ダンスの話

みんなでダンスを覚える話。本編数年後、🚬がグラン…ラ…ンのどこかに家を買っていて(海兵継続)、🐯は数ヶ月に一度遊びに行ってる設定です 付き合ってるわけではないし、今回は家の中じゃない 🐯は本部にたまに医師として行く

ダンスの話

 奇怪な光景を見ている。
 大の男たちが、緊張した顔をして体を硬直させていた。海でも名を馳せてきたG5のメンバーだというのに、まるで怯える動物の群れだ。ローはしげしげと彼らの成り行きを、終始困惑した表情で眺めていた。
「次!」
 ヒナが号令──というよりもはや怒号に近い──をかける。ひえ、と言いながらゆっくりまえに出てきた強面の男たちが、「最初は誰?」と言われ、一人が恐る恐る手を挙げる。
「ならさっさとする!」
「は、はい!」
 目のまえにいるのは海軍本部きっての美女だ。そんな相手と手を合わせ、体を近づけ、リズムに合わせ──ダンスができるなど、滅多にない機会なのに。
 彼らの恐怖に引きつる表情を見ていると、さすがのローも憐れみを覚えた。

 G5の一人が、海軍本部下の街にいる女性に恋をした。
 けれど、彼女は経営している酒場が忙しく、なかなか声をかけることも叶わない。街には彼女に惚れている人間が何人もいて、資産家から地主まで幅広い。たとえ世間にその名を轟かすG5だとしても、そんな肩書きごときで彼女はなびかない。
 みんなで励ます中、ちょうどいい催しが到来する。街の中心部で祭りをやるから、そのときに声をかければいい。祭りの開催期間は二日間、最後には声をかけたパートナー同士でダンスができる。酒場の女性に惹かれている男も、またそれ以外の男も、お目当ての人間がいるのであれば全員にチャンスがあるのだ。出店も、花火も、人混みも相当な数で、厳格な海軍本部の街とはいえ、その二日間は一番盛り上がる日々となる。
 G5の男たちは湧き立った。湧き立って、燃え上がり、拳を天へ向け──
「んなに盛り上がってるが、てめェら踊れんのか」
 敬愛するスモーカーの一言で、我に帰った。
 彼らは絶句し、油を差し忘れた機械のようにギギギ……と自分たちのボスを見た。やっぱり、という顔を隠さず、スモーカーは額に手を当てる。
 そうしてダンス講師役に白羽の矢が立った(スモーカーの奢りで飲みに行く約束と引き換えに)のがヒナで、先ほどからレッスンは開始し、ステップを少しでも間違えればヒナの手厳しい言葉と蹴りが飛ぶ。満身創痍のG5と、いつまでも訓練ができないことを嘆くスモーカーのそばを、偶然にもローが通ったのだ。

