秘密

先輩が一番最初にベイ△ルアウ△トしてしまった日の話 みんなの秘めた思いと自分の秘めた思いの違い
まだこの時のこう君は自分の気持ちが「尊敬」の一端だと思っている村(→→→→)来です

 来馬先輩の家のアクアリウムは、実は小さい。
 巨大なアクアリウムも家のどこかにあるらしい。けれど、使っているうちに高校、大学進学、そしてボーダーでの任務と忙しくて、ちゃんと隅々まで世話をしてあげられないから、小さいのに買い直したそうだ。
 ボーダーで得たお金で、小さなアクアリウムの世話をする。
「そのしあわせは、なにものにも代えがたかったよ」
 と先輩は、花が開いた瞬間を見た子どものように笑った。
 水槽の中を気持ちよさそうに泳ぐ魚たちは、ほのかな青色のライトを受けている。ライトアップをしているわけではなくて、自然光と水槽の屈折でそう見えるのだ。赤や黄色や緑など、アクアリウムを彩るライトは数種類売られているが、先輩はどれも購入しなかったそうだ。
「あれを好きな人ももちろんいると思うけど……この魚たちにとって、それは自然の景色じゃないからね」
 太陽と、真昼の月。水槽を通して空が映り、それらが見える。魚たちの頭上に広がる幻想的な二つの光。
 その中で泳いでいる姿をもしも客観的に見られたら、さぞ自分たちを誇りに思うのではないだろうか。餌をもらいながらヒレを動かし、つぶらな目で泳ぐ魚がオレは少しうらやましい。
 ──なにも、先輩に飼われたいわけじゃない。先輩だって、飼いたくはないだろう。オレは、来馬先輩の下につきたいんじゃない。
 横に並んで守りたいのだ。
 拳を握りしめていると、先輩がこっちを見た。
「鋼、もう気にしなくてもいいんだよ」
 オレは下唇を噛んだまま、うつむき加減で「はい」と小さく返事をする。
 そう言ってもらえたが、納得がいかない。悔しい。情けない。今は生身の体であるから、レイガストは持っていない。腰にいつも携えているあの盾の重みを、無意識に体が覚えていて、まるで今もそこにあるかのようだった。
「太一にも謝られた、こんちゃんも、オペがしっかりしてないからって泣きそうにしてて」
 あのときの太一は、わんわんと泣いてしまって、「次は先輩を守ります!」となかば叫ぶように誓っていた。事実、太一はそれ以来、狙撃の腕を少しずつ上げてきている。小さな胸に秘めた決意は大きい。こんも、あの日のログを見返して、どういうオペレーションをしたら良かったのかを次なる課題にしている。
 そんな今と太一と一緒に歩き出したかったオレは、まず先輩の顔を見にきたのだ。先輩はどうしたんだろう、という顔でオレを招き入れた。いつでもこのお宅を訪問するのは緊張するが、今日は特に心臓がうるさかった。
「次はぼくもなにかちゃんと対策を立てないとね。鋼も一緒に考えよう」
 オレはいただいたコーヒーをテーブルに置いた。もうかなり冷めている。水面にオレの顔が映った。それを見なくてもわかるほど、筋肉が引きつって険しい表情をしている。
「はい」
 と言う返事の中に、体中の力や熱が集まって、固まり、爆発しそうになる。
(あのランク戦は、一生引きずる)
 オレは心臓の裏側の、先輩の見えないところに隠している心でそう思った。
(引きずらせて、ほしい)
 次は必ず。絶対。それは保証のない口約束でしかない。今ここで先輩と軽々しく言えるようなものではない。だから言わずに胸にしまった。
 思いを引きずり、いつも連れて歩き、戦場へ駆り出し、そして先輩を守れたその日に初めて、その気持ちは蒸発する。跡形もなく消えてなくなるのではない。たなびく蒸気と、そこにあったという名残とを置いて、オレの心から立ちのぼる。けれど決してその染みつきが撮れることはない。
 ──そうまでして守りたい、と思う感情は、いきすぎた尊敬の念ではあるな、と思うくらいだった。だから膨らみ続けて顔を出し、表にいつか暴かれたとき、それがなんという名前がつくのか、まだオレは限りなく無知だった。
 小さなアクアリウムで泳ぐ魚たちの方が、こっちを見ている。自然な景色とうたわれた世界から見えるオレの感情は、さぞ頑なで、滑稽だろうと思った。