wt抜き身の孤月は

C級の時にレイガストに出会う村上くんのお話。村上くんがボーダーに入ってこれから一つ一つ自信を積み重ねていくにあたり、最初はどんな話があったんだろうと考えて書きました。cp要素なし。

『抜き身の弧月は』

 運命に、容積があるんだとしたら、ちょうどこんな重みだろう。
 レイガストを手に持ったとき、今まで持ったものの中でいちばんの重みを感じた。大きさ自体はそこまででもないし、人生で少なくともこれ以上の重量のものはいくらでも持ってきた。けれど、そういう石やコンクリートを持ち上げたような重みではない。手のひら全体にずっしりとかかる負荷は、「お前のこれからの人生を左右するぞ」と言ってくるような。
「頑張ってね、期待してるよ」
 寺島さん(本人は雷蔵でいいと言ってくれたけどまだ慣れない。でも雷蔵さんと呼ぶのはかっこいい気がした)にそう言われ、オレは静かにうなずいた。彼は満足そうに笑っている。隣にいた風間さんも、腕を組んで静観していた。
 腰に下げた弧月がカチリと当たる。鞘の中で眠っているそれが、動き出したのかと思った。トリガーは意志を持たないはずなのに、どうしてか、早く一緒に使わせてやりたいと感じた。

 ──二時間ほどまえ、太刀川さんと風間さんが突然ランク戦のブースに現れて、オレを指名してきた。理由は単純で、
「強くなりそうだから」
 だった。
 ありがたいがオレはまだC級だ。鈴鳴支部に配属されて右も左もわからない状態なのに、こんな公共の場で「強くなりそう」と言われて周りもざわめいたし、オレ自身も戸惑った。
「サイドエフェクトのことはわかっている。休憩をやるからどうだ?」
 と太刀川さんに告げられ、「きゅうけい……」と咄嗟に出てきた言葉をよく飲み込めないでいた。風間さんはどうやらランク戦をするわけではないらしく、じっとこっちを見ている。
「お前は睡眠を取ると学習をするんだろ? それなら、戦闘の合間に休みを挟めば、学習できるんじゃないか?」
 太刀川さんが笑いながら話す。しかし、
……って風間さんが」
 と後付けをされて、オレは肩の力が抜けた。
 あとから聞いたが、このときオレのサイドエフェクトのことを知っていたのは風間さんで、それを聞きつけた太刀川さんが「面白そうだから個人ランク戦に誘おうぜ」と言ったらしい。どうしてその流れで面白そう、になるのかはわからないが、風間さんも承諾してここに来たのだから、思うところがあったんだろう。
 たしかに……睡眠時間は短時間でもかなり効果はあるが、休憩をとるとか、そういう使い方をしたことはなかった。むしろ、そんな使い方にはあえて目をつむっていた。だってそれは、必然的にオレが人の技をすぐに盗める手っ取り早い方法で、そうすることは周囲とのひずみを生むと思っていたからだ。
 それを、堂々と人前で宣言し、壁を破ってくれた太刀川さんの物言いに、目から鱗が落ちる。お前がボーダーにいる意味はなんだ、と改めて問われたかのようだ。
 恐る恐るうなずくと、オレより背の高いその人は「よし」と言ってさっさとブースへ入っていった。あとに残されたオレは、拳を握りしめる。不安や、恐怖というよりも、手の中にじっとりと汗を握る緊張──ただそれだけが駆けめぐった。
 周りの人間のどよめきから、逃げるようにブースへ入る。じくじくと刺してくる視線が、オレの背後から根を張り、絡みつくようだった。けれどドアを閉めてしまえば、自分と画面と椅子、小さな空間にポツンと立つだけ。オレは肺の中身を全部吐き出した。それは霧散しないで床に落ち、足元にまとわりついている。蹴散らすこともできず前に進めないでいると、無情にも画面のライトが明るく部屋を照らす。それはいつもより賑やかにさえ見えた。
 太刀川さんが呼んでいる。オレは覚悟を決めなければならない。

 ──どこでもいい、いられる場所があるなら、どの隊でも。スカウトされて三門へ着き、無表情で言うオレに、対応した職員は困って苦笑いを浮かべていた。
「できたばかりの鈴鳴支部というところがあって」
 と勧められ、よくわからないまま玄関を通り、笑顔で迎え入れてくれた来馬先輩とこんを見た。何度かの「ありがとう」と「すみません」を繰り返し、数日あけて今この場に立っている。
 ここまでの経緯でオレに強くなりそう、と感じられるな価値観は見出せないのではないだろうか。太刀川さんと風間さんは、なにをもってそう思ったのか──

