更新

基本的に浅い睡眠の水上くんのお話。夜中に起きる水上くんがたまにやること。

『更新』

 横で眠る男を眺める。
 この寝顔を見ると、なんだかこの世は終わりなんてなく、この地球という惑星でほかの星の進軍を受けることなしに、永遠に土と水のめぐみの中で幸せに暮らしてるのではないか、とさえ思う。寝ている男の半開きの口は笑みの形をしているし、目元もまったく力が入らず休んでいるものだから、健やかさをここまで肥大化して表すのもどうかと思ったが、思ってしまったものはしかたがない。
 水上は脚を引きずり、ベッドから降りた。キッチンへ水を取りに向い、ついでにトイレで用も足す。隠岐はこんな物音で目を開けることは滅多にない。つくづく、安らかで平和で、健康な男である。
 この睡眠の方法は、自分にはできない。水上はあくびこそ殺さないが、こんな半分意識がうつろな状態でも、ベッドに入って寝つくのに三十分以上はかかる。ようやく意識の奥から、形容しがたいモヤが現れ、自分の脳をまろやかに包むころ、少しでも外で緊急車両が鳴り響いたりスマートフォンへの通知で画面が明るくなれば、まぶたがパカリと小気味よくひらく。休みの日に泊まりにくる横で眠る男──隠岐は、もうとっくに夢の中で大好きな猫とたわむれているかもしれないというのに。
(今日は一昨日と同じような顔しとる)
 隠岐の休みは不定期に訪れる。水上も学年が一つしか違わないから似たようなものだ。珍しく、たまたま直近で休みが合っただけ。ひどいときには一ヶ月以上、こうしてともに眠ることはない。
(それに、どっちも性欲もうっすいしな)
 恋人と一緒に寝る、だなんて男子高校生ならあれもこれも想像し放題であるし、実質周囲にはたまに聞かれる。けれど、あいまいに返すし、しまいには話を別のやつに振って被害をこうむらせる。いいのだ、それで。自分たちには干渉しないでほしい。
 隣で眠るには、セックスがついていなければならないのだろうか。隣で飯を食うには、性とからめて相手を見なければならないのだろうか。隣で話をするには、首筋を見て興奮しなければならないのだろうか。
 もっと、ほかにあるだろう。水上は、そう言いたい。
 隠岐が誰かを狙い、静かにスコープを見るさまを。隠岐がヘラヘラと笑ってのんびりしているところを。隠岐が無防備にこうして眠る姿を。
 いつも通りがあればええねん、と言うと、刺激を求めるやつらにはいまいち理解をされなかった。
 ──将棋の世界を、少し長く経験しすぎたのかもしれない。水上はもう一度、あくびを噛み殺しながら思う。
 棋士と向かい合い、神経を研ぐ。少しずつ、少しずつ、研がれていく。細い針の穴を何本も見定める。その針穴から差し込む光明が、はたして自分の足元を大きく照らすのか、それとも穴を開けて奈落に落とすのか。水を飲み、休憩をはさみ、食事を取っても、満たされることがない渇きと戦う。渇きは、勝ったとしても次に襲いかかるプレッシャーに変わり、負けたとしたら、泥水に自分が埋もれたような気分になる。
 だから、いつも通りがあればええねん。と水上は言った。
 健康で、朗らかで、「あ、猫や」と言いながら走るせいで背中のリュックが跳ねるのを、自分の眠たげな目というなんの変哲もない穴から見ている。
 一服、茶を飲んで落ち着いて、ベッドへ戻る。隠岐はまたむにゃむにゃと寝言を放って、ころりと寝返りを打った。ベッドの隅に置き去りにしていたスマートフォンをかざし、控えめなシャッター音を立てる。
 カメラロールに、ときどきたまる生駒隊の写真と並んで、隠岐の寝顔が最新の場所に載せられた。水上はそのまえに撮った隠岐の寝顔を削除する。
(一昨日と顔は似とるけど)
 どこかの歌ではないが、古くなる自分を愛さないで、とか、そんなようなことを隠岐に言われたわけではない。むしろ、隠岐は水上の写真事情など知らない。撮っていた、と言えば「ええ、言ってくださいよ。もっとええときに撮ってほしいのに」なんて笑うだろう。ただ、最新の隠岐のいちばんに無防備な姿を収めておく。記憶にほこりをかぶせない。
 ──先輩、愛情表現わかりづらいですねえ。
 いつか隠岐に言われた言葉をもう一度思い出し、「わかっとるやないか、愛情って」と言いながら、水上は目を閉じた。