待ち人、来てもらう

穂→←荒の二人が告白のきっかけを見いだせず、ついに穂が先手を切っていろいろ動いて用意して穂荒になるまでのお話。自動車学校二輪担当のモブ視点です。

 君はなにが得意なの? と面接官に言われた。人の心をよくわかること、話を聞くこと、出方を見ること。そんなのは得意と自慢して言えることなのかわからないが、アピールの場ではなんだって武器になる。
「たしかにこの職種には必要なスキルだよね」
 そう言って面接官は、うんうんとうなずいた。好印象、好感触。そして内定の通知をもらって浮かれたその晩、家族で少しだけ高い夕飯を食べに行った。
 道路でたくさんの車がライトをつけながら並んでいる間、どの車に乗っている人も最初は講習を受けたり、初めてのハンドル操作にとまどったりしたんだろうなと考える。俺は二輪の講師になるらしいけど、どっちでも同じだ。まぶしい顔で不安と期待に満ちた生徒がやってくる。どんなふうに接していこう。面接官にも得意だと言った技をどう使おう。

 そう思って早五年が過ぎ、俺史上最も理解できない生徒がきた。
 彼は頭もそこそこ良く、教えたこともきっちり守る。周囲をよく見ていて、困ったことがあれば聞く。ほどよい遠慮も、ほどよい距離も、そつなくこなす、なにもかも。帰りがたまたま一緒になって「飯食いにいくか?」と聞けば、「おごりですか? 先生の」と冗談を言ってくるかわいげもあった。
 ただ、彼──穂刈くんが免許を取りにきた理由、それだけが俺史上最大にわからなかったのだ。
「告白されたくて、早く」
 つまり、モテたいってことか?
「いや、その。待ってる、っていうか」
 俺よりも背の高いそいつは頬をかいた。なんと言えばいいのか自分でもよくわかっていないのか、それとも俺になんて話すことはないのか。
 つまり、免許を取れば誰かに告白をされる? するのではなく? 俺は首をひねりながらも、とにかくその目的のためにいち早く免許を取ろうとがんばっている穂刈少年(どう見ても少年と呼ぶには育ちすぎているが)の、青い春を応援するために教鞭を取った。
 彼は無事に卒検を終え、いつも無表情ぎみだった顔にほんの少しの笑顔を浮かべていた。それを見たときは俺も嬉しかったし、これであのよくわからない告白、というものが成就する、いや、される? のかな。
 恋の行く末がどうなるのか気になり、仲良くなった穂刈くんと連絡先を交換したが、いまだに連絡できないままでいる。そろそろ聞いてみようと腰を上げかけた矢先──新しい生徒に巡り会った。

 新しいその生徒は頭が非常に良く、教えたことのさらに上をいき、しばしば舌を巻いた。周囲へ注意を払いつつも、あけすけな態度で、わからないことは自分なりに調べた結果を述べながら聞いてくる。近くなったと喜べば「それじゃあこれで」とあっという間に遠ざかる距離感も持つ。これはあれだ、猫に似ている。
「あいつが免許取ったって聞いて、負けてらんないと思ったんで」
 これが彼──荒船くんの免許取得の理由だ。単純明快、わかりやすい。あいつ、というのはどうやら俺史上最もわからない理由で免許を取った、あの穂刈くんのことらしい、というのがわかった。
 ……この猫のような彼がふところを見せられる人間なんているのだろうか、と考えたことがある。彼に「あいつ」と言われる穂刈くんが該当者なのか? てっきり二人はライバルのようなものかなと勝手に想像していたが、そういった存在にはたして腹を見せるのだろうか。自分の乏しい友達関係の中からそういった関係性があったどうか、記憶を検索してみるが、どれもあまりヒットしない。
 卒検が終わり、荒船くんが真っ先にこっちへ来た。「今までありがとうございました」と絵に描いたようなお辞儀の角度である。
「これでやっとあいつに言えます」
 ともはやトレードマークとなっている帽子を深くかぶり、頬を染めた彼は、まだ間違いなく十九歳の少年だった。
 あいつ──穂刈くんに、どうだ俺も取ったぞと言いたい、ライバルに勝ちたい、だなんてまだまだやっぱりかわいい盛りだ。俺はおかしくて笑い「事故だけは気をつけろよ」と告げた。
 その夜、穂刈くんに、
『荒船くんが無事に卒検終えたぞ』
 と初めてメッセージを送った。まあもう知っているかもしれない。すぐに既読がついたメッセージのあとに、やたらキラキラした顔文字だらけの文章が返ってきたが、要は「オレもさっき知りました」だそうだ。
 さて荒船くんの話は終わり、問題は穂刈くんが待っているかわいい誰かからの告白の話だが。穂刈くんに成功したのかをメッセージで聞けば、
『今度、してくれるんです』
 と言っていた。
 そのために免許を取り、バイクで連れて行く先も決め、あとはその日を待つだけなんだという。その子のためにすべてをお膳立てしておくだなんて、よほどその子から告白されるという絶対の自信がないとできない。
 穂刈くんは、バカではない。周囲もよく見ることができる。だから根拠のない虚勢ではない。告白は、もはや確定されたものなのだ。ただそれを、ちゃんと「待ってる」というていで穂刈くんが保留にしているだけで。
 今度、今度か。いよいよ応援してきた青い春が実るのか。穂刈くんの免許取得を言い訳に告白を先延ばしにしていたその子。穂刈くんの行動力に負け、ついに決意を固めたか。
 俺のその日のビールはついつい進んだ。さっきまで吸っていたたばこの煙が天井を薄灰色に塗っても、俺の心はすがすがしく澄んでいる。