「まず、振り方が上手い」
 五戦目を終えたあと、オレの疑問に対し、太刀川さんがあっさり言った。
「それは誰かに習ったのか?」
……まだ、そういうのは」
「それじゃ、天性できちんと形ができているのは恵まれてんな。最初はみんな、そんなに上手く扱えないぜ」
 師匠を見つけるといい。と教えてくれたのも、このときだった。
 太刀川さんが師匠になってはくれないんだろうか、と淡く期待をしたが、口には出さなかった。きっとA級って、いろいろ忙しいんだろうし。……そうではなくて単純に、未提出の課題やレポートに追われすぎていて時間がないというのは、後で知った話だが。
「ただ、左が大きく開くな。それだと、簡単に抑えられる」
 弧月をまっすぐにオレに向け、左肩あたりを指した。
「あと五戦。そのまえに十五分休憩だ」
「はい」
「ちゃんと学習しろよ」
 もう一度、「はい」と返事をして、ぐらぐらと混乱しながらもたつく足でブースに戻った。
 ……ここから眠れるんだろうか。横になり、目を閉じて、入眠を試みてみる。まだ心臓はトリオン体のしたで大きく高鳴っていた。呼吸を深くくり返し、眠れ、眠れと体に命じる。突然の来訪者、緊張の連戦。非日常の連なりに、精神が昂って眠れないんじゃないかと心配したが、それ以前に引っ越し、初めてのボーダー、初めての支部、と立て続けにいろんなことが重なった毎日で、体は正直に休みを求めていた。
「はは、村上、五分オーバーだぞ〜」
 と太刀川さんにマイク越しに言われ、赤い顔で六戦目を迎える。慌てて用意をして迎えたから、きっとブース会場では失笑が漏れていることだろう。
 けれど弧月を握り直し、ふたたびまみえた敵は、うっすらと消える弧月の残像さえもきちんと捉えることができた。体重の移動も、左が開きがちと言われた場合の対応も、視界の端でとらえる太刀川さんの姿も、全て、すべて。
 光が、頭の中で大きく弾けた。
「すげーな、ちゃんと学習してきてやがる」
 初めて歯を見せて笑った太刀川さんは、しかしそのまま弧月を振り下ろしてオレを一刀のもとに斬り伏せた。結果欄はオレに全て負けがついたが、六戦目以降のバツ印にはオレの中でたしかに意味を持った印だった。
 太刀川さんがブースから出るのを待って、オレは駆け寄り頭を下げる。
「ありがとう、ございました」
 想像以上に掠れた声が出て、オレはもう一度言い直そうとしたが、笑って制される。ロングコートの隊服が、ひらりと揺れてこっちを向いた。どこまでも軽い動作だ。あんなに重たい一撃を放つのに。
「いいっていいって、俺も楽しかったし」
 太刀川さんは脱力しながら話し、「風間さん、どうだった?」と顔を向ける。風間さんは、赤色の目でオレを見上げ、その特徴のある瞳を一度だけまたたかせると、
「お前に合いそうなものがある」
 と言い、ついてこい、とオレを誘った。太刀川さんは手を振ってオレを送り出し、次いでランク戦のできそうな隊員をキョロキョロしながら探し始めた。周りがみんな恐れおののいているのを、最後にちらりと視界の端に捉えた。

 ……まだよくわからない本部の中を、連れられるがままに歩く。C級の隊員がなんでこんなとこに、という顔をされた。ここは正隊員──B級以上の作戦室が連なる場所だ。ますます背中に汗が走る。トリオン体だからそんなことはないのだが、感覚的にそんな感じがしたのだ。
 作戦室も通り抜け、いよいよ限られた人間しか出入りしないような空間へ来た。のちにそこはエンジニアたちの働く場所だとはわかったのだが、このころはとにかく道を覚えるのに必死だった。
 そうして出会ったのが寺島さん、渡されたのがレイガストで、
「お前の開きがちな左だが、太刀川が言うようにやはり大きく開いている」
 と風間さんにも指摘される。寺島さんが補足した。
「刀の振り方が上手いのは、まっすぐ振り下ろせているということだから。普通ならトリオン体で腕力がカバーできていたとしても、不慣れで曲がって下りてくる」
 そう言って、寺島さんが手で斜めに空を切る。
「村上はそこがクリアできているから、逆に利き手の片腕だけで弧月を使って対応する場面が多くて、左がガラ空きになるんじゃないかな」
 とさらに身振りを交えてわかりやすく説明してくれた。その話し方には説得力があって、もしかしてこの人もまえに孤月を使っていたんだろうか、とふつふつと肌が粟立つ。
「でもそのガラ空きの左にただシールドを出すだけだと、弾丸系のトリガーには集中砲火を浴びてシールド破りを狙われるから……風間がレイガストがいいんじゃないか、って気づいたんだって」
 弾丸系、という言い方にどこか恨めしそうな声音を感じた。オレはちっとも感情を見せていなかったこの人の、初めての表情のある言い方に思わず背筋を伸ばすが、寺島さんはすぐに落ち着いた表情になって飲み物を飲む。
「強くなれ、村上」
 肩に手を置かれ、そのまま風間さんは部屋を出ていった。オレも続けて部屋を出るが、もう風間さんははるか遠くを歩いている。後ろ姿にペコリと一礼して、エンジニア室を抜け、そして──

