ハロウィンの話

慣れないことをする🚬の話 スモ(→→)←ロ
この🚬は本編数年後グラン…ラ…ンのどこかの島に家を買って住んでいて(ちゃんと海兵もしてる)、🐯は数ヶ月に一度ふらっと遊びにくるという設定です

ハロウィンの話

 慣れないことをした、とスモーカーは思っている。
 ──街へ下りて食材と足りない日用品を買っていた。どこへ行っても目に飛び込んでくるのはハロウィンの装飾に彩られた窓や壁一面だった。
 スモーカーは具体的に、その日になにをするかは知らない。菓子をあげたり、あげなかったり、だったか? ハロウィンの発祥は、宗教的にそういう風習があったという説もあれば、小さな街で細々とやっていた行事が拡散されただけという説もある。
 だからって、それらをいちいち調べてみる男ではない。気にするのは、そのハロウィンの日に浮かれているうちにスリや泥棒が働いて、街の治安が悪くなるんじゃないか、ということだ。
 いつも行きつけの飲み屋のマスターは、
「平和な街だけどねェ、何年かまえにはそういうこともあったな」
 でもほら、あんたが来てからは、ないね。
 そう言って日頃のお礼だとサービスをしてくれた料理は、どこか小さく心の奥に火をつけるような、温度があった。
 スモーカーが街に引っ越してきたとき、マスターはいちばんに理解を示した。というのも、以前見かけたことがあったらしい。
「一度見たら忘れられないよ、あんたの姿はさ」
 スモーカーは、全身が白い。煙を操ると、もはやその姿は全く見えなくなる。清廉な白さは、ときとして目立つ。マスターが見たのも、そんな瞬間らしい。能力を使っていたのだから、どこかの海賊を捕縛したときだろうか。
「ハロウィンに、あんたの姿はちっとばかし目立ちすぎるかもね」
 暗くなった夜更け、真っ暗闇の中、明かりはジャックオランタンだけ。真っ白いスモーカーの姿は、相当に場違いだ。スモーカー自身もそう思うし、浮かれた行事にそもそも参加をする気すらない。なかった。
「ああでも、もしかしたらあんたの家にも、子どもたちは行くかもしれないよ?」
 と、マスターがやけに意味を含める。スモーカーは眉間に思い切りシワを寄せた。だが、マスターはもうこの強面にずいぶん慣れてしまっている。
「あんた、結構懐かれてるもんな」
 しばらく苦渋の表情をしていたが、とうとう観念して葉巻を大きくふかした。真っ白い煙がカウンター中に舞った。マスターは窓を開けて、空気を外に逃がす。まるで逃げ場がなくなったスモーカーの心情を察して、「まあ頑張って」と励ますかのようだった。
 ……それでスモーカーは、今まで買ったことがないような菓子を買いに行く羽目になったのだ。

