年下の話

ご都合展開で年下になって、16歳の頃に体も記憶も戻っている🚬の話。いろいろ捏造あります。

年下の話

「死の外科医って言われたな、お前に」
 ローは面白くなって言ってみた。スモーカーは、このころからすでに骨張っていかつくなり始めていた目を見開いて、ギョッとしている。けれど紅茶色の瞳は相変わらず鮮やかで、太陽の光と混じり合ってローには眩しい。
……死っていうのは、どういう意味で言ってたんだ、おれは」
 明らかな警戒を含んで眉間にしわを寄せるスモーカーは、目のまえの見ず知らずの男に謝意よりもまずは疑問をぶつけてくる。
 もしかしたらこのころから、体は戦闘用に鍛え始めていて、敵対する人間であれば拳でのしてきたのかもしれない。能力を使えば絶対に大丈夫だが、念のためローは少し距離を置いた。
「なにもお前だけが言っていたんじゃねェ。まあ……悪魔の実の能力を使うからだな」
「悪魔の実……
 今のこのよくわからない現象も、どこかの誰かが使った実の能力のせいだ。この反応を見るに、スモーカーはまだ十六のとき、悪魔の実を食べていなかったことがうかがえる。
「試してみるか? 痛いことはしない」
「うさんくせェ」
 すぐに切って捨てられる。それなのに、スモーカーはちょっとだけ間合いを詰めてきた。じっとこっちを覗き込むためだ。相手を自分の目でたしかめてから物事を判断するくせは、どうやらこんな昔かららしい。ローはほほえましくなった。
 スモーカーからは、いつもの葉巻の匂いは一切しない。代わりに草はらと、土と、汗の匂いがする。サイズの合わない大人用の半袖とハーフパンツからのぞく手足には、ところどころにあざもあった。殴られたような痕にも見えるし、単にぶつけたようにも見える。この実の効果はまもなく薄れる、だから手当てをしてやっても無駄になる。その若くなった肌に触れることは叶わない。
「じゃあまずは、おれのを見てるか?」
 ローは言いながら、手をかざした。
……なに、を」
 自分とスモーカーが入るほどの小さなサークルは青白く輝いて、部屋に差し込む太陽の光も鈍く見える。音も空気も遮断しないはずなのに、澄んだ空間に包まれたような気がした。
 そっと自分の体から四角い箱を取り出す。透明な膜に包まれ、自分の心臓が現れる。それは規則正しい音をたて、スモーカーの瞳に映し出されていた。どくん、どくんとローの心臓が動くたび、彼の瞳はふたたび大きくなった。表情こそさっきと変わらないように見えるが、興奮の度合いが増して目の色に赤みが増す。その赤褐色が一通り心臓を眺め、ローの体にまた戻っていくまでをしっかりと見ていた。静かで、短い時間なのに、二人にはとてつもなく長かった。
(心臓が出たり入ったりしてるっていうのに、肝のわっているやつだ、昔から)
 感心して、今は見下ろす形になっている少年の頭を見つめる。ローが知るスモーカーよりもいくらかやわらかそうな毛質は、窓から流れてくる風に揺れていた。その髪に手を差し込めば、きっと触り心地がいいだろう。
 スモーカーが、ようやく口を開いた。
「血も出ねェのか」
「ああ」
「それで、治療できんのか」
「簡単にな。わざわざ体を開かなくていい」
 ローがそう言うと、スモーカーは一声ふむ、と唸った。妙に大人びていて、精一杯の背伸びかと思えばそうではなかった。
「死の外科医、なんて名前は違うんじゃねェか」
 まさかそんなことを言われるとは思わなくて、今度はローが目を見開く番だった。
「どうしてそう思う?」
 満月のような黄味がかった目が、スモーカーを射抜く。けれどスモーカーはうろたえなかった。
「相手は抜かれたからって痛くもねェし、やる側にとっても手術がしやすい」