「祭りまでもうすぐなんだろ」
 だから彼らは本部にいて、泊まり込みなのだというのはさっき聞いた。いつもなら方々ほうぼうを飛び回って活躍しているG5が、こんなところでガヤガヤと集まっている姿は珍しいのだ。
「そうらしい」
「らしいって……お前も参加すんじゃねェのか」
「おれは警備だ」
 興味がない、というふうに、スモーカーは葉巻の煙を吐く。
「お前は得意な警備して踊らねェのに、部下たちは不得意なダンスすんのか」
「あいつらがやりてェって言ったからな」
 それはそうか。ローは納得した。
 その日限りかもしれないパートナーとの、たった数十分ほどの甘い時間のため。健気な努力をするG5の面々に、ローはむしろかわいげさえ覚えた。
「お前は踊れんのか?」
「踊れる」
 なんてことないように言ってのけるスモーカーは、木箱の上に座ったままニュースクーの落とした新聞を読んでいた。これといって目新しい情報は載っていないようで、走らせる目はギラつきを潜めている。
「お前が教えてやればいいんじゃねェのか」
「リード役の手本はさっき見せた」
「見せたのか」
……なんだその顔」
 いや、とローは自分のあごに手を当てる。いつの間にか、人の悪い笑みを浮かべていた。
「惜しいことをしたな、と」
……もう見せねェぞ」
 心底躍るのが嫌な様子で、スモーカーが再び煙を吐く。これ以上野犬の機嫌を損ねるのは面倒だな、とローは肩をすくめた。
「踊れるようになったのは昔からか? 海軍に入ってから?」
「今日はやけに質問が多いな、ロー」
「そりゃ、面白いからな」
 こんな機会はまたとない。祭りがあるタイミングに、ローが再びここへ来られるかはわからない。
……ここに入ってからだ。年に一回、祭りとは別に、本部でくだらねェ集まりがあるからな」
 スモーカーがくだらないと吐き捨てるそれは、海軍では年末に恒例のパーティーのことではないだろうか。話に聞く限りだが海軍上層部ばかりが出席するそれは、政府のお偉いさんも、コネクションを作りたい各国の外相も集まって、黒い話が渦巻くらしい。ただ、はたから見れば豪華絢爛な催しだ。
「服は? まさかその格好で踊るわけじゃねェだろ」
「そこで正装は必須だからな」
「お前の家で、そんなの見たことなかったぞ」
……あー、クリーニング出して、そのまんまだったか……
 この男の大雑把な性格を好んでいるローは、クリーニング屋に同情した。きっと何ヶ月も店の隅っこで置き去りにされているであろう、ハンガーにかけられたままの正装にも。
「あの女、容赦ねェな」
 ヒナの教え方は的確で素晴らしい。全く覚えられなかった男たちも、上達の兆しを見せている。けれどそれだけ厳しいということだ。たしぎではとてもではないが、あそこまで徹底しては教えられなかった。
 スモやん! と誰かが呼んだ。助けてくれよ、とも。スモーカーはじりじりと葉巻を吸った。ものすごい減り方だ。吐き出した煙さえも白目を剥いて、呆れているように見える。
「助けてやれよ、おれも見たい」
「踊らねェって、」
「ほら、呼んでるぜ」
 スモーカーの広い背中を押すと、コートに書かれた正義の文字がひらりとひるがえってローの手元に残される。葉巻の匂いとわずかなスモーカーの匂いが混ざっていた。持っていろ、ということだろうか。スモーカーは一度もこちらを振り返らず、嫌そうに彼らの方へ歩く。
 ローは、持たされたコートの袖を広げた。自分の体よりもやはり大きい。踊るなら、この腕の長さに収められるということか。胴幅もずいぶん広い。
 正義のコートをさっきまでスモーカーが座っていた木箱の上に置き、見本のためにヒナと踊るスモーカーを見た。彼のステップは型通りのもので、情熱的とは言い難かったが、見つめ合わなくても、一度も彼女の足を踏んだり彼女をもたつかせたりすることはない。G5の面々は真剣な眼差しだし、自分で足を確かめながら見ている者もいる。
 ──もしもおれたちが二人で踊るなら、リード役をどちらがやるかで揉めてステップが崩れ、間違いなくおれは足を踏むだろうし、あいつの葉巻の煙に巻き込まれるだろう。ダンスのときくらいはヤニを外せと文句を言い、軍法会議のときでさえ無法者よろしく葉巻を外さない男は絶対に拒否するに違いない。おれはそれならとわざと大幅なステップを踏み、てめェ……とキレられながらそれについてくるスモーカーがいるはずだ。見つめ合う、というより、それはもはや睨み合いだ。けれど見ていないと、互いがなにをするかわからないから。
 ローはうっすら笑った。自分たちらしいと思ったのだ。
 流れるように踊るダンスなど、自分たちには一生できない。いちいち突っかかりながら、それでもなんとなく互いを気にして、付かず離れずいるんだろう。
 まもなくスモーカーが戻る。「うまかったぜ」と笑うと、心底げんなりした顔をされた。
「今度おれとも踊ってくれよ」
 そうからかうとスモーカーは、
「絶対にごめんだ。てめェ、間違いなくステップ崩してくるだろ」
 とローの考えと全く同じことを言い放つ。
 ローは思わず声を出して笑い、「その通りだ」と告げた。