「迷子だ……
 長い廊下と白い壁に、オレは取り残されて呆然としていた。
 ついてくるのに必死だったから、似たような道、同じような作りがとにかく多く、わからない。鈴鳴とは勝手が違う。その上、今は昼時で、みんな食堂へ行っているらしく人影はない。だから誰かに道を聞くこともできない。どうにかして案内図や風間さんについてきた記憶を頼りに歩いてみる。
 強くなれ、とは言われたが、こんな置き去りにされるとはまさか思ってもみなかった。これがまずは第一歩ということなのだろうか。三門はいろいろと、なんというか、規格が違う。
 作戦室が並ぶ廊下を早足で通り過ぎると、
「鋼か?」
 と聞き慣れた声がした。
 二つの影が近づく。どちらも黒い隊服で、その姿で会うのはあんまりなかったから、ちょっとドギマギしてしまった。
「なに怖気づいてんだよ」
 そう言ってカゲが肩を覆うように組んでくる。
「い、いや、二人だって気づけなかった。悪い」
「あんまり会ったことがないもんな、この格好じゃ」
 続けて穂刈が気持ちを察してくれる。対照的な言い方に、しかしオレの心は今日初めて安堵して、笑顔を作ることができた。
「作戦室、近いのか?」
「すぐそこだ。寄っていくか?」
 そんな簡単にB級の作戦室へ行っていいんだろうか。迷っていると、カゲがあくびをする。
「荒船もいんのか」
「今はいない。ランク戦に行ってる」
「じゃあそっち行こうぜ、鋼が今どんくらいか知りてぇ」
「でも今日は、」
 太刀川さんと戦ってポイントが、とはとても言えない。かなり上のランクの人との対戦で、当然そこまで多く持ってかれたわけではないが、貴重なポイントだし、まだオレはC級だから大事にしたい。
 渋っていると、カゲはつまらなさそうな顔をしている。
「その新しいの、どうやって使うか見てぇんだがな」
 やはりめざとく、腰につけたレイガストに気づいていた。ホルダーだってつけ慣れていないそれを、カゲは簡単に抜き取り、しげしげと眺める。
「やっぱ重いな。これ使うのか」
「ああ……風間さんに勧められたんだ」
「へぇ、あの人が」
 カゲの金色の瞳が反射する。キラキラというよりも、チカチカとする。廊下のライトに照らされて光っているというよりも、カゲの内側から燃えている火を映しているようだった。好戦的な目で、もう一度オレを見る。
「やっぱやろうぜ、楽しそうだ」
「鋼のためになんないだろ、カゲとやっても。スコーピオンじゃねーんだから」
「んだと」
 カゲがたしなめる穂刈に食ってかかろうとして、穂刈もそれをやんわり避けたりしながら廊下を歩けば、すぐにランク戦のブースにたどり着いた。後ろを振り返ると、結構な距離を三人で歩いてきたのに、なんだかあっという間に感じられて驚く。楽しかった、のかもしれない。時間の経過を、瞬間的に感じられるほどに。
「もう覚えたか? 道は」
「ああ、ありがとう。今度作戦室、遊びに行くよ」
「こいつんとこ、汚ねぇぞ、物であふれてっから」
「そのうち片付ける、まずは荒船のDVDから」
「てめーの筋トレの道具がいちばん場所取ってんじゃねぇか」
 穂刈が「そうか?」と疑問を呈しながら会場に着くと、眩しい明かりが煌々と辺りを照らしていた。室内全体が隅まで明るいのに、二人の隊服はその光さえ吸収しそうなほど真っ黒で、白い隊服ばかりのブースの中で非常に目立っていた。他のC級隊員がざわついて、オレたちから一歩、二歩と距離を取る。カゲが舌打ちをして、穂刈が「気にすんな」と言った。「気にしてねぇ」と低い声で唸るけれど、オレにはなんのことかわからない。
「カゲ、なんかあったのか?」
「ただ怖がられてるんだ、こいつは」
 穂刈が肩をすくめて説明してくれた、あくまでカゲに聞こえないように。
 ──高校でカゲに初めて会ったとき、だるそうにしながらも机に顎をくっつけて、オレに小さく言葉をくれた。そのあとも、オレが攻撃手だとわかるとさっきみたいに戦いたがるし、友人……として距離を気にせず構ってくれる。
 カゲ曰く、
「お前は怯えてっけど、あんま刺さんねぇ。オレにっていうよりも、人間に怯えてんだろ」
 と、なにも聞かずに全てをわかってくれた。面倒くさそうに言ってはいたが、ひどい言葉を投げつけたりはしない。同じサイドエフェクト持ちだから苦労をわかる、というよりもあれは、カゲ本来の気質のように思えた。
 だから、
「カゲは、いいやつなのに」
 オレは眉間にシワを寄せた。まえを歩いていた二人が立ち止まり、くるりとこっちを振り返る。
……変なこと、言ったか?」