 ──一ヶ月が過ぎた。俺が一人でドライブをしたあと、サービスエリアでたばこを吸っていると、バイクのエンジン音がした。
 振り返ってみれば、俺が学校で教習を担当した彼ら二人だとすぐにわかる。けれど、もう俺なんて覚えてないだろうなと変に卑屈になり、遠くから声もかけずにいた。
 ヘルメットを脱いで汗を拭く二人が、飲み物を交換している。ペットボトルの液体が喉を通るのが気持ち良さそうに見えて、俺もなにか買いに行くか、とつられる。が。
 少しだけ背が低い方の彼──荒船くんが飲み物をこぼしたらしいのを、背が高い方の彼──穂刈くんが拭いてやる。「悪ぃ」と言う声音は教習所で聞くときよりも数段やわらかくて、俺は、はてと気づく。
 ふところを見せないと思っていたが、ライバルであった穂刈くんには弱点である、やわらかな部分を見せられるのだろうか。言われた穂刈くんもほのかに笑っていた。夕陽に染まったバイクが逆光でまぶしい。
(やっとあいつに言える、って、もしかして)
 俺の乏しい想像力は安易だから、穂刈くんのバイクの後ろにかわいい女の子が乗っていて、さわやかな風に髪がなびくイメージを抱いていた。しかしそれは、もろくも崩れ去る。なんてことはない、この話は最初からずっとつながっていた。俺が勝手に案件を二つに切り分けていただけなのだ。
 穂刈くんは、用意周到に策を講じて告白を待っていた。荒船くんは、先に免許を取った穂刈くんに負けたくなくて取りにきた。でもそれだけじゃない。策に乗せられるんだとしても、あくまで対等になりたくて。荒船くんが免許を取ったぞと言ったその日、どんな顔で二人は会ったんだろうか。これから結ばれるカウントダウンを、お互いの心で灯したんだろうか。
 俺は目を見開いて改めてまえを向いたが、時は遅く、二人はまたヘルメットをかぶってバイクのエンジンをかけた。真っ黒な色の中にそっと揃いのカラーが線を引くヘルメットは、たしか彼らのボーダーの隊服と同じ色にするんだと、穂刈くんが笑って言っていた。
 並んだ二つのバイク──SR400とレブルが、他の車を待って車線へ走り出す。ぴったりくっついて走る二台は瞬く間にはるか遠くに消え、もう行く先がわからなくなった。
 ……俺は吸わないうちに短くなってしまったたばこをどうにか携帯灰皿へ移し、新しいたばこを取り出そうにもうまくいかず、ため息をついた。
 ──君はなにが得意なの?
 入社前、面接官に聞かれた言葉を思い出した。
 なるほどたしかに俺は人の機微を読むのは得手としていた。しているつもりだった。いや全くの過信であった。俺の想像を超えた関係だったあの二人が、これから走った先でうまくいくように祈りつつ、足元に落ちた灰を見つめる。それは真っ赤に燃えて、すぐに静かに沈んだが。二人の走っていった道は、いつまでも赤い太陽が背中を照らしていたな、と空を仰いだ。