ある俳優の話

現パロ 遅咲きのアクション俳優の私生活について、世間が少し知る話
続きたい、ロ〜が訳ありな設定だけあります

ある俳優の話

 インタビュー動画はこう続いている。
「それじゃあ、スモーカー。あなたはあの世界的に有名な映画に出ても、相変わらずアパートメントに住んでいて、身辺警護も必要としてないって言うの?」
「別に必要ない。なにかあれば自分で対処できる」
「でも……そうね、たとえば、あなたが独り身じゃないという噂は多いわ。もしかしたらパートナーが、あなたのパパラッチに嫌な目に遭わされることはあるかもしれないわよ?」
 視聴者は誰もがそう考える。
 スモーカーは、三十代を過ぎてから売れ始めた珍しい俳優だ。ウォールストリートのビジネスマンをスカウトしてここまで磨き上げた、と所属事務所は鼻を高くしている。大手金融企業の結婚率や養子縁組にまつわる周辺情報をちょっと探れば、その歳のビジネスマンの多くは所帯を持ち、安定した生活基盤を得ていることは検索サイトですぐにわかる。
「おれァ独身だ」
 役作りのため東海岸の訛りに直しているという発音が、少し崩れて本来の南部訛りになる。スモーカーの、この低音で気だるげな訛りを好むファンはとても多く、動画の視聴リピート率もそこだけが伸びたりする。特に今の場合、独身、という刺激的な内容だからますます顕著だ。
「そう……びっくりだわ」
 インタビュアーの女性が驚いて、さてどうしよう、と考えている。次の質問として想定していたものが恐らくカップル向けの──スモーカーの私生活に切り込むような質問内容であろうことがうかがえる。
 もちろん、彼女はプロらしく毅然きぜんと振る舞っている。が、スモーカーは強面な人相の中に、洞察力の高さがある。彼女の小さな異変を察知するのは容易だった。
「結婚してると思われてんのは、いつものことだ」
 ささやかな、しかし先を続けやすい促し方だった。インタビュアーは安堵して、「それはどうしてかしら?」と問いかける。
「さァな、こっちが聞きたい」
「そうね……あなたが結婚しているだろうという世間の憶測の多くは、あなたのファッションからきているらしいわよ?」
 スモーカーは劇中でもよく見せるような眉根を寄せる仕草をした。彼がそうするのは演技くさくなく、ごく自然だ。
「パパラッチに撮られるとき、あなたはいつもだらしない格好じゃないから」
「ああ……働いていたときのクセだ」
「ワーカーホリックだったのね」
「だから結婚する余裕なんてなかった」
 彼女が肩をすくめて同情するポーズを取った。そして、それでも、と彼女は食い下がる。
「じゃあそのセンスは生まれ持った才能? それとも素敵なアドバイザーがいるのかしら」
 彼相手にずいぶん深く聞けるものだな、と視聴者の誰もが思った。しかし彼女もさまざまな局を移動し、国をまたぎ、離婚も経験している。だからスモーカーの対面に立てるのだ──彼女もまた、人生を戦っている。
「同じ店でしか買わねェからな。そこに全部、任せてる」
 自分の過去や近況を語ることが、この動画の再生回数と、ひいては彼女の仕事への評価にもつながるとわかっているスモーカーは、質問に対し巧みに核心を避けつつ誠実に答える。
「いいことを聞いたわ。宣伝はしないの?」
……しねェな。店のオーナーは、これを聞いてすらいねェだろうし」
「常連客の出る動画を見ない?」
「そういうやつだからな」
 スモーカーはそう言って、トレードマークであるタバコに火をつけた。目を細め、肺に旨そうに煙を入れる姿はファンであればたまらない。
「とても変わったお友達なのね。せめてどこにあるかだけは教えてもらえない?」
「クロスビーストリートだ」
 ファンたちはすぐメモを取った。彼らは必死だ。パパラッチの撮った写真を見ても、スモーカーの服にはブランド名がない。タグさえもないのだ。同じ服を着たいと願っても、似たようなシルエットでごまかすしかなかった。
「仮に店を見つけて入れても、おれを責めるなよ」
「どういうこと?」
「あいつはどちらかというと、愛想が悪い方だ」
 スモーカーは笑わないことで有名だ。笑わないが、遠慮のない嫌味を放つのも珍しい。
「でもあなたが写真に載るとき、クロスビーストリートで撮られることはないわね。本当にあの通りで合ってる?」
「合ってる。おれは一度しか行ったことがねェが、まだ住所はそこだ」
……一度しか、と言うことは、いつも服は送ってもらっているの?」
「そうだ」
「そんなにあなたに店に寄られたくないのね、カメラを嫌うからかしら。よほどシャイな人?」
「いや、違うな」
 きっぱりとした物言いは、次に続く言葉をファンに期待させる。
「おれの名で服が売れるのを、あいつは嫌がる」