「子どもたちにはこれが人気だよ」
 と妙に親切に店の女性オーナーに教えてもらい、じゃあそれを、と頼んだ。袋にガサガサと入れた菓子類はスモーカーの子ども時代にはなかった。キラキラ、とか、ピカピカ、とか、そういう鮮やかさは久しく目に入れてこなかったから、少しまぶしい。
 どう包めばいいか、とよくわからずにいたら、オーナーが手際良くその場で分けてくれた。
「どうせ店も暇だしね」
「買いに来るやつがいるんじゃねェのか」
「あのね、あんたくらいだよ、こんな直前に慌てて買いに来んのは」
 他の大人はもっとまえから、あらかじめ用意してんのよ。手作りしたりしてさ。
 不甲斐ない、と暗に言われているようで、スモーカーは居心地が悪かった。口ではそう言いながらも、女性オーナーはあっという間に子どもの人数分のセットを作り上げる。
「帰り道にあの子らにバレたらすぐにでも欲しがるだろうから、これに入れて帰んな」
 そう言って、オーナーが店の紙袋をくれた。
 なので、スモーカーは今、慣れないことをした、と思いながら、さらに慣れない紙袋なんかを下げて帰宅している。いつもは手ぶらでジャケットを羽織って帰るだけなのに、片手が塞がっているという感覚がどうにも変だ。
 家に帰って明かりをつける。テーブルの上に紙袋を置いた。まずは一段階、肩の荷が下りた気がした。
 そうは言っても、子どもたちがもし来なかったらこれをどうするか、と悩んでいたが──杞憂に終わった。
 その夜スモーカーの家は、日が沈んで暗くなるとすぐにチャイムが鳴った。
 自分の腹か腰ほどの大きさしかない、仮装をした子どもたちが、恐る恐るこっちを見上げている。吸っていた葉巻を取ってしゃがむと、一人の少女が代表して、恥じらった顔を見せながらも告げた。
「トリックオアトリート!」
 一人が言うと、勇気が湧いたのか、後ろに続いていた子どもたちも口々とスモーカーに叫び出す。しまいには大合唱みたいになって、もはや菓子をもらうより友達とそうやって笑っている方が楽しいのではないかと思う。
「わかったわかった、そんなに叫ぶな」
 テーブルの上の紙袋をそのまま差し出すと、わあ! と歓声が上がった。子どもたちの手提げにはまだ一つも菓子が入っていなくて、もしかして真っ先にここへ来たのか、と思うと、また小さく心の奥に火が灯る。それは本当に小さい火だ。だがスモーカーが子ども時代、あまり感じたことのない光だ。
「ありがとう!」
 受け取った子どもたちは次々に手を振って、家のまえの坂道を下る。遠くに見える街は、普段なら玄関のライトがまばらにしかついていないのに、今日はほとんどの家がライトをつけている。中央の広場がいつもより明るく見えた。
 スモーカーは、紙袋の底に一つだけ菓子が残っているのが見えた。たしかにオーナーは、この街にいる子ども全員分をこの中に入れたはずだ。急に熱を出して来られなかったやつがいただろうか。顔ぶれを一人一人思い出してみるが、残念ながらそこまでは把握していない。取っておくのもな、と思ったが、じゃあどうするかもわからず、ひとまず棚へしまった。
 まさかその棚を、すぐに開けるときが来るとは思わなかった。
 ──開けっ放しのドアの先に、ローが立っていたのだ。
 ローは、なにやら少し言いづらそうな顔をしている。道中仮装をした子どもたちに会ったであろう彼は、今日がなんの日かわかったはずだ。
……お前、今日なんかあんのか?」
 けれど、ローから出た言葉は意図が読めなかった。この賢い男からの質問にしては、いささか理解しづらい。スモーカーはいぶかしげに眉を寄せると、もう一度ローは尋ねてきた。
「今日、お前の家に早く行けって急かされた。この街に着いた途端に」
「誰にだ」
「一人はマスターだったな、もう一人は誰か知らねェよ……女ではあった。あ、いや、そういや見たことあったな、たしかベポが甘いもん食いたいって言ったときその女の店に入った記憶が、」
「わかった、もういい」
 つまりは、最初からマスターやオーナーに、仕組まれていたのだ。
 海洋気候や新聞からのニュースで知られるハートの海賊団の動向、そしてたびたびスモーカーの家へ出入りしているローが、どのくらいの頻度でここへ来ているのか。
 当たれば御の字、くらいの感覚だったのかもしれない。けれど、当たりはしたのだ。おそらく遠くの海にポーラータングが来ているとの情報を受けたマスターは、オーナーにあらかじめ連絡をしたのだ。女オーナーが、やけに上機嫌で手早くプレゼントを包んだのも頷ける。
(きっとあいつら、港にローの姿を見かけた途端、舞い上がったろうな)
 今度会ったら、「ほら当たっただろ」と絶対に面白がってからかわれるに違いない。スモーカーは葉巻をふかす。煙の量がとんでもなくて、ローはびっくりしていた。が、咎めるように眉根を寄せただけで、なにも言いはしない。
「ハロウィンなんてもんは、お前の船ではやんのか」
 スモーカーが満を辞して話し出すと、
「まあ、祭り好きなやつらだからな、帰ったらやると思う。帰るときは仮装しようだのなんだのって言われたからな」
 仮装はさすがにやんねェが。と少し自身の海賊団のことを思い出してローは笑っている。スモーカーは、こんな話を引き合いに出しておきながら、ハロウィンの慣習を言い出すのも気まずくて押し黙る。
 ただ、言わないと──まあなんというか、街の人のせっかくの厚意が無になってしまうので。
 重い重い口を開こうとすれば、先にローの方が目を見開いた。
「白猟屋、お前、もしかして」
 もうこの男とは、長い付き合いになる。突然ハロウィンの話を打ち出してくるような不器用な人間の言いたいことなど、大体は察してしまっただろう。ローが、腹の奥から込み上げる笑いを止めるのに必死になっている。スモーカーはちくしょう、とも思ったが、珍しく笑いが収まらないというようなローの幼い顔を見て、悪くない気分にはなる。
 悪くない気分というのは、どこか小さく心の奥に火をつけられたような、ぬるくてやわらかい温度がある、ということ。
「言った方がいいか、トリックオアトリートって」
 ようやく笑いが落ち着いてローが聞いてくるが、菓子以外にくれてやれるものは今のところ持ち合わせていない。
 ──もしも、もしもあの棚の菓子をやる、と言わなかったら、こいつはおれになにをしでかす気なのか。
 スモーカーは数秒、迷った。迷ったが、きっと悪ガキらしく本当に困ることをやってきそうなので、スモーカーは大人しく家の中にローを招いた。ローにあとからそう言えば、「菓子じゃなくて、それでも良かったな」といたずらっぽく笑うので、スモーカーは仕組んで持たされた菓子に少しだけ感謝した。