが何個が踊っていた。邪魔なそれをチェストに避けると、ライトを消す。
(そういえばこいつは、カードでどんな結果を見たんだ)
 仰向けに横たわると、月の光でぼんやり照らされる天井に、煙のシミができていた。まるでさっき見たスペードの散らばりのようにも見えて、スモーカーは目を逸らす。
 腕にわずかに触れたローの肌は、ざらつきもせず、かといって吸い付くようになめらかなわけでもなく──不快、ではない。それだけは、眠る上で障害にならずに良いことだとスモーカーは思っている。
 カードの相性占いでは、こんなところまで見抜かれていないだろう。そう思いながら、目を閉じた。