 ◇

「来たぜ、今日も」
 どかっと椅子に体を預けたローが、疲れ切った顔で買ってきたビールをあおる。
「どいつもこいつもスモーカースモーカーってうるせェんだよ」
「お前はどうせ店の奥に引っ込んでただけだろ」
「愛想のねェオーナーだと誰かさんが言いやがったからな」
 睨まれたが、スモーカーは素知らぬふりをした。
「おかげでペンギンもシャチも喜んでたぜ、女の子がたくさん来る! って」
 実際に、さっき近くを通ったとき、スモーカーは店に寄ったらしい男女の会話を聞いた。
 あの店じゃない、オーナーが違いそうだ、なによりスモーカーの服にこんなタグはついていない。
 うっすら聞こえただけでもずいぶんな言いようだ。そういう俳優目当ての層に服を売るのを、ローは死ぬほど嫌がる。スモーカーに送る服も、全部タグを切るくらいだ。何枚も売れるより、気に入って長く使ってもらえる方がいい。スモーカーは、その内の一人だった。
 ……ただスモーカーが動画でしゃべったのも、インタビュアーになにか一つ収穫がないと、さらに突っ込んだ面倒くさい質問が来るだろうと踏んだからだ。ローはそれもわかってくれている。
 動画の撮影後数日は、通りにいつもらしからぬ客層が歩くだろう、とローに伝えた。盛大な舌打ちと、険悪な声で「……わかった」とだけ通話口で言った彼は、大学時代の気さくな友人二人を店先に立たせ、いざ客が店を突き止めたときに拍子抜けするように仕組んだのだ。
 ──ふと、スモーカーは顔を上げる。ローとの言葉の応酬には慣れていたが、今日の会話には疑問を覚えた。ずっと口を尖らせている青年に問いかける。
「ロー」
「んだよ」
「動画見たのか」
「シャチが、お前の受け答えの一部始終をぺらぺらしゃべるからな」
「そうか」
「あとペンギンも。インタビュー中にタバコ吸ってんの態度悪ィって」
 スモーカーは黙って聞いている。やがてうなり声が正面から聞こえ、観念したローがスモーカーのまえにもう一本のビールを置いた。
……お前、tの発音がまだクリアじゃねェぞ」
 見てんじゃねェか。スモーカーは危うく言いそうになるが、大人のフリをした。
「それはまずいな、次の撮影に差し障る」
 乾杯するのかと思いきや、ローはさっさと自分の分を飲み干した。そしてキッチンへ入る。今日は珍しく料理をしてくれるらしい。相変わらず苦手な包丁さばきの音がする。動画を見ていたのを知られたローが、どんな料理を作るのか。いやそもそも、焼くことを焦がすと同意と思っているレベルだ。元は有能すぎた医者だが、どうしてか料理の腕は直結しない。
 ──そろそろこのアパートも見つかるかもしれない。ローは引っ越しをよく好むし、次の場所を考えるか。
 スモーカーはそう思いながら、料理担当を代わるべく立ち上がった。