……言い分は、もっともだな」
 どうやら、心臓を百個届けた話はしない方が良さそうだ。夢を見させておくのもいい。ローはまだ純朴さを残しているスモーカーを珍しく思うと共に、自分はもう失ってしまった光を少年から見出して、眩しくて、切なくなった。
 この光は、大人になった今のスモーカーの中にも生き続けている、とときどき思う。
「試してみるか?」
 もう一度、ローは尋ねる。今度はスモーカーも、十代の子どもらしい好奇心に負けた。
 ローは笑った。自分もガキのころ、いくたびも襲う好奇心に抗えなかった。誰も見ていない一人のとき、この能力を使って密かにいろんなことを試したっけ。
 呪文のように言葉を唱えると、スモーカーの心臓がゆっくり抜き出された。パンクハザードで初めて心臓を取り出したときより、少しばかり小さく感じる。ローの手に渡ると、どうしてか鼓動が早くなった。潰される、とでも思ったんだろうか。彼の表情を見れば、最初に感じた警戒心が再び自分を刺してくる。
「なにもしない、ただ触れてるだけだ」
 握った指で心臓を撫でると、
「くすぐったいからやめろ」
 と酒やタバコを知らないなめらかな声で制止し、嫌そうな顔をされる。少年になったスモーカーに初めて触れた場所が、まさか心臓になるとは。
 だんだんと不審がる表情になってきたから、ローは元に戻してやった。
「どうだった?」
……わからない、変な感じだ」
 率直なスモーカーらしい意見に、ローはおかしくて表情をゆるめた。
 太陽がまもなく沈む。窓から入る斜陽は、この辺りが夕暮れを迎えていることを教えてくれた。
「こんな能力があるのに、どうして海賊なんかやってるんだ」
 どうやら、オペオペの実の力をかなり美徳だと感じてもらえているらしい。ローは少し調子が狂った。
 この実のことをいいように捉えることはたしかにできるが、今から海賊になったいきさつを話せば、その美徳も複雑な混ざり物に変わる。この実にまつわる話は、決してきれいごとだけではないのだ。
 ……善悪の入り混じった海軍へ入るまえに、なにもそんな混ざり合った感情を知らなくてもいい。悪魔の実で一刻いっこく十六歳になっただけだというのに、ローは少年の将来を思ってしまった。
「自由を得たかった。それしか言えない」
 じゆう、とスモーカーは繰り返す。
 このころの彼にとって、自由とはどんな意味合いを持っただろうか。もうすでに枠に捉われずに奔放で、あまりそういったことを考えなかっただろうか。
「おれはこれから海軍に入る予定だから、敵同士になる」
 淡々とスモーカーは話した。
「そうか」
 とローも、なるべく平静に告げる。
 もうそういう意志があるのか──ローは心がざわつくのを察して、服の上から気づかれないように胸を押さえる。部屋の窓から吹く風はまた少年のやわらかな髪を揺らし、未熟な筋肉の乗った首筋を撫でていった。
 もしも本当に、十六のときに会っていたら。同じ年で、互いをなにも知らない者同士で出会っていたら。
 海賊にならないか、とは、きっと口説きはしない。真っ黄色の鮮やかな壁面と、若いスモーカーが並び立つのを──ポーラータングに一緒に乗る姿を一瞬想像して、
(あの作業服つなぎだけは似合いそうだがな)
 すぐに頭から追い出した。
 もう海軍に入ると決めてしまっている少年は、もはや自分の知っているスモーカーの姿へ近づいている。運命や奇跡を信じるようなロマンチストではないが、こうでなければ、きっと出会えなかった。
「いいのか、海軍に入ったら大変だ。もう家族にも、大切な人にもろくに会えなくなる」
 ローの言葉にスモーカーは、鼻の頭をツンと上向きにして生意気な顔を作る。
「構わない」
 と言ってのけられた。