 慌てるオレに、穂刈が瞬時にニヤリとした。口の端をつり上げて、とても愉快そうにしている。カゲは対照的に露骨に嫌がるような顔をしていたので、もしかしてひどいことを言ってしまったのかな、と訂正しようとする。
「いいんだ」
 と穂刈が笑って制した。オレはそっとカゲを見ると、今度は首あたりをかいてわずらわしそうにしている。ただ、かくまえから、カゲの首は赤かった。
「いた、荒船だ」
 穂刈が手をあげる。それに反応した目の前の人が、気づいて顔を上げた。オレは二人に遅れるようについていき、あらふね、と呼ばれた人のまえに立つ。
「どうした? ……誰だ?」
 キャップをかぶっていて表情がよく見えないが、凛とした声をしていた。
「新しい攻撃手だ、孤月使いの」
 穂刈がオレの背を押した。オレは荒船のまえにさらされる。C級隊員たちの目線がいっせいに集まった。さっき太刀川さんと対戦したときよりもかなり痛みを持った目線だ。ひそひそと話し声もする。カゲが睨むと、その声たちは一気になりを潜めたが、それでも心の中で思っていることが床を伝わり、ふたたびオレへ這い上がってくる。
 この感覚は何度も味わったことがある。体育館で、グラウンドで、教室で、たった一人へ向けられる仄暗い闇。捉えようとすれば逃げられ、追いかけなければいつまでもその場に留まる。
 唾を飲み、一度呼吸を落ち着かせた。今オレがなすべきことを考える。せっかく太刀川さんが切り開いてくれた道を、今度は自ら足を進めて歩かなくては、始まらない。
「鈴鳴の、村上鋼、です」
 たどたどしい名乗りに、荒船はほほえみを返す。鼻で笑うとか、そういう類じゃない。口調や態度、そんなものは、人をはかる物差しではないと知っている顔だ。
「荒船だ、よろしくな……もしかして、こいつらに無理やり連れてこられたのか?」
「おい聞き捨てなんねぇな、ぶった切ってやろうか?」
 カゲが突然物騒なことを言うが、荒船と紹介されたその人は意に介さず笑う。オレはみんなの顔を交互に眺めた。
 黒い隊服の中で一人、やはりオレだけがひどく浮いている。浮いているのに、そこは小中学校のときにクラスにいたときより、グラウンドでサッカーボールを蹴っていたときより、はるかに馴染んで居心地が良かった。他者からの昏い目線が外側からオレに根を張るよりも、自らこの地に足をつけ、自立している。それなのに、ふわふわと落ち着かない。
 ──嬉しい、とはこういうことなんだな、とオレはひそかに高揚する。
「鋼、同い年だから遠慮いらねぇぞ」
「おいなんでお前がそれを決めるんだ」
「いらねーだろ、実際」
 二人にそう言われ、ムッとはしていたが、荒船はすぐに「まあそういうことだ」と腕を組んだ。高校が六穎館だということを聞いて、すごいな、と相槌を打ったところで、穂刈がけしかける。
「こいつに今、教えてやれねーか、孤月」
 オレはまた、光が弾けるのを見た。光と光が、線でつながれ、今日一日の行いが自分の辺りに軌道を作り、回っていく。
……いいが、見たところ、レイガストも使うんだろ?」
「もらったばっからしい、今日」
「もらった?」
 ええと、とオレは穂刈のあとに続いて説明した。
「太刀川さんと、風間さんに会った、んだ、午前中に。太刀川さんは……オレの癖を見抜いてて、風間さんはそれを補えるようにってこれを」
「太刀川さんの気まぐれはいつものことだが、風間さんがね」
 しげしげとオレを眺める荒船に、補足するように穂刈が話す。
「ソロを見て、雷蔵さんが結びついたんだろうな。鋼の癖と」
「ちょうどいい、鋼の戦いぶりが見てぇし、お前ら二人でブース入れよ」
 カゲが本当に楽しそうに笑った。ギラリとした歯がのぞき、今にも参戦しそうな勢いを見せる。
……どうする? お前が嫌なら、やめておくが」
 荒船はじっとこっちを見据えた。初めて真正面から見えるうっすらと紫がかった瞳が、オレの内部まで見てくるようで息を飲む。
 ボーダーに来て、少しでもなにか、自分の力が役に立てばと思っていた。こんな能力でも、必要とされれば。
 そんな卑屈な思いを覆すように、太刀川さんはサイドエフェクトの活かし方を教えてくれて、風間さんは剣技に見合った武器をくれる。そうして友人たちは、こうして力を試せと言ってくれる。
 オレは、ひとつまばたきをしてうなずいた。
「やろう。でも、すまないが条件をつけたい」
「条件?」
 これには三人とも不思議そうな顔をしていた。この顔のままの三人に、「五戦したあと休憩を挟みたい」と言ったら、どんな表情をするんだろう。ボーダーに来て初めて、少しだけ心がワクワクした。

