船長の部屋の話

🐯の部屋がいつも汚いけど、自分たちのいた形跡を残しながら片付けないことを知ってる💛のクルーたちが、🚬に出くわした話 スモ(→→)←ロ
本編数年後、🚬がグラン…ラ…ンのどこかに家を買って住んでいて(海兵継続)、🐯は数ヶ月に一度遊びに行ってる設定があります 付き合ってるわけではない

船長の部屋の話

 いろんな標本がある。骨、皮、小さな生物、うつくしい昆虫。
 少しずつ少年期から集めたもので形作られたこの部屋は、最初は生物学者の部屋かと見間違う。薄い木の板と壁紙の貼られた壁に隙間なくびっしりと、細かく並ぶ紙切れは取り寄せた薬品の請求書と、薬のロットナンバーのメモもある。薬剤の調合の順番が書かれたものもある。自分で調合をすることもあるから、ミスをしないよう意識してきれいに書かれている。
 最初は丁寧に貼り付けたり、規則正しく並べようとしていたのかもしれないが、そのうちびょうは乱雑になり、いよいよになると標本用の虫ピンで止められ、メモの標本ができあがる。メモの標本たちは時折風になびき、持ち主が指ですくって眺め、用が終わると剥がされる。
 そんなハートの海賊団の船長室は、クルーがわりと自由に出入りをしている。
 クルーは誰も掃除をしろとは言わない。言わないが、三日に一度訪れて、船長と雑談をしながらもゴミや書籍を片付ける。うずたかく積まれた本の山に、船長の体が押しつぶされるんじゃないかと思うからだ。
「まあ、キャプテンは背もあるし、体格もいいからそんな心配いらないけどな」
 と言ってペンギンは、帽子の上から頭をかく。帽子についた丸いペンギンがゆらゆら揺れる。
 彼が部屋を訪れるとき、部屋の三分の一くらいはきれいになる。そしてきれいになった途端現れた椅子に腰かけて、飲み物を飲みながらローと真面目な話をする。途中で誰かに呼ばれ、空のコップを置き忘れたままあわてて戻っていってしまう。
「潰れることはないってわかってんだけど……いわばおれたちの気まぐれなお節介だ」
 そう話すシャチは、首をかたむけてかたわらのペンギンと顔を見合わせ、「なあ?」と言う。
 彼が部屋を訪れるとき、今度はペンギンが片づけた場所ではないところが片づく。これで部屋は三分の二ほどきれいになり、床が見えるようになった。シャチは床に座り込んで、ローとくだらない話をする。ときどきシャチは、窓から差し込む光に負けて眠たくなるときもあるから、シャチがいた名残のある毛布が置かれたままになる。
「でもキャプテン、たまにベッドまでたどり着けなくて、諦めて机の横で寝てるときもあるよね」
 呆れたように肩をすくめるベポは、シャチとペンギンとうなずき合う。
 彼が部屋を訪れるとき、あとはローの部屋の残った散らかりをきれいにする。本は元の場所へ、破られたメモはクズかごへ、調合道具は大切にほこりを取り去ってしまっておく。
 けれどベポには、片づけない場所がある。ペンギンの座っていた椅子に置かれたコップ、シャチの眠っていたであろう床の毛布、そして自分がこれから腰かけるベッドの名残である。
 そしてローは、またそれらをなるべく避けてちょっとずつ部屋を汚す。新しく停留した島で手に入れた文献、珍しい鉱石、引っ張り出してきた記念コインの瓶。自分が愛用する机のまえに、どんどん置く。そのうち雪崩のように物は流れ、結局は椅子も床もベッドも見えなくなってしまう。そのうちまたペンギンがやってきて、片づけを始める。始めながら椅子に座る。シャチが来て、床に寝転ぶ。ベポが来て、ベッドに座ってローと目線を合わせる。
 それはローが小さいころ、医学の勉強をしていたときと同じ風景だと旗揚げのクルーは知っている。横にはローの父親がつきっきりで勉強を見てくれていた。少し離れた場所では母親が家事をしていた。机の向かい側では、妹が騒がしくしていた。
 だからローが部屋を汚しても自分たちの名残だけはできるだけ消さずにいるのを、くすぐったさと、胸の奥に感じる哀しさをもって受け止めていた。