……お前なら、好きな女くらい、いただろ」
 刹那、スモーカーの顔がわずかに曇りがかった。晴れ間の見えていた空を一陣の雨雲がさっと通り過ぎたような、そんな具合で。
 ローのよく知るスモーカーはこんなふうになにかに未練を、ほんのわずかな哀愁を全て置いてきた顔を、見せたことがない。
「いたけど、別れた。海軍に入れば、いつ死ぬかわかんねェから」
「軍の中で作ればいい、遊びでも……ってお前に遊びは無理か」
 実直で、真面目な男だ。この年からもう、その性根は滲み出ていた。ローは下まぶたに力が入る。そうして目を細めないと、スモーカーの眩しさにめまいを起こしそうなのだ。
「もし次にできるなら、」
 スモーカーは続ける。
「そいつはおれが忙しいのも、死ぬのもわかってて、離れていてもお互いが大丈夫だとわかるような存在だろうな」
 赤みの薄くなった、遠い遠いはるか向こうまで見渡していそうな透き通った茶色の瞳は、二度ほどまばたきをした。白くて短いまつ毛が日の光に反射する。少年の中にすでに芽生えている自我は、達観しすぎていて面食らった。
 大人のときの記憶はないはずだ。こいつはまだ、悪魔の実すら知らなかった。ローのことも、初めて見るのだ。スモーカーのいうその存在というのが今こうして目のまえにいるんだということは、少年はわからないはず。
 ローは、熱の上がりそうな体を抑えつけた。もしももう一度心臓を取り出してほしいと言われたら、断らなくてはならない。鼓動の早さがなにかを──取り返しのつかないなにかを、自分にもたらすことになる。
 ローが黙ったというのに、
「お前と、十歳も違うのか」
 とスモーカーはまた口を開いた。今度はなんだ、と心の中だけで身構えた。少年はむくれて、口を尖らせている。どうやら本気で年の差を感じることを悔しんでいる。なんだただのガキの反抗心か、とホッとしてローは笑った。
「おれもいつも、そういう気持ちでいるんだぜ、大人のお前といるときは」
 とからかってやった。さっき迂闊うかつにも熱を上げさせられた意趣返しだ。どうだ参ったか、と口の端を上げてみる。スモーカーは案の定驚いた顔をして、フイとそっぽを向いた。
 三十六歳のスモーカーと変わらない反応だ。少年のような心のまま、彼はなにも変わらないまま育った。だからローは、大人の彼に追いつきたいと思うことは実はそんなにないのだ。ただちょっと、このマセたガキに仕返しをしたくて言ってみただけで──大人気おとなげないことをしているという自覚がせり上がり、心の片隅がむず痒くはなったが。
「早く追い越してやる」
 とふてくされた顔をされて、ローは喉奥から皮肉めいた笑い声を上げた。
 もしかしたらスモーカーの少年時代も自分と同じ、日陰ばかりを見てきたのかもしれない。現にローが海賊と知っても全く動じなかった。
 けれど海軍に入ってなにもかもを悟ったいつものスモーカーの反応とはやっぱり違う。十六歳のひたむきさを舐めていた。素直さとは、ときに鋭利なナイフである。言葉を選ばずに堂々とローのまえにやってきて、ローの心をくすぐった。これにいつか、刺されるんだろうなと思いながら。
「待ってるぜ、海兵」
 ──いよいよ窓から日は見えなくなり、辺りは藍色の暖かい闇に包まれる。日の入りと共にスモーカーの体が煙に包まれ、誰かにかけられた悪魔の実の効果が解ける。
 やわらかな髪も、成熟するまえの肌も触れられなかった。ただ心臓だけは、たしかにそこにあった。
 ローは帽子を目深まぶかにかぶり、大人に戻るスモーカーを、さっきまでのやりとりをなにも覚えていないであろうスモーカーを、さてどうやってかわいがってやろうかなと企む。今日はようやく夜を迎えたばかりで、大人である時間は長い。