 ◇

 あれから、荒船に師事を仰いでいる、と来馬先輩に伝えると、先輩はほほえんだ。
「そうなんだ、それじゃあ荒船くんのところにお礼を持っていかないと」
 お茶を飲みながら、「なにがいいかな……」と悩み始めた先輩の横で、今が言う。
「良かったわね、鋼くん。影浦くんたちからの紹介?」
「ああ。みんな、良くしてくれる」
 オレがはにかむと、今が髪を揺らしてこっちを覗き込む。切りそろえられた髪は最近切ったばかりだと言っていて、今によく似合うと思っていた。そのことを今に伝えていなかったな、と口を開こうとすると、先手を取られる。
「鋼くん、楽しそうね」
 そう言い置いて、今は「たしかお菓子があったから持ってくるわね」と去っていった。
 ソファの上で、しばらくぼんやりと今の後ろ姿を眺める。
「鋼?」
 パチと軽い音を鳴らして、オレは自分の頬を叩く。そのまま、手で頬を覆った。表情筋が上がっていて、少し熱い。こんな顔は、久しくしていなかった。そうしてようやく先輩の呼び声に気づく。
……楽しそう、ですか、オレ」
「そうだねえ……うん、そうかな。楽しそうだよ。ここに来たばかりのときよりずっとね」
「すみません、最初ぎこちなくて……
 焦って頭を下げると、先輩も同じくらい焦って「ああ、ごめん、違うんだ」と顔を上げさせてくれる。
「誰だってそうだよ。それに、きっと他の人もさ、」
 先輩は一呼吸置いて、話し出す。
「鋼と一緒にいて楽しいと思う。もちろん、ぼくもね」
 先輩は、「こういうのはどうもまだ、言い慣れないね」とはにかんだ。やさしい声とやわらかな空気は、友人たちとのあたたかみとはまた違う。深い緑の中に、身をあずけていつまでも佇んでいるようだった。いつまでもここにいたい。もしもここが脅かされるようなことがあれば、絶対に守っていきたい。深くて、やさしいのに、がっしりとした幹のように芯を持つ。これが鈴鳴のまとう色になっていくんだな、とオレは、確信めいたものを感じた。
 ──抜き身の孤月は、鞘を探していた。けれど、鞘に収まってもどこか不安定で、どこかに自分の生きる場所を探していた。ただ一振りの刀だけでは成り立たない。隣り合う仲間や、守るべき人や、信頼できる友人というもう一つの強さがなければ。
 それを運命と呼ぶには大げさかもしれないが、今のオレにはまだ少し重いそれを、大切に持っていこうと決めた。
 俺は熱を持ったままの顔を隠せずに、とうとう今が戻ってくるまで、顔を赤くしたままだった。