 ──平和になった海域を、一隻の船とすれ違った。ここらを回遊する客船だが、甲板には見慣れた顔の男がいて、
「スモーカー」
 と真っ先に気づいたローがぼそりとつぶやいた。
 まさかこんな辺鄙へんぴな場所で会うことになるとは思わなくて、全員で身構えた。だが客船にはいつも一緒にいる副官の女も、同期だと言っていた女も、騒がしい部下たちもいない。
「おれァ今日は休みだ」
 あ、そうなんだ。と最初に口を開いたのはベポだった。その一言で、張り詰めた気がわずかに緩和する。
「試運転だと言われたから乗っていた」
 とスモーカーが、相変わらず体に悪そうな煙を吐き出して言った。
 そういえばこの男はグランドラインのとある島に家を買っていて、その過疎化の進む島の住人たちと文句を言いつつ言われつつ、仲良く過ごしているらしい。仕事を頼まれることも多いと聞く。全て、ローがぽつぽつとこぼしていたのを聞いた話だ。
 ただ、たとえ休みだろうと、彼は海軍こっちは海賊。決して相入れるものではないし、そんな理由でスモーカーが捕縛の手を緩めることはないだろう。なのに、じっとりとした海の湿気をまとうような生ぬるさを覚えたまま、男は動かないでいる。奇妙で、複雑で、こっちまで脂汗をかきそうな雰囲気を破ってくれたのは、ローの一言だった。
「民間船に乗ってるからだろ」
 ローが客船から体を隠しながら、ぼそっと三人に言った。よく見れば、スモーカーの後方にデッキへ通じる入り口が見えて、そこには小さな窓がある。老人、親子、夫婦、そして航海士の姿が見えた。彼らはポーラータングに塗られたマークを見て、うろたえている。
 もしもスモーカーが、職務を全うしようと戦えば。
 できればクルーも、そんなことはしたくない。
「キャプテン、あの島に世話になってるもんな」
「世話って……
「だって今もほら、隠れてるし」
 ローの姿はそこまで多くの島民に見られているわけではないし、たまにスモーカーの家に出入りをしているのがハートの海賊団の船長だというのはもっと限られた人間しか知らない。悪巧みをするでもなく、季節を超えてものらりくらりと訪問をするだけで、島に被害はない。そしてハートの海賊団は、無益な略奪をしないことで有名でもある。
 それでも島民から見えない位置に身を隠すのは、海兵が、海賊と通じているとはっきりわかればあいつの立場はどうなる。とローが無意識に思うからで。
 それをつつけば、きっと我らがキャプテンは静かに不機嫌になり、口をきいてもらえないんだろうなァ……などと三人で顔を見合わせて、スモーカーの方へ向き直った。
「おれたちは、あんたが怖くて逃げるから」
 じゃあな、とも、またな、とも言わない。わざと敵襲にあわてたかのように三人でデッキを下り、ポーラータングの黄色い体は、深く静かに潜航準備を始める。
 おい、とスモーカーが呼び止めたような気がした。けれど三人は、聞こえないふりをする。あいつの私服、わりとおしゃれにしてんだな。だなんて軽口を言って、鼓膜がぼんやりと厚くなったように感じる潜航特有の感覚に身を預ける。急な潜水に揺れたから、きっと船長室はまた散らかった。
 ──民間人がいなければ。
 きっとローは出ていって、皮肉や冗談を言いながら相手の船に乗っただろう。スモーカーはうさんくさそうに顔をしかめながら、いちいち皮肉に応えてやるんだろう。ゆらゆら放浪するのが好きな我らがキャプテンは、あいつの家でくつろぐみたいに、水の上をたゆたいながら進むだろう。悪魔の実の能力者二人だけの航海なんて危険すぎるから、できればお供したいけど、それは居場所を取ってしまう気がする。キャプテンが今までとは違う、やっと新しく培っている居場所を。
「なあ、これって子離れできてない親の気持ちと一緒?」
 シャチが言うと、ペンギンは笑った。
「さて、片づけにいくか、船長室」
「三人で?」
「早いだろ、その方が」
 口々に言い合いながら潜水艦の中を、行進するように一列で歩く。船長がどんな顔で自分たちを迎えるか想像を巡らす。明日あたり、あの島に寄ってみたら? と進言